〜追跡の手掛かり〜
事件から数日が過ぎ、上辺だけは平常業務に戻った宿屋を横目に過ぎる。
唯の他種族の揉め事に魔族の俺が関与するべきじゃないことは承知している。
だが、何の気まぐれでか俺は妙に気になって仕方がなかった。
「師匠を騙してまで来たんだから、何か戦果を挙げないとな」
今日は剣を帯びず、ローブにすっぽりと身を包んで魔術師に変装してガサ入れを行う。
多少なら魔術も使えるし、鬘もしてるからバレる事もないだろう。
「とりあえず、偵察だなぁ」
流石に封鎖された部屋には入れない。
キョロキョロと見回して適当に鳥やら虫やらを探す。
丁度良く羽虫が窓枠に留まっていたので、そっと近づいて魔術をかける。
「汝、我の使い魔となれ。対価として短命のそなたに我が知恵と長寿の一端を貸与しよう」
羽虫はわずかにその羽根を震わせると、踵を返してこちらに振り向いた。
『貴方を私の主と認めましょう』
「君の名はフランだ。その生涯を我への忠義に費やせ」
『拝命致しました』
「最初の命令だ。あの宿の二階、正面から見て右から三番目の部屋を探して少女の髪を見つけてくるんだ」
『承知』
飛んでいく使い魔を横目に、俺は俺でフランが探索をしやすいように人目を別の場所に集中させなければならない。
そんなわけで、四角い噴水広場を中心に三方を火と光と風のルーンで囲む。
残った一辺をどうしたものかと悩んだが、火力があったほうがいいのでもう1つ火のルーンを刻んで裏路地まで導線を引く。
さあ、花火大会の時間だ。
杖から魔力を流すと、瞬時に4つのルーンが起動した。
すると、噴水の上空十数メートルの空域で小規模な爆発が起こって周囲の建物のガラスを揺らす。
「やっべ、ちょっと強すぎた」
即座に悲鳴が上がり、衛兵隊の近づく音がする。
カシャカシャと鎖帷子が揺れる音がそこら中から鳴り響き、足音が地を鳴らす。
「貴様!そこで何をしている!」
「!」
足が付かないように無詠唱のルーン魔術を使ったというのに、もう見つかった。
衛兵隊が優秀なのはいいが、いくら何でも早過ぎる。
「大地に敷かれし石たちよ
せり上がり 敵を退く 壁となせ
土系統第一位階 《ウォール》」
「ぬおぉ!」
狭い裏路地に土の壁がせり上がって道を完全に塞ぐ。
3節も詠唱を入れたからだいぶ丈夫に出来たはずだ。少なくとも魔術以外では壊すのに苦労する。
「吹き付ける風の靴
我が身にまとい 天翔ける 靴となせ
風系統第四位階《エア=グリーブ》」
足に風がまとい、一瞬だが浮力を生む。
それを利用して、連なる建物の屋根に飛び乗った。
「西区画へ向かったぞ、追え!」
衛兵たちの叫びを聞き流しつつ、屋根の上を駆け、時々飛んでくる矢を杖で弾きながら適当に宿から遠くへと移っていく。
「《ファイア》」
ここで1つ問題が起きた。
聞き慣れた...というより、師匠の声がした。
「ぬわ!」
火球がローブの裾をかすって焦げ跡を残す。
直後に後ろから気配を感じ、反射だけで防御姿勢をとる。
「ふん!」
フォックスの剣が振り下ろされ、盾にした杖は真っ二つに断ち切られた。
まずい、師匠が知名度を上げるために乗り出してきやがった。
タイミングからして、偶然この辺りをうろついてたのか?
「マスター、得物は奪った!」
「あいよー」
気の抜けた声とは裏腹に、無数の火球が雨あられと飛来する。
杖が無いのに魔術を使うと、最低でも魔剣士であることはバレるので反撃のしようもない。
加えて、師匠の魔術の合間を縫ってフォックスが鋭い斬撃を繰り出してくるのだからたまったもんじゃない。
「なかなか素早いな。レジスタンスにしては優秀だ。まあ安心したまえ、死なない程度には手加減してやる」
「・・・」
喋るわけにもいかないよな。
フォックスなんか耳が効くし、迂闊に声を上げたら正体がバレそうだ。
「沈黙かね。喋るとまずい理由でも?」
こいつ、実は正体に気づいてるんじゃないか?
