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剣たちの鎮魂歌 〜理想高き白銀の王〜  作者: ゆーやミント
序曲
2/12

〜湖畔の小屋〜

覆い茂る木々の葉によって太陽の光さえ碌に差し込まないような静かな森の奥深くで、ガタゴトと音を立てて揺れる馬車は目立つことこの上ない。そして何よりも変わり映えのない景色の中で眠ることもできない事がとても辛い。


「フォックス、目的地まで後どれくらいなんだ?」

「そうだな...噂ではこのあたりらしいからもう直に着くはずなんだが、見ての通り鬱蒼と茂った木々しか見えない」


俺の問いかけに騎手座から頼もしい答えが返ってくる。

ワゴンの天板の上に座ったまま振り返って彼を見下ろしても、窮屈そうに座席に収められた九本の金色の尾と同色の獣耳と髪をゆらすだけで特に言葉を続けようとはしない。


先に述べた容姿から察せるように彼は人間ではない。

と言うよりも、この世界に存在する三種の『人』のどれでもない。彼は召喚獣(サーヴァント)なのだ。

半人半狐の姿をした(と言っても狐なのは尾と耳くらいだが)九尾と呼ばれる所謂(いわゆる)神獣である。

ユーモアが少なく真面目で、やや石頭である一方、時たま本当に高位の召喚獣なのかと疑いたくなるほど世俗的でお人好しな一面も持つ不思議な男だった。


「それで、師匠は?」

「どういう訳かこの揺れの中でぐっすりだ。まったく、マスターのこの神経の図太さには毎度驚かされるよ」


ちらりとホロの隙間からワゴンの中を覗いてみると、エルフ特有の尖り耳と緑色の髪の毛を毛布から出して本当に寝息を立ている。

因みにフォックスは彼女の召喚獣であって、俺は彼のマスターではない。


「ところで、君も警戒を解いてしまって良いのかい?万が一にもマスターが起きたらタダじゃ済まないぞ?」

「こんな森の奥深くだぜ?1週間も人にすれ違ってないし、フォックスが居るから野獣の心配も無い。それに加えてこの木々だ。これで気を張れって方が無茶じゃないか?」

「それはわからなくもないが...君たち魔族は魔力の探知に優れているからこんな森の奥深くまで連れてこられたんだろう?目当てのものが近くにあるかもしれないんだから気は抜けないと思うが?」

「そうは言ってもな〜」


フォックスの忠告通りに神経を集中して魔力を探知してみるが、自然が豊か過ぎて空間に漂う魔力が濃く、天然のチャフがかかっていて探ってもノイズが走るからどうしようもない。


