一番の敵はゲームのシナリオです
※主人公がひたすら口が悪いです。罵詈雑言が飛びます。ご注意ください。
※ヤンデレ不在。せいぜい溺愛止まり。
「ふわぁ~、クアンって意外と筋肉あるんだね~」
この腐れビッチ。婚約者のいる人間にベタベタ触ってんじゃねぇよ気持ち悪ぃ。
「そうか? 俺はまだまだ鍛錬が必要だと思うけどな」
「えぇ~、十分だよ~。剣術の授業で一番とってたじゃん」
うるせぇキモぶりっ子。つーかさりげなく首筋にまで指伸ばしてんじゃねぇぞ。ただの“友達”でしかない俺にこんなことを仕掛けるなんてマジで娼婦みたいな女だな。
「それでもまだ足りないんだ。……ルリのことは、その……俺が守りたいんだ。だから俺、もっと強くならないと」
「ふぇっ? うん、ありがとね~クアン。私もクアンのこと守ってあげるね~」
きもいきもいきもいきもい。
てめぇのことなんざ守りたいわけねぇだろうが! むしろ正面から斬りかかってやりたい。まじで斬って捨てたい。
ええい、今ぴくりとでも指が動けば! 自由に身体が動かせれば! こんなクソアマ罵倒して突き飛ばして事故の弾みで斬り捨ててやるのに……!
心の中は怨嗟と憤怒の大合唱なのに、身体は勝手に腐れビッチを抱きしめ幸せに浸っている。腐れビッチも幼い仕草で俺の胴を腕で囲っていた。17にもなるのに何してんだこのアマ、可愛くねぇんだよ。
「……クアン様……」
なっ……! こ、この声は……エイダ! 俺の婚約者!
俺の身体、振り向け! 首よ180度曲がれ! 腐れビッチなんざ背負い投げしてエイダのもとへ駆け寄るんだ!!
「……クアン、さま……」
おのれこの野郎マジで許さねぇ。俺のエイダの泣きそうな声を無視しやがって。聞こえてんだろうが! エイダが悲しんでる! エイダが悲しんでるんだよ!!
あの子を悲しませる存在は俺であっても許さねぇ。ああ、でも今身体を操っているのは“俺”なのか?
――クアンという名の“プログラム”。そいつが俺の身体を支配している。おかげで俺は全く身体の自由がきかない。悲しむエイダを慰めに駆けつけることすら出来ない。
背後で誰かが立ち去る足音。それを聞いて“クアン”はほっと胸をなで下ろした。罪悪感にでも駆られているのか、腐れビッチの頭にあごを乗せきつく目を閉じる。
――ふざけんな。傷ついてんのはエイダだ。そして傷つけてんのがてめぇだ。てめぇが被害者面すんな。
胸くそ悪ぃ。“クアン”も、このビッチヒロインも、このくそつまんねぇ“シナリオ”も!
愛しい婚約者を傷つけることしかしねぇゲームの世界なんざ、くそ食らえだ!!
* * *
俺は自分の生きているこの世界がゲームの世界だなんて、18歳になるまで知らなかった。
クアン=リーダロッグ公爵の長男として転生し、ひたすら剣術を極めてきた。それが二度目の人生だということは覚えていたが、前世の自分がどんな人間だったのか、どういうふうに死んだのかは朧気にしか覚えていない。
ましてや人生の一コマでしかないプレイしたゲームのことなんて、詳しく分かるはずがないんだ。俺が思い出したのはヒロインに会ってからだ。そこでようやく、自分がメイン攻略対象であること、自分の婚約者が悪役令嬢であることを思い出した。そこからは段々と記憶も鮮明になり、色んなイベントなども思い出せるようになった。
10歳の時に婚約を交わした相手、エイダ=レグダント令嬢との仲はきわめて良好だったといえる。
真実、俺はエイダが好きだった。凜としているようでいて情が厚く、冷たい美貌からは想像も付かないほど優しい内面を持っている。俺はエイダがいたから挫けても這い上がってこれた。俺にとってエイダは唯一無二の、大切な女だ。
エイダもきっと俺のことを好いてくれていたと思う。そう自覚するほどのことは言われたし、デートには何度も行った。お互い高位の貴族だったからものすごく清い関係だったけれど、俺の心がエイダから離れることはなかった。
なのに。
『あっ、すいませ~ん。訓練中ですよね。あまりにかっこよかったので見とれてしまいました~』
『いや……別にかまわない。君は……』
『ルリ=ミーヤフェクトです~。最近編入してきたので知らないですよね~』
『そんなことはない。君のクラスの人からよく聞いているよ。とても可愛い編入生が来たと。……ああ、失礼した。クアン=リーダロッグだ。一応君の一つ上にあたるな』
なのに、なのに、なのに!!
