第四話 護衛
ゴブリン退治の報酬を受け取る為、再び酒場へと足を運んでいたフェイルを、店主は機嫌のよさげに迎えていた。
「おうフェイル、しっかりとふんだくってやったぜ。元の報酬、一人銀貨6枚に同額の6枚上乗せ、あわせて銀貨12枚。悪くねぇ額だろ?」
店主はニヤリと笑って銀貨を入れた皮袋を、カウンターの上に置いた。
「俺の方はその額で不満はない、後はネッドがどう言うかだが」
「その辺に関しちゃ問題ない。今日は来ないとあのじーさんから使いが来てな。何でも、実家の仕事が忙しいらしいから、報酬の最低限度額だけ伝言をこっちに寄越したってことだそうだ。10枚以上なら文句はねぇってよ」
「あいつも大変だな」
苦笑しながら皮袋を受け取ったフェイルは、中の銀貨を確認する。
「問題ないな、次の仕事があれば、聞いておきたい」
中身の確認を終えたフェイルがそう切り出した時だった。
「フェイルと言う冒険者はいるか?」
店の中に甲冑を着込んだ男が入ってきて、店の中に響くような声で問いかける。
昼過ぎで、そう多くない客全員がフェイルに視線を向ける。
「何やったんだ、フェイル?」
意地悪く言う店主に、フェイルがジトリとした視線を向け嘆息するように言う。
「さあな? 騎士様にしょっ引かれるような事をやらかした記憶は無いんだがな」
下らないやり取りをしている途中で、騎士も気がついたのだろう、二人の方へ近付いてきた。
「お前がフェイルか。ウィレム様がお前をお呼びだ。おとなしくついて来てもらおう」
「親父さん、仕事の話はまた今度させてもらう。良いのを用意しておいてくれ」
そう言うとフェイルは、立てかけておいた剣を剣帯に留め、席を立つ。
それを見た騎士は、ついて来い、と言わんばかりに顎をしゃくり、出口に向かう。
二人が出て行った後、店主は苦笑しながら言った。
「あの二人を見てたらホントに飽きが来ないな」
フォーリア公爵邸の一室に連れてこられたフェイルを出迎えたのは、ウィレムとネッドだった。
「突然のお呼びたて、申し訳ありません、フェイル様。しかし、私達は屋敷から動くわけにも参りませんでした故、どうかご容赦の程を」
「気にしないで下さい、ウィレム導師」
頭を下げるウィレムにそう返した後、更にフェイルは続ける。
「俺を呼びつけたのは本当はお前だろ、ネッド。一体何の用だ?」
「新しい仕事を受けてよ、お前の手を借りたい」
そう前置きしてネッドは、ゼルグからの依頼内容をフェイルに告げる。
「貴族のお嬢様の護衛兼道案内か」
仕事の内容を聞いたフェイルが、僅かに難色を示す。
「報酬は山分けで25枚ずつだ。悪くねぇだろ?」
「確かに報酬は悪くない。だが俺は宮廷儀礼と言う奴にに縁がない、それで問題はないのか?」
「見物自体が向こうが頼み込んで来た希望だ。それに、お忍びでって話しだ。多少の事なら文句もいわねぇだろ」
ネッドの答を聞いたフェイルは、少し考えた後、再び言葉を続ける。
「万一の時はこちらのやり方で対応して構わないなら、問題ない」
「決まりだな、それじゃ…」
フェイルの言葉にネッドはニヤリと笑い、言葉を続けようとした時、部屋の扉がノックされる。
「入って良いぜ」
ネッドが声を掛けると、一人の使用人が部屋に入ってくる。
「失礼致します。ルシア様がお出かけなさりたいとの事です。ネッド様、支度をお願い致します」
「分かった、すぐに行くと伝えてくれ」
ネッドは使用人に返事を返すと、フェイルに向き直る。
「て訳で、早速で悪いが仕事だ。よろしく頼むぜ」
ネッドは外出用の服に着替える必要があるため、フェイルは護衛対象との合流場所である屋敷の裏口に一足先に案内されることになった。
裏口の近くまでフェイルを案内した使用人は、自分の仕事があるからと告げて、去っていった。裏口のある部屋に通じるドアを開けたフェイルの目に、冒険者のような姿をした、一人の娘が写る。
なめし革で作られたローブをまとい、長い金髪を後ろでまとめ、短めの棒杖を手にし、腰には小剣を佩いている。
ネッドとは別に、ヴェルスク公が雇った冒険者か何かだろうと思い、そのまま近くの壁に背を預けていると、娘が声を掛けてくる。
「あなたはフォーリア公爵家の騎士か何かなのかしら?」
「いや、雇われた冒険者だ。依頼人の到着を待っている。そういうあんたは?」
「ちょっと、人と待ち合わせ中。ああ、自己紹介が遅れたわね。私は…」
娘が言い終わる前に、ネッドの声がした。
「待たせたな。そっちのねーちゃんは、だ……」
ネッドの言葉が途中で途切れ、一拍を置いて、今度は驚いた様子で口を開く。
「ルシア公女、そのお姿は一体?」
ネッドのかしこまった態度と言葉で、フェイルは大体の事情を察する。
「つまり、こちらさんが今回の護衛対象って事で良いんだな?」
「あ、ああ、そうだ」
フェイルの声に、当初の混乱から立ち直ったネッドが肯定の言葉を返す。
「ルシア公女。この男は私が懇意にしてる冒険者のフェイル、歳は若いが腕は確かな男です」
ネッドがフェイルをルシアに紹介すると、ルシアは、僅かに、何かを探るような表情をするが、それに気付く事無く、ネッドはフェイルに向き直り、ルシアの事を説明する。
