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第四話 「中学最後の一年間」

 主人公ハルトがプロ野球選手を夢見てソフトボールから軟式~硬式野球へと取り組み、活躍してプロ野球選手となる物語。しかし、プロ野球選手として全盛期の時期に病に倒れ、プロ野球選手としては選手生命を絶たれてしまう。

 だが、いつも寄り添ってくれる妻ナミがハルトを支え、苦悩を一緒に乗り越え、プロ野球選手ではなく、指導者として歩み続けて行き、プロ野球選手を育てるという新たな目標に向かって走りだす。

 春休みが終わると中学三年生となった。

 クラス替えは無いのでナミとは同じクラスである。

 ナミと俺の関係をクラスだけでなく学年中が噂していた。

 ナミも俺も全く気にせず、普段通り授業を受け、授業が終わると野球の練習かナミと勉強を一緒に夏休みまで続けていた。

 俺のテストの成績クラスの順位は三十人中の十二位であと一歩のところでベストテンには届かなかった。

 夏休み中の野球練習は猛暑のため、朝早めに始め二時間程度を週に四日行う事になり、その他は実家に帰ったり、ナミと勉強やゲームをしていた。

 ナミは高校受験勉強を理由に五日間程度の旅行としていた。

 ナミの夏休みはほぼ俺の勉強に付き合ってくれたようなものだ。

 しかし、間東京○〇ランドへ2日間行く事になり、ナミは友達二人と周辺のホテルに宿泊するのだが、俺はハイヤーで朝・晩の送迎をされ、宿泊させてもらえなっかった。


 夏休みも終わり、九月から中学最後の野球大会が始まった。

 私立高校の関係者が見に来ていたようで両チームの選手達は皆ザワザワしていた。

 九月でも残暑がキツいため、試合会場を例年より増やし早めの開始時間で暑さ対策をしっかりした試合となっていた。

 一回戦は八球場で八時半から行われ、朝飯が喉を通らないのでバナナを食べ、スポドリを呑み試合をしていた。

 俺達の一回戦は先攻で俺は二番ショートで初回から暴れまくり五点を入れ、五回までに十一対0でコールド勝ちだ。

 翌週の二回戦は後攻で俺は五番ショートとなり、守備も打撃も好調で、八対二で快勝。

 次の三回戦は昨年準決勝で対戦したチームだった。後攻で俺は三番ショートでホームランを含む六対四で辛くも勝った。

 試合後、数校がうちのチームの選手の事を監督に聞いていたとコーチが話していた。

 次の準決勝は、昨年決勝で負けたチームだった。メンバーは違えど警戒していた。

 俺は三番ショートで一・二打席は上手く打てなかったが三打席に長打が打て二点を入れ最終回に打線は爆発し俺もヒットで一点を返し、五対四で何とか勝つ事ができた。

 来週は「二年連続の決勝だ!」と皆興奮していた。用具を片付け、ミーティングを終えると監督から「大丈夫か右足?」と言われ、俺は「気づいていたか」となり、「痛みは少しありますが来週も頑張ります」と言ってバスに乗り込んだ。

