健康な妹と病弱な私
私は、産まれた時から病弱だった。
未熟児として産まれた私は、チューブに繋がれ、点滴を大量につけていた。成長するにつれて、状態は落ち着いたけど、相変わらず病弱なままだった。
「姫花は凄く可愛いよ」
「そうよ、私たちは姫花を愛しているわ」
両親はいつもそう言ってくれて、凄く愛してくれてた。そのお陰で私はそこまで寂しい思いもせずに、人生を生きていた。
そして、そんな私には健康な妹がいる。
名前を千春といい、千回春が訪れますようにと願いを込めた名前で、その願い通り、千回春が訪れそうなほど、これから先のある子だった。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
当時はまだ関係もよくて、千春ちゃんはこの時から大人しいけど、しっかりしている、いい子だった。
とても可愛くて、大好きな私の妹。
「千春ちゃん、それちょうだい?」
「うん、いいよ。早く元気になってねお姉ちゃん」
千春ちゃんが持っているものは、私には全てがキラキラしているように見えて、とても欲しいものだった。何より、妹のものというのが、私と繋がっている気がしたのだ。
「姫花って呼んでよ~」
「お姉ちゃんは、お姉ちゃんだから!」
仲はよかったと思う。普通の姉妹程度には仲がよかったと思うし、妹もよく私のお見舞いに来てくれていた。
それが、変わったのは何時だっただろうか?
きっかけがあったとするならば、千春ちゃんが7歳の頃だろう。その日、私は微熱を出して器官に炎症が起こってしまい、母が側にいてくれた。
苦しがっている私を心配そうに見ている母だったが、看護師に何かを言われると、こういってきたのだ。
「千春が、インフルエンザで熱を出したらしいから、私は少しだけ家に帰るわね」
今、考えればそれは当たり前のことだったんだけど、吐き気や頭痛に襲われていた私は、それが嫌で、母の裾を握ってにただをこねたのだ。
「お願い……行かないで……」
「でも……」
「ずっと……側にいて……じゃないと……
私……死んじゃう…」
母は裾を握った私の手を振り払わなかった。否、振り払えなかった。その時、父は出張中だった為に千春は一人で病院に行き、一人で完治させたらしい。
この時から、千春ちゃんは変わっていった。
私の見舞いにくることが少なくなり、私が自宅療養をしていた時に顔を合わせれば、世間話くらいはしてくれたけど、やはり距離を置き出していた。
そんな日々が続いた数年後、千春ちゃんの筋肉神経を私の足に移植する手術が始まった。この手術をしてしまったら、千春ちゃんの日常生活はともかく、激しい運動がしにくくなる。
本当にいいの?と聞く医者に千春ちゃんが「もうどうでもいい」と答えていた。虚ろな瞳で、全てを諦めた目を私に向けて……
手術は成功し、石のような足を必死で動かしてリハビリをし続ける私。一方、運動を奪われた千春ちゃんは何も言わなかった。
「ごめんね、千春ちゃん」
「別に……」
淡々と、本気でどうでもいいと呟いた千春だったが、中学に入り、バスケ部に入った時にそれは変わった。
筋肉神経を移植したのに…私が死ぬような思いをして手に入れようとした『何か』を千春ちゃんは努力と才能だけでそれを乗り越え、エースになった。
「姫花がしんどいときに……」
と、親はそういっていたが、本心では千春ちゃんを応援してたし、バスケボールやユニフォームとか、お父さんなんてバスケのゴールを買っちゃってた。
「千春ちゃん……すごい……!!」
私も、この時は純粋に凄いと思った。親は複雑そうながらも、私が嬉しがっているのを見て、大丈夫なんだと思ったのか、普通に嬉しがって、誉めていた。
「ありがと……」
でも、そういった千春ちゃんは凄く苦しそうな顔をしていた。まるで鎖に巻き付かれているかのような苦しさを身に纏っていて……でも、千春ちゃんは何も言わなかった。
何も言わなかったけど、千春ちゃんは何もかも変わった。小さかった体は私を抜き、家には千春ちゃんがとった賞状やトロフィーにメダルが飾られ始めてた。
私だけが、取り残されてしまった。
家と病院を行き来きする日々、足は動けるようになったけど走ることは出来ない、たまに学校へ行っても千春が有名すぎて私の居場所がない……
なんで……千春ちゃんだけ……
私の中で、そんな思いがでてきた。
「姫花……大事な話があるの」
ある日、母は、改まった様子でこういった。凄く言いにくそうに、しかし言わなければならないように。
「姫花…の肺は、もうすぐ機能を停止してしまって…酸素を…取り込めなくなるの」
唐突に言われた言葉は、私の理解を越えていた。酸素が取り込めない、早い話、死ぬという意味だ。
「移植すれば……大丈夫らしいのだけれど…私たちは適合しなくて……千春の肺を移植することになるの……いえ、実際には千春から許可を貰わなきゃいけないのだけれど」
そこから母の説明はポー…っと聞いていた。いつのまにか母は先生と話をするといって出ていっていた。
「私…死ぬのかな……」
死にたくない。死にたくない。死にたくない。まだやりたいことは沢山ある。足を動かしたい、走りたい、友達も作りたい。
「なんで…千春ちゃんなんだろ……」