ヒロインに会ってからすべてが変わった。18年間俺のものだった身体が奪われた。勝手にぺらぺらと自己紹介をした時には驚きすぎて頭が真っ白になった。
そんなことが毎日続いて、ようやく俺はすべてを悟った。
ゲームが始まり、“クアン”というプログラムが動き出しているのだ。俺本来の性質すらも消して、ゲーム通りの“クアン”が身体を支配する。それはとても気持ちの悪いことだった。
もしかしたら乗っ取っていたのは“俺”の方で、この身体はもともと“クアン”というプログラムのものだったのかもしれない。だけどそれがどうした。今まで頑張ってきたのは俺だ。家族仲を取り持ち、剣術で腕を認められ、エイダとも愛し愛される関係を築いてきたのはこの俺だ。
今更……今更ヒロインに愛を囁くだけの機械人形になってたまるか!!
この身体は俺のものだ。生まれてから今まで俺のものだったんだから俺のものだ。俺は、俺の幸せをつかむんだ。
強く強く抵抗しているのに、ゲームの強制力が働き“クアン”が動いているとき、特にヒロインがそばにいるときは全く俺の自由にはならない。
好きでもない腐れビッチに甘い顔をし、心から愛しているエイダを蔑ろにする。そんな“クアン”の様子に、俺は心が真っ二つに裂ける思いをしてきた。
もういっそ分裂してしまえば良いのに。“クアン”がヒロインを好きなら勝手にしろ。俺はエイダがいい。エイダじゃなきゃ嫌だ。エイダが好きなんだ。
ああ、頼む。もうやめてくれ。
これ以上、エイダを傷つけるな。
だけど、俺は朧気ながらも覚えている。“クアン”は数週間後、ゲームのエンディングとなる卒業パーティでエイダを最低の形で裏切る。
嫉妬に駆られヒロインに嫌がらせをしていたエイダに、国外追放と婚約破棄を言い渡すのだ。剣も握ったことのない令嬢の国外追放なんて、事実上の死刑である。
“クアン”はエイダを殺す。……そんなこと、俺は許さない。絶対に、許したりしない。
俺がエイダを守るんだ。何のための剣だ。誰のための強さだ。――俺が、エイダを守るんだ。
* * *
ヒロインがそばにいる時はより強固に、そばにいなくてもある程度は自由を奪われている俺だが、唯一完全に自由になる時間がある。
それが夜の10時から朝の6時までの時間だ。この時間はゲームでは記載されておらず、システム上の“空白”となる。
この時間だけは……俺は俺でいられる。
「……エイダ」
俺は今、見つかったら非常にまずい場所にいる。エイダの寮室だ。こんな真夜中に正式な入り方なんて出来るはずもなく、完全に“不法侵入”の形をとってしまっているが。しかも部屋の住人はとっくに寝床に入っている。
“明日”のことを詳細に書き記した手紙をエイダの枕元に置き、エイダの寝顔をじっと見つめた。
目元が、腫れている。泣いた跡だろうか。今日は、とてもひどいことを言ってしまった。「お前を好きだったことなんてない」なんて、そんなこと、俺だったら口が裂けても喉が裂けても胸が裂けたって言わない。
「エイダ……愛してる」
ぽたぽたと、白いシーツの上に水滴が落ちた。すぐに吸収され、暗闇の中目立たなくなる。
それが自分の涙だと気付いたのは、頬に手の甲を当ててからだった。なに泣いてんだよ。泣きたいのはエイダの方だろ。ふざけんなよ。
「ごめん……愛してる、ずっとずっと、お前が好きだ」
エイダはもう、俺のこと嫌いになったかな。そうだよな、あんな傷つけ方してきたもんな。
嫌いにならないでくれなんて身勝手なこと言えるはずがない。そんな言葉はエイダの未来の妨げになる。
だから俺の想いだって、伝えない。起きているエイダには絶対に伝えられない。
――明日。俺は、エイダに婚約破棄を告げる。
そのときが最後だ。これで終わりにしよう。もう二度と、絶対に、俺はお前を傷つけない。
「俺がお前を守るから……だから、幸せになってくれ、エイダ」
そっと、頬に残る涙の跡に触れようとして……寸前で思いとどまった。
起こさないように、というのもあるが、それ以上に今まで散々エイダを傷つけてきた俺が、触れてはいけない気がした。
“明日”のシナリオはもうすべて手紙に書いた。ゲームのシナリオがエイダを殺そうというのなら、俺は俺のシナリオでエイダを守る。
今までもたびたび夜に忍び込み、やっておくべきことのリストを書いた手紙を置いてきた。何故だか分からないが、エイダはその手紙の通りに今まで行動してくれている。
差出人不明の手紙なのに、何故か、だ。
最初の手紙には、どんなに悔しくてもヒロインに嫌がらせをするのはやめるよう書いた。
次の手紙には、なるべく公的な場所に顔を出して、自分がその場にいたことを中立的立場で証明出来るようにしてくれと書いた。
その次の手紙には、2週間ほど学園を休んで、短期休暇届を学園側から発行してもらうよう書いた。
その次の手紙には、なるべく一人になるのは避け、常に友人以外の人がいる場にいるよう書いた。
その次の手紙には、保健室でここ最近の入室記録と治療記録の写しをもらってくるよう書いた。
最後の手紙には、すべての“証拠”を卒業パーティに持ってくるよう書いた。
そしてほんの少し、俺の気持ちを織り交ぜた一言を。『幸せになってくれ』……その気持ちだけ書いた。