 監督は俺の守備で一塁のスローイングがおかしい事に気づいていた。

 三打席目の走塁で一塁ベースを右足で踏んだ時少しひねったかもしれないのだ。

 一塁へのスローイングの時、右足で踏ん張ると痛みが走っていた。

 バスの中ではアイシングをしていて、帰ったら湿布を貼り、来週には間に合わせたいと思っていた。

 翌日の朝、右足首当たりがかなり腫れていた。「捻挫かな?」と思っていて大石先生や奥さんにも隠せないので話すと「日曜日で病院休みか?」と話していた。

 するとナミからメールがあり、「今から少し会えない?」との内容だ。

 返信に「右足が腫れていて先生宅に来るならいいけど俺は出歩けない」と返すと「すぐに行く!」との返事だ。

 先生と奥さんにナミが来る事を告げ、ナミが来るのを待っていた。

 ナミがやって来ると「親の知っている病院に今すぐ行こう」となり、着替えてすぐに行く事になった。

 行った先の病院は総合病院で整形外科の主治医が来てくれていた。すぐにCTやMRIを撮り、治療に入った。早い話しが手術で三日程安静にすれば試合に出れるような話しだ。

 俺は「マジで試合に出れるの?」と言うと整形外科の主治医はニッコリと笑っていた。

 主治医は「特別の特別だよ」と言って手術をしてくれた。

 手術は一時間半程で終わり、二時間安静にしてからナミのマンションへ行った。

 俺は初めて松葉杖を使い歩くが、二・三日の辛抱と諦めていた。

 俺は「有難う、しかし凄い病院だなあ、ビックリしたよ」と言うとナミは「お母さんの知り合いでそれぐらいだったら簡単なんだって」と主治医が言っていたようだ。

 俺には理解不能だが、これで土曜日の試合に出れたら本当に凄い事だと思っていた。

 タクシーで大石先生宅に戻り、先生と奥さんに報告すると先生は「そんな事できるのか、信じられない」と話していた。

 俺も同感なのだが、明日は学校を休み、様子を見る事にした。

 翌日の夕方、ナミが大石先生宅に来て俺の様子を見に来ていた。「ハル、痛む?腫れはどう?」と痛めた部分を見ていた。

 傷口は痛いが、痛み止めを飲んでいるのでそれ程ではないが、足首に気を使い過ぎて歩くからコケそうになる。

 ナミは、水曜日に足首を見せに来て欲しいとこの前の主治医から連絡があったと話していた。

 水曜日授業が終わったら見せに行く事にした。

 翌日の火曜日朝、奥さんに学校まで送ってもらい、帰りはナミのマンションで勉強して帰って来る事にした。

 水曜日は授業が終わるとナミと一緒に例の病院に行って痛めた足首の診察なのだ。

 MRI撮影で主治医が見ていて、だいぶ良くなっていると話し、明日から少しずつ足首をマッサージし歩いたり軽いランニングをして足首を慣らしても大丈夫と話していた。

 俺は「マジで凄いなあ」と感心していると主治医は「君は若いから回復力も早いと思うよ」とニッコリしながら話していた。

 翌日も奥さんに学校まで送って貰ったが、学校の休憩時間等で足首をマッサージしたり足首をゆっくり回したり、伸ばしたり、階段をゆっくり昇降したりリハビリをしていた。

 ナミが付きっ切りで見ていて「痛みは?突っ張った感じは無い?」とか気にして見てくれていた。

 昼休みには校庭をゆっくり歩き廻り、足首の状態を確認していた。

 授業が終わり、校庭の隅で軽いランニングをしたり、足首の動きを確認していた。

 ナミに「余りやり過ぎないように今日は帰ろう」と言われ、ナミのマンションへ行くのだ。二時間程勉強をし、大石先生宅へ帰った。

 帰ってから奥さんに「足首、大丈夫?」と心配してくださり、「放課後にランニングをしてみたけど痛みは無かった」と話した。

 大石先生が帰宅し、奥さんと同じように心配してくださり、本当に申し訳なかった。

 翌日の朝は早めに先生宅を出て軽くランニングしながら学校へ向かった。

 いつもより十分位遅く掛かったが、普通に走れていた。

 学校に着くとナミが近づいて来て「今日は走って来たの?」と言うので「軽くランニングして来た」と言うと「今日はうちに寄らないで先生宅に走って帰って、グランドにも走って行ってみたら?」と言うのだ。

 明日は決勝戦だし、試合に出してくれるかわからないけど回復の状況を監督やコーチに見せるのもいいかも?とナミはそう考えて話したようだ。

 俺は「わかった、行ってみるよ」と言い、授業が終わったら走って先生宅に帰り、グランドへ行った。

 グランドには監督・コーチ・チームメイトが心配して集まってくれ、「学校から走ってきました」と言うと監督に「え~」と言われたが「軽くキャッチボールと守備練習でもやるか?」と言われコーチとキャッチボールをし、守備練習をしたのだ。久しぶりに動いて汗して気分が晴れた感じだが、監督は「無理はさせられないからスタメンは外す」と言われた。

