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【四】

 城の最奥に位置する後宮では、女たちがこぞって美を競い、知識と芸を披露し、どうにか皇帝の気を引こうと日々の努力を怠らない。


 彼女たちにとって、この狭い城が世界の全て。その中で皇帝の寵を受け、子を成し、いつかその子を玉座に座らせることが至高の夢。


 そんな女たちの中に新参者が放り込まれれば、まずは好奇の目に晒され、次に試され、そして扱いが決まる。


 今朝、皇帝が連れ帰った娘はいかがなものか。女たちは親切に世話を焼くふりをしながら、注意深く観察した。


 幼い顔は可愛らしい。みずみずしい肌、すらりと伸びた手足、だが胸も腰も細く女性としての色気には欠ける。怯えた瞳、消えそうな声で話す言葉は訛りがひどく、これといった才もない。


 皇帝の戯れでさらわれてきただけだと判断した女たちは、セラを下女のように扱った。


「新入りは誰よりも早く起きて、掃除と洗濯をするのよ」


「食事? ああ、もうとっくに終わったわ」


「ねえ、髪を梳かしてくださる? あら、あなた不器用ね。もういいわ」


 何も知らないセラは、懸命に女たちの世話をする。それがここでの規則だ、しきたりだと言われれば、逆らうことはできなかった。


 朝から晩までこき使われ、食事もままならず、ようやく眠りについたと思えば枕元に明かりを置かれたり寝台を揺らされたりと、心休まることがない。目に見えてやつれていった。


 幾日か過ぎた頃、皇帝マティアスのお召しがあると聞き、女たちは色めき立つ。着飾り、香水を振りまき、髪を結い、化粧を施しと余念がない。


 さんざんセラをいじめた女たちは何食わぬ顔でしとやかに振る舞い、皇帝の目に留まろうと集まった。しかしマティアスはうんざりと彼女たちを追いはらい、セラを呼びつける。


「来い、セラフィーナ。水を注げ」


 女たちはどよめいた。数名の美姫が水がめと杯を手にしな垂れかかったが、マティアスの冷たい瞳にすごすごと引き下がる。


「どうだ、ここの暮らしには慣れたか?」


「……はい」


 セラが差し出す杯には目もくれず、細い腕を掴んで引き寄せた。袖口から覗く、新しい傷。


「これは?」


「あ……あの、蒸し風呂に入ろうとして、うっかり焼け石にさわってしまって……」


 マティアスは火傷にそっとくちづける。そして近くにいた女に、薬箱を持ってこいと命じた。女が悔しそうにセラを睨みつけたのを、マティアスは見逃さない。杯の水を浴びせ、空になったその杯を投げつける。かわいそうな女は、泣きながら薬箱をとりに行った。


「誰も教えてくれなかったのか?」


「あ、いえ、わたしが……」


 言葉は途中で遮られる。強引なくちづけ、触れらた部分が火のように熱い。


「俺に嘘をつくことは許さない」


「あの、ほんとうに……」


 マティアスはふんと鼻を鳴らし、さらにくちびるを重ね、耳を噛み、背を撫でる。何をされているのかわからないセラは、短い声を上げながら身体を震わせた。


 女たちの表情がこわばる。いったい、この貧相な娘のどこがいいのだ。どうせすぐに飽きられる。いや、しかし……嫉妬の炎が彼女たちの心を焦がした。


「おまえたちに言っておく。俺は今、セラフィーナを気に入っている。もし何かあれば……わかっているな?」


 皇帝の恐ろしさは誰よりも知っている。女たちは血がにじむほどきつくくちびるを噛み、それぞれの部屋に戻っていった。



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