うまくやってくれ、エイダ。そうすれば君は国外追放されることも、その名前を落とすこともなくなる。
幸せをつかむんだ。君が幸せなら、俺も幸せだ。――たとえ、どんなに離れていようとも。
* * *
「エイダ、お前がやってきた悪行はすべて分かっている」
「なんのことでしょう」
「とぼけるな! お前はルリに酷い虐めを行い、あげくに階段から突き落として殺害しようとしただろう!」
あーあーまるで印籠を掲げるジジイ付のお兄さんみたいなこと言っちゃってー。かっこいいとでも思ってんのかね、“クアン”は。
そもそもこの乙女ゲーム、色々コンセプトがおかしいよな。学園恋愛モノなのになんでメイン攻略者がばりばりの略奪愛なんだよ。よりによって国王夫妻も出席する卒業パーティで修羅場の婚約破棄とか、それもおかしいだろ。
クソみてぇなシナリオ。はやく終わんねぇかな。
「え、エイダさん……私が、クアンと仲良くするのが気にくわなかったんですよね……?」
「……婚約者と見ず知らずの女性が仲良くしていて良い顔をするひとなんていませんよ」
「でもっ、私はクアンさんを本当に愛しているんです! こんな卑怯なやり方で私たちを引き裂こうとするなんて、最低だって思わないんですか!」
いやいやいや、そもそもてめぇが最初に俺とエイダの仲を引き裂いたんだろうが。
そりゃあゲームのストーリーの俺たちは関係が冷え込んでいたかもしれない。だがこの世界の俺たちは、人もうらやむほどラブラブなカップルだったんだ。そんなの、ちょっと人に聞けば分かっただろうに。
……分かったところで諦めないか、こいつは。
なんたってエイダが嫌がらせをしてこないからって、自作自演で自分がエイダに虐められているようにみせるほどキチってる奴だからな。
俺たちがどんな関係だろうと、構わず俺にまとわりついてきたに違いない。
ヒロインもまた、転生者であるらしい。そんな言動が節々に見られた。ヒロインだったら愛されるのか。ヒロインだったら幸せになれるのか。
……このシナリオが、それを強制してくるなら、俺は俺のやり方で抗ってみせる。
エイダを貶めたヒロインを許すつもりなんて毛頭ない。エイダを傷つけた人間はまとめて地獄に送ってやる。
「私も、クアン様を本気で愛していますわ」
「嘘です! だって二人は政略結婚で……」
「政略結婚なのは本当です。ですが私は、クアン様が好きです。誰よりも弱くて、誰よりも努力家で、誰よりも優しい……そんな人だから、好きになりました」
……エイダ。
「ふん、お前に好かれても嬉しくない。俺はずっとお前が疎ましかった」
おいふざけんな“クアン”。
「それにルリに嫌がらせをするなんて最低だ。エイダ=レグダント。お前との婚約を破棄させてもらう! さらに今ここで、ルリ=ミーヤフェクトを新たな婚約者とする!」
「きゃあっ! 本当? クアン!」
「ああ、ルリ。君が卒業したらすぐに式を挙げよう。もう1年が待ち遠しいな」
「うん、私もぉ!」
……ついにやったな、“クアン”。さぁ、これが一段階目の婚約破棄だ。ここで止めとけば良いものを、シナリオはエイダを不幸のどん底に突き入れるまで止まることはない。
なら、てめぇをぶっ壊してやるよ、クソシナリオ。
「エイダ! お前は未来の公爵夫人を迫害し、殺害しようとした。よって! お前を国外追放する!」
「――――ちょっとお待ちください、クアン様」
にこりと、それはそれは綺麗にエイダが微笑む。絶対零度の微笑み、というのがふさわしい笑い方だ。
エイダはこんな表情も出来るのだ、と話には聞いていた。俺は実際に見たことがなかった。俺に向けられる笑みはいつもはにかんだ、あたたかい笑みだからだ。
「私はルリさんを虐めたり、階段から突き落としたなんてことはしておりませんわ」
「なんだとっ、白をきる気か!」
そう怒鳴り散らしたのは俺じゃない。“クアン”以外の攻略対象だ。このゲームには特定の誰かを選んでも逆ハーできるルートがある。簡単に言うと結婚できるのは一人きりだが、愛人として他の男にもちやほやされるということだ。この状況なら“クアン”がヒロインに選ばれたただ一人で、それ以外の男どもが愛人という扱いになる。
ヒロインは一切の躊躇なく逆ハールートを選びやがった。俺がヒロインのことを“腐れビッチ”と呼ぶのはそういうわけだ。
「私を追及するからには、もちろんそれなりの証拠はありますわね?」
「当たり前だ。ルリが階段から落ちたとき、お前の忌々しい赤髪を見たと言っている。そんな毒々しい色の髪はお前しか持っていない!」
「それは証拠ではなく証言というのですけど……。まぁいいです。それで? その階段から落ちたという日時は覚えていますか? ルリさん」
毅然とした態度で微笑み続けるエイダは相も変わらず美しい。その優しい微笑みをもう俺に向けてくれないことは残念だが、仕方がないのだろう。俺はあまりにも彼女を傷つけすぎた。
水を向けられた腐れビッチは怯えたように俺の腕に手を絡ませ、背中に隠れる。本当に気持ち悪い。
「に、日時って……わ、私すごく怖くて……っ、そんなの覚えてないわよ!」
「おかしいですわね。殺人未遂、と私を断じるほどの怪我を負ったのではなくて?」