 俺は悔しかったが、コーチが俺に「ハル、お前はまだ中学三年生だ、まだまだ先がある焦るな!夢を追いかけろ!」と言われた。

 「夢を追いかけろ!」の言葉に俺は救われた気がした。練習が終わり、先生宅に走って帰った。

 翌日、決勝戦の日だ。何か早起きしてしまうが「俺、今日出れないんだ」と思うと少し凹むのだが、先生に「ハル、朝飯だ」と言われ、奥さんはニッコリしながらマンガ盛りのご飯を出してくれた。

 その後、バスに乗り、決勝戦のグランドに向かった。奥さんは今日も昼飯のお弁当を作ってくれた。

 グランドに着くとコーチに「いつ出てもいいように身体を解しておくように」と言われ「俺、出れるの?」となり、ハイテンションになっていた。

 練習を終え、監督からスタメンが発表され、俺の名前は呼ばれなかった。

 しかし、ベンチから声がかすれるほど声援を送った。五回裏が終わり、二対三で負けていた。

 六回表うちのチームの攻撃でフォアボールと右中間のヒットで二・三塁の場面だ。

 監督が「ハル、行くぞ」となり、涙が出る程いい場面であるが、メッチャ緊張してきて打席に入ると何か聞き覚えのある声が聞こえるのだ。「ナミか?」となり、初球のストレートをライト前に打ち、ライトがもたつく間に二点が入り逆転となった。

 一塁に立ち止まりガッツポーズをするとナミと二人の友達が手を振っていた。

 大石先生や奥さんの姿も見え、俺は興奮していた。

 しかし、後続が抑えられ、四対三で六回裏を迎えた。

 相手チームの連打があり、あっという間に逆転され、四対六となり、七回表のうちのチームは一・二塁となるが点が入らず、ゲームセットとなった。

 二年連続の準優勝で悔しさが込み上げて来るが、俺達三年生にはいい思い出だと前向きに考えていた。

 ミーティングを終え、皆でシートを広げ、昼飯となった。

 ナミからの差し入れを皆で分け合い、美味い昼飯を腹パンになるまで食べていた。

 昼飯を済ませ、片づけを終えてバスへ乗り込み帰宅した。

 大石先生宅に十五時過ぎに到着し、シャワーを浴びリビングでゴロゴロしていた。

 先生と奥さんは買い物に出掛け、俺は留守番しながらナミのスマホでゲームをし、ナミからのメールで「月曜日から受験勉強を開始するので、よろしくネ」と書いてあった。

 「なかなか気が抜けねー」と思いながら「ラジャー!」と返信した。


 先生夫妻が買い物から帰って来て、来週月曜日からナミの所で受験勉強をする事を話すと先生と奥さんから「頑張ってネ」と励まされた。

 月曜日から学校へは走って通学し、ナミの所で勉強して帰宅するのが日課になった。

 休みの日は二年生の野球の練習に顔を出して一緒に練習する事もあり、先生と奥さんへの感謝を忘れずに勉強にできる限り取り組んでいた。

 十月末の土曜日におとんとおかんが先生宅に現れ、俺がお世話になっている御礼をするため、やって来ていた。おとんは長距離輸送で明け方帰って来たようで少し眠そうだが、魚や肉の冷凍物をたくさん持って来てくれた。

 しばらく、おとんとおかんは先生と奥さんと話しをしていて、俺の話しで盛り上がっていた。

 その後、先生宅で昼飯となり、先生がおとんとビールを呑みだすとおとんは超ゴキゲンになり、睡眠不足もあり、酔いつぶれて寝てしまった。

 帰りはおかんが運転し、俺はおとんを車に乗せ、おかんは帰って行った。

 先生と奥さんは「ハルト君のお父さんは賑やかで楽しいし、お母さんは凄くきちんとした考えを持っていらっしゃる方ネ」と話していた。俺は、おかんがしっかりしているから実家は成り立っていると思っているし、おとんの賑やかさ(破天荒な所を含めて)があるから家族の雰囲気は良いと思っていた。