「感度最悪、反応無し。フォックスも気配を探るのは得意なんだろ?協力してくれよ」

「オレは生物の気配を探るのは得意だが、魔力探知の方はからっきしでね。すまないが君に頼りっきりだ」

「そうか〜...でもこれじゃあ森に隠された木を探すようなもんだよ」

「はははっ、マスターはさらっと苦行をさせるからな。だが、裏を返せば君のその能力を当てにしているという事なんだ。もう少し気合を入れてみたらどうだい?」


俺の愚痴を聞いて、笑いと励ましの言葉が返ってくる。


「ただ単に他に頼める魔族が居ないってだけな気もするけどなぁ...」

「言ってやるな」

「ははっ...」


俺が乾いた笑いをこぼして座り直すと、しばらく続いていた会話も途切れて辺りは再び馬車の軋みに包まれた。


そのまま1時間ほどが経過した頃だろうか。ふと俺の警戒網に微弱な反応があった。

普段なら気にも留めないような極めて一瞬の微々たる反応だが、今現在の特殊な環境の中では感があったこと自体が特異なことだ。

方向は道から逸れて木々の中。これ以上は馬車では進めない。


「フォックス、当たりだ。馬車を止めよう」

「承知した」


馬がいななきを上げると同時に馬車が停止して、彼が適当な木に馬車を固定している間に俺は眠り姫を起こしにかかった。


「師匠、ここからは歩きですから起きて下さい」

「・・・。」


1度目の呼びかけでは反応すらない。

よって今度は肩も揺すって、もう少し強めに起こしてみる。


「師匠、起きて下さい」

「・・・んー...朝か?」

「どちらかといえば夜です」

「そーかー....」


今回はわずかな会話ができた。

よしもう一息と同じ手を使ってみたが、また反応が無くなってしまった。


何となく後ろを振り返ると、馬車を繋げ終えたフォックスが腕を組んで木に寄りかかって、苦笑いを浮かべながらこっちを見ていた。

毎朝(いつも)師匠を起こしているのは彼なので、この寝起きの悪さは身に染みているのだろう。


「それじゃあ駄目だ。ここを使うんだよ」


そう言って彼は唇を指差す。謎のヒントをどうもありがとう。


「唇を使ってって....そんな事したら間違いなく燃やされる...だけで済めば良い方だな」


一瞬だけ脳裏をよぎった案はその後が恐ろし過ぎてとても実行なんか出来やしない。


「なんだ、照れているのか?初心(ウブ)だなぁ」

「違う!俺はまだ死にたくないだけだ」


俺が否定すると彼はさらに面白そうな顔をする。


「強くて早い否定は疑われ易いぞ?どれ、代わってみろ」


そう言うなり彼は何の躊躇も無く師匠の唇を奪う。


「起きるんだマスター。目的地だぞ」

「んっ...フォックス、もうそんな頃合いか。つい寝入ってしまったよ」


師匠はあくび混じりにそう言うと目を擦ってから綺麗な緑髪を手ぐしで整えた。


しかし、何で他人がキスしてるところを見せられるとこんなに腹が立つんだろうか?

ともかく、いきなり濃厚なキスを見せられたこっちの身にもなれ。


「毎朝ああやって起こしてるのか?」

「まあな、昔はオレにも抵抗はあったんだが...いつの間にか馴染んでしまってね。いやはや、習慣(なれ)というものは侮れないよ」


俺が小声で尋ねてみると彼も困ったような笑みを浮かべてやれやれと首を振る。

毒されるって恐ろしい。


「さて、待たせたね。じゃあ行こうか」


準備を終えた師匠がランタンに灯りを入れながらそう告げ、俺の案内のもと彼女を先頭にして歩き出した。


「しっかし、森が濃いねぇ。こうも魔力が豊富じゃ逆探もできやしない」


師匠の種族であるエルフも魔力探知能力がそこそこある為、彼女なりに探しているようだが、やっぱり俺と同じ感想のようだ。


「エルフの探知方式は能動的ですからね。俺たちの受動式よりも妨害に弱いのは仕方がないですよ」

「まったくさ。しかし、魔王の従者もよくもこんな場所を見つけたもんだよ」


【魔王】遥か昔の大戦時に魔族軍を率いて戦った英雄で、おとぎ話にも出てくる超が付くほど有名な人物だ。

とはいえ、ここ300年程の魔族政府は専ら平和主義を提唱しているので昔のように国を挙げて崇められてはいない。

他に上げる点があるとすれば、魔王の名は誰にも知られていないことだ。無名の王、名無しの王。故にその名は魔王でしかない。


師匠が探しているのはその佩剣の破片(かけら)だ。

大戦末期に人間、エルフ、魔族の3族の王たちが鍛え上げた魔法の(つるぎ)。決戦兵器として王と共に前線へ出て、ある剣は空間を裂き、ある剣は時を操り、ある剣は大地を焼いた。その強力さは各種族に畏敬の念を抱かせたが、王亡き後には大陸を滅ぼしかねないとして平和協定の場で打ち砕かれると、破片の一つは亡骸と共に葬られ、残る全ては火口に投じられた。