「そうよ! ものすごく痛くて、しばらく右手が使えなかったんだから! それでクアンにも迷惑かけちゃったんだからね!」
「迷惑なんて思っていない。俺はルリのためなら何でもするよ」
「クアン……」
「ルリ……」
あーはいはい。愛のミュージカルはいいから早く話進めろよ。
「ではクアン様は覚えているのではなくて? ルリさんはいつ頃、怪我をしたのですか」
「ふん。1月末からだ。ルリが突然腕に包帯を巻いて登校してきたからはっきり覚えている」
「そうですか。保健室の入室記録とも合致しますね」
「そう! 私、周りに誰もいなかったから、一人で必死に保健室に行ったの」
「ルリ……そうだったのか。つらい思いをしたんだな……その場に俺がいれば……!」
「クアン……ううん、いいの。クアンは私を十分助けてくれたよ」
「ルリ……」
「クアン……」
「あーはいはい」
ついにエイダにまで呆れたように流された。うん、わかるぞハニー。斬り捨てたくなるよな。
「さて、保険医の先生が入室記録とは別に治療記録というのを記しているのはご存じですよね。治療の経過などを詳細に書き記してあるんです。……仰るとおりルリさんは保健室に入室しています。ですが治療記録に名前が載っていないんですよ」
「……は?」
「特別に写しをいただけましたからご覧になります? 時々冷やかし目的で来る生徒などが、このように入室しても治療していない、という記録になるんだそうです。ルリさんの場合はさらに奇妙なことが起こっていましたが」
そうだ、その調子だエイダ。
自称被害者の証言しか当てにしていないクソ野郎どもの鼻を明かしてやれ!
「保険医の先生によると、1月の25日、ギブスと包帯が何点かなくなっていたそうです。盗まれたのではないか、と先生は仰っていました」
「盗まれた……?」
「そ、それは、先生がいなかったからちょっと貰ったのよ! 別に盗んだわけじゃない!」
「おかしいですわね。我が校の保健室には保険医の先生が3人。交代で入り、いつでも治療ができるよう万全の体制を整えています。先生が保健室にいないという事態はあり得ませんよ。まぁ、ベッドで寝ている生徒の看病をしに少し目を離すということぐらいはあるでしょうけど。……ああ、そうそう。ルリさんの時も、ベッドの生徒の氷嚢を替えようと席を外した時間があったそうです。“特に目立った外傷がなかった”ルリさんの診察をしようと戻ったときには、ルリさんは退出していたそうですが」
「……何が言いたい」
「わかりやすく言いましょうか。ルリさんが階段から落ちたというのは狂言で、盗んだギブスと包帯で、怪我のない利き腕を怪我したように見せかけたのではありませんか?」
「何を貴様……! ルリが嘘をついているって言うのか!」
プログラムってのは哀れなもんだ。こんだけ怪しさ満点の奴のことをまだ庇う気になれるらしい。
ああでも、エイダが自分の無実を突きつけるたびに、ゲームのシナリオが歪んで言っているのが分かる。
その証拠に、左手の指が自由に動かせるようになった。俺はさりげなく、腐れビッチの腰から手を浮かせる。
「ええ、ルリさんは嘘をついています。怪我をしていたかしていないかはこれまで出た資料と証言から推測するしかありませんが……、はっきり、私がこの事件に関与していた、というのは嘘です」
つばをまき散らしながら怒鳴る“クアン”に対して、エイダは冷静沈着そのものだ。彼女は元々ものすごく頭のきれる女だ。クソ野郎どものデタラメな言い分なんて難なく退けてしまえるだろう。
「階段から突き落とされた、というのは1月末日だと仰っていましたね。その頃は丁度私、学園を出ていましたの」
「はぁ?」
「2週間の地方視察ですわ。学園の方に届け出も出しております。国王陛下にも許可証を発行して頂いたので、この場で確認することも出来ますが……いかがいたします?」
「どういう……どういう、ことだ。じゃあ、ルリを突き飛ばしたのは一体……っ」
「だから言ったでしょう、彼女の狂言ですと。私が彼女を虐めたという事実もありません。私、この数ヶ月王都でのお仕事が忙しくてろくに学園にいることがなかったんですもの。――これがその、出欠席簿の写しですわ。これでもまだ私をお疑いで?」
エイダはこの数ヶ月、あえて忙しい毎日を送っていた。学園は公欠扱いにしているが王都に泊まり込みの勢いでパーティーに参加し、他の貴族をもてなす役をこなした。忙しそうに接待する姿は当然、国王陛下夫妻の目にも留まっているはずである。
たとえこの学園に戻ってこれたとしても、彼女は生徒会役員と美化委員の仕事を兼務していて、学園にいなかった分の仕事に追われていた。それらはすべて公的な書類として残り、彼女にイジメなんてやる暇なかったという証拠になり得る。
足下に無造作に放り投げられた書類を“クアン”が呆然と拾い、一枚一枚に目を通していく。
その横で腐れビッチが途方に暮れたように他の攻略対象に目を向けていた。
もうすぐ、もうすぐだ。全部壊せる。もう左腕が自由に動くんだ。ここで一発腐れビッチをぶん殴ってやりたいが、まだ我慢する。
「ま、まて! お前は何故こんな書類を用意しているんだエイダ!」