 先生夫妻はナミの存在も話しており、テストの成績が上向いている原因はナミと勉強をしている事等を説明していたようだ。


 期末テスト(二日間)がやって来た。

 勉強の成果が試され、ナミとの勉強を両親にもっと理解してもらうためと高校入試に向けての

大事なテストだ。

 初日は三科目、二日目は二科目でテストが終わるとナミと予想採点をしていた。

 テスト期間は終わり、ナミのマンションでゲーム三昧だ。ゲームも俺はナミには勝てず全敗だが、それでも楽しく、悔しいとかあまり思わなかった。

 今更だが、俺は本当に色んな事に恵まれていると感じていた。

 こんな俺に大石先生や先生の奥さん、ナミまでが俺に優しく、時には厳しく、両親に匹敵する位の存在なのだ。本当に有難く、感謝しかない。


 翌日、テストの結果が貼りだされ、ナミはダントツの一位となり、俺は十二位のままだった。点数を見ると皆点数が良くなっていて順位が変わらないはずだと思っていた。

 

 十一月中旬頃、担任の先生から呼ばれ、BC高校から推薦入学の案内が来たとの連絡を受けた。

 大石先生が話していた秋の大会を見に来ていてスカウト候補に入ったとの話しだ。

 担任の先生は大きな封書を俺に差し出し、両親と大石先生にこの封筒の中身を確認して欲しいとの事だ。

 大石先生宅に帰宅し、この封書を先生に見てもらい、両親にも話した。

 先生から「ハル、BC高校へ進学でいいんだな」と再度確認され、俺は迷わず「BC高校へ行きたいです」と言った。

 俺の両親が先生宅に来て大石先生から俺の進学(BC高校へ推薦入学)の説明をしてもらい、手続きをする事になった。

 おとんやおかんから「推薦だから勉強しなくてもいいと言う事では無い、しっかり勉強して一般入試でも合格できる点数を中学最後のテストで取りなさい」と厳しく言われた。

 それは勉強を教えてくれた大石先生の奥さんやナミへの恩返しや感謝につながるとおかんは話していた。「うん、わかった、頑張る」と言うとおとんは「甲子園に行けるように頑張れ!」と物凄くハードルを上げて来た。先生や奥さんは笑い、和やかな雰囲気だ。


 十二月になるとBC高校から俺の推薦入学が確定したとの連絡があった。

 ナミに話すと「私、BC高校に受験するから、よろしくネ」と言うのだ。

 「本気だったのか?」と俺が驚くとナミは「当たり前じゃん、ハルの面倒を誰が見るのよ!」とナミは言い、「俺のおかんかよ?」と言ってしまった。

 ナミは「お母さん以上かもよ」と言うので俺は放心状態となっていた。

 授業が終わり、今日は早く帰って先生夫妻に推薦入学の話しをした。

 先生も奥さんも「良かったネ」と喜んでくれ、晩飯は豪華だった。

 BC高校への通学時間は、先生宅から最寄り駅まで自転車で十分、電車で四十分、駅から学校まで歩いて十分の片道一時間となる計算だ。もう一つは高校の寮に住む事も可能なようだが、先生の奥さんが「ここから通いなさい、寮だと掃除・洗濯は自分でするのよ」と言われるとさすがに俺は何も言えなくなり大石先生も「うちから通いなさい」と言ってくれた。

 俺の考えだけでいいのかおかんに電話して聞いたら「先生宅から通わせて貰いなさいその代わり、食費代を含め下宿代等もきちんと払いますからと大石先生にお願いしなさい」と話していた。「わかった先生に言っとく」と電話を切った。

 大石先生に「ここから通わせてください、おかんが食事代を含め下宿代等も払います」と話した。

 先生の奥さんは「下宿代は今まで通りいらないは」と言うが、俺は「その辺はうちの両親と話してもらっていいですか?」と言うと先生は「そりゃそうだな」となり、大人同士の話しとなった。


 翌週、学校へ行き、ナミに高校への通学の事を話すとナミも今と同様の通学となるようだ。

 ナミは「ハルが高校で部活すれば今の時間帯で帰れるの?」と言うのだ。

 俺は「多分、無理かも?」と答えると「何時かなあ」と何故か気にしていた。

 学校は冬休みに入り、実家には少し長めに居る事にした。親孝行にはならないが、「親に元気な姿を見せるだけでも親孝行なのよ」と先生の奥さんに言われていた。

 兄いは大学進学を目指し、いつも勉強していた。おとんは「兄いの大学は俺が行かせる!」とできのいい息子を自慢し、仕事を頑張っていた。

 おかんは俺が野球で高校に進学する事が未だに信じられなかったようで、「ハル、本当に高校行けるかね?」と話していた。おかんは勉強しない奴は進学できないと思っているからしょうがないのだ。