そんな伝説を持つ遺物は歴史学的価値も魔術媒体としても有用であるに違いは無く、世界中の研究者たちが調査という名目でこぞって隠された王の墓を探したが一つとして見つからなかったという。


「だけど、どうして魔王の従者はこんな辺鄙(へんぴ)な場所を選んだんだろうか?今は兎も角、昔なら死後も魔王の神格化された威厳は健在だ。誰もが宮城(きゅうじょう)の地下に隠されていると思っていたのに...まあ、見つけた師匠も大概ですが」


呆れと感心の混じった視線を師匠にむけると微笑を浮かべる。


「噂話を繋げ合わせたんだよ。一昨日あたりに通った小さな農村があったでしょ?地図にも載ってない村だけど、そういう所の方が意外な伝説が残ってたりするのさ。例えばこの辺だと妙に魔力が濃いから危なくて魔術が使えないとか、森の奥深くへ入るといつの間にか元の場所に戻ってたとか...ね」


魔術とは、自身の魔力を圧縮・膨張・触媒・干渉という工程を単体もしくは組み合わせて発動させる術で、公式さえ覚えれば誰にでも使える便利な力だ。

しかし、上のどの魔術工程も発動の際には周囲を漂っている空間魔力によって若干の影響を受けるので、空間魔力が豊富な一帯では少量の魔力でも想定以上の魔術として発動されることがある。これは魔術学的に言うと《魔力暴走》であり、一般では《暴発》と呼ばれる現象だ。

場所によってはタバコに火を点ける程度の《ファイア》で一面が焼野原になることもあるので、基本的には魔術師(キャスター)の資格を持つ者か魔剣士の称号を与えられた者にしか魔術は教えられない。


俺は師匠に教わったから第6位界までなら使えるが、もちろん公の場で使ったら捕まります。

兎も角、こんな埃っぽい火薬庫の中みたいな所で魔術(ひだね)を使ったら何が起こるかわかったもんじゃないのだ。


また、魔術と似た魔法というものも存在する。こちらは空間魔力の影響を一切受けないが先天性で習得は不可能。しかも魔術よりも遥かに強力なので、魔法使(メイジ)いは国の保護の下で生活し、その人数は各種族の最高機密情報とされている。


「他にもそういう発想に至った人も居るんじゃないですか?何百年と捜索が行われてたんですから」


この問いかけにはフォックスが答えてくれた。


「これだけの大森林なら魔力が濃いのは当然だ。森で迷ったなんて話も在り来たりな事...しらみ潰しに調査しただろうから当然あんな村だって訪れたはず。だが、こういった場所ではよくある逸話や部族の神話まで一々調べていたらラチがあかないからな。それに、マスターだって直ぐに見つけられた訳じゃない」

