プロローグ
ニンジャスレイヤーやニューロマンサーから影響を受けています。
通信網が世界中に張り巡らされ続け、サイバネ手術が普遍化し、インターネット空間へ精神をダイブさせることが当然になり、突如として魔法が出現した時代。世界は衝突し、融合し、今も拡大を続けている。人々は宇宙への進出の道を断たれ、もはや宇宙植民の夢は小学生にすら口にされなくなった。新型サイバネ、過剰消費社会、魔法、見目麗しいエルフのゲイシャ、人気花魁アイドル、サイバードラッグ、合法トリップドリンク。
皆、熱に浮かされ、ケオスの海に呑まれていく。空の色はノイズ交じりで不通状態なテレスクリーンの色、誰も青空など求めてはいない。身を隠すためのほの暗い影が都会を生きる人々には必要なのだ。宝石箱のように輝く摩天楼、宝石箱の輝きが強まれば強まるほど、色濃く、深く、より暗く影が落ちる。
未来的電脳メガロシティに生きる者は誰もが犯罪や後ろ暗い事とは無縁でいられない。サラリマンも、学生も、ありとあらゆる社会的身分の者たちは過剰競争と過剰消費の魔の手から逃れることは出来ない。そして、それは「存在しない仕事」を生業とする者もまた例外ではないのだ。
そんな世界を生きる俺の相棒、オート9。これは勿論嘘だ。俺は元人間のロボット警察官なんかじゃないし、そんな状況に陥れば発狂する自信がある。主人公以外の被験者みたいに。
そう、このポケットに納まらない程度のモンスターの話だ。こいつは凄いぞ。銃身からグリップまで全てHIHI-irokane合金製、特注したセンジン・ショウブ社のタケミカヅチ49/スマートガン仕様だ。劣化重金属弾頭を50発フルオートないしはセミオートで吐き出す。
実際のところ親の遺した金はこの二挺拳銃と強化反射神経、皮膚装甲、肋骨のクロム置換手術、骨密度上昇手術、左腕の軍用サイバネ義手などにほぼ全て費やした。身体の成長がほぼストップすると同時に、最新モデルのサイバネを導入しまくったのだ。左腕のサイバネ義手だけは型落ち品でもかなり高額なため、頑丈さと拡張性に優れたタイプの湾岸警備軍放出品を購入したが。
分解整備を終えたこいつが二挺、それぞれ腰のガンベルトと脇下のホルスターに納まっている。これが俺の目下の飯のタネで、尚且つ最も頼りになって信用出来る相棒ってわけ。
俺はピストル・バイポット。二脚で立って銃を上手く支えるのだけが取り柄の男。非魔法覚醒者、そして今時特に珍しくもないエルフ。サイバネは「たしなむ」程度に。父親は純血のエルフ、母親はハーフエルフで二人とも魔法覚醒者だったらしい。それで、これが最も重要なポイントなんだが、二人ともメガコーポの「お抱え」で暗黒非合法ビズに手を染めていたそうだ。
これは推測だが、経営幹部陣が皆純血の魔法覚醒者エルフで占められているという、ヨリトモ・マギテックカンパニーの線が濃厚だろう。もちろん推測に過ぎないし、そうだと分かる証拠は部屋にも一切無い。口座に振り込まれていた金を振り込んだ会社は架空の企業だった。俺の今の保護者にそう伝えられて、俺は初めて両親の稼業を知ったのだ。精々が勝ち組企業の保安部社員だろうと思っていた俺の予想は裏切られた。俺の両親は企業ニンジャだったというのだ。
しかし因果応報というやつで、過去はいつか必ず自身の未来を収穫しにやって来る。つまり二親が二人とも揃って「収穫」されてしまった俺は実際天涯孤独の身だった。
一芸は身を救うとは誰の言葉か知らないが、とにかくピストル競技と感知力・射撃センス・集中力には自信が有った。もちろん結果も出しているし、インタハイもピストル競技片手射撃部門とガン=カタ部門で優勝した。それが今の俺の保護者にしてミス・ジョンソン、恐ろしくも美しい竜人と俺を結びつけてくれた。
「おはよう、ロンド。今朝も早くからトレーニングと商売道具の分解整備?感心だこと。」
「おはよう、ミス・ジョンソン。俺にはコレしか無いんだ、ハイスクールに通っていた時分からずっとな。」
「ミス・ジョンソン(企業工作員の某)は止さないか。少なくとも、今の私は君の保護者のトモエ・オオタカ。慈悲深く、賢明で君の事を愛しているドラゴンよ?」
小首を傾げるのは、燃えるような赤毛に翡翠めいた瞳(翡翠よりも遥かに強力な魔法媒体になりうるが)が魅力的な竜人の女性だ。そして捻れた角もセクシーだ。寝起きなので当然のようにネグリジェ、当然のように豊満なバストと見事な肢体を見せびらかしている。
「そりゃファッキンウレシイだな。是非とも前後させて欲しいところだぜ」
退廃的若者言葉と下品で挑発的な前後サイン(片手の親指と人差し指で円を作り、もう片方の手の人差し指を円の中に入れる皆さんご存知のアレだ)で反発するも、童貞エルフの強がりなど半神的デミゴッド存在たるドラゴンの、しかも「おーえる」の前では屁の突っ張りにすらならない!
