第一話 プロローグ
ほぼ会話劇ですがよろしくお願いします。
誰も悲しまない世界なんてない。
例えば身内が亡くなったり、仲良くしていた友人が突然亡くなったりしたら誰だって悲しくなる。泣いてしまう。
他人とかかわっている限り悲しいことは起こる。そんなことすら気づかずに当たり前のように
俺達は生きている。
笑い合っている。
だから俺は忘れない。この悲しい気持ちは忘れずにずっと覚えている。消えないようにしつこく。
日曜日の昼のことだった。
お腹が空いたと思いコンビニへ足を運ぼうと俺、月島夏貴は自室から出た。その扉の音を聞きつけたのか階段を降りる音でわかったのか、リビングにいた姉が俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「なっくーーーん?どこいくのーー?」
一つ上とは思えないほど俺に甘えてくる。
姉、月島秋音は長髪でポニーテールの元気が取り柄ないつも元気リンリン時にはついていけないほどハイテンションの俺の姉だ。休みの日だっていうのにこのテンションで俺に甘えてくるのだ。学校にいる時はさらにひどい。秋音ねぇの話はここまでにしておこう。どこいくの?ときいてくるあたりパシリは確実だなと確信した。
「ちょっとコンビニに。なんかいる?」
「さっすがなっくん!わかってるぅー!」
先読みは的中した。期待通りの反応でなにより。
「で、何が欲しいの?」
「牛乳プリン!あのお日様の絵が載ってるやつね!」
そんな安価なものでいいのか?と思ったがそれをいうと「んじゃーハーゲンダッツで!」といいかねないので心の中でとどめておいた。
が、しかし
「あとね~」
「まだあんのかよっ!」
「たぶんあっこのコンビニに新商品のスナック菓子あったと思うの!それとジュースかってきてぇ~」
「太るよ」
「むむむ、大丈夫だもん!部活で体動かすもん!」
「あっそ。じゃー買ってくる。あ、そだ」
「春生ねぇの分もだよ!なっくん!」
「へいへい」先に言われてしまった。
俺には秋音ねぇとあともう1人姉がいる。
二つ上にあたる月島家の長女、月島春生は本日バイトに行っている。秋音ねぇとは真逆の身なりと真逆のテンションで黒髪ストレートの長髪で秀才。頭の回転も早くいつもテスト前は助けられていたりする。
秋音ねぇの注文と春生ねぇが喜びそうなものを頭にインプットして家を出た。川辺の土手へと上がりそこの風景をみながら目的地のコンビニへ行くのが俺のルートだ。その川は地元の一流河川で土手下には広場や野球場、小さな公園もある。今日は少年野球の練習試合がどうやら行われているみたいだ。一生懸命応援する親達と掛け声を出して頑張る子供たちの声が響いていた。100m離れたところには電車の線路橋がある。都会だと思う地元でも何故か懐かしくそして儚く感じる。きっと小さい頃よくお母さんとこの道を歩いたからなんだと思う。
目的地のコンビニに着いて姉たちの頼まれたものと自分のぶんをカゴに入れレジを済ませた。なんだかんだで頼まれた以上の量を買ってしまったような気がするが、足りなかったら足りなかったで秋音ねぇの方が怒りかねない。だからくせで余計なものまで買ってしまう。買い物を終えて来た道を帰りながら買いすぎたことに後悔していた時だった。
♪~
川辺から女の子の歌声が聞こえる。
しかも聞いたことがある曲だ。でも、なんていうタイトルだったか思い出せない。答えが首のところまででかかっていて気になった俺はその歌声が聞こえる方へ向かった。
土手から広場に降りる草原は少し坂になっており、降りる時に足を踏み外せば下に転がり落ちてしまうかもしれない。その途中のところに体操座りをしたショートボブの黒髪のパーカーを着た女の子が座っていた。
