第14話 文化祭④
ドラマでよくあるシーンを実際に目の当たりにしたことはあまりない。
例えば突然車がきてひかれそうになるシーンだったり、緊迫したシーンだったり、ドラマではスローモーションのシーンになる。もしくは音が何もないシーンになる。
こんな現象が実際にあるとは到底思えない。むしろそんな状況になることがない。
それが今まさにその状況を目の当たりにしている。
周りでは葉月先輩のライブ音がガンガンなっているはずなのに俺は心臓の音しか聞こえていない。
「会いにきたわよ、凜華」
そういってニコっと笑ったのは閖華さんだ。
藤馬さんは顔が強張っていた。複雑な心境なのだろう。
「ゆ、閖華」言葉が出ないようだ。
「誰? その子」そういったのは春生ねぇだ。
「あ、あの、その、」この状況に藤馬さんが追いつけていないようだ。
「春生ねぇ、この人は・・・」閖華さんを紹介しようとした時、ライブステージから声が聞こえた。
『みんなー名残惜しいがこれが最後の歌だ!!聞いてくれ!!』
バンドたちの音がロックからバラード調に変わる。さっきまでとはうってかわっての曲調だ。
♪~
あ、この歌は。
「あの人、なぜこの歌を・・・」
藤馬さんがいう。俺も同じことを思った。
そう、この曲は藤馬さんと初めて会った時、歌っていた歌だ。
「これを聞いてもらうためにアタシにこの日に来いといったのね」
閖華さんはつぶやく。
「どういうこと?」
「貴女には関係ないことです。それより、凜華と話がしたい」
「もしかして双子の片割れさん?」そういうのは春生ねぇだ。
この二人の威圧感といったら半端ない。
「そうよ、藤馬の次期当主、藤馬閖華。凜華の双子の姉です」
「そう。私は月島春生、彼の姉です」
その中でも藤馬さんはステージの方をずっと見ている。
不思議なのだろう。俺だってそうだ。そもそもあの歌は俺のお母さんの歌なんだ。
なのになんで藤馬の人間が歌えるんだ?
「ここはみんなの視線もあるから、場所を移そう」
この収集付かない感じをどうにかしようと、俺は提案した。
その時、さっきまで話に参加していなかった秋音ねぇが口を開けた。
「思い出した・・・。この歌、お母さんの歌じゃん・・・」
秋音ねぇがステージを見ながら言う。そして涙が一粒頬を流れた。
「秋音?」春生ねぇが声をかける。
「春生ねぇ、これってお母さんの歌だよ!! わからない?」
必死になっていう。
「・・・わからないわ」一瞬間があった。
「そんなことはいいから、アタシは凜華と話がしたいのよ」
そういって閖華さんは藤馬さんの腕を引っ張る。
「分かった分かった。秋音ねぇ、そのことはまた後で話をしよう。とりあえず、場所を変えよう」
そういって俺達は応接室に向かった。
***
「楽しんでいるみたいでなによりね」
応接室について、ソファに女性陣を座らせた。先生からお茶を頂き俺は机に置く。
閖華さんは座って腕を組んでひやっと笑っている。
「別に」
藤馬さんは閖華さんの正面に座っていて下を向いている。
「ところで、つきしまさんたちは藤馬の秘密を知っていますか?」
「うん、ごめん、藤馬さんから話は少し聞いている」
正直に俺は答える。藤馬さんは言わないでという顔をしたけど、正面から話がしたかったので俺は答えた。
「そうですか。いい機会なので、つきしまさんたちにも教えておきます。凜華は高校生活のこの三年間だけ、外に出ていいようお爺様の命令により学校へ登校しています」