「不思議に思いますか? そうですよね。あるお方から、手紙が届きましたの。ルリさんの動きには気をつけろ、自作自演をして私を貶めようとしている、しっかりと自分の無実を証明出来るものが必要だ。そう書いてありましたわ」
「自作、自演……」
「嘘よっ!! クアン、騙されちゃダメ! この女は私を殺そうとしたの、お願い信じて!」
「いい加減にしないか、見苦しい」
壮年の男性の苛立った声に、内心俺はほくそ笑んだ。そうだよな、来ると思った。
ゲームでもあんたは途中で口を挟んできた。そしてエイダの国外追放を大々的に認めたんだ。国の頂点に立つあんたが認めたんじゃ誰もが従わざるを得ない。ゲームのエイダは着の身着のままで国境の外へと放り出された。
たとえゲームの中のこととはいえ、あんたのことも大っ嫌いだったぜ。この世界でも同じことをしてみろ。――絶対にお前を殺してやる。国王陛下。
「へ、陛下……」
「先ほどから聞いていれば何だ、この祝いの席で騒々しい。場所を考えられないのか」
ここまでは同じような台詞だ。だが、ここからだ。
お願いだ。どっちが正しい主張なのか、子供でも分かるだろう? ……お願いだ。もう、エイダを苦しめないでくれ。
「も、申し訳ありません。とんだご無礼を……」
「婚約破棄に国外追放。たいそうなことだな。――すべて、冤罪のようだが」
……ああ。
「へ、陛下っ」
「衛兵、クアン=リーダロッグらを捕らえよ! 沙汰は追って下す!」
――――シナリオ、崩壊だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! こんなのストーリーにない! なによこれ、バッドエンド?!」
「待ってくれ、僕はこの女に騙されただけなんだ!」
「お助けください、国王陛下!」
ヒロインとその取り巻きたちがギャアギャアと喚きながら衛兵のお縄にかかっていく。あまりに抵抗するものだから手刀をうたれて気絶するやつもいた。
俺は無言で手を前に出し、縄に縛られた。大人しい様子を認めたのか、乱暴なことはされなかった。
「……最後にルリに別れを言いたい。いいか?」
「……まぁ、よかろう」
“俺”は、目の前の衛兵に許可を貰うと、未だに甲高い声を上げて抵抗しているヒロインの元へと歩いて行った。
ヒロインは何を勘違いしたのか、ぱぁっと明るい顔になり、俺を笑顔で見上げる。
「クアン、良かった! ねぇ私を守ってくれるんだよね? こいつら私に酷いことをするのよ。みんなやっつけちゃって!」
「――――おい、腐れビッチ」
エイダに聞こえないよう声を潜めたが、ヒロインを捕らえる衛兵には聞こえたみたいだ。驚いたようにこちらを見ている。
ヒロイン自身も笑顔のまま固まっていた。まさかビッチって単語をしらないんじゃねぇだろうな? てめぇのことだよ尻軽。
「楽しかったかぁ? ゲームのシナリオは。よかったな、“クアン”っていう名前のプログラムはお前のことをたいそう好いていたぜ」
「え? ……え?」
「でもな、俺はてめぇなんざ大っ嫌いなんだよ。うざい、きもい、死ね。エイダに迷惑をかけたくなかったから手出ししなかったけど、それさえなければ夜てめぇの部屋に忍び込んで、そのやかましい喉に剣を突き立ててやったのに」
「く、クアン?」
「所詮てめぇを愛していたのはゲームのプログラムだ。ゲームのシナリオの中でしかてめぇは愛されない。人間がお前を愛している訳じゃない。“クアン”という機械人形に愛されて……楽しかったか? ヒロインさんよぉ」
ヒロインの顔が真っ青になった。自分でも気付いたんだろう。
ゲームのシナリオの中でしか愛されない、ゲームのプログラムにしか愛されないということは、所詮ゲームをしていることと同じだ。バーチャルリアリティみたいなもんか。バーチャル……仮想、だ。
シナリオをなぞって、ルートをたどって、キャラに愛される。その虚しさを、今ようやく味わっているんだろうな。
俺はもう良いとばかりにヒロインから離れると、衛兵に小さくうなずいた。
不思議な言葉ばかり聞いた衛兵は首をかしげながらもヒロインの縄を引っ張り、会場外へ連れて行く。あんなに喧しかったのが嘘のように静かになっていた。
「さぁ、お前も行くぞ」
「ああ」
俺も処分を逃れることはできないだろう。もうとっくに受け入れていることだ。
俺は、“クアン”を許せない。あんなふうにエイダを傷つけておいて自分だけ逃れるなんてそんなことあっていいものか。俺は“俺”ごと“クアン”を処分する。
「……クアン様」
「エイダ……」
――ああ、なのに。クソ。俺の馬鹿野郎。
エイダの顔を見た瞬間泣いちまうとか、かっこわるすぎだろうがよ。最期ぐらいかっこつけて死ねよ。
もうシナリオは完全に崩壊して、この身体は俺のもののはずなのに、涙が止まってくれない。呆然とした顔のままぼろぼろと泣き続ける俺を、エイダは悲しそうに見ていた。
せめてにと。俺は顔の筋肉を総動員して、笑ってみせた。
「元気で」
愛してる。ずっと好きだ。幸せになってくれ。
全部心に秘めたまま、俺はエイダに背を向けた。
これで、俺のシナリオは終わり。クソみてぇなゲームのシナリオよりかはましだろ?
