第10話 当たり前のもの
さて、いよいよラブ要素入ってまいります。お待たせしました。
ある日、いつも使っていたボールペンをなくしてしまった。
探しても探しても見つからない。見つからないならまた新しいのを買えばいい。
だけど自分でも気づかないうちにそのボールペンに愛着がついていて、必死になって探す。
近くにある時はそんなこと一つも思わないくせに、いざそばから離れたら恋しくなる。
離れて初めて気づく気持ち。
人間とは本当にわがままな生き物だと思う。
藤馬さんと初めて会ってからそろそろ二か月がくる。
文化祭当日まで一週間を切った。準備も着々と終わっている。
文化祭実行委員としても役割を任されたことを把握して、当日に備えていた。
「結局、後夜祭での打ち上げ花火はなくなったらしいよ」
実行委員会の会議に参加するために会議室へ向かう途中で藤馬さんに話す。
「秋音さんが言われてた花火のことですか?」
「うん。昨日帰ってきては叫んでたよ。予算的には無理なのはわかるだろうに」
「そうですね。藤馬の財力を使えばなんとかなりそうな気もしますが」
そこでその力を使うのはいかがなものかと。
「今日の会議はどのような話し合いでしょう?」
「最終チェックと俺達の役割最終チェックだそうだよ」
もちろん秋音ねぇ情報なわけで。
「そうですか」
「もうすぐだね、文化祭。藤馬さん楽しみ?」
「楽しみです。いや、どうでしょう」
「?」
「これを月島さんに言うべきかどうか迷うんですが」
「なに?」
「文化祭当日、もしかすると閖華がくるかもしれません」
「え、それは様子を見にくるってこと?」
「様子というより、茶化しにくるのではないでしょうか。とにもかくにももし閖華が文化祭に来たら月島さん、気を付けてください。あなたが一番目を付けられていますので」
水原先生といい藤馬さんといい、なぜ俺なのだろうか。
「私はそれが不安です。文化祭自体は楽しみなのですが、閖華が来たらと思うと素直に楽しめないかもしれません」
藤馬さんにとって閖華さんは本当に大きな存在らしい。
「大丈夫だよ。俺、結構女慣れしているし。閖華さんだって藤馬さんの双子の片割れじゃん? そう思えば、大丈夫なきがする」
「いいえ、そんな簡単な考えではだめです!」
スゴイ真剣な顔で俺に言う。
「すみません。まだそんな状況でもないのに変なこと言ってすみません」
俺は少しびっくりした。
「焦っているのかもしれません。私。」
そして藤馬さんは下を向いた。
無性にいとおしく感じた俺は藤馬さんのを頭をなでた。
「!!」藤馬さんが驚いて俺の方を向く。
「大丈夫。大丈夫」
「子ども扱い、ですか?」
「あはは、そうかもしれない」そう言ってさらに頭をなでる。
会議室につき、全員がそろったところで会議が始まった。
最終チェックの打ち合わせをして生徒会長が最後に一言。
「では、当日思う存分楽しみましょう! そして学校全体が笑顔であふれる文化祭にしましょう!」
拍手喝采。生徒会も実行委員もみんな楽しみなのがすごく伝わった。
「いい学校ですね」拍手をしながら藤馬さんがいう。
「でしょ?俺もそう思う」にこりと笑いながら藤馬さんをみる。
「はい」
文化祭まであと5日。
会議後に一度教室に戻った。クラスのみんなはまだ準備作業をしていた。
「あとは前日準備だけかな~あとやり残したことってあるかな?」
クラスの女子に俺は聞く。
「特にないよー!あとはクラスの男子たちがウサ耳をつけてくれないことぐらい」
つけろよ、男子たち
「いやだよ、なにが悲しくてウサ耳つけなきゃなんねーんだよ」
男子たちは否定する。これだけが難点らしい。
「ちなみに俺はウサ耳つけて見回りにいくぞ?それよりましだろ」
「そうだよ~月島くんを見習いなさいよ~」
それをきいた男子たちは仕方なくつけることを承諾した。
「ただし当日の店番のときだけだぞ!」という約束で合意した。
「楽しみだねっ凜華ちゃん」にこにこしながら言ってきたのは柏木さんだった。
「あ、はい」心の中では不安で仕方ないのだろう。ぎこちない笑みをこぼした。
「月島くんも、楽しみだよねっ?」
「お、おお」
「私は二人が楽しんでくれたらそれで十分だからね」
ニヤニヤしながら俺たちに言う。
「それより柏木さんは先輩と回ったりするの?」
「そーれーは、それ!こーれーは、これ! わかった? 月島くん」
あ、はぐらかされた。ということは回る予定なんだな。
「話が見えません」藤馬さんの頭にハテナがひとつ。
「楽しいことは好きな人と共有したいもんなんだよ、藤馬さん」
と、いったあと俺は失言したことに気づく。
「好きな人?」
「あーーー柏木さんの話ね、柏木さんの!」俺は慌てて訂正する。
「ふふふふ、共有したいもんですよね~月島くん?」
「茶化すなー!」
余計話が見えなくて藤馬さんの頭にもう一つハテナが浮かぶ。
柏木さんが俺に耳打ちする。
「凜華ちゃんが鈍くてよかったね」
クスクス笑いながら柏木さんは自分の仕事があるからといって教室を出た。
「暦美さんは、今なんと?」
「あーー気にしない、気にしない。俺の発言も気にしない」
「ん?」
「とりあえず、楽しもうって話だよ。俺のところも春生ねぇが来るって言ってたし」
「そうなんですね。私、少し見てみたいんです。春生さんと閖華の対面」
「確かに俺もそれ見てみたい。対等に話ができそうな気がする」
「ふふふ、そうですね。」
そうなればいい。藤馬さんの自由を縛っているのが閖華さんなら、春生ねぇでも秋音ねぇでも俺でも水原先生でもだれでもいい。藤馬さんを自由にしてほしいと願う。
藤馬さんのいまの感情のまま、大人になってほしいと願う。
そして俺のそばにいてほしいと・・・・
「ん?」
「どうしたんですか? 月島さん?」藤馬さんが俺の顔を覗き込む。
「いや、なんでもないなんでもない」
「また、熱ですか?」
そんなわけないだろうっ!