(中学生、かな?)と思いながらその子に近寄る。
にしても中学生にしては上手い。しっかりビブラートまできいている。
歌い終わったのを確認して俺は声をかけた
「あの、すいません...」
「?」
「それ、なんていう歌?」
「え?」不審者が声をかけてきたのではないかという疑いの目で女の子は俺を見ていた。
当たり前だ。見知らぬ男が「その歌何?」と突然聞いてきているんだ、疑われても仕方ない。
「ごめんね、急に声かけたりして。その歌が気になってね」
「知らない。でもお母様が歌ってくれた」
お母様?どこかのお嬢様なのだろうか。
「へえ~そうなんだ。にしても題名が出てこないんだよね~なんだろう」
と言いながら俺はその子の横に腰を下ろした。
「知りたいんですか?ていうか座るんですか?」
買い物の途中だったがそれよりこっちのことが気になってしまっていた。
「なんかこう・・のどに突っかかっている感じしない?」
「いえ、全く」
きっぱりと女の子は答えた。
「じゃーさーもう一回歌ってよ!」
「え?」
「そうしたらわかりそうなんだ、頼むよ~」
どうしてこんなに知りたいのか自分自身不思議だった。ただ、なんとなく昔の忘れているような記憶が戻ってきそうな、思い出したくないけど思い出したい記憶がありそうなそんな気分になっていた。
「わかりました。一回だけ、ですよ?」
「うん!」
女の子はハア~と大きなため息をつき、歌い始めた。
やっぱり、聞いたことがある。そしてどこか懐かしくて、少し切ない。
それは歌っているのがこの子なのか、歌詞がそうさせるのか、わからなかったけど。
一通り歌ってもらったけどやっぱり思い出せなかった。
「ごめんね、思い出せなくて」
「いえ全然」
「あ、そうだこれも何かの縁だし、名前教えてよ」
「りんか、です」
「りんかちゃんか~かわいいね」
「いえ全然」
「照れなくてもいいのに~っと、俺買い出しの途中だったんだ!秋音ねぇに怒られる!んじゃまたね」
俺はそのまま女の子と別れた。
あの歌は俺が小さいころ姉たちが歌っていたような気がする。あの子が歌っているときに脳裏に小さいころの記憶がよみがえっていた。あの頃の歌なんだろうか。題名がわかればネットで検索できるのに、歌詞すら曖昧。でも本当にひっかかる。かえって秋音ねえにでも聞いてみよう。
***
家に帰ったら春生ねえがバイトから帰ってきていた。
「ただいま~」リビングの扉を開けるとクッションを抱えている秋音ねえと帰宅して一息ついた春生ねえがソファーに座ってきた。
「なっくん、おそーい!」待ちきれなかった秋音ねえはやはりお冠だった。
「おかえりなさい、なつ。私にもおやつ買ってきているわよね?」その笑顔が怖いです。
「はいはい、買ってきてるって」
「さっすがなっくん!そうそうこれこれ!この新製品食べたかったの!なっくん大好き!」
こんな大告白はせめて他人の異性に言われたいものだ。
「なつ、私のこれかしら?」春生ねぇは買い物袋からティラミスを取り出した。
「あたり、じゃなかった?」
「大正解。ご褒美に頭なでなでしてあげる」
そんなことせめて他人の異性にされたいものだ。でもしてもらうのが俺なのだが。
「あ、そうそう二人に聞きたいことがあるんだけど」
「ん?なに?スリーサイズは言わないわよ?」
「秋音ねえのスリーサイズ聞いたところでなんになるの?」
「そうね、私のスリーサイズの方が気になるよね」
「いや、春生ねえのスリーサイズも・・・」と目が春生ねぇの胸元に行ってしまった
「なっくんのスケベ!確かに春生ねぇは胸あるけど!Eカップだけど!」
「え、春生ねぇEなの?そうなの?」
