第15話 文化祭⑤
これは相対性理論だとテレビできいたことがある。
たとえば楽しいことは時間が早く過ぎてしまうこと。
嫌いな授業のときは全然時間がたたないこと。
その時間は本当にそうなっているのだという。
ならば俺は文化祭を楽しんでいたことが証明できる。
三日間なんて長い間するんだなーと思っていたが、
あっという間に最終日になってしまった。
「今日で最後なんですね」
すこししょぼんとした藤馬さんが俺の横にいる。
今日は模擬店はなく、片付けてが主になる。
午前中に店の売上を最終的に獲得すべく各クラス熱を上げて客引きをしていた。
午後からは後夜祭に間に合うように片付けが行われた。
「こうやって教室を片付けていると、一瞬だったなと思うわ~」
柏木さんはテーブルクロスをたたみながらたそがれていた。
「そういえば、柏木さんは先輩とまわれたの?」俺は素直に聞く。
「そうね~回ったといえば回れたのかな~ほぼ委員会のしごとを一緒にしただけだけど」
それは見て回ったと言わない気がするが。
「それでも一緒にいる時間が作れたからよしとするわ!私、聞き分けのいい子だから!」
一言多い!! それがなければ完璧な女性なのに。
「凜華ちゃんは楽しめた?」
「ぼちぼちです。邪魔者が来なければそれなりに楽しめたかもしれません」
閖華さんのことか。
昨日、藤馬さんの双子の姉、藤馬閖華さんが文化祭の様子を見に来た。というか藤馬さんの様子を見に来た。
学校ではどうやって過ごしているか気になったとか。でも大半は俺といた時間のほうが長いように思えたのだが。
「確かに、あの子、全然似ていない!! 凜華ちゃんのほうが私好きだよ!!」
柏木さんからの告白に藤馬さんは顔が赤くなる。
「柏木さん、藤馬さんはそういうの慣れてないから」
「え、あ、ほんとだー!! かっわいいー!!」
そして柏木さんは藤馬さんに抱きつく。くそ、羨ましいなーおい。
「わ、わたし、他人から好きとか好意を抱かれたの、初めてかも、しれません」
真っ赤になりながら藤馬さんはいう。
藤馬さんの初めて(というとなんかアレだが)を奪ったのが柏木さんなのが悔しい限りだ。
「えー? そうなの? いつでもいうし抱きついちゃうぞー!!」
「おいおい!!」俺は無意識に柏木さんを引き止めた。
「なになにー月島くん? もしかしてヤキモチー?」
ニヤニヤしながら柏木さんはいう。
そうだよ、と言いたいところだが、そういって藤馬さんが嫌がることを想像すると言えず
「そんなことないない。それより片付け」
話題をそらすことしかできなかった。俺はなんて小さな人間なんだろう。
そして俺達は片付けを再開する。
***
夜の学校は怖いイメージがある。子供の頃にみた怖い話の学校が舞台のアニメを見ていたからだろう。
日が暮れてみんな体育館に集まる。後夜祭の前に閉会式を行うらしい。
「みなさん、今日までの三日間楽しんでいただけましたかー?」
ステージでマイクをもっているのは生徒会長様だ。
生徒全員が「オーー!!」と叫んでいる。まるでアーティストライブに来ているみたいだ。
「残すは後夜祭だけですが、その前に模擬店、屋台村の売上発表をさせていただきますー!!」
裏賞金の焼肉がかかっているのでみんなドキドキしながら結果発表に耳を傾ける。
「えーゴホン。まず一年生の飲食模擬店の売上一位は・・・」
この間がなんともいえない。言うなら早く言ってほしい。
「んーーーー早く言ってよ~」柏木さんも同じ気持ちだった。
「一年B組、喫茶ぷるんぷりん!!」
そう言われて、俺達のクラスが喜ぶ声が体育館に響く。
「やったーーー!やったよ凜華ちゃん!!」
「やったな藤馬さん!!」
藤馬さんは複雑な表情をしていた。今何が起きているのか頭が追いついていないらしい。
「藤馬さんのプリンカフェが学年一位の売上だったんだよ!」
「そ、そうなんですか?」
「いやぁ~これは水原先生が大喜びだな!」クラスの男子たちがはしゃぐ。
「ていうか、僕達のチラシイラスト効果じゃないか?」自画自賛する漫研の奴らもいる。
「やったね藤馬ちゃん!」女子たちもはしゃぐ。
クラスみんなでやりとげたこの感じは俺は好きだ。みんなが同じ目的のために一ヶ月前から準備をして、メニューをねって、内装や外装を作り上げた。接客や客引きも普段やらない作業だったが、とても楽しかった気がする。それもこれも藤馬さんと一緒だったからだというのは今になって思う。