「保健室いきますか?」
いくわけないだろうっ!
「ちょっとトイレ行ってくる」
藤馬さんにもクラスの奴らにも悟られたくなくて、おれは教室をでた。
トイレに行くと嘘をついた。俺はあの場所から離れたくて教室から少し離れた階段の踊り場で足を止めた。
少し深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「はぁ~」
心拍数が上がる。呼吸の仕方を忘れるぐらいになっている。
「まぢか」
俺は気づいてしまった。実感はないが、多分そうだ。
「うそだろぉ~」
頭を抱えながらしゃがむ。
正直いえば気づきたくなかった。だけど。
「つまり、そうなんだよな」
守りたいだの一緒にいたいだの文化祭楽しみたいだのそんなの後付けの理由だ。
俺はただ彼女のとなりにいたいだけだったのだ。
「どんな顔すりゃいいんだよ」
教室に戻りたい。だが、この気持ちのまま戻るとどう接すればいいのかわからなくなる。
少し落ち着かせようと校内を歩くことにした。
中庭では部活動の出し物の準備、演劇部の劇の練習、校内では吹奏楽部の演奏練習の音、お祭りの準備の雰囲気が学校中に広がっている。
最初は無表情な彼女に笑顔になってほしいなと思ってた。この人はどんな風に笑うんだろうか。嬉しいことや楽しいことにどんな反応をするのだろうか。そんなところを見てみたいと思った。彼女を知るたびに守りたいと思うようになった。それは母親を置き換えていたからだと今の今まで思っていた。だけど、そうじゃなかった。
そばにいたい。そばにいてほしい。頼られたい。頼ってほしい。
同じ境遇だからではない。藤馬だからではない。
ただの一人の女の子として、俺は。
「邪魔なんだけど」
俺の前に見知らぬ男子生徒がいた。その人は黒縁眼鏡をかけていて赤紫の短髪、上級生?かなと思い俺は謝る。
「あ、ごめんなさい」
「そんな敬語で言われても困るんだけど。ま、いっか」
頭をぼりぼりとかきながら俺をにらむ。何か恨まれることをしただろうか。というか誰だ?
「それより月島くん。文化祭の準備は順調かい?」
眼鏡をくいっと上げてまたさらににらみをつけていう。
というかなんで俺の名前を知っているんだ?
「順調ですが?」俺も対抗して少しにらみつける。
「だーかーらー敬語やめろって~俺が三年生だからって」
三年生ならなおさらだろっ!
「あのー先輩?俺、何かしましたか?」
「え?なんで?」
「なんでって、さっきから俺のことにらんでますよね?」
「えーにらんでないよーーー?目が悪いだけだよーー?」
眼鏡かけてるのにっ?!
「ま、月島くん。がんばりたまえよ。俺は陰から応援してっから」
この言い回し、何か意味を含んだ言い方。もしかして。
「あの、すみません。あなた何者ですか?」
「さて、何者でしょう?」ニヤリとする。
「まさか、藤馬の人ですか?」
「あはははご名答!さすが月島くん!」
やはり、ていうか三年にいたんだ。
「改めまして。俺の名は藤馬葉月。女みたいな名前だけど男デース」
そう言ってピースをした右手を目の横でする。女子高生が写真に映るときにするポーズだ。
やばい、キャラがつかめない。
「水原先生のことはしってるよね? 実は水原先生に君の監視を頼まれたんだよね~だから少しの間君のストーカーしていると思うけど、気にしないでね」
「気にするわっ!!」
「おー、敬語じゃなくなったね!よろしいよろしい。そんな感じでよろしくっ!」
そういって葉月先輩は去っていった。
「なんなんだ」数分あっけにとられてしまった。
藤馬葉月先輩、藤馬の人間はいままで何人か見てきたけど、一番つかみどころがわからない人だった。藤馬さんのことも知っているし、にしてもなぜ俺を監視するんだろう。
「藤馬さんに言えない秘密ができてしまったな」
このことは言わないでおこうと俺は思った。
先程気づいた気持ちは少し忘れかけていた。