それは兎も角、弾幕と斬撃は止まらない。
こんな事ならナイフでも持って来れば良かった。
魔王は...師匠に連れられてそこに居るが、流石に抜けない。
『ご主人様、少女のものと思われる髪を採取しました。これより帰投します』
ナイスタイミングでフランから念話が届く。
よし、これで粘る理由もなくなった。
三十六計逃げるに如かず!
用意しておいた煙幕と魔力チャフを炸裂させる。
「ぐっ!」
フォックスがチャフに眩んだ瞬間を狙って地上に飛び降りる。
それと同時にもう一発煙幕を投げると、あらかじめ計画しておいた逃走経路を走った。
逃げながら鬘とローブを脱いで焼却炉に投げ入れると《ファイア》を放り込む。
予定場所に到着すると、隠しておいた外套を羽織って腰に剣を吊るす。
やがて、飛んで来たフランから髪の毛を回収した。
「よくやった。次の命令まで自由にしていなさい」
使い魔を放して後片付けは済んだ。トラブルhあったものの、ほぼほぼ計画通りである。
入り組んだ路地を抜け、いまだに喧騒の残る広場に戻った。
「師匠、大丈夫ですか!」
「やあシロ、どうしたの?」
師匠と魔王を見つけて駆け寄ると、向こうも俺に気づいたらしく手を挙げる。
不幸にも師匠と組まされていた魔王は半べそ状態だ。
本当に怖がられてるな、あの人。
「どうしたも何も、あれだけ派手な魔術とフォックスが見えたら師匠が暴れてるとしか...」
「暴れてるって...酷い言いようじゃないかい」
「まあ、あながちシロくんの感想も外れではないだろう。誰が焦げた屋根を直しに行かされると思っている」
フォックスは屋根から降りてくると、サラリと毒を吐いていく。
師匠は彼のジト目を流して、さっさと衛兵隊と話を付けに行った。
「ところでだ、シロ君」
急にフォックスがこっちを向いたかと思うと、含みのある笑みを浮かべる。
「マスターから聞き但されなければ言うつもりはないが、君も無茶はよした方が身の為だ。オレもマスターも庇いはしないぞ」
き、気づかれてる。
何故だ、完璧な変装だったのに。
「後学のために訂正点を教えてくれ」
「なに、人と獣では見えているものが違うということだ。魔力なり、気配なりね」
謎かけのような返答がくる。
「解り難い」
「答えは与えられるものではなく、得るものだ。その悪くはない頭でよく考えることだな」
ツンと俺の額を突くと、彼は師匠を追って離れていった。
嫌味は気に入らないが、見え方の違いか。
サーヴァントは肉体という殻が存在しない、意思と実体を持った魔力の塊で、幽霊に近い存在だ。ならばその目には世界はどう映るのだろう?
魔力チャフで目がくらむのだから、彼らには大気に漂う魔力の流れが見えていることに違いはない。
・・・まさか、魔力による輪郭と動き方、加えてフォックスの言う気配で個人を特定したとでもいうのか?
「お前も気づいて...るよな、流石に」
魔王はこくりと頷く。
魔力のパスが繋がってるんだから、気づかない方がおかしい。
「お待たせ〜、ウチらは撤退だね。そういえば、シロはどしてココに?探し物は?」
「無事に入手しました。適当に魔術の触媒が欲しかったんで」
「ほうほう、まあ私にまで害が及ばなきゃ何したって構わないさっ」
「いや、むしろ師匠は自分で種まきまくってるじゃないですか...」
「だからこれ以上厄介ごとは勘弁なのさ。長寿種は敵を多くしないほうが身の為だよ」
ポンと肩に手を置いてそう告げると、ニカッと笑ってそのまま手を引いていく。
「ちょっ!」
「折角だから私の買い物の付き合いをしなさいよ」
「そういう事はフォックスに言ってくださいよ!俺だってやる事が---」
「つれない男はモテないよ〜。偶には師弟水入らずも乙なもんさね」
「行ってくるといい。俺は適当にふらついた後、工房に戻って夕飯の支度でもしていよう。だが何かあったら呼んでくれ」
絶妙なタイミングでフォックスは逃げの文句を言い残し、手と尻尾を振りながら去っていく。
やられた。
奴め、久しぶりの自由を謳歌する気に違いない。
「さあさあ行こうかシロ坊や。お姉さんをしっかりエスコートしてよ〜」
色々と言ってやりたいことがあるが、こっちはこっちで殴りたい。
結局、まるまる半日を魔王と共に師匠に連れまわされたのであった。