「二人とも、どうしてほしいのかしら?」悪魔の微笑みがそこにあった。
「「 すみません 」」
「それで、なつ。聞きたいことってなにかしら?」
「さっき帰り道で女の子が土手に座っててさ~聞いたことあるような歌を歌ってて」
「お!もしかしてナンパしたの?なっくんも男だねぇ~」
「違うよ秋音ねえ。その歌が気になって声かけたんだよ」
「なつ。それをナンパというのよ?」
「そうだよなっくん。怪しまれちゃうよ?」
「うん、存分怪しまれたよ。じゃなくて~その歌、題名わからなくていまだに気になってるんだよ」
「うーん、その歌、なっくん歌えるの?じゃないと私たちわからないよ?」
「そう、だよね。わかった」
歌詞が全然わからなかったので鼻歌で歌った。
「うーーーーん、春生ねぇ聞いたことある?」
「そうね、昔、それこそその土手の公園で遊んでいた時にみんなで歌ってた記憶があるような・・・」
「あの土手の公園で?」
「私もいたと思うのに覚えがないなぁ~あ、もしかしたらお母さんがうたってくれてたかも!」
秋音ねえがそういった後、3人とも静かになった。
「お母さん」
月島家での禁句になっているのは
暗黙のルールなのである。
それは俺に対する姉たちの気遣いでもあるらしい。
だからそのワードが出てしまうと「しまった!」という雰囲気になってしまい不自然に話題を変える。
もう慣れたし今更それを禁句にされても俺はどうも思ってない。前よりは強くなったと思うのに気を遣わせてしまうのは姉たちの優しさだと思う。
「でも、そんな歌なのかなんなのか分からないなつの鼻歌では何の歌なのかは分からないね」話題を変えるのはいいが俺の悪口も混ざっている。それはそれで癇に障るのだが。
「またその子に会えたら家に連れてきてよ!なっくん!てかその子近所の子なの?」
「さぁ~?歌に引き寄せられたから何歳でどこに住んでるのかまではきけなかったな~」
「いつか会えるわよ。きっと」
春生ねぇがいうと信憑性がある。
あの子にはまた会えるような気がする。
***
月島家の朝は早い。
まず朝食係は俺。洗濯物は春生ねえ。秋音ねぇリビングでラジオ体操をしている。
「秋音ねぇ、フレンチトーストでいい?」
「なっくんが作るものならなんでもいい!」
食欲旺盛な秋音ねぇは何食べさせても喜んでくれる。
「なつ、フレンチトーストの焼き加減は外サクッ中はふわっとにしてくれる?」
「難しい注文だなーおい!」
春生ねぇはこだわりがすごい。そのおかげで俺の料理の腕前は同級生の女子よりいいと自負している。
「いただきます!」
それぞれの担当業務を終え朝食が整ったところで一緒に食べるのが月島家のルール。
「うんっ!おいしい!今日もいいことありそうっ!」
「大げさだなぁ~」
「ちゃんと外カリ中ふわができていて合格よ、いつでも嫁にいけるわね」
「いや、俺男だから!」
こんなやり取りだけど、時々疲れることもあるけど、俺はこの空間が心地いい。
当たり前のことなんだけど、姉二人と俺で会話している時間が好きなんだと思う。
「ごちそうさまでした」
三人とも食べ終わった後、秋音ねぇは朝練にでるため先に家をでる。
春生ねぇは食後のコーヒーを飲みながら優雅に新聞を読む。
俺は三人の食器の洗い物をする。
「春生ねぇ、今日はバイト入ってたっけ?」
「今日は入ってないわね。その代わり生徒会の集会があるから少し遅くなるわ」
「生徒会長も大変だね~。おっと、そんなこと言ってないで支度しなきゃ」
洗い物もすべて終わり、俺は学校へ行く準備をするため二階の自室へ向かう
「あ、なつ。今日はなんかありそうな気がするわ。気を付けてね」
階段をあがりかけて春生ねぇが言う。なんの予言だ?
