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大陸記  作者: 昼寝猫
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第六話 脱出

 アラン・ヴェルスク・フォーリアは城内に宛がわれた部屋で、その夜、深い溜息をついた。

 王都ヴィレヌに滞在してまだ三日だが、代替わりに端を発する慌しさや、それぞれが発する欲望といった空気を感じての事だった。

 この空気の澱んだ城への滞在が後二日残っている事に気が重くなり、外の空気を吸い気分を紛らわせようと窓の外に目を向けたアランは、小さな光がぽつぽつと灯っている事に気付く。

 最初は、近くの農村の明かりか何かだろうかと思ったアランだったが、それにしては、数が多すぎた。

 そして、じっと眼を凝らす内に、それが少しずつ動いているに気が付いたアランは、顔色を変えて部屋を飛び出したのであった。




 時は少し遡り、その日の夕刻。

「報告いたします。ヴィレヌに潜伏した兵たちには、今夜決行との命令を伝達いたしました」

 ヴィレヌから幾分離れた森の中に、ラージュ・サスム・スミートはいた。

「ご苦労だったな」

 報告に来た、行商人に変装した兵士に労いの言葉をかける。

「しかし、これで本当に良かったのでしょうか?」

 兵士が敬礼して下がると、ラージュの傍らにいる初老の騎士が主に問いかける。

「代々の敵国であるカルバート皇国の言葉に乗るのは危険すぎるのではないかと…」

「それについては散々議論しただろう、バーゼン。カルバート皇国が我らを尖兵として使い疲弊した背後を突こうと考えていたとしても、それを許さぬ速さで王家直轄領を制圧し、付け入る隙を見せねば良いだけのこと」

 長年仕えてきた部下にこう答え、ラージュは再び言葉を続ける。

「ヨフィン、ヘイダー両家の横暴を先王存命の頃から訴え続けたが、何の措置もとらぬままに先王は崩御し、今の若い王は皇太子の頃から近臣の耳障りの良い言葉を信じるばかり。これ以上、両家の横暴に我が領民を耐えさせる事はできん」

 そう締めくくり、この反乱を決めたときの事を思い出す。


 サスム一帯は天然の要塞とでも言うべき地勢と、それを支える勇猛な兵、更には豊富な鉱石資源から作り出された武器の数々による軍事力は他の公爵家はおろか、王家すらも凌駕しうる。

 だがヴェルスクやハルスィンの様に交易を行うには、それを可能と出来る先が非常に少なかった。

 フィサラード国内ではヴェルスク地方で産出された鉱石及びそれを原料に作られた武具の流通もあって思うほどの利益にならない。国外に目を向けようにも、西には昔から何度も小競り合いを続けてきた、もはや敵国といってよいカルバート皇国があり、北と南には交易路を開拓するにはあまりにも峻険な山々が連なっている為交易には向かず、東へ目を向ければハルスィン一帯を通過させる為にヨフィン家からは不当なまでの通行料を毟り取られる。

 昔は、カルバート皇国の脅威に対する盾としての城塞都市サスムとその一帯を維持する事の重要性を知っていた王家がある程度の補助を出していたが、先王が病に倒れた4年前から、小競り合いも滅多に起きなくなった事を理由にその補助は途絶えた。更にそのタイミングで、ヘイダー家がサスム一帯に売る食料の値段を吊り上げを行ったのであった。こうした事情でサスム一帯の経済状況は年々悪化の一途を辿っていた。

 ラージュも、その状況を指をくわえて見ていただけではなく、新しい産業を興そうと部下に命じたり、止む無く軍備を縮小し、その上で王家に対し西の脅威を訴え補助を引き出そうと働きかけを行うなど手を尽したが、新たな産業を興すような余裕は土地にも民にも既になく、カルバート皇国を抑える為には最低限の兵力を保持せざるを得ず、王家の文官たちは平穏に浸かり国防の重要性から目を逸らすばかりであった。

 ヨフィン家とヘイダー家から密使が来たのは、そんな折だった。

 一方は通行料の免除をちらつかせ、一方は食糧支援をちらつかせ、こう告げた。即ち事実上の属領となれと。

 無念をかみ締めながらもいずれかの提案に乗らざるを得ないと、半ば諦めかけていたラージュの前に、まるで図ったようにカルバート皇国からも密使がやってきたのは、そのような時だった。

