【五】
静かになった部屋で、ろうそくの燃えるちりちりという音だけが響く。
「あの、陛下……?」
なぜこれほど執拗に撫で回すのだろう。首筋に、胸元にくちづけられ、くすぐったくて思わず笑った。
「……おまえ、これから何をするかわかっているか?」
「?」
当然、皇帝が眠るのを見届け、自分も部屋に戻るものと思っていたセラは、可愛らしく首をかしげる。マティアスはふとため息をついた。
「女たちは夜の所作を教えなかったか?」
「よるのしょさ……」
「……教えるわけないか」
前髪をかき上げ、くすくすと笑う。見つめる視線が艶っぽい。セラは本能的に後ずさる。もちろん、逃がすはずがない。
「ここの女たちの仕事は、着飾り、媚びることではないぞ」
「えっと……あの……?」
「俺の子を産め」
「……」
セラは困惑する。大きな瞳をしばたたかせてマティアスを見つめ返した。
「あの……飼っていた犬やヤギのお産には立ち会ったことがあるんですが……」
「おまえ、俺と家畜を同じに扱ったな」
マティアスは乱暴にセラの腕を掴み、そのまま寝台に引き倒す。帯を解き、ふくらみ始めたばかりのささやかな胸を撫でた。恥ずかしさに耐えながら、セラはじっとされるがままになる。
「痩せたな。きちんと食べているか?」
「……はい」
「嘘は許さないと言ったはずだ」
「……あまり……食べていません」
泣いてはいけない。そう思うのに、一度堰を切った涙は止まらない。他の女たちに意地悪されていることには気付いていたが、生きるために我慢しなければならないと思っていた。つらかった。
マティアスは枕元に用意された果物かごから葡萄を一粒つまみ、セラの口に放り込む。甘酸っぱい果汁が広がり、喉の、心の、渇きが癒された。
「谷でおまえは、物怖じせず俺に話しかけてきた。なぜ、ここの女にはそれができない? みな、俺が選んで連れてきた女たち、おまえと同じだ」
「どうして、それを先に教えてくださらなかったのですか……っ!」
セラは起き上がり、マティアスの胸に抱きついて幼子のように泣きじゃくった。
美しく着飾った女たちは、他国の姫君か貴族の令嬢だと思い込んでいた。上品で、知性にあふれ、何かしら芸事に秀でている。自分だけが身分も何もなく、みじめだった。
「おまえと同じだ。はじめは何も持っていなかった。みな学び、身につけたのだ。おまえも、できるだろう?」
まつげに残る涙が光る。だが、セラは輝く笑顔でうなずいた。
「陛下、お水をいかがですか?」
「……あとにしよう」
深いくちづけを交わし、ゆっくりと寝台に押し倒す。
小さくなったろうそくが、最後に一度大きく燃え上がった。