「なら、尚更本当によく見つけたよな」

「・・・運と勘が良くて、神獣使いが荒かっただけだよ」


彼が一瞬だけ見せた哀愁漂う表情から察するに相当な無理をさせられたのだろう。

心なしか、いつもはピンと立っている耳がわずかに(しお)れた気がする。

感心が一気に憐れみに変わった。


「さて、雑談はそこまで!シロ、どの方角が怪しい?」

「そうだな........ほぼ直進して行けば着くはずですが、距離までは測れません」

「そっか...まあ方位がわかるだけありがたいか」


そう言うとランタンを高く掲げて周囲を明るくする。

しかし、揺れる炎が映し出すのは何処までも覆い茂る木々と高草のみで、手がかりになりそうなものは何一つとして無いから気が滅入りそうだ。


というか、師匠たちはああ言っていたが、俺の魔力探知で見つかるなら当の昔に別の誰かが見つけていそうなものだけれどな。


脳内で愚痴を続けながら歩くこと早くも2時間が経過していった。

濃く茂った枝葉によって空を見ることができないが、懐中時計の針たちはそろそろ月が高い時間を指している。

いい加減に一休みをしたい頃合いだ。


師匠も同じように時計を見て同じことを考えていたらしく、歩みを止めると大きく息を吐いて背中を伸ばす。


「ちょっと休憩しよう。シロ、この辺の草を刈ってくれるかい?」

「手作業でですか⁉︎」

「まさか。魔術でちょちょっとやって」


まさかと心配したが、流石にそこまで鬼じゃないらしい。


「ですが、こんな所で魔術を使ったらどうなるか知りませんよ?」

「でも特殊環境での訓練も必要でしょ?絶好の機会だし慣れのつもりで一発のやってみなさい。知りたい事もあるしね」

「?...了解」


渋々ながら了解した俺は草をかき分けて地面に手のひらを添えると、自分の魔力を極々少量のみ使って地属性第1位界魔術の《フラット》を無詠唱で発動させる。

《フラット》は主に整地に使われる魔術で、土の壁を作る《ウォール》の横版だと考えてくれれば話は早い。


結果、不発寸前の最小量の魔力での無詠唱だったにも関わらず、俺を中心とした半径10m程度の円形に剥き出しの硬い土が地面を覆う。

生えていた木々や草は根こそぎ弾かれていて、文字どおり真っ平らな空間が出来上がった。


「うむ、上出来上出来」


整地された地面を蹴って出来栄えを調べた師匠も満足気にうなづいている。


「それじゃあ食事にでもしようか。フォックス!用意して」

「承知したよマスター。今晩は何が良い?外でだからロクな物は作れないが」

「じゃあスープで」

「承知した」


師匠はフォックスに夕飯の注文を終えると、鞄から一冊の本を取り出し、座って料理をする彼の尻尾を椅子代わりにして読み始めた。


「フォックス、何か手伝う事はあるか?」

「強いて言うなら背中に居るお姫様を預かってほしいものだが、引き取ってくれるかい?」

「そうか、まあ頑張れ」

「おい、その返しは無いだろう。せめて---」


問題無さそうなのでランタンの灯りが届くギリギリの場所に座って、俺は俺の用事に取り掛かることにした...と言っても、剣の手入れくらいしかやる事は無いのだが。


雑囊(ざつのう)から瓶に入ったオイルを取り出して、白布に薄く付けた。

剣を鞘から抜いて、別の布で鋼の刃を擦り古い油を落としてから塗り直してやると剣は光沢を取り戻す。

手入れと言っても、刃こぼれ等は無いので、今やれる作業はこのくらいしか無い。


かつて多くの血を吸ってきた我が愛剣だが、今では錆も刃こぼれも皆無だし、そもそも手入れはやり過ぎるとかえって切れ味を落としてしまう。

我ながら平和に生きているものだ。


無骨でシンプルな刃に、揺らめくランタンの火が映ると遠い昔を思い出させられる。

剣を眺め続けていると、前の愛剣の姿が投影された。

始めはぼんやりとした影の様なものだったが、それはやがて1本の優美な剣の形になる。やや細身の刃はほんのりと蒼く、微かに下に反った鍔と角の無い柄は金箔とラピスラズリで装飾されて美しい。


風の剣精【シルフ】

膨大な魔力と鋭利な刃を持っていながら、人見知りが激しくて、人の姿の時はいつも俺の後ろに隠れていた今は亡き少女(つるぎ)