 そして、カルバート皇国の使者はこう提案したのだ。スミート家がフィサラードに反旗を翻し、王を名乗るのであれば、スミート家と単独で和議を結び、その反乱の支援を行う用意がある、と。

 この話を聞いた時ラージュは、領民を救うにはこれしかない、と考えると共に、自分の中に暗い炎が燃え上がるのを自覚していた。

 国を守る事を考えない王家、我欲を満たさんと横暴の限りを尽すヨフィン、ヘイダー両家に、一矢報いらんとする激情であった。

 決断した後のラージュの行動は早かった。

 軍事演習の名目で物資と兵を動員し、その半数を分散させ秘密裏にヴィレヌ近隣の森に潜伏させたのである。


「ここでしくじれば、我が領の未来は潰えよう。我が民の為にも、我がスミート家の誇りのためにも、負ける訳にはいかぬ…」

 瞠目していた目を開いき、そう洩らす。

 そして暮れ行く日を見つめた後、彼方に見える王都ヴィレヌを睨みつけたのであった。


 そして、時はアランが松明に気がつく少しまで進む。

 ヴィレヌの外壁に備えられた見張り塔、そして市街地を守る門を暗闇に紛れて襲撃している一団があった。

 彼らは、王都ヴィレヌに潜入していたスミート家の兵士達だった。

 この平穏な時代に、よもや内側から襲われると思ってもいなかった守備兵たちは、この奇襲にさしたる抵抗をすることもできずに打ち倒され、もはや王都の索敵能力は沈黙したも同然となっていた。自らの戦果を確認した襲撃者達は、松明を大きく三回、円を描くように回した。

 襲撃が成功した事と門を開く準備ができた事に対する合図である。

 それを見たラージュは、率いてきた全軍に、号令を下す。

「全軍、攻撃開始!」

 その号令と共に、5千を超える兵が動き出す。


 部屋を飛び出したアランは、すぐに当直兵の詰め所へと走っていた。

 当初、アランの話を信じようとしなかった兵士達だったが、市街地を巡回していた兵士が息も絶え絶えになりながら城にたどり着き、市街地へ所属不明の軍勢がなだれ込んだと報告すると、城内は蜂の巣を突付いたような騒ぎとなった。

 そして、兵舎で眠っている兵士を大慌てで叩き起こし人数が整った部隊ごとに市街地へと送り出していく。

 だが、それはアランから見れば、戦力の逐次投入という愚策にしか見えなかった。その事を忠告しようにも指揮官からして浮き足立ち、周囲の意見を聞く余裕のあるものなど一人も居ないという有様であった。

 そのあまりにも統率の取れていない状態を見たアランは、密かにある決意を決めるのだった。



 門を開いた潜入部隊は、本隊との合流を果たす。

「オーシェ、ご苦労だった。お前達はこのまま弓兵の一隊と合流して北側に回った部隊の指揮を執れ」

 潜入部隊の隊長、オーシェ・フェルガンにそう命じたのは攻城部隊を率いるベルクラム・クレムスであった。

「承知いたしました。御武運を!」

 

 オーシェが走り去るとベルクラムは更に声を張り上げて兵士達に命じる。

「他の門の制圧など後で良い! 城を攻め落とすのだ!」

 潜入部隊の手で見張り塔を沈黙させられ、外部に対する目を封じられたヴィレヌの市街地をスミート家の軍勢が突き進んでいく。

 城から出撃してきた兵士達がそれぞれの部隊ごとに迎え撃とうとするが、突然の戦闘に浮き足立ち、陣形も整っていないという状態では、士気も高く戦意に溢れたその突撃の勢いに瞬く間に飲み込まれ、ろくな抵抗も出来ぬままにほとんどが殺されるか降伏していた。僅かに生き残った者は、城から出ると同時に戦意を消失し最初から逃げる事に徹していた者達ばかりだった。

 こうして、スミート家の軍勢は瞬く間に市街地を突破し、城の前へと迫っていた。


 市街地が突破され城に敵が迫っているとの報に、徹底抗戦を叫ぶ者、降伏を考える者に王家の家臣たちは別れ不毛な言い争いを始め、城内はそれまでとは違った慌しさに包まれていた。