なお、「おーえる」というのは女性会社員の特に非合法ビズに関わる者を指す言葉だ。彼女は荒事のプロにして、ヤクザ相手にも一歩も退かないことで有名だ。
「まぁ、カワイイ!擦れてるようで、実のところピュアな貴方が好きよ。ホント飼うことにして正解だったわね。」
花も恥じらうような微笑みで、好意的な言葉を投げ掛けてくるが、これも彼女の保有する強力な武器の一つであることをロンド・アールは知っていた。
「...ブルシットだな」
「そういう生意気な事を言ってると朝ゴハンが無くなるわよ?」
「あっはい、スイマセンデシタ」
空腹には勝てない。当たり前のことだ。だが、お仕事モードじゃない時のトモエとだからこそ許されるやり取りに、多少の温もりと安らぎを感じるのは事実だ。
それにあのダクスーツを一分の隙も無く着こなし、サイバーサングラスを身に付けたトモエの恐ろしさと言ったら。二重人格を疑う程度にはON/OFFがはっきりしているのだ。
初めて会ったのはハイスクールに通っていた頃、校舎の一室、ピストル競技会に出場する際のスポンサード話を持ちかけに来た時だったか。
値踏みするような冷たい瞳で、頭の頂から爪先までじっくりと見られ、競技射撃部の顧問教諭立ち会いのもと、気まずい思いで(その時は今よりも肝っ玉が小さかった)1200発連続射撃したことは今でも鮮明に思い返す事が出来る。
「リンゴは木からもぐに限る。何故、人は皆、木から落ちて腐ったリンゴを有り難がるのか私には理解出来ん。」
終始無言だった彼女が唐突に発したのがその言葉だ。それから俺は彼女に飼われるようになった。俺がピストル射撃で結果を出せば、彼女の名誉になる。ハイスクール卒業後、ロポンギにある退役軍人が経営する殺人カラテ道場に叩き込まれ、電脳メガロシティの影めいた「存在しない仕事」をするようになってもその本的な理屈は変わらなかった。
彼女が飼っているのは俺を含めて四人。ピストル・バイポット(射撃とお喋り、後は一見お行儀良いだけの野郎、つまり俺)、自称装甲擲弾兵総監のオーク(実際狂人だ)、ゲーム脳のファッキンニューロ(サイバーゴスの姫気取り)、高慢ちきなエルフのメイジ(この爺様が多分一番まともだ)この四人だ。
特に彼女はお行儀の良い、裏切らない護衛が必要な時に俺を付き従わせる。そんな時、俺は軍用サイバーゴーグルに、防刃防弾繊維の古式ゆかしいフォーマルな紺色スーツで澄まし顔してトモエサンの後ろに立つ。
「そろそろ迎えが来る時間だ。今日明日は何も無いから適当にしていろ。明後日の朝まで帰らんからそのつもりで。君がドジっても私は一切関知しない、つまりいつも通りだ。見送りはしてくれるんだろう?」
彼女は竜人で第八営業部外事課の課長だ。俺が仕事モードの彼女のやっていることについて知っているのはそれぐらいだ。当然、メガコーポの役職持ちとあらば部下が迎えの車を回す。その為に、重役出勤などという言葉が生まれるのだ。
高級マンションの一室から出て、お仕事モードの彼女が迎えの車に乗り込むまで見送るのも日課になった。アドベンチャラー(冒険野郎)になりたての頃は、この両親が借りてた部屋を維持できるか不安だったが、この辺りの土地は元々海だった場所で埋立地だ。だからほんとに金のある奴はこんなところには住まないし、賃料は思っていたよりもはるかに安かった。似たような作りのマンションが立ち並ぶここいらは湾岸エリア最大の住宅街と呼んでも良いだろう。順調に飼い慣らされつつあるが、後ろ盾がいなくてやっていけるほど優れている気はしないので、これで良い。
玄関口のロックが解除され、迎えの車が見えるが、あの運転手は車から降りたりしない。プロだからだ。車のドアを開けて、彼女が乗り込むまでは俺の領分ということになる。銃を鳩尾あたりで構えた状態で周囲を警戒する。
「エスコートを頼むよ」
「喜んで」
彼女の斜め前方を歩き、周囲を警戒する。
BRAMN!銃声だ!サイバネ化した耳が銃撃の有った方角を捉え、瞬時に彼女を押し倒す。慣れたもので、彼女は一切抵抗無く静かに地面に伏した。
半ば反射的にタケミカヅチを抜き放ち、三連射を小刻みに続ける。BLAM!BLAM!BLAM!