* * *
『……何だよ』
『いえ。何をされているのかなと思いまして』
『見てわかんねぇのか』
『えっと、泣いていらっしゃる?』
『それが分かるんならこっち来んな! 婚約者っていったってどうせお前も他人だろ! 俺のことなんか放っといてくれ……!』
『まぁ……そうですけど。でもここは貴方の私有地じゃありませんよね? なら私の立ち入りを禁止する権利はないはずです』
『~~~~っ! ウザい! お前なんなんだよ! 俺の隣に来んな!』
『ですから貴方にそれを言う権利は……』
『うるっさい! 俺に話しかけんな!』
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
『……おい、なんか喋れよ』
『……はぁ。喋りたいのは貴方の方でしょう?』
『はぁ? なんで俺が』
『喋りたいなら喋ってください。聞きますから』
『…………』
『…………』
『……なんで、みんな俺ばっかに期待するんだよ』
『期待、ですか』
『母上は学業で一番の成績を取れって言うし、父上は騎士団長を目指せって言う。かと思えば弟たちは母上と父上の仲を取りもてだとか……なんでみんな俺ばっかり。しかも全員言ってることバラバラだし』
『やることが山積みですね』
『なんなんだよ! 俺は完璧超人になんかなれねぇよ! なんで、次期公爵候補としての教育を受けてんのに騎士団長まで目指すんだよ。なんで長年仮面夫婦のやつらをくっつける役を任されなきゃならねぇんだよ! ……もう嫌だよ……っ。俺、神童なんかじゃねぇんだよ。今までは何とか誤魔化し誤魔化しやってきたけど……もう、限界だよ……! 俺はもう、何も努力したくねぇんだよ!!』
『……じゃあ、街に遊びにいきましょうか』
『……ぐすっ。……なんで、お前と』
『別に私とでなくても構いませんが……でも今の貴方は少し、根詰めすぎなんだと思います。色んな期待の声を、貴方は無視することが出来ない。それは貴方が優しいからです。だけど今はその優しさが貴方を追い詰めている』
『何だよっ、分かった気になって! 俺が優しいわけないだろ! もう努力したくないとか言い出すクソ野郎なんだぞ!』
『それは、貴方が今まで逃げずに努力してきたから出る言葉です。逃げなかったのは、家族の期待に精一杯応えたいと、優しい貴方が思ったからです。確かに貴方は、こんなところでぐすぐす泣いている弱虫泣虫ですが、努力家で、優しい方だと思います』
『…………なんだよっ、あんたなんなんだよぉ……っ』
『エイダ=レグダントですよ。クアン様、貴方の婚約者の。……さ、遊びにいきましょう。気晴らしをしている内に何か名案が思い浮かぶかもしれません』
『……行く……っ』
……ずいぶん、懐かしい夢を見た。あれは11歳のころだったっけ。
前世の記憶が多少なりとも残っていた俺は、生まれたときから計算ができ、物覚えが早く、そのせいか神童などといってもてはやされた。
今にして思えばとんだ愚策だったと思うが、とにかくそのせいで俺は周囲の期待を一身に受けることになった。
前世の記憶を使っても周りと距離を開けるのが難しくなって、焦っていた。段々周りの期待がプレッシャーになって、押し潰されそうになった。
……そんな俺を、エイダは救ってくれた。
アホみたいな理由かもしれない。だけど俺はそれで、彼女のことが大好きになった。エイダはいつだって俺の様子を見計らっては、街にこっそり連れだしガス抜きをしてくれた。
おかげで今の俺がいる。次期公爵としての教育もばっちりこなし、未来の騎士団長かとも噂され、両親の仲を取り持つことが出来た、まさに“完璧超人”が。
その裏で支えてくれたエイダのことを、俺は決して忘れたりしない。
「クアン=リーダロッグ……出ろ」
「……分かった」
シナリオ崩壊から、3日。既に全員分の沙汰は決まっていた。
今回の騒動の原因であり、狂言でレグダント公爵の娘を追放させようとしたヒロインは、死刑。公開はされることなく、地下牢でひっそりと毒を呑まされるそうだ。
他の取り巻き達は今回目立ったことはしていなかったが、学園で色々と問題行動が見られていたため、いずれも廃嫡。今後は地方にこもって静かに暮らすらしい。
そして今回、ヒロインに並ぶ主犯格であった俺は、廃嫡と国外追放。自分の剣と1週間分の食料を持って自国を出る。
これでも死刑にならなかったのが不思議なくらいだ。普通地位の高い人間ほど責任も大きくなる。隠蔽、という汚い手段に出る奴もいるが、俺の家族はそんなことはしないだろう。