ノラとは言えども魔剣士の体裁は整っていた日々を思い返すと目頭が熱くなった。


「夕飯だ。起きたまえ」


長い時間が経っていたらしく、器を持ったフォックスが見下ろしている。


「・・・起きてるよ」


俺は夢見心地を破られて若干不機嫌だったが、それで飯を食わないとなると、いざという時に動けないで困るので剣を鞘に納めて立ち上がる。


「薬草と干し肉のスープにパンという簡素な出来だが、まあ勘弁してくれ」

「作ってもらっておいて文句は言えないよ。ああ、腹減ったな」


湯気の上る器と黒パン一つを受け取ると、いつの間にか作られていた焚き火を三人で囲む。

木の無くなった此処からは綺麗な夜空が覗いている。パンは硬いが、星を見ながら暖かくて美味しいスープを口に入れると嫌な気分も吹き飛んでいった。


簡素でも美味いフォックスの夕飯を完食すると、師匠は大ぶりな羊皮紙を広げる。紙面にはルーンや術式が隙間なく書き込まれた巨大な魔法陣が描かれていた。


「それが魔王召喚用の魔法陣ですか」

「そう、八十と余年の歳月をかけて作り上げた私の最高傑作さ」


師匠が自慢げに広げた陣は、月光を浴びると実線の他に聖水で溶いた水銀の文字と陣が浮かび上がり、2つの魔法陣が重なり合って別の意味合いを持つ陣が出来上がる。


「サーバント用と剣精用が重なっていますね。それにしても術式が多過ぎる気はしますが」

「ただの魔法陣じゃないからね。言ってみればこいつシロ用の試験問題さ」

「は?」


てっきり師匠が此処で回収した破片に使うものだと思っていただけに間抜けな声が出てしまった。


「そうだったのか。ようやくオレも解雇してもらえるものだと思って密かに喜びつつ、身の回りの片付けをはじめていたんだが...ぬか喜びだったか」

「フォックス、さらっと凄いことを言うね。私が君を捨てる訳が無いだろう?」

「そう言うならば、そこは疑問形にしないで欲しかったがね」


2人して笑っているが、その微妙な信頼関係は未だ俺には理解できない領域だ。普通に仲が良いだけなら兎も角、たまに本気で潰し合いをするんだから後始末する側としてはいい迷惑だ。

これが世に言う腐れ縁なのだろうか?


「多分だけど、魔王の召喚は私じゃできないよ。この召喚は見ての通り剣精とサーヴァントを混ぜたもの。だから内面の相性も良くないと成功しないのさ」


単に弾数は多い方がいいってことか。

・・・俺に適性があればの話だが。


「ただのレーダー要員じゃなかったんですね。少し安心しました」

「いや、8割方そうだったよ?」


俺が安堵の息をすると、師匠は冗談で意地悪くそう言う。

しばらく3人で笑っていたが、急にフォックスが話題を変えた。


「それにしても2人とも、この森は少し奇妙だとは思わないかい?」

「確かに、こんなに深い森はなのに獣どころか虫の一匹も飛んでいない」

「やっぱりそう思うよね〜。さっきシロに地面を掘りかえさせたのもその確認の一つだったんだ」


その問いかけは賛同で満場一致。森に入った時から感じていた妙な生き物の少なさ。これだけの森林の中でこの状況は異常だ。


「シロ君、目標までの距離と方向は把握できたかい?」

「いえ、相変わらずノイズがかかったように薄ぼんやりとしか...」


そこで俺はある事に気がついた。


・・・届いてくる周波数との距離が一向に縮まっていない?


本来なら魔力の発生源に近づけば、その分だけ反応が強くなってくるのは当然だ。それはここみたいな悪条件下であっても変わらない。


いくら進んでも全く変化が無いというのは異常である。


「まるで目的地は切り離された場所にあるみたいだ...」

「おそらくそうだろう」


そう言ってフォックスは地面に図を書いた。


「この森林は多分だが結界魔法だ。森の奥深くだから滅多に人は近寄らない。だが万が一何者かが侵入した場合、結界内への出入りはできても、向こう側へ抜けることは出来ない作りだろう。迷い易い森林の特性を利用した賢いやり方だ」