「私はその、喜んでいいのですか?」
「藤馬さん、ここでこそ喜ぼうよ? 担任だって許してくれるよ今日だけは」
そう言ったら藤馬さんは手のひらをあわせてその手を口元に持っていく。
もう何年も喜ぶ顔をしたことがないのだろう。見られるのが恥ずかしいのかそれとも
どう表現したらいいのか分からないのか、とりあえず俺には喜んでいるように見えた。
俺の目的はそこで果たせた。文化祭の間、藤馬さんには楽しんでもらいたい。喜んで貰いたい。それだけで十分だった。
その後は二年生と三年生の売上発表があり、三年の屋台村はやはり葉月先輩の屋台が第一位を獲得した。さすがの看板男だ。
そして今回の文化祭MVPは葉月先輩だった。
今回の有志ライブが思いの外評判がよかったらしい。
「確かにあの人の歌、うまいと思いました。あと・・・」
そう、その点は俺も気になっている。俺たち母親がそれぞれ俺達の聞かせていた歌なのだ。
そしてこの学校に伝統として受け継がられているオリジナルソング。
お母さんが生きていたらこの歌のことを聞けただろう。今はもういないけど。
「以上で結果発表を終わります!では、これより後夜祭に移りたいと思います!」
パチパチ拍手が響く。祭りのクライマックスだ。
「19時より校庭にてキャンプファイヤーを行いたいと思います。そこで燃やせるものを各クラスあるものは持ってきていただきそこで燃やしたいと思いますので着火前までに持ってきてください。以上!!」
生徒会長様からのアナウンスは終わり、生徒たちは各自クラスに戻った。
片付けの途中だったのでゴミになるものを集めて校庭に持っていく作業に写った。
「ねぇねぇ月島くん。ここの文化祭ジンクスしってる?」
「え、何?」
そういって柏木さんが俺の裾を引っ張ってこそっと話す。
「後夜祭のキャンプファイヤーを想い人と一緒にみると願いが叶うらしいよ~」
「へぇ~。そういえば秋音ねぇがそんなこといってたような~」
「私、彼と見る約束してるんだ~ちゃんと回れなかった分、後夜祭にかけてるの」
ニコニコ笑いながら幸せそうに柏木さんはいう。もう隠す気はないらしい。
「あの、何の話してるんですか?」
俺達の間から藤馬さんが現れた。
「な、なななななんでもないなんでもない」
「・・・?」
「凜華ちゃんは今日は遅くまでいても大丈夫?」
「はい、じいじには伝えてます。月島さんもいますし」
「なんで俺?」
「じいじがいってました。月島さんがそばにいるのならば閖華も許してくれるとかなんとか。先生もいるし」
「藤馬の人は凜華ちゃんに対して過保護だね~」
過保護の理由は知らない柏木さんだが、その話をきいて遅くまで残れることを確信したようだ。
「だったら二人でキャンプファイヤー見ておいでよ」
ニコニコしながら柏木さんはいう。
「俺は別にいいけど、藤馬さんは?」
「私は構いません」
「ふふふ、月島くんファイトね!」そういって柏木さんは片付けに戻った。
「どうしたんですか?」藤馬さんは俺の顔をみて尋ねる。
「いや、なんでもない、ただ、嬉しいなと思って」藤馬さんと遅くまでいられることが。
そこまで言葉にはしなかったが、本当のところはそうだった。
藤馬さんに対する気持ちに気づいてからは結構気持ちがオープンになってきている。
「では、早く片付けなければですね」なんだか藤馬さんの方も嬉しそうだ。
自惚れかもしれない。もしかしたら藤馬さんも同じ気持ちでいるのではないか?なんて思うこともある。でもこの子は感情をすべて捨てた子なのだ。その感情をなくしたまま十数年生きてきた子だ。恋だの愛だの分かるだろうか。人を好きになることがあるのだろうか。
鼓動が早くなる。もし、俺のそば辛いなくなってしまったら、今度こそ俺はどうなるんだろうか。お母さんがいなくなった時みたいに、また。
「月島さん? これ、校庭にもっていきますか?」
ハッとして藤馬さんの顔を見る。ちゃんとそこにいる。そのことに俺はほっとする。
「うん。そろそろ着火時間だし、ついでだもっていこう」俺達は燃やせるものを両手に抱え校庭へと向かった。
***
校庭には男女ペアがたくさんいた。ジンクスを信じている人がこんなにもいるのか。
『願いが叶う』というジンクスを果たして叶えることができるのだろうか。