……だけど、嘆願書は何通も送られたらしい。「本当は心の優しい子なんだ。どうか許してくれ。命だけは助けてくれ」……そう書かれていた嘆願書を俺も読ませてもらった。また泣くことになった。
「馬車に乗れ。国境付近までは送る決まりだ」
「……感謝する」
きっと俺が死刑にならなかったのも家族が必死に頭を下げてくれたおかげだ。本当はエイダを傷つけた自分なんて殺してやりたかったけど、あんな嘆願書読まされた後じゃあ死ぬ気になんてならない。
……俺は、生きていこうと思う。全部なくしちまったけど、ゼロからやり直す。俺はもう、シナリオの上の登場人物なんかじゃないんだから。
ただ、心の残りなのはエイダのことだ。結局、謝ることができなかった。
……あいつにはもう、俺のことなんか忘れて幸せに生きてもらいたい。そのためには俺が余計なこと言って未練を残してはダメだ。……そう、頭では分かっているんだけどな。本当は一言ぐらい謝りたかった。
「着いたぞ。降りろ」
「ああ」
エイダのことを考えている内に国境付近についたらしい。ここからは馬車で行くには道が険しいから、徒歩だ。
腕を拘束していた手錠が外され、送ってくれた騎士が馬車の仲に消えていく。俺が頭を下げると、悲しそうに微笑んで礼をした。
「……さっ、仕切り直しだ。ゼロからスタート! また努力すりゃいいんだし、生きてるだけ立派立派!」
わざと明るい声を出して、自分を鼓舞する。
これからなにをすればいいか。何も決まっていないが、少なくとも死にたいっていう気持ちはなくなった。なら一生懸命生きるだけだ。
……一生懸命、生きよう。弱くても、努力して、人に優しくして……エイダが好きでいてくれた、俺のままで生きよう。
「また、根を詰めすぎですよ、クアン様」
――え?
どう、して。
「エイダ……? え、な、なんで……?」
振り向いた先には、質素なドレスを着たエイダがいた。もう二度と見られないと思っていたあのあたたかい微笑みを浮かべている。
なんでこんなところにいるんだ。危ないじゃないか。どうして俺にまたそんな笑顔を向けてくれるんだ。
……色々なことが言いたかった。だけどエイダの顔を見た途端ぶわっと涙が出てきて、うまく言葉に出来なかった。ああもう馬鹿野郎。ほぼ条件反射で泣いてんじゃねぇよかっこ悪い。
「クアン様は本当に泣虫ですね。愛しの婚約者が、地位も名誉も金も全部捨てて、貴方を追いかけてきたんです。ちゃんと喜んでください」
「は……? はぁ?! エイダ、おま、全部捨ててって、まさか……!」
「ええ。公爵令嬢の肩書きを捨ててきました。家族には猛反対されましたが、ナイフを首に当てて『認めなきゃ死んでやる!』と言えば楽勝でしたわ」
涼しい顔でそう話すエイダに、俺の方が蒼白になる。おいおい待て。なんつーことしてんだコイツ!
俺はエイダのすぐ前まで駆け寄ると、彼女の肩に手を置いた。
「エイダ、帰れ!!」
「嫌ですわ」
「今ならまだ間に合う。さっきの馬車も俺が全速力で追いついて連れ戻してやるから、帰れ。な?」
「嫌だと言ってるでしょう。貴方が国の外へ行くなら、婚約者の私も当然行くべきです」
「何言ってんだ! 婚約なんてとっくに破棄しただろ!」
「クアン様こそ何を仰るの。ルリさんの騒動の時の婚約破棄は、こちらが受け入れていないわ」
「俺はもう公爵家から廃嫡された!! それと同時に婚約破棄だ! お前は何も悪いことしてないんだから、いいから帰って、お願いだから幸せになってくれ!」
「わたくしはっ!!」
エイダの手が俺の手に重なる。痛いぐらい力を込められた。
毅然と俺を睨む彼女の瞳は、あの婚約破棄の時以上に怒りに満ちあふれていた。
「私はリーダロッグ公爵の長男と婚約をしたわけではないわ! クアン、貴方と婚約をしたのよ! 貴方が好きだから結婚したいと思ったのよ!!」
「な……」
「廃嫡されたと同時に婚約破棄? 冗談じゃないわ。確かにリーダロッグ公爵の長男は死んだかもしれない。だけどクアンはまだここにいる! クアンとの婚約破棄なんて絶対に認めないし、貴方がどこへ行こうとも絶対について行く! 嫌ならここで私を殺しなさい!!」
「そんなこと出来るわけないだろ?! 何言ってんだお前は! 俺は、お前を散々傷つけた最低男なんだぞ! なんでこんな俺なんかのために……っ」
「ええ、ええ、傷つきましたわ。何度も胸が張り裂ける思いがしました。ルリさんだって本当は心のまま罵倒したかった! 卑劣でも何でも復讐したかった! でも!! ……貴方が、手紙で止めていたでしょう……?」
俺はこの時、はじめてエイダの瞳から涙が落ちるのを見た。