「迷ったらいつの間にか元の場所に居たって伝承はそれか」

「だろうな。加えてこの空間魔力量だ。魔法は空間の魔力に影響されない分感知がしやすいのが特徴だが、ここは絶好の隠し場所だよ」


彼の解説に俺と師匠は黙って相槌を打つ。


「だが、どんな結界にも入口がある。尤も、我々のようにそれを知らなければ、地道に外周を回ってみるしか方法はないがね」

「それなら問題無いさ。シロの出番だよ」


やれやれとこれからの苦労に肩を落とすフォックスの横で師匠は妙に自信ありげな表情でそう言う。

そうして俺の背後に回ると、そっと手を肩と目に当てて視界を奪う。


「何ですか師匠?何も見えないんですが...」

「それでこそだよ。視界に気を取らせたく無いからね。シロ、まず気を楽にするんだ」

「は?」


唐突過ぎて、また間の抜けた声が漏れる。


「いいから、やってみるんだ」


文句を言うな。といった様子で肩を叩かれても....森の奥地で気を楽にしろなんて無茶な注文だ。


「マスター。そこら辺の城塞都市の少年なら兎も角、旅慣れた彼にそれは無理な話だ。生き物の気配が無くとも、これだけの森林だ。気を抜けというのは不可能に近いぞ?」

「それでも、だよ。まあ完全にじゃなくてもいいんだけどね。いざとなれば気が楽になる魔法薬を分けてあげよう」

「・・・はぁ、やるだけはやってみますよ」


ため息をこぼしながら自分でも目を閉じて意識を暗闇に染める。

イメージするのは水面だ。いろんな条件で発生する波紋を消すように心を落ち着けていく。上手くすればそうしていく内に、自身と自然の境界がほぼ無くなるものだ。

しばらくしてそれに成功する。その事を感じたのか、師匠は次の注文を出してくる。


「次に直感でいいから穴を探すんだ」


『穴』と師匠は言う。通常の魔力探知による『反響』ではなくてだ。


精神を集中していくと目を閉じていても周りの景色が見えるような気がしてきた。

それは水墨画のように単調なはずなのに深みがある映像だった。


それからどれだけの時間が過ぎただろうか。

半日のようにも一瞬のようにも感じる。精神が研ぎ澄まされてきた兆候であった。


「・・・ッ!」


そして見えた気がした。

極々わずかな、刹那の時に、水墨画の中に針で突いたような小さな『穴』を見た気がした。

だがそれは師匠に穴を探せと言われたから穴と感じただけで、実際には点があっただけだ。


「真正面の木の幹に何かがあります」


サーッと意識が浮上し、身体が自然と切り離されて自分という個が蘇る。それと同時にとてつも無い倦怠感に襲われた。

呻き声も出せないほど体がだるい。体内の魔力が枯渇した時に似た症状だが、実際には魔力はまったく減っていないことが直感でわかる。


「な....何ですか...これ......」

「君の.....魂の記録された情報を...再生したのさ...」


俺がやっとの思いで絞り出した問いに師匠も俺と同じように青い顔をして答える。

その様子は完璧に魔力切れだった。


「まったく、他人のメモリーを無理矢理再生すれば途方も無い魔力を持っていかれる事は予想できたろうに。君の方はその反動で精神が疲弊しただけだから数分もすれば歩けるようになるだろう。」