「ウワーッ!」
敵は典型的な反メガコーポアナキストだ。最初に銃撃してきたアナキストをヘッドショット殺!続いて「悪い企業だ」のTシャツを着た、恐らく禅ドリンクだのをキメているであろうアナキストをヘッドショット殺!ポンプアクション式ショットガンをリロードしているアナキストをヘッドショット殺!
サイバーゴーグルから〈良い殺し〉判定!匍匐から、中腰姿勢に移り、CAR的戦闘体勢でアナキストをさらに射殺!所詮、反メガコーポアナキストなんていうのは貧乏人か、雇われだ。そして前者の場合、さしたるサイバネも魔法も無いので制圧は極めて容易だ。例えトロール種族だったとしても同じ場所を二回続けて劣化重金属弾頭で打ち抜けば死ぬ。
「走れ!」
彼女は実際大きな釣り針であり、これに引っかかるような程度の低い敵にはさほど警戒する必要はないのだが、狙撃を警戒して走る。実のところ、彼女が真の姿である赤い竜と化せば、よっぽどの事が無い限り問題はない。だからこそ、彼女は俺の部屋にちょくちょくやって来るし、警備は俺とマンションの契約警備員ぐらいなものなのだ。分かっていてやっているのだろう。重要度の高い人間が僅かな警備しか連れずに出歩いているのなら、ただの社員を狙う必要はない。彼女を既にドアを開けて待機している送迎車両に放り込み、IRCチャットで運転手に合図を出す。
輪舞@Bipod:出せ!
森@DD:rgr
運転手が一瞬こちらに視線を向けたのち、ドアを自動で閉め、移動を開始する。この運転手は有線LANを車載UNIXと直結しており、手足のようにこれを操作可能だ。
迎えの車が走り去った後、軍用サイバーゴーグルのIDと俺の指紋を登録しリンク状態になっている重モーターサイクル・ニンジャ・ハヤイを呼び出す。恐らく敵は、現在ドラゴン&ダイヤモンドコーポレーションが進める工業団地プロジェクトに反対するラジカルエコロジック・アナキストだろう。既にマンション警備員からの援護射撃があるので、敵がマンション自体を狙うのは無理だろう。それに先ほどから、皮膚装甲を抜けない程度とはいえ命中弾が数発ある。だからこその移動だ。このまま適当にストリートを流して、撒いたらいつものBARにでも飛び込むか。
「自分自身と前後しやがれ!」
BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!
