スピーチをしてもらいます
「では、今週のレッスンは実習です。皆さんに順番に一分間スピーチをして貰います」
今回で3回目を迎える話し方教室。集まったのは老若男女混ざった二十人の生徒たちだ。
「先週も言ったとおり、テーマは次の3つから1つ選んで下さい。『私の一番大切なもの』『昨日の晩御飯』『休日の過ごし方』。この3つです。それから前に言ったとおり、必ず内容にあわせてタイトルをつけるように。カンペは見ちゃいけませんよ。話す時の姿勢に注意して。スピーチは一分間。時間厳守ですよ、いいですね?」
若い男の講師は、教室で輪になって椅子に座っている生徒たちを見回し、そして端に座る生徒に向かって手を伸ばした。
「ではこちらの端から順番に。トップバッターはエミリー、君です」
エミリーと呼ばれたのはまだ十二、三歳くらいの少女だった。隣には両親らしき中年の男女が座っている。服装からは裕福そうに見える一家だ。
少女は緊張した様子もなく、ぴょこんと立ち上がって話し始めた。
「えーと、タイトルは、美味しいシチュー、です。
昨日の晩御飯に食べたシチューは、今まで味わったことが無いくらい、凄く美味しかったです。とろとろで、お肉とトマトが溶けてて、凄く美味しかったです。
こんな美味しいお肉を食べたのは初めてで、私はママにこれ何のお肉なのって聞きました。そしたらママはこれはもう二度と食べられない、いいお肉よって言ったので、私はそうなんだと思って、また食べたかったので残念だったけど高くてたくさんは買えないんだと思って、大人になったらお金を稼いでまた食べたいと思いました。
あ、あと、せっかくいいお肉なのにお兄ちゃんはいなくて食べられなかったので可哀想でした。
でもお兄ちゃんは私のペットのミリーをいじめるので嫌いです。だから別にいいです。えっと、テーマは昨日の晩御飯でした。おしまい」
少女はスカートの裾をつまんでお辞儀をした。その可愛らしさに、皆が拍手をする。講師も拍手をしながらコメントを送った。
「素晴らしい。エミリー。とても上手でした。元気よく話せていたし、気持ちが伝わってきました。時間もバッチリでしたし」
えへへと笑う少女の頭をポンポンと撫でた父親が、次の話者だった。ゴホンと咳払いをして話し始めるミスター・ロンド。
「タイトルは、私の愛する銀の輝きたち、とこうつけさせて頂きましょう。
私は、家の地下にコレクションルームを作っていて、そこでコレクションを眺め、また磨いたりして過ごすのが楽しみなのです。
さて皆さん、私が何を集めていると思いますか? 他でもありません、古今東西の様々な変わった剣や刀です。
こう言うと皆さん、刃物マニアという言葉を思い浮かべてしまい野蛮なイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかしそれは誤解です。刀や剣は美術品でもあるのです。ですから刃だけでなく柄や鞘の装飾に私は惹かれているのです。
もちろん切れ味もまた一つの芸術です。特に日本刀の切れ味の素晴らしさは、みなさんご存知ですか? なんでも、昔の日本の武将は人の身体を一振りで切断したそうです。信じられない話だ。そこまでの切れ味を持ちながら、同時に美しさも至高のものであり、日本の刀工の仕事は全くもって素晴らしい。もちろん、その銀の輝きを保つための手入れは欠かせません。
ああ、もちろん危険ですからコレクションルームには鍵をかけておりますがね。余談ですがその鍵が昨日から見つからず困っていて……きっとバカ息子に違いない。全くあいつは悪い友達と遊びまわり、物は壊す金は盗むで迷惑ばかりかけおって。昨日は朝から姿が無かったがどうせまたろくでもないことをしているに違いない……。
……おっと話がそれましたな。
とにかく私は、仕事のない休みの日は一日中コレクションに囲まれるのが生き甲斐でして。コレクションを充実させるために結構な額を費やしてしまっていて家内には……」
講師はそこで話を遮った。
「ストップ! ストップです。ミスター・ロンド。大きく時間をオーバーしていますよ。お話に熱がこもるのは良いことですが、スピーチは時間内でまとめることが重要です」
「面目ない……。以上で話は終わりです。テーマは休日の過ごし方でした」
頭をかきながら男性は話をやめ、座った。
「ミスター・ロンドのスピーチは、最初で聴衆の興味をかきたてるような導入を心がけていた点が良かったですね。ただ脱線しがちなので時間には気をつけてください」
次は男の横に座る、ロンド氏の妻でありエミリーの母親らしき女性だった。夫とは対照的に、あまり表情の変化がない、ともすれば人形かと思ってしまうような生気の無い女性だった。
「タイトルは……私の息子、です。
私にはこのエミリーの上に、ジョンという息子がおります。
息子は小さい頃はそれはそれは可愛くて、私の宝物でしたわ。甘えん坊で、私の服の裾を握って離さないものですから、私のその頃のドレスはどれもあの子の握っているあたりの布地が傷んでしまっています。
五歳の頃、あの子は庭一面に色とりどりのペンキを撒いて叱られましたが、なぜそんなことをしたかと訊いたら、庭に大きくママの似顔絵を描こうとしたというのです。本当に可愛い子。あの時のことは忘れられません……。
それにあの子は、私が豪華客船で旅をするのをテレビで見て羨ましいと言ったのを聞いて、大きくなったらママに大きな船を買ってあげるとも言ってくれました。いつもそれを口にしていて……。
あの子は本当に親思いの良い子なのですわ。でも、あの子はもういません。もう、いないのです。いないのです。いないのです。いないの……」
夫人の声がだんだん小さくなり、床の一点を見つめたまま固まってしまった。しばし、誰も声をかけることができなかった。奇妙な沈黙が訪れる。
数秒経った時、夫であるロンド氏が慌てたように口を挟んだ。
「失礼、皆さん、妻は体調が良くないようだ。おい、ブレンダ、しっかりするんだ。ジョンが変わってしまったことにショックを受けているのはわかるが……」
夫が肩を叩くと、夫人ははっとしたように顔を上げた。
「あら、失礼いたしました……」
その顔はもう元に戻っていた。にこやかに微笑を浮かべたので、少し場の緊張が和らぐ。
「お話はこれでおしまいですわ。テーマは昨日の晩御飯でした」
夫人は微笑んでそう言い、席に腰掛けた。
講師が苦笑して訂正する。
「ミセス・ロンド。テーマは私の一番大切なもの、ですよね?」
婦人は答えた。
「両方ですわ」