 その城内の混乱を他所にアランはルシアの部屋へと向かっていた。

 平穏な時代に慣れきり、有事の際に平静を保つ事の重要さを忘れているような指揮官や兵士ではもはや城を守りきるなど不可能だと判断したからだった。

 慌しく走り回る兵士の間を抜け、ルシアに宛がわれた部屋にたどり着いたアランは、ノックもそこそこに中に声を掛ける。

「ルシア公女、この城はもうだめです。脱出致しますゆえ、ご準備をお願いします」

 そう言い終わるとほぼ同時にドアが開き、旅装に身を固めたルシアが出てくる。その後にはルシアと同じく旅装に身を固めた使節の面々の姿も見えた。

「噂どおり優秀な方ですわね、アラン様は」

 ルシアもまた、城内の喧騒や窓から見える状況を自分なりに考え、アランと同じ結論に達していたようだった。

「でも、この状況で脱出するのは少し難しくありません?」

「敵軍は市街地の西側から突入し南北の城門を、とりわけ南の城門を重点的に固めているようです」

 王城には北と南、それぞれに城門があるのだが、スミート家の軍勢は南側に多くの兵力を集中させていた。

「ええ、それは気付いていました。北側から逃げやすいように見せておいて伏兵を置く、実に基本的な伏兵の使い方。でも、それゆえ手出しし難い」

 全軍で城を捨てて北に逃げれば良いように見える状況だが、いると分かっていても正確な居場所が分からなければ必ずある程度の損害がでるのが伏兵というもので、更に、夜と言う今の時間も攻撃側に味方していた。

「ええ、ですが少人数で逃げるだけなら、手が無いわけではないんですよ」

 思案顔になるルシアに、アランは言葉を続ける。

「この城の西と東に、今では使われなくなった通用門があるんですよ。西側は論外として、東側であれば今ならまだ、私の部下と貴女方だけで夜陰に乗じて逃げ出すくらいならおそらく可能でしょう」

「その発言は、王家の碌を食む者としては、些か不忠義ではありませんか?」

 ルシアの指摘にアランは苦笑しながらこう答えた。

「元々、フィサラード連邦はこの地方の有力諸侯の連合ですからね。各公爵領はそれぞれが半ば自治領のようなものです。私も私が指揮してきた騎士達も、王家への帰属意識は皆無に等しいのです」

「国が違えば事情も異なると言う事ですね」

 ルシアは幾分興味深そうに呟くと承諾の意を返し尋ねる。

「分かりました、こちらの準備は既に整っています。そちらは?」

「部下には東側通用門の付近に行くように命じてあります。こちらです」

 そう言うと、アランはルシアたちを伴い、城内を走り始めた。


 慌しく走り回る兵士達の中で右往左往するように一人の貴族の少女が翻弄されているのを見つけたのは、一行が通用門へ向かう途中の事だった。

「邪魔だ! どけ!」

 一行が見ている目の前でいらついた兵士に突き飛ばされ、壁にぶつかりそうになった所を、ルシアが辛うじて抱きとめた。

「アラン様、彼女も一緒に連れて行きたいと思うのですが、構いませんか?」

 二人の見解では、この城が陥落するのは時間の問題だった。

 逃げようにも兵と共に逃げるのであれば北側にいるであろう伏兵の餌食となる。乱戦の渦中にこの気弱な少女を置去りにする事に気がとがめたルシアが、少女を連れて行くことをアランに頼み込む。

「一人増えたくらいであれば、大きな差は無いでしょう。承知いたしました。ここでルシア公女がお助けしたのも何かの縁と言う事なのでしょう」

「ありがとうございます」

 ルシアは快諾したアランに礼を述べ、少女に名を尋ねようとするが、その時、城門の方から轟音が響いてきた。そして同時に、小さな壷のような何かが矢に括り付けられて城内に降り注ぐ。地面に落ちたそれはあっさりと砕け、中から透明な液体、油がこぼれ出る。

 それを見たアランが顔色を変えて一行に声を掛ける。

「急ぎましょう。奴ら、火責めで中にいる者を燻り出すつもりです」

 彼らがその場を急いで離れた後、アランの言葉が正しかった事を証明するように火矢が次々に打ち込まれ、いたる所で火の手が上がり城内の混乱は更に加速していった。

 混乱する城内を走りぬけやっとの事でフォーリア公爵家の騎士隊と合流したアランに、騎士の一人が声を掛ける。

「お待ちしておりましたアラン様。ご命令どおり厩から馬を人数分拝借しております。まあ、返す当てはありませんがな」

 そう言って笑う騎士を頼もしげに見たアランだったが、表情を引き締めるとその場にいる一同に指示を出す。

「全員騎乗、東の通用門から脱出を試みる。先陣は私が勤める。殿軍はアーグ、フラッド、シグルの三名に任せる。使節の皆様方は…」

 そう言って使節一行に目を向けたアランの眼に、先程の少女が騎乗出来ずに、おろおろとしている光景が飛び込んでくる。

 年端もいかない貴族の子女であれば、外出の際はほとんどが馬車と言うのが普通であり、よくよく考えればまともに馬に乗れるかどうかの確立は良くて半々と行ったところである事を失念していたアランが顔をしかめる。