フォックスが師匠を抱きかかえながら説明してくれる。ついでに俺にも腕を貸してくれた。


「後は結界の基点に進むだけだが...まあ、急ぐ必要もない。食休みをもう少しだけとろう」

「うぅ...助かるよ...」


師匠も彼に抱かれたままそう唸る。


そうと決まれば立っている必要もない。せっかく起こしてもらったが再び腰を下ろすことにする。負担のかかる剣も剣帯から外してすぐ横に置いた。


何故俺の魂に結界の基点の場所があったのか。

どうして師匠は自信あり気に俺を連れて来れたのだろうか。


いくつかの疑問が頭の中でぐるぐると回って体が休まらない。

ついさっきの師匠の言葉が蘇る。


『多分だけど、魔王の召喚は私じゃできないよ。この召喚は見ての通り剣精とサーヴァントを混ぜたもの。だから内面の相性も良くないと成功しないのさ』

『君の.....魂の記録された情報を...再生したのさ...』


まさかと思う。

だが、そのまさか以外に要素が見当たらない。


身体がだるくて聞くことはできないし、今の師匠に負担をかけるのも良くない。


ーーーそれから大分時間が経ったが師匠の体力は回復しなかった。

よほど魔力を消耗したのだろう。もう夜明けの時間だが顔色は青いままだ。


「さてシロ君。マスターは見ての通りの体たらくで、現状指揮権は君に有る。どう動くんだい?」

「俺はもう動ける。1人で行ってみるからフォックスは此処に残って師匠を介抱してあげて欲しい」

「君の腕を見くびるつもりは無いが、それでも単身では何があるかはわからないぞ」


彼からは当たり前の勧告が返ってくる。だが、休んでいる時から考えていた案を口にした。


「短期偵察だ。できるようならこいつも試してみる。30分経っても戻らなかったら、悪が師匠を連れて入ってきてくれ」


魔法陣の描かれた羊皮紙を抱えて立ち上がろうとするが袖を掴まれる。


「出口は無い可能性も捨てきれないが?知っているだろうが、入り口の無い結界はありえないが、入り口しかない結界はよくある」

「それは...多分平気だ」

「何故?」

「勘...としか言いようが無い」

「旅路では勘に頼る事も大切だが、何ら経験のない環境では褒められたものじゃない」


フォックスは当然の質問と疑問をぶつけてくる。逆の立場なら俺だってそう言っただろう。

だが、昨晩師匠に何かされてから妙な自信が持てている。まるで昔からこの森で暮らしていたかの様に、だ。


「自分でもよくわからないんだ。でも平気だっていう確信が持てる」

「・・・はぁ、わかった。そうも自信に満ちた目で見られては止められない。だが一つだけ確認したい事がある」


フォックスは黙って俺の目を見つめる。

そして諦めた様にため息を吐くと、了解してくれ、自分の魔力から二本のダガーを作り出した。


「これは性能としては唯のナイフだが、オレからの魔力供給で現界している。当然、オレとの繋がりが切れるか切られると瞬時に消滅する物だ。二刀一対で、どちらか片方が消滅すると片割れも消滅するように作った。これで帰り道の有無は確認ができる」

「助かる」


さっき見えた木の前に立って、まじまじとその幹を眺めてみるが特に変わったところは無い。


少し離れてから2本のダガーの内1本を幹に投げてみる。

ナイフは高速で回転しながら木に命中すると、ズルズルと中に引き込まれていった。

それからゆっくりと10秒数える。

・・・手元のダガーに変化は無い。やっぱり俺の勘は正しかったのだ。


フォックスの方へ振り返って黙って一つ頷くと、目を閉じて歩みを進める。

やがて薄い膜に当たった様な感覚と共に土の感触も異なるものに変わった。


ゆっくりと目を開けてみる。


目の前には月光を浴びて輝く大きな湖と、その湖畔にポツンと佇む一軒の小屋が建っていた。

幻想的--な訳ではない。ただ、その様子は差し詰め小説の扉絵の様に不思議と引き込まれる光景だった。それと同時に妙に懐かしい気にもなる。


俺はすぐに視線を小屋へと向ける。先程までとは打って変わって、空間魔力による干渉が一切無いので小屋の中から滲み出る異質な魔力が容易に感知できたのだ。


間違いなく師匠の目当ての物はあそこにある。


そう確信ができた。

小屋の前まで来てドアノブに手をかける。この後に及んで罠があるとは思っていなかったが、完全に錆び付いた扉を開けるのには労力を要した。


四苦八苦している間に蝶番が折れてしまったので、仕方なく扉自体を横にずらして中へ入る。燭台を見ればロウソク自体は残っていたので、《ファイア》を飛ばして灯りを点けてみた。