机にあったお茶を閖華さんはすする。
「ということはつまり」知りたくない。知っておきたくない。
「ええ、凜華は高校を卒業したら屋敷の奥の部屋で幽閉されるのです。もう外に出ることもないでしょう。だから今を楽しんでくれて構わないのに、楽しんでないんですよ?」
クスクスと閖華さんは笑う。
「それを決めているのは、お爺さん、なの?」秋音ねぇが少し怒りながら問う。
「えぇ、そうよ? 今の藤馬家当主はお爺様ですから。絶対です。外部の人がどんな手を使おうともこの事実は曲げられません」
閖華さんは湯呑みを机においた。話はそれで終わりの合図のようにも思えた。
藤馬さんは下を向いたまま右腕の数珠を触っている。
不安になっているときよくする行動だ。
「ご報告、ありがとう。つまりは高校卒業までは藤馬さんには楽しんでいただけるということで解釈するけどいいかしら?」
春生ねぇが反撃にでた。
「構いません。ですが、この子の実態をお忘れなく」
ニコリと閖華さんが笑う。
「そろそろ時間なのでアタシは帰ります。じいじを待たせているので」
そういって立ち上がった。藤馬さんはまだ下を見ている。
「凜華も、早く帰ってきてね。さ、つきしまさん。案内を」
なぜか俺が付き人扱いされている。
「ゆりかさん。あなたの方も忘れないで。藤馬さんも一人の人間だということを」
春生ねぇが忠告する。
「ふふふ、そうとは一度も思いませんけど」
クスッと笑った閖華さんはそういって応接室から俺と一緒に出た。
「今の言い方ひどくないか?」
俺が閖華さんにいうと、横から睨みつけてきた。
「貴方は凜華の味方なんですね。ところでつきしまさんはアタシ達の両親のこと聞いていましたよね」
「うん。山火事を起こしてしまって両親を亡くしてしまったって」
先程の睨みつけとは真逆に楽しそうに笑う。
「つきしまさんに一つ秘密を教えてあげるわ」
笑みをこぼしているのに目が笑っていない。怖い。
「凜華はね、人は殺せるけど、自分は殺せないの」
どういうことだ? 自殺ができないということなのか?
でもそれはその人の精神状態次第だし、本当に死にたいと思えば死ねると思う。
俺はあの中2のとき一度だけ思ったことがあった。でもそれでも死ねなかったのは姉貴たちを悲しませることだけはしたくなかったからだ。
「凜華から両親がなくなった経緯は聞いてますよね?」
「うん」
「あの山火事。アタシは屋敷に避難をしていました。あんな山火事なら誰だって死ぬ」
そう閖華さんが言った後、俺はハッとする。
「なんで・・・」
「そう、なんで? でしょ? 親より凜華のほうが生きてるのがアタシは許せない」
閖華さんが藤馬さんを恨む理由はそこにあるのか。
「今日はよくしゃべって疲れたわ。つきしまさんは話しやすい人なのかしら」
「そうかな? 俺は今日ハラハラドキドキしたよ」
本当に。色んな意味で疲れた。
話をしている間に職員駐車場についていた。
俺達の姿がみえて、井上さんが車から出てきた。
「じいじ、帰るわよ」
「はい」
「おまたせしてすみません。井上さん」
「いえいえ、閖華様も楽しんでいただけたみたいで何よりですから」
ニコニコと井上さんが微笑む。来たときに見た顔とは全然違っていた。
「つきしまさん。今日は、その、あ、、、」
何かを言いかけて顔が赤くなっている。なんだろう?