「この中へ入れればいいんでしょうか?」
木材が交互に重なりその周りには文化祭で使ったと思われるゴミがおいてあった。
「うん、ここにおいておこう」俺達のクラスのゴミをその周りにおいた。
19時になり、生徒会長が着火する。
炎が周りのゴミや木材を燃やしていく。パキパキと音を立てて燃える。
その光景をみて、藤馬さんが少し震えていた。
「どうかした?」さらに藤馬さんは両手で自分の体を抱きしめた。
まるで震えを止めるかのように。
「私、火が苦手・・・なんですね」
今気づきましたと言わんばかりの言い方だった。
「あ、そうか。ごめん、場所かえる?」
藤馬さんにとって火は負の象徴だ。12年前の山火事で両親を亡くしていたのだ。その火事を起こしたのは藤馬さん本人だった。
「いいえ。大丈夫です。」大丈夫そうではなさそうだったので、俺は自分の着ていたカーディガンを藤馬さんにかけた。
「不思議なんです。今は暖かく感じます。火がこんなにも」
「俺、浮かれててわすれてた。ごめんね」
「いえ、私も今苦手だと気づきました。こんなに燃えている光景、あの時以来なので」
落ち着いたのか抱きしめた手を解いた。
「というか、月島さん、浮かれているんですか?」
ちょっとまて、そこを掘り下げる?
「浮かれて、悪いか」
「ふふふ、別に」藤馬さんが笑う。
悔しくて藤馬さんの頭をくしゃくしゃかき乱す。
「私、この3日間、楽しかったです。本当ですよ? 大好きなプリンをみんなに食べてもらえたし、月島さんといろんなお店回れたし、コスプレ?もできたし、私にとっては初めてづくしで気持ちが追いつかない日々でした。本当に、来てよかった」
藤馬さんの本当の気持ちだろう。出会ったときから比べたら感情がないときのほうが不自然に思える。これが本当の藤馬凜華なのだ。
「閖華が来たときは本当にどうしようかと思いましたが、昨日の夜、月島さんと話したことを楽しそうに私に話してくれました。少しくやしかったですが」
少し二人の仲も良くなっているように思えた。
「俺も同じかな。藤馬さんに楽しんでもらえたらいいなって思った。楽しんでもらえてたなら俺はもう十分」
俺は藤馬さんに笑顔で返した。
彼女も少し微笑んだ。
炎が少しずつ消えていく。
「そういえば、このキャンプファイヤーを見ると願い事叶うって柏木さんがいってたんだけど、藤馬さんの願い事って何?」
「そうなんですか? それはもう、叶いました」
「え、何?」
「月島さんと、最後まで文化祭を楽しめますように」
俺の鼓動は早くなる。これはどういう意味なのだろうか。
事情を知っている人と気を使わずいられる存在がいてくれることが嬉しいのだろうか。
それとも・・・。
「月島さん。ありがとうございました」
そういってニコリと笑う。初めてみる表情だ。
あまりにも可愛すぎて抱きしめたくなる。抱きしめてその笑顔を誰にも見せないようにしたい。
その瞬間俺は自分でも思わぬ行動をしていた。
「つ、月島さん?!」
抱きしめたくなる、ではなく、もう抱きしめていたのだ。藤馬さんのことを。
「あ、ごめん。でも、今はこのまま」
抱きしめたまま言う。
ああ、俺は本当に藤馬さんが好きなんだとその時自覚した。
それはこういう状況に流されたとかではない。愛おしく思ったからだ。
その表情をもっと見たい。もっと見せてほしい。
そんな気持ちになっていた。
***
「月島様、昨日と今日とありがとうございました」
井上さんが俺に言う。感謝を述べられるほどのことはしていないと思うのだが。
「いえ、何もできませんでしたが、楽しんでもらえたみたいです」
「本当に、感謝しきれません」
「いいから、じいじ帰るわよ。閖華が待ってる」
「はい。では月島様、また」
「気をつけて」
「月島さん、さようなら」
「バイバイ、またね」
俺と藤馬さんは別れた。時間はもう20時だった。
家についたときにはもう21時で春生ねぇはお風呂も済ませていた。
秋音ねぇは打ち上げがあるとのことでまだ帰ってなかった。
「たのしかったかしら? なつ」
「うん。藤馬さんも楽しかったっていってくれたから」
「そう。それはそうと、なつ、あなた藤馬さんのこと好きなんでしょ?」
当然見透かした言葉が放たれた。俺はまだ自分の気持ちを人に伝えていないのだが、見透かされていたのだろうか。いつ?