でも春生ねぇの予言が当たることが時々ある。
「なんかありそうって。うん、気を付けるよ」
「よろしくね。私ももういくわ。戸締りよろしくね」
「いってらっしゃい」
春生ねぇにそんなこと言われると気になって仕方ない。
何があるんだろう。
戸締りをし終えて学校へ向かう。
俺の学校は家から歩いて20分のところにある。結構いい運動になる距離だ。その道のりを秋音ねぇはランニングがてらに通学している。そういった意味では近所で有名人になっている。
「月島くんっおはよー!」
学校の校門前は少し坂になっていて自転車で来る人は自転車からおりて押しながら歩いて向かっている。
その坂の途中で挨拶してきたのはクラスメイトの柏木暦美さんだ。
柏木さんは隣の席同士ではじめは彼女から声をかけてきた。ポニーテールの似合う子で、どことなく秋音ねぇに似ている。
「おはよう、今日も元気だね」
「ふふふ、ねぇねぇ今日転入生がくるってもう聞いた?」
横から俺の顔を覗き込むように尋ねてきた。
「え、そうなの?どんな人?」
「それがね~月島くんは知ってるよね?ここら辺では有名な藤馬家のこと」
藤馬家。この町では有名な一族で、代々この町の治安を守っているといううわさがある。一番大きな土地と屋敷があり、本門の前を横切るだけでも緊張してしまうほど。この町に住んでいる人で知らない人はいない。
「うん、知ってるよ。」
「そこのお嬢様が来るんだってさ」
「へぇ~」
「いやいや、へぇ~、じゃなくてー!なんでこんな地味な高校を選んだのか気にならない?」
「本人の希望とか?」
「お嬢様なら、月島くんのお姉さんみたく、女子高とか私立の付属高校に行くはずでしょ?」
「確かに。春生ねぇの学校にならそういう人いそうだな」
「ね~。もし私たちのクラスに転入してきたら詳しくきいてみようよ!」
彼女は目をキラキラさせていた。俺は特に興味がなかった。でも、確かに気になった。
俺たちは転入生の話をしながら教室へたどりついた。
もちろん教室内でも転入生の話題で持ちきりだ。何せ柏木さんの言う通りあの藤馬家のお嬢様なのだから。
「なつきー!聞いたか?美女がくるってさ!」
「どうしたらそういう話にすり変わってるんだ?」
「だってあの藤馬家のお嬢様だぞ?!美人に決まってんじゃん!!」
「そんなもん?」俺は寧ろ逆だった。
可愛らしい感じのひとりじゃ何も出来ない感じの言葉足らずな感じ....あれ?俺そういう女を知っている?
「なつきはお姉さま方がいるからタメには興味無いわな~」
「いや、そんなことないけど...」
言いかけてチャイムがなる。
先生が教室に入ってきた
「おはよう諸君!席につけ~」
みんなが各自席につく。転入生のことでいまだにザワザワしている。
「ゴホンっ!えー、みなさん知ってのとおり転入生を紹介する。さ、入っておいで」
「やったー同じクラスだっ!」という声が何個も聞こえてきた。
みんな期待して教室の扉に注目する。
ガラ
扉が開いた瞬みんなの騒ぎ声は消えた。
「紹介しよう。藤馬凜華さんだ。みんな仲良くするように」
「藤馬凜華です。よろしくお願いします」
みんな彼女に視線がいっている。もちろん俺もだ。
だってその子は
「え、えええええええ?!」
「え、どうしたの月島くん??」
「はい」
そうして俺のほうへと歩いてくる。
みんなの目線も彼女を追う。
「美人って言ったの誰だよ」とぼそっという人がいた
「なんか、お嬢様ぽくないね」と女子が陰でこそこそいっていた
みんな期待しすぎだよ。俺は予想通り、いやそれよりも
「どうも」
「あなた、ここの生徒だったんですね」相変わらずの無表情だ
「ていうか凜華ちゃん、藤馬の人間だったんだな」
「いけませんか?」
「いや、少しびっくりしただけで・・・」
「月島くんばっかりずるいー!私柏木暦美ですっ!よろしくねっ!」
「はい、よろしくお願いします」
二人の会話の温度差が半端ない。
「月島、ついでに柏木も。お前ら二人で藤馬に学校案内頼む」
「はーい!お安い御用です先生!」
「わかりました」
またざわざわ騒ぎ声がするけど、彼女はそれに耳も傾けることもなく、ただ席につきまっすく前を見ていた。不思議な子だ。まるでなににも響かない何もない石みたいな。
そんなわけで藤馬凜華を学校案内するべく俺と柏木さんで放課後に時間をとり、案内をしようという話でまとまった。
春生ねぇがいっていた「今日はなんかありそうな気がする」というのはまさかこのことなのだろうか。
そんなことを考えながら早く放課後が来ないかとうずうずしていた。