「ウワーッ!?」「ウープス!?」「ヌアーッ⁉」
スレッジハンマーや単分子ナイフを手に向かってくるファッキンエコロジカル・ヒーローどものあげる心地よい悲鳴を背に、俺はニンジャ・ハヤイを走らせた。
「ドーモ、ドーモ」
店の前の駐車スペースにニンジャ・ハヤイを停め、ロックをかける。この店こそ湾岸エリアの冒険野郎共が集う冒険者の宿<スシBAR・ウラヤス>だ。ここのイタマエ・マスターはカマボコ作りのタツジンで、俺も実際よく携帯カマボコを焼いてもらう。イアイドの使い手とかいう噂もあるが定かではない。
「エーラッシェー!今日は早いね、お仲間はまだ誰も来とらんよ」
捩じり鉢巻きに浅黒い肌のイタマエ・マスター、ミフネ。彼がこの酒場の主にして冒険野郎どもに依頼を仲介してくれる口入屋でもある。
「早いも何も、今日は厄日さ」
「へえ、闇討ちでもされたかい」
カウンター席に腰掛け、いつもの禅ドリンクとテキーラを受け取り、少量ずつ混ぜてオチョコで呷る。
「ご名答だ。朝からファッキンアナキストに襲撃された」
「それでサイバネ駆動させたからカロリー不足なわけか。何にする?」
厳めしい顔つきを、やや同情的なそれに変えつつミフネが注文を聞いてくる。
「タマゴとトビッコ、6、6の十二で頼む」
呆れたようにミフネは頭を振った。
「6個で十分だよ。タマゴはともかく養殖バイオトビッコは食いすぎたら鼻血出るぞ。ヌードルとか美味しいハンペンもあるよ?」
「じゃあスシは6でいい。ヌードルをくれ。カケウドンカマボコ重点でな」
「アイヨッ!サブロ、カケウドン一つカマボコ重点な!」
「ヘイ!カケウドンカマボコ重点!」
店内には奥ゆかしく設置されたシシオドシの音と、ミフネの趣味であるオールドスタイルなジャズが調和し独特な雰囲気が流れている。シンジュクではなく、あえてウラヤスにくる冒険野郎はこの雰囲気を気に入ってるやつも多いという。俺もそのうちの一人だが、あのゲーム脳姫ビッチには理解できない趣味だろう。腕のいい、つまりはニューロなハッカーであることは経験的に理解しているが性格に難がありすぎる。
「カケウドンカマボコ重点お待ち!」
「アイアイ、ドーモ」
ケミカルショウユとカツオ節粉末の良い香りが、食欲を掻き立てる。ズルーッ、ズルズルーッ!
これが美味いからこの店は最高なんだ。順に上がってくるタマゴスシとトビッコスシをひょいひょい口に放り込みながらウドンを啜る。いい感じに禅ドリンクとテキーラがキマって、戦闘でヒートアップした精神状態がフラットに戻ってくる。自分でも自覚しているが俺はどうしようもないトリップドリンク・ジャンキーだ。初めてのビズで死にかけた帰りに、ここで擲弾兵総監が教えてくれたカクテルだが、今じゃコレなしではやっていけないレベルになっていた。だが、まあ浴びるほど酒を飲むわけでもなければタバコ吸いでもないから良いんじゃないだろうか。
「あーっ、こんな真昼間からトリップキメてる人がいるーっ!」
甘ったるいハイトーンな声にウンザリしながら視線を向けると予想通りの人間がそこにいた。サイバーゴスめいた黄緑とピンクの髪を有線LANのリボンでツインに束ねたヒューマンの女。機械神のミコー・プリエステスとか言われて調子に乗ってるファッキンニューロ、UNIX端末を必要とせずにハッキングを行える特殊な魔法覚醒者。ヒメコだ。
「俺が日の高いうちからキメてたら悪いのか?」
「ううん、ちょー涼しい!(注:クールの意か)」
前回のビズで山分けした報酬で購入したという、マトリクス社の最新型サイバーサングラスに「危険な香りの男が好き」と表示しながら近寄ってきた。
「マスター!わたしBBね!」
「アイヨッ!ブラッディ・ブッダね!」
ブラッディ・ブッダは文字通り、ブッダ社製禅ドリンクとトマトジュースのカクテルだ。俺はあまりとろみのないトマトジュースのほうが好みなのだが、それはBB通から言わせると邪道らしい。このヒメコという女は若気の至りとかいうやつで、それでもまだ18だが、犬歯をオリハルコン製のそれに入れ替えインプラントしているのだ。なので、血のように赤くドロリとしたBBを飲んでいる姿は実際吸血鬼めいている。