エイダは俺なんかよりずっと強い人間だ。滅多に泣かないし、泣いたとしてもそれを人に見せたりはしない。
そんな彼女が今はぽろぽろと大粒の涙を流している。下唇をきつく噛みしめながら、ひどく悔しそうに、怒ったように、泣いている。
「私が、貴方の書く文字に、文章に、気付かないと思って……?」
「エイダ……じゃあ……」
「ええ。私は貴方からの手紙だから、その内容に従ったの。昼の貴方の行動に傷つきながら、夜の貴方の手紙に何度も救われてきたの。それに貴方は、夜何度も会いにきてくれた! 愛してると言ってくれた!」
「……エイダ……」
「愛してるというのなら、ちゃんと貴方が私を幸せにしなさいよ!! 何が『幸せになってくれ』よ! そんな無責任なこと言って私をおいていかないで! 責任取って、貴方が、私を幸せにしなさい!! このバカ!!」
まるで子供の癇癪のような怒り方に、俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
こんな感情的なエイダ、はじめて見た。彼女はいつも冷静沈着で、俺より数段大人びているのかと思っていた。
好きという感情だって、俺の方がよっぽど大きいのかと思っていた。こんなふうに、こんなふうに彼女が俺を愛してくれているなんて、知らなかった。
俺の胸を非力な拳で叩きながら抗議していた彼女だったが、一通り抗議し終えると、俺の胸に涙でぐしゃぐしゃの顔を押しつけてきた。
じんわりとシャツに水滴がしみる。それが不思議と心地よい。
「もう……っ、婚約破棄されるなんて、まっぴらよ。ちゃんと、いつも通り笑ってみせたけどね、ほんとはもう、辛くて悲しくて、あの場所から逃げ出したかった……!」
「……ごめん……」
「どんな事情があったのかなんて知らないけどねっ! もう二度と、愛している人に婚約破棄されるなんて嫌! ……クアン。お願い、もう、裏切らないで……っ」
……なんだよ、なんでなんだよ、エイダ。
俺のシナリオはどうなるんだよ。ヒロインを倒して、エイダを冤罪から救って、俺は遠くのどっかでお前を見守って……そういうシナリオはどこへ行っちまったんだよ。
なんで、こんなところまで着いてくるんだ。なんで、全部捨ててまで俺と一緒にいてくれるんだ。なんで、俺が許せなかった“クアン”をお前が許しちまうんだ。
そんなことされたら、俺はもう……お前を、手放せなくなるだろうが……っ!
「いいの、かよ」
「うん」
「剣以外、何も持ってないぞ。公爵でも騎士でもない、ただの泣虫な男だぞ」
「うん、弱くて、努力家で、優しいクアンがいいよ」
「う、ぅあ、ああああ……っ、あああああ!」
大声を上げて泣き崩れる俺を、エイダは抱きしめる。エイダも鼻水を垂らしながら泣いていた。
お互いもう、何も持っていない。何者でもない。それでも確かに幸せを感じられた。
ゲームのシナリオと、俺のシナリオは崩壊した。
これからは、俺たちのシナリオが始まるらしい。
ヤンデレなし、バッドエンドなし、デッドエンドなしの物語を自分がどれだけ書けるか試してみました。
結論。200字ぐらいで心が折れかけた。
最後の方の文に多分疲労が滲み出ていると思います。ひたすら甘いだけの攻防で砂吐く。
こう……「両思い? 残念それは死亡フラグだ!」っていう作品の方が好きなんですよね……。よっぽどバッドエンド直行便に乗せてやろうかと思いましたけど、なんとか思いとどまりました。
15000字の文章を短編として出していいのだろうか……。でも分割するとなるとサブタイを考えるのが面倒なので、このまま投稿します。お許しをー。
・クアン=リーダロッグ
公爵家長男。婚約者のエイダ溺愛。嫌いな人間にはかなり毒舌。転生者だが前世のことはあまり覚えておらず、ゲームのこともシナリオに巻き込まれてようやく思い出した。ヒロイン以上にゲームのシナリオが嫌い。神童として何もかもを期待され、プレッシャーに押し潰されそうになったときにエイダに助けられ、好きになる。実はかなり泣き虫。
・エイダ=レグダント
公爵家次女、クアン溺愛。普段はクールビューティだが、いったん箍が外れると子供のようになる。普段は婚約者をクアン様と呼び、よっぽど動転したときにクアンと呼ぶ。クアンを追っかけて地位も名誉も金も全部捨てるほど、肝っ玉がでかい。
・ルリ=ミーヤフェクト
男爵家庶子、クアン中心の逆ハールートを選択したヒロイン。ちなみにぶりっ子口調なのは原作ヒロインのキャラを真似てる。狂言による冤罪をふっかけようとしたことで捕縛され、牢の中で命を散らす。