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【七】

 光溢れる中庭、満開の花が咲き乱れているのかと錯覚させるほどの甘い香水、きぬ擦れの音と女たちの上品な笑い声が耳に心地よい。たった一人の男のために、楽園に集められた女たち。その中で化粧もせず、宝石も付けず、しかし誰よりも美しい少女がいる。


「セラフィーナ、早く! お菓子がなくなってしまうわよ」


 勇気を出して笑顔で話しかけてみたところ、大半の女たちは態度を改め、セラを受け入れた。 


 彼女たちはセラが知りたいことを、一つずつ教えてくれる。字の読み書き、計算、縫い物、茶の淹れ方……日に日に磨かれ、美しく聡明に成長していった。


「もう少し……」


「そう言うと思って、一つもらってきたわ。あとで食べなさいね?」


「ありがとう」


 にっこり笑うと、世話焼きな女は満足そうにうなずき、他の女たちの輪に戻っていった。


 セラはふとため息をつき、また手元に視線を落とす。色とりどりの糸で描かれた可憐な花、最近覚えた刺繍だ。もうすぐ完成だというのに、手が止まる。


 この頃、どうもおかしい。急に泣きそうになったり、落ち着かなくなったり、胸が痛くなったり……そして、夜が待ち遠しい。夜になり、皇帝マティアス・ラウリ・ヴァルティアの姿を見ると、全身が熱くなる。名を呼ばれると息をするのも忘れて舞い上がり、他の女が呼ばれると寝付けないほど胸が騒いだ。


「ねえ、セラフィーナ。あなたはどこの出身?」


「陛下は、なぜあなたをさらったの?」


 噂好きの女たちに囲まれ、セラははっと我に返る。差し出された茶碗を受け取り、熱い茶をすすって気持ちを鎮めた。


「わたしは、砂漠の向こうの石切りの谷です。落石事故があって、母が怪我をして……」


 他の女たちも似たようなものだった。日照り、水害で不作の村、地震や流行り病で壊滅した町、蛮族の襲撃を受けた集落。皇帝は女を一人連れ帰り、代わりに金銀や食糧、薬などの物資を贈った。


 なぜあの時、彼が辺境の谷にいたのか、自分をさらったのか、今ならばわかる。せめて母と別れの挨拶くらいはさせてほしかったが、年長の女が静かに言ったことでようやく納得した。


「そんなことをすれば、あなたのお母様は、一生あなたを売ったと悔やむわ」


 セラは高い空を見上げ、風に想いを託す。


 どうか、泣かないで。あのひとを恨まないで。わたしはこうして、幸せに暮らしています、と。



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