 止む無くアランが騎士に同乗を命じようとした時、意外な人物から声が掛かった。

「彼女は私の馬に同乗させます。騎士の皆様は敵中突破に専念してください」

 そう言ったのはルシアの傍に控えていた一人の女性弓兵であった。

 そのまま彼女は少女を自分の馬に危なげなく引き上げると、鞍の前方に少女をまたがらせる。

 彼女に任せてよいものか一瞬迷ったアランだったが、再び城門の方から響いてきた轟音に、もはや迷っている暇はないと自らに言い聞かせ、指示を続ける。

「使節の皆様方は、私が率いる先陣の次に出発してください。敵に追いつかれそうになっても、殿軍の騎士達は皆信頼できる者達ですので、決して先陣の我々を追い越さないようにお願いします」

 そうした指示を終えたアランは部下に命令を下す。

「吊橋を下ろせ! 目指すは市街東門、全騎、我に続け!」

 殿軍を勤める三人の騎士が吊橋の昇降装置を操り、橋を架ける。同時にアランは馬を駆って市街地へと飛び出すと続いて次々と騎馬が続き、東門に向けて脱出が始まった。



 王都をアランたち一行は東門に向けて一目散に馬を駆けさせる。

 彼らにとって、敵の動きが非常に速やかであったことが、この時は味方していた。

 王都の民達は騒動に気付いていない者のほうが大多数であり、東門へ続く道は馬を駆けさせるには非常に好都合となっていたのであった。

 途中、住民の暴動を警戒している敵の一隊と運悪く鉢合わせるが、彼らもまさか重騎兵が飛び出してくるであろうとは予想もしておらず、完全武装の騎士隊の突破を阻めるはずもなかった。

 さしたる抵抗もせずに散り散りに逃げ去った敵兵を見ながら、アランは舌打ちして呟く。

「不味いな、奴らの報告で我々の存在が敵にばれただろう」

 自分達の動向を知っている敵は可能であれば殲滅したかったのだが、どこに敵兵がいるとも分からない現状で、彼らを追撃している余裕はなかった。

 追撃を命じず、代りに騎士達に脱出を急ぐように指示を出す。

「急げ!敵に捉えられる前に市街地を抜けるのだ!」

「「応!」」

 アランの声に騎士達が威勢良く応じる。

 程なく、東門が見えてくる。

 見張りも衛兵も既に逃げ去ったのか、門の前はがらんとしており、兵士達が逃げる時に開け放ったのか、アラン達にとっては好都合にも東門は既に開いていた。

「この先にはおそらく敵も兵を配していないでしょう」

 重量の差もあってルシアが馬をアランの隣まで寄せ、声を掛ける。

 先の指示を無視したルシアの行動に内心眉をひそめながらも、アランもまた同じ事を考えていた。 

「常識で考えれば、逃げるのであれば第一候補が北のダラヌ砦方面、第二候補が南のティーファ穀倉地帯方面でしょうね。東側には強固な拠点にたどり着くまで時間が掛かりすぎますし、いくらなんでも、ここからフォーリア公爵領まで逃げるのは現実的ではありませんもの」

 そう続けたルシアは、状況を整理しながら言葉を続ける。

「そう考えたら、南にも敵はある程度網は張っているでしょう。先程討ち洩らした兵が私達のことを報告していれば、南側の敵が追っ手をかけてくるでしょうね」

 そこまで言って一旦言葉を切り、苦笑しながらこう付け足した。

「あの王様の傍に南に突破するなんていう一見無謀で危険な、でも、本当はもっとも逃げやすい道を選べるような人がいればこちらも逃げやすいのだけれど…」

 アランは内心でその続きを予想しつつ、こう答えていた。

 そのような者がいればここまで酷い事態にはならなかっただろう、と。

誤字、脱字などありましたら、ご一報いただけると幸いに存じます。

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