「ありがとうございます。だそうです。月島様」
井上さんがニコニコと笑いながら代わりに言った。
「は? 感謝の意なんてこれっぽっちもありません。決して」
そういいながらまた俺を睨む。今度は頬を赤くして。
***
俺は閖華さんを見送って藤馬さんたちのもとへと帰る。
今日はいろいろなことがあった。閖華さんとこんなにも話せる時間があるとは思わなかったし、藤馬のことがいろいろしれた。ただひとつの疑問が残っているのけど。
「なーんだ。閖華、帰ったのか。俺に挨拶無しで」
俺の後ろから声がする。この声は・・・。
「葉月先輩。ライブお疲れ様でした」
「よっ月島くん。よくわかったね俺だって」
「そりゃ、その登場の仕方で誰かは把握できます」
ニヤリと葉月先輩は笑った。
「それはそうと、葉月先輩、あの最後の曲、あれはなんていう歌なんですか?」
そのことを聞いた時、顔色が変わった。
「それ、聞く? 今、聞く?」わざとはぐらかしている。
「今じゃだめならまたでもいいですけど」
「月島くーん。そこはそうです。教えてください!って言わなきゃ~」
「すみません」
「もう~ノリがわるいぞっ! でもまぁ話せば長くなるし、またの機会でもいいかな?」
頭をボリボリ書きながら先輩はいう。たしかに聞きたいこともたくさんあるし、こんなところで話す内容ではないので、日を改めてのほうがいい気もする。
「でも、一つだけ言っておくよ。この歌は、この学校の伝統で残っている曲らしいぞ。なにやらここの生徒が作ったオリジナルソングで生徒たちに好評だったから楽譜と歌詞がそのままこの学校に残っているんだとか。軽音部の子がそういってたな~」
藤馬の人が知っている歌ではなく、学校にある曲、なのか?
ではなぜお母さんが歌えたのか、作ったと言っていたはず・・・。
「ま、その話はまた日を改めよっ俺もまた屋台村のほうが残ってるし」
「分かりました。ではまた日を改めて」
そうして先輩とは別れた。
俺は応接室に戻ると秋音ねぇと藤馬さんがいた。
春生ねぇは晩御飯の支度をする為に帰ったと秋音ねぇから言った。
「なっくん。凜華ちゃんのこと、よろしくね。あの閖華って子、私嫌い」
秋音ねぇが嫌うということは相当嫌悪感を抱いたんだろう。
応接室には俺と藤馬さんの二人になった。
「閖華は、かえり際、何か言っていましたか?」
藤馬さんは少し顔を上げて俺に聞く。
「楽しかったみたいだよ。それ以外は何も聞いてない」
本当は藤馬さんのもう一つの秘密を聞いているがそれは俺の中にしまっておくことにした。
あんまり実感がわかないのも理由の一つだからだ。
「そう、ですか。あの、閖華が先ほど言っていたことなんですが」
「幽閉される話か?」
「はい。あれは、本当なんです。私、本当に高校生活を送るだけのために外に出てきています」
その理由は一体何なんだろう。高校生じゃなくても中学生のときでもよくないか?
なぜこの三年間なのだろう。
「お爺様が言っていました。高校生活だけは過ごさせたいと。私には意味がわかりませんでした。ですが、この二日間、私がこの学校にきてよかったと思いました」
もしかしたらお爺様(今の当主)が気を効かせたのだろう。ずっと屋敷の中にいるよりは期限をつけてでも外での生活をしてほしいという想いなのだろう。
では、閖華さんはどうなるんだろう。彼女も同じではないのか?
「だから、私は、本当は楽しみたいです。ですが、閖華がなにをしでかすか分からない以上、うまく楽しめません」心の何処かで楽しみたい気持ちはどうやらあるみたいだ。
ならば楽しんでほしい。というか俺が一緒に楽しみたいのだ。
「今日さ、思ったんだけど、閖華さんと凜華ちゃんは似ているよ。双子だからってのもあるんだろうけど、だからそんなに深刻に考えなくても普通に楽しんでいいと思うよ。現に閖華さん自身多分気づいていないぐらい短い時間だったけど楽しんでたし」
藤馬さんが衝撃の事実を聞いたかのような顔で俺を見る。いやいや、本当ですよ。
「閖華が、楽しんでたの? 本当に?」
「うん。プリンを美味しそうに食べてたよ。あ、柏木さんに会ったときは嫌悪感丸出しだった」
「そう、ですか。閖華もプリン、好きなんだ」
クスっと藤馬さんが笑う。先程の恐怖から抜け出した子供ように笑っている。
「さて、明日でこの楽しい文化祭も終わりだし、とことん楽しもうよ」
俺は藤馬さんの頭を撫でる。
「は、はい、わかりましたから、やめてください~」
藤馬さんが嫌がる。本気ではなく照れながら。その表情がたまらなく可愛いかった。