「こちらの方がターリンドのルシア公女だ。しっかりと護衛してくれ」
紹介が一区切りしたところで、ネッドはルシアに疑問を投げかける。
「ところでルシア公女、何故そのような格好を? 街の見物したいとの事ですが、そのような姿をせずとも良かったのでは?」
「この姿であれば、私がターリンドの貴族だと思う人もいないでしょう? 公用ではなくこれはあくまで私用に過ぎませんし」
目立つ事は控えたいと言う自身の都合もあり、また、ルシアの言うとおり、冒険者の姿をしていると言うのは、カムフラージュとしては悪くない事もあって、ネッドはひとまず納得する事にし、ルシアに行き先を尋ねる。
「なるほど、ところで、どちらにご案内すればよろしいのでしょう? 詳しい希望をまだ聞いておりませんので、是非お聞かせ願いたいのですが?」
その問いに対するルシアの返答は意外なものであった。
「とりあえず、新市街商業区まで案内していただけるかしら?」
ヴェルスクには、公爵家に古くから仕える騎士や兵士の住居区域である旧市街と、住民が増えた事によって新たに広がった新市街があった。フェイルやネッドが、普段仕事の請負場所として使っている酒場もまた、新市街にある。もっとも、一口で新市街と言っても、居住区や商業区が、更には工房区までもが入り混じっている為、一括りには出来ないが、それでも、貴族令嬢が行く場所としては、些か珍しい場所と言えた。
「承知いたしました。それでは、ご案内差し上げましょう」
随分珍しい趣味をしている、と二人は思ったが、何も言わずにルシアを伴い、歩き慣れた街路を歩く。名所旧跡を案内しろ、等といわれなかっただけでも、二人にとってはましだったのだ。
三人は旧市街と新市街を分ける門を抜け、新市街に足を踏み入れていた。
「この先が新市街商業区の大通りです。進んだ先の十字路を南に進めば居住区が、北に進めば工房区があります」
ネッドが丁寧に説明しているが、ルシアは、何かを探すように視線をめぐらせていた。
「ルシア様、お待ちしておりました」
声がしたほうを三人が向くと、そこには、革の軽鎧と矢筒を身につけ、弓を手にした娘が立っていた。
「レイア、もう分かったの?」
「酒場で聞き込んだら、すぐに教えてもらえました。ただ…」
娘、レイアは途中で言い澱むが、怪訝な顔でルシアが先を促す。
「どうかしたの?」
ルシアの言葉に、覚悟を決めたように、レイアが言葉を続ける。
「残念ながら、三年ほど前に、お亡くなりになられていたとの事です。ご遺族の方がまだこの街にいらっしゃるそうですが、お会いになられますか?」
ルシアが難しい顔をして俯き、考え込む。
「考え込んでるところ悪いのですが」
決まりが悪そうにネッドが声を掛ける。
「ルシア公女、こちらの方がどなたか、ご紹介願えませんか?」
ネッドの言葉に、ルシアは思考を中断し、二人に向き直る
「ごめんなさい、少し驚いてしまって、紹介するのが遅れたわ。彼女はレイア、父の部下で、私の幼い頃からの友人です」
「レイア・イリークです。以後お見知りおきを」
レイアはそれだけを言い、探るような目で二人を見る。
「こちらはフォーリア公爵のご子息とその知り合いの冒険者だそうよ。怪しい人達じゃないわ」
「知らぬ事とは言え、御無礼をいたしました」
レイアが慌てて謝罪の言葉を口にするが、ネッドは苦笑しながらそれを遮る。
「このような姿では、不審に思うのは当然でしょう。気にしないでもらいたい」
そう言って、自己紹介をし、フェイルの事を改めて紹介する。
そうしたやり取りをしているうちに、ルシアは考えが纏まったらしく、口を開く。
「ご遺族の方に会ってみましょう。レイア、案内して」
「承知いたしました、ルシア様。こちらです」
そう答えたレイアに先導され、三人は歩き出した。
レイアの道案内でたどり着いた場所は、二人は良く知る道を進み、そして、二人がとてもよく知る場所だった。
「なあ、ここってよ」
「いくらなんでも出来すぎだろう、こいつは」
ネッドの呟きに、フェイルはうんざりした声で答える。
そんな二人のやり取りに気がついていないルシアとレイアは、幾分緊張した面持ちで、目の前の扉をノックし、声を掛ける。
「突然の来訪失礼します。私はターリンド王国から来たルシア・レイテスと言います。エルナート・レイカー卿のご遺族の方がこちらに住んでいると聞いて、訪ねて来たのですが間違いないかしら?」
しばらくすると、のぞき窓が開き、中から少女の声がした。
「エルナートは確かに私の父ですが、どのようなご用件でしょう?」
「エルナート卿は私の父の古い友人との事で、父からの手紙を預かってきています」
「少しお待ち下さい」
少女はそういうと、のぞき窓を閉じ、扉を開いた。
「お待たせしました、どうぞお入り下さ…」
少女の言葉が途中で途切れ、視線が一点で止まる。
「義兄さん、何やってるの?」
中から現れた少女の言葉に、ルシアとレイアは呆気にとられた表情でフェイルを見る。フェイルは幾分ばつの悪そうな表情をし、義妹にこう答えた。
「要人警護の仕事だ」
やっとの事で四話目を投稿。
続きもちょろちょろ書いてます。