そう思わずにはいられなかった。何故、千春ちゃんなんだろうか?私だって千春ちゃんと同じ健康体ならば、同じことが出来た筈だ。
あんな風に恵まれてたならば、私だって千春ちゃんみたいに泣かなかったし、こんな泣き虫じゃなかった。
親にだって期待されてたし、信頼されている。私は信頼されてなくて、何をするにも制限がある。
何でも出来る千春ちゃん。可愛くて健康で、皆の人気者な千春ちゃん……もう充分でしょ?もういいじゃない…少しくらい分けてよ……
そんな気持ちなのが悪かったのか、千春はこんな私に率直にこういった。
「お前が死ねよ」
両親が千春ちゃんを呼び出して臓器移植の話をした。私が「死にたくない」と訴えかければ「死ね」と返されたのだ。
千春ちゃんは感情何もなく、淡々と口にした。父も母も姉も呆然としてたのにそれすらも関係ないようにいい続ける。
「今すぐ死んでよ死に損ない」
バシン!!と流石に父に頬を叩かれた。
「なんて事を言ってるんだ!?」
父は信じられないものを見る目でそういったが、千春はそれに対して呆れた目をしていった。
「だって、コイツに臓器渡す意味あんの?」
「ひどい…」
流石の暴言に私が耐えきれなくなってそう言えば、それが起爆剤になったのか、千春ちゃんは持っていたナイフをリンゴに突き刺してわたしに怒鳴った。
「はぁ!?何が酷いんだよ!私が何をしたっていうんだよ!?なんでこんな目に会わなきゃいけないの!?」
「だって…千春ちゃんは恵まれてるじゃない……でも、私は病弱で…」
千春ちゃんが怒ったのを私は始めてみて、怯えながらも私は必死で説明をしたが、最後まで聞かずに千春ちゃんは断言した。
「私は自分で努力して自分で勝ち取ったの!姉さんが仮に病弱を直しても私と同じこと出来る!?シュート練して、手を豆だらけにして、勉強して、友達作って…出来ないでしょ!?だったら死になさいよ!今すぐ死ねよ!!」
やめて……やめてよ!私が何も出来ない理由を奪わないでよ!私が必死で守ろうとしたものを壊され、どうあがいても千春ちゃんにはなれない現実をつきつけられて私は泣き崩れた。
「千春……なんてことを…!」
母は私をだきしめて、千春ちゃんを見据える。けれど千春ちゃんは毅然とした態度を崩さずに仁王立ちしていた。
私は、悔しさからこういってしまった。
「あなたが……死になさいよ……!」
最低な言葉だと思う。勢いで言ったにしても、許されないことだと思う。そんな言葉を口にするから私は生きる価値がないと言われるのだと、完璧に思い知った。
千春ちゃんから、何を言われるのだろうかと後悔しながらまっていると。
「やっと言ってくれたね、ありがとう」
彼女は……千春は、笑っていた。
とても綺麗に、とても美しく、親に褒められた時よりも、バスケが出来る様になった時よりも、友達に囲まれているよりも、恋人と笑いあっている時よりも……
ただ単純に、率直に、安易なまでに、それしか無いくらいに……美しかった。
その美しさに思わずみとれているうちに、彼女はこちらへと飛んできた。近くにあった花瓶が割れ、花びらを纏いながら、まるで長年苦しめられていた鎖から解放されたかのような軽やかさで窓へ足かける。
「何……やって…」
私はその時やっと、彼女がしようとしていることに気づいて、千春ちゃんを止めようと手を必死で伸ばす。
「やだ……千春ちゃ……!嘘だから!!移植もしなくて……!!」
必死で訂正しようと私は口を動かす。やめて、いかないで、お願い、移植なんてしなくていいから!!謝るから!!お願い!!
しかし、私の手が届く前に、千春ちゃんは窓をけって、外へと飛んだ。
「ごめんね、姫花ちゃん……」
何で謝るの?あなたは何も悪くないのに。私を姫花ちゃんと呼んだことなんてないくせに……
落ちる一秒間、彼女は確かに飛んだのだ。まるで天使か悪魔のような美しさで……しかし、羽のない少女はすぐに下へと落ちる。
「イヤァァァアアアア!!!」
私は叫ぶ、必死で手を伸ばす、けれど全然届いてくれない。彼女との距離はどんどん離れる。
「なんで……なんでよ……」
なんで?千春ちゃん……あなたは何もかも恵まれていたくせに、何故こんな行動をとったの?あなたは千回春が訪れる、訪れるべき子なのに。
友達に恵まれているくせに、貴女を慕う子がいて、貴女を愛してくれる子が沢山いるくせに。
才能があるくせに。バスケの才能があって、絵の才能もあって、歌も上手くて、頭もよくて、そして努力出来るくせに。
愛されているくせに。父と母に期待されて、信頼されて、褒められてたくせに。
私なんかよりも、生きる価値があるくせに、生きなきゃいけない人間なのに……
「……あぁ、全部私が悪かったんだ……」
自分から、話しかければよかった。本当は私が守らなきゃだめだった。愛してると言えばよかった。チャンスはあったはずなのに、憧れと嫉妬と幻想で塗りつぶした結果がこれだ……
こんな醜い私なんて、大人しく、死んどけばよかったんだ……
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
もう届かない、遅すぎる謝罪。もう何の意味もなくなった謝罪を私はずっと呟いていた。