【八】
皇帝マティアスは、セラの後にもたびたび女を連れ帰った。
きっと自分と同じような境遇の気の毒な娘だろうから、親切にしてやらねばと思う。しかし、意地悪してやりたい気持ちもわき起こり、懸命に心の奥底に隠した。
「……何を隠している、セラフィーナ?」
マティアスはたった一度のくちづけで見抜いてしまう。嘘は禁じられている。セラはうつむき、掛布の端を握りしめた。
「陛下、わたし、何か悪い病気なのかもしれません」
「病気?」
みずみずしい肌、頬はばら色、亜麻色の髪は艶良く、とうてい病んでいるふうには見えない。むしろ輝きが増し、あのみすぼらしい水くみ女だったとは思えないほど。
セラは胸を押さえ、ため息まじりにぽつりぽつりと症状を述べた。
「それで、今は? どこか苦しいか?」
「いえ……でも、あの……」
もっと触れてほしい、くちづけてほしい、求めてほしい……などとは言えず。はしたない女と思われたくなかった。
マティアスはくすくすと笑いながら、髪を撫でる手を止める。物欲しそうに見上げる潤んだ瞳が愛しい。
そう、セラはまだ、恋や愛を知らなかったのだ。教えてやるつもりもない。
「まずいな。これは重病だ」
「そんな……」
「ふふ、俺にしか治せないぞ」
くちびるを震わせ、「助けてください」と身をゆだねた。
ちりちりと燃えるろうそくの音を聞きながら、ふと思い出したようにセラは起き上がる。
「陛下、あの……」
心地よい気怠さの中でまどろんでいたマティアスは、あくびか返事かわからない声で答えた。
「あの、母に手紙を書いたんです。読んでいただけますか?」
「ん……」
検閲するなどと言うのではなかったと後悔する。まったく面倒な。
花びらをすいた便箋に、下手ながら丁寧に書かれた文字。母を気遣う一文からはじまり、後宮での暮らし、勉強に励んでいることなどがつらつらとしたためられ、最後に幸せにしているから心配しないでほしいと締めくくられていた。
封筒には、花の刺繍をあしらったハンカチが同封されている。
「谷に咲く花なんです。これなら、母もわかってくれると思って……」
薄茶けた谷に春の訪れを告げる花。嘆きの季節を終わらせ、平穏をもたらすようにと祈りを込めて。
「よく書けている。刺繍も上手くなったな」
「本当ですか。うれしい……」
便箋とハンカチを丁寧にしまい、マティアスに託す。他の者を想って書いた手紙などおもしろくないが、仕方ない。次の配給の時に輸送係に預けると約束した。
「それと、陛下、あの……一番うまくできたので、陛下にもらっていただきたくて……」
おずおずと差し出したのは、ハンカチと同じ刺繍をあしらった小さな守り袋。マティアスは驚き、戸惑いながら受け取る。
「どうか、ずっとお側に置いてください……」
守り袋の中に、幾重にも折りたたまれた紙片。見ないでと顔を赤くするセラを黙らせ、読み上げた。その声は次第に聞き取れなくなり、ついに黙り込む。
そこにはマティアスへの想いが、恋や愛を知らぬまま、つたない言葉でつづられていた。