すぐにキマりやすい体質なのか、だんだんとろんとした表情になっていく。このビッチモードが最悪なのだ。総監がいるときならば、たいていの奴は避けてくんだがさんざん男をその気にさせた後に彼(俺)がいるからといって、いいとこ見せるつもりになってるバカ野郎を俺に擦り付けてくるのだ。それで俺がソイツを殴り倒すか、総監が止めるか爺さんが止めるかするような状況になると愛を感じるらしい。だからこの店じゃもう皆分かり切っていて、完全にスルーするのだ。マスターは店に被害が出なけりゃそれで良いらしい。
「ねぇ、今日はボス居ないんでしょう?わたしロンドのおうち行きたいなぁ」
「自分自身と前後してやがれ」
「そんなツレナイこと言わずにさぁ、わたしと物理直結前後してGO/to/ヘブンしちゃお?ね?」
にわかに増えだした客の相手をしに、マスターもサブロも、他のイタマエたちもカウンターから離れたことを良いことに、物理接触面が広がり両腕で首を抱きしめるようにホールドされる。パッと見、完全にイディオットのカップルなので勘弁してもらいたい。そして豊満なバストが強烈な存在感を持って押し付けられている。
「またその人間の女は盛っておるのか。どうしようもないが、これが腕利きのハッカーというのだから世も末じゃて」
「爺さんオハヨ」
「うむ。」
それなりに増えてきた客の合間を縫って現れたこの爺さんがメイジのダルフ・ホワイトだ。魔法一筋のとんでもない爺さんで炎の扱いとと行動阻害にかけては右に並ぶものがいないらしい。しかもトモエサンにスカウトされた際には、真の姿のトモエサンと決闘したとか。いろんな意味で元気すぎる爺だ。
「それで今日は首輪のつかない仕事が出来る日なんじゃろ?」
首輪つきでない、要はトモエサン経由ではない仕事の事だ。ミフネから、最近ますます活発化してるダンジョン化のトラブルシューティング依頼が、何件もきているとは聞いていた。
「あぁ、倉庫の類いだとかちょっとヤバめの研究施設だとかはエテルが淀みやすくてダンジョン化しやすいらしいからな。それなりに依頼もあるってよ」
「フハハ、腕がなるわい」
「ちょっとぉ、そんなジジイの相手してないで私の事かまってよぉー」
「はいはい。」
テキーラと禅ドリンクのカクテルの入ったチョウシを片手に、もう片方の手でヒメコの背中を撫でてやる。これから仕事だということもあり、機嫌を損ねられたら面倒だからだ。けして、強烈な存在感を放つ二つの豊満にほだされたわけではない。断じてない。
「うぅん、わたし体温上がってきちゃったかもぉ」
「仕事前だ。トロけ過ぎて使い物にならないんじゃ困るぜ」
「もう!失礼しちゃう!わたしよりも冴えてるニューロなんてめったにいないんだから!」
脳ミソ自体を超超高機能UNIX端末としてサイバースペースを掌握するタイプの魔法覚醒者、それがニューロだ。ハッカーの中でも極一部の、機械神に愛される、電子精霊と親和性の高いOTAKUと呼ばれる者達だけがその地平に立つことを許される。
そういう意味では、ヒメコは代えのきかない稀有な才能を持っていると言って良いだろう。監視カメラを乗っ取るのも、違法改造武装ドローンを戦闘機動で飛ばすのも、彼女にとっては赤子の手を捻るよりも容易いことだ。
「誰が盛っているのかと思えば、バイポットのロンドに姫ビッチのヒメコ。やはりお前達か!」
この面倒な言い回しをするオークが自称装甲擲弾兵総監。本名は不明だが、総監かタイショーと呼ばないと怒る。実際狂人だ。
何でも本人によれば、海の向こうのメキシコにあるオークの帝国から泳いでこのオオヤシマにやって来たらしい。海にはとんでもない敵対的知性体がワンサカいて、武装商船でもなければ海を渡るのも難しいというのに。実際狂人である。
だが、この中で最も人を(人以外もだが)殴り殺すことに長けているのが、このタイショー殿だ。身長は200cm以上、先祖伝来だという隕鉄を鍛え上げた白兵戰両手斧を振り回し、重厚な鎧兜で身を包んだこの男は、近寄る事さえ出来れば確実に敵をネギトロ丼に変える。そうしてついた渾名がネギトロ・メーカーという。
「ビッチじゃないもん!てか何でロンドは渾名で呼ぶのにわたしには罵倒なの!?こんなのおかしいよ!」
わざとらしく頬を膨らませ、怒っている素振りをする。全く奥ゆかしくなく、あざとい。
「やかましいぞ小娘。ドリンクキメて、しょっちゅう盛っている女をビッチと呼ばずして何と呼ぶのか。アバズレか?」
威容!魔法覚醒者、特に身体強化タイプの魔法覚醒者特有の凄みだ!