室内や家具類は全体的に古びて埃を被ってはいるものの、荒れた様子は無い。

ランタンを片手に物色を始める。言い方は悪いが、状況的にこれが正解だろう。

見える所にある家具類は寝具と本棚三つ、それにテーブルと椅子が一組に備え付けのチェストが一つあるきりだ。


取り敢えずテーブルの上には何も無い。ベッドの上にもまず無いだろう。

下を覗き込んでみるとボロボロの革の鞄が置かれていたが、出して開いても中には大昔の公約書が整理された状態で保管されているのみだ。


・・・これはこれで興味があるので後々にでも読んでみよう。


流石に本棚には隠せないだろう。間取りから考えても隠し通路があるとは思えない。

そうとなればもうチェストしか無い。鍵の類は付いていないので簡単に開いた。


中には衣服と思われる綺麗に畳まれた布が数枚が入っている。怪しい点は衣服が女物なことくらいだ。しかも小柄な少女の。


ため息と同時に肩を落として、出したものを戻そうとチェストの底板に指が触れた時に、妙に軽い音がした。

この音は上げ底のものだ。


入れかけた衣服をもう一度出して、朽ちかけた底板の端を押してみると板は簡単に開いた。

中には布で巻かれた棒状の物が斜めに置かれている。手に取らなくとも目当ての物だということがわかった。


「案外、あっさりと見つかったな」


というか、隠し方が安易過ぎる。本職(とうぞく)が入ったら一瞬で見つかりそうなくらいだ。まあ、その入るのが一番難しいわけだが。


魔力探知で罠の有無も確認してみるが、まったく存在しない。結界に自信があったのか、それとも唯の無用心か。その真意は俺の知るところでは無い。


包んでいる布から折れた刀身を取り出してみる。

中子(なかご)から棟区(むねまち)までの短い破片で刃は無い。細身であり、大きさの割に軽く感じた。


黙って破片と脇に抱えた羊皮紙の筒を見比べてしまう。

シルフを忘れられないでいるこの俺が本当に魔王を召喚できるのだろうか。フォックスにはああ言ったが、やっぱり実験は後日にしよう。


再び破片を布に包むと足早に小屋を去る。

だが、一歩踏み出した途端に視線が無意識に湖水に吸い寄せられる。それと同時に悪寒が走り、心臓が止まるかの様な錯覚を起こした。


破片を通じて、鉄錆の色に濁った湖面から声が聞こえたのだ。

それは悲しみの声であり。

助けを求める声であり。

絶望の声であり。

怨嗟の声であった。


「はぁっ...はぁっ....」


呼吸が荒くなって体が震える。目を離そうとしても金縛りにあったみたいに動けない。

なるほど、確かに罠など必要は無い。この場に渦巻くあの声こそが最高の盗難対策だ。


「うっぷっ...」


吐き気が込み上げてきて、とても立っていられない。その場に座り込むと同時に耐えきれなくなって胃の中身が逆流する。

それでも首が勝手に持ち上がり、目が湖に釘付けになった。


不意に水面が盛り上がったような気がした。

いや、気のせいでは無い。水から死の臭いと膨大な魔力を纏った【何か】が這い上がってくる。

藻と錆で汚れきった髪は、辛うじて昔は白髪であったろうと推測できる。

その隙間から不気味に輝く紅い眼に睨まれた次の瞬間には、俺は魂を刈り取られたかのように意識を失った。

〜〜魔術学・入門編:召喚獣とは〜〜


召喚獣(サーヴァント)


特別な儀式によって呼び出された伝説の神獣や英雄たち。

召喚にはサーヴァントの由来となる伝説(本など)が必要となり、個体差はあるが維持には魔力を消費する。

剣精とは異なって1人の召喚者(マスター)に1体の召喚獣(サーヴァント)までとなる。

知名度が高くなればなるほど召喚獣は強力なものになるが、基本値が元々高い無名の召喚獣も存在する。


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