「お見通し、てか」
「ええ、目が好きだと言っていたわよ。昨日」
応接室にいたときの話だろうか。春生ねぇはそういうところ敏感だな。
「あと、これ見てよ。昨日見せたかったけどあなた達すぐに寝たから」
そういって春生ねぇのスマホを見せてくれた。
「おいっいつの間にとったんだよ!!」
「そうね、いつの間によ? あと、藤馬さんのもあるんだけど、いるわよね?」
いるのが確定な言い方はよしてくれ。でもほしい。
「俺のラインに送っておいて」
「あら、いるの? あなた達、まさかツーショットとってないの?」
驚きの顔で俺にいう。取る暇なんてないしましてや藤馬さん、写真苦手そう。
「改めて取ろうとはしなかったと言うが実物が可愛すぎるから撮ろうとは思わなかった」
「あら、のろけ? やめてよ姉の前で弟の彼女の話きく見にもなりなさいよ?」
知らないよ! てかのろけてなんかねーよ!
「それはそうと、昨日先輩が歌っていた歌の話、なんだけど」
急に話題を変えられて何の話か分からないような顔を春生ねぇがする。
「話を変えるならそう言ってもらえないかしら? なんの話かと思えば」
「あの歌、秋音ねぇが言うように、お母さんが歌ってた歌だと思うんだ」
昨日有志ライブで葉月先輩が最後の曲だといって歌っていた歌。
「そんで藤馬さんと初めて会ったときに歌っていた歌なんだ」
「あ、あの歌のことだったのね」春生ねぇは台所からデザートのティラミスを取り出した。
「うん。春生ねぇ、なんか知ってる?」
そういった後、春生ねぇは歌いだした。あの歌を。
きれいな歌声だ。お母さんの歌声に似ている。懐かしい。
「~♪ こんな歌だったわよね」歌い終わってそう俺に聞く。
でも俺はすぐに答えられなかった。
「泣いているの?」
「う、うん。なんでだろう。なんで・・・」
涙がぼろぼろと溢れ出る。何か大切な何かを忘れている気がする。
「この歌、今だからいうけど、お母さんが学生時代に友達と作った歌なんですって。親友、だったって言ってたかしら。だから何か辛いことがあるとこの歌を聞いて元気だしてたって私には言ってたときがあったわ」
それを利いて俺は気づいてしまった。
「もしかして、お母さんの親友って藤馬さんのお母さんなのかな?」
「どういうこと?」
「この歌、藤馬さん曰く藤馬さんのお母さんが作った子守唄だって言ってた。謎だったんだけど、もしその二人で作った曲だとすれば、一致する。ただ、確認したい人はもう両方いないんだけど」
「そうね。お父さんが知っているかは分からないけど、会いたくないわ」
春見ねぇはティラスを一口食べる。
この確認をするには藤馬の本家に行くのがベストなのだろうか。
お母さんの私物はほとんどないに等しかった。おばあちゃんに会いに行けば分かるかもしれない。
「俺なりに真相を突き止めるよ」探偵気取りにまた俺はなる。
「でも、もしそれが本当ならあなた達は出会わざるを得ない存在だったのかもね」
ニコリと春生ねぇは笑う。そうかもしれない。
文化祭という大きな行事も終わり、後に控えているのは期末テストなので俺はその間にあの歌のことを調べようと思った。
あと葉月先輩。あの人にも日を改めて聞こうと思っていたので、日時を決めて置こう。
今日はとりあえず文化祭の疲れを取るために早めに床についた。
春生ねぇから送られてきた藤馬さんのアリス衣装の写真を見ながら俺は眠った。
いよいよ物語は佳境に入ります。