「ぶぅー、もっと酷くなってるし。いいもんいいもん。わたしにはロンドがいるもん。ねー?」
「タイショーの方に同意だね」
「ひどいー」
「ほれ、お前達が騒いでいる間に今日の仕事を見繕ってきたぞ」
ダルフの爺さんから俺達の端末にデータが送信される。俺の場合はサイバネ化した耳と直結している、埋め込み型サイバーゴーグルに。ヒメコはサイバーサングラス、タイショーはハンドヘルドUNIXに、それぞれデータが表示される。
「ネオシナガワ第3埠頭?」
「そうじゃ。ヨシモト・マグロ&ネギトロフーズ社の倉庫がダンジョン化したらしい。」
「ほの暗い海の底から魚介知性体とか顕現してたり?」
「あるやもしれん」
魚介知性体は、世界衝突の時から発生するようになった、敵対的知性体の中でも海からやって来るものを指す。これが非常に厄介で、ただでさえ凶悪な殺人マグロ(その殺人マグロさえ食料にする人類はどれ程凶悪か計り知れないが)や爆弾マグロ、貝のバケモノなどが淀んだエテルを取り込み、知性を得ることがあるのだ。
それが水の精霊なんかを使役している場合、その脅威度はサラリマンなどの民間人が対応できる範囲を優に越えていく。
そしてそれが俺達のビズになる。大抵の企業はダンジョン化保険やなんかに入っていて、こういった攻略の類いは200万yenはかたい仕事になる。
「異議はあるかね」
「なし」
「なーし」
「今日はマグロ狩りか、晩飯はネギトロ丼だな!」
ミフネから、あらかじめ頼んでおいたカマボコスティックを人数分受け取り、スーツの上からアーマージャケットを羽織って、ヘルメットを被る。
俺以外のメンツはみなタイショーの車に乗る。意外に思うかもしれないが、運転はヒメコだ。彼女は違法改造武装ドローンを扱うのと同じように、鮮やかなドライビング・テクを持つ。サイバーゴス女がゴツイ、ランドクルーザーを運転しているのはジョークめいた光景だが、今朝のモリサンに勝るとも劣らないテクが有るのだから、本当に神様ってやつはエコヒイキで与えるやつには二物も三物も与えやがる。
ネオシナガワ第三埠頭からは、ギガンテック・アトラス社の大型タンカーをはじめとする大型船舶を見ることが出来る。
既に倉庫ダンジョン化の報が知れ渡っているのか、港にはつきものの荷運び人足の姿も無い。
依頼内容は明日の早朝5:00迄の倉庫の解放。可能ならば、内部の社員約10名の救出。何としてでも明日の朝市には間に合わせろということだ。その分報酬もいい。250万+社員一名の救出につき25万のボーナス。はっきり言って、かなり割りの良い仕事だ。
これは個人的な話だが、もう少しで背負い式ジェットパックが買えるのだ。もしくは、左腕にスピードロダーだけでなく火炎放射器を増設しても良いかもしれない。
今の俺、というよりか以前から抱えている悩みだが、俺は近付かれた際の手札に乏しい。ガン=カタもより磨き上げなくてはならないが、手札を増やすことも重要だ。スライム種の敵対的生命体とやり合う事になった時など、核を吹き飛ばすのに、同じポイントに5発銃弾を撃ち込むという力業を使うしかなかった。俺の手札が増えれば、他の仲間が違うことを出来るようになる。それは俺の生存率と仕事の成功率を上げるだろう。
KABOOM!倉庫のターミナル端子が白煙を吹き、ロックされていた倉庫の扉が徐々に開き始める。
「開いたか」
「ノープよ、警報は切った。監視カメラまでは無理だった。多分、警備室。」
ヒメコが冷酷なハッカーの表情で言う。
「恐らく、生き残りの社員がいるなら警備室に立て籠っているのではないか?」
「だろうな。」
「よし、お仕事の時間だ」
倉庫の扉が開き、俺が目を向ける先には黒々とした闇とステレオタイプな迷宮めいた通路が待ち受けているのだった。
感想等有りましたらよろしくお願いします。