 兄いは「ハル、凄いなあ」と驚いていて「野球で甲子園行ったら俺も見に行きたいなあ」と夢を語っていた。何か皆、「俺にプレッシャー掛けてねぇか」となった。

 まあ、そんな中、おとんは俺が帰ってくると喜びのあまり外でゴキゲンにお酒を呑み、俺が迎えに行き、背負って帰宅していた。

 おとんは兄いが大学、俺が高校に野球推薦となれば自慢話しが尽きないのだろう。


 休みも後半になり、大石先生宅に戻るとナミからのメールが入っていた。

 「明日か明後日、うちに来ない?」というのだ。俺は「またどっかに旅行に行ってお土産だろう」と思っていて、「明日、いいよ、何時頃?」と返信すると「十時頃かな」と着信があった。

 翌日、駅まで走り、電車でナミのマンションに行った。

 外が寒かったから丁度身体が温まって良かった。

 ナミは「○〇温泉に行ってきたから帰りこれ持って帰って」とお土産をくれた。

 その後ナミは、俺に何か話したいようで話しを聞くと「両親がこのマンションを売却すると話していて、ナミは一時実家に住む事になると言うのだ。「いいんじゃないの?」と俺は言うとナミは別のマンションを両親に用意してもらうようお願いしているとの事だ。

 「えッ?別のマンション?」と俺は驚き「実家でいいんじゃないの?」と言うと「ダメなの!」と我がままを言うのだ。

 ナミの実家の話しを良く聞くと以前と同じように両親の関係の方々が出入したりで子供達は落ち着かないらしく、家政婦を雇ってそれぞれマンションの一室で暮らしたりしているのだ。

 ナミの住んでいるマンションはナミの母の会社が所有している分譲マンションで、買いたい方や借りたい方が居ればナミはすぐに明け渡し、移住しなければならないシステムになっている。

 そんな話しもあり、結局は二人で気晴らしのゲームをしていた。

 冬休みも終わり、後は中学校の卒業を待つばかりだ。

 ナミは実家へ一時的に暮らすのだが、俺を実家には呼びたくないらしい。

 理由を聞いてもしょうがないので、俺はナミが次のマンションが決まるまでそっとしておこうと思っていた。


 ナミの高校受験も終わり、合否は聞かなくてもダントツで合格だと思う。

 ちなみにナミは特別進学科で俺は特選体育科となる予定だ。

 ここの高校は○〇科としているが、授業の内容は普通科と同様の授業となっている。

 俺の場合は特選(特別推薦)であり、基本的な学費は免除されるが、野球ができなくなった時点で学費の免除は取り消され、科の変更になり、それが不可能であれば途中退学となるらしい。


 三月になり、中学の卒業式を迎えた。

 おかんと大石先生の奥さんが来てくれた。

 ナミの所は両親が忙しいため、母の会社の秘書の方が来ていたと聞いた。

 卒業式が終わり、おかん、奥さん、ナミ、俺と記念撮影してそれぞれ帰宅した。

 明日から高校の入学式まではしばらく休みになる。

 先生宅に奥さんと帰宅し、晩飯の手伝いを初めてしていた。

 高校に行ったらお手伝いどころか何もできないと思い、今だけだが少しは役に立ちたいと買い物でも何でも手伝う事にしていた。

 大石先生が帰宅し「今日卒業式を終えました、有難うございました、今後もよろしくお願いします」と言うと「ハルは礼儀正しくて素直で非常によろしい、こちらの方が楽しませてもらっていて有難う」と言われた。奥さんも喜んで目に涙を浮かべていた。何か二人から励まされて感謝しかない。

 これからも俺なりに頑張ろうと思うのだ。 

 晩飯の準備中にナミからのメールがあり、晩飯後に見ようとスマホを部屋に置いた。

 晩飯を済ませ、風呂入って先生達とテレビを見ながら話し笑っていた。

 気づくと二十二時を過ぎていて寝るのだがスマホの着信に気づき、ナミからのメールが五件あった。

 今度住む予定のマンションが決まり、三月末引越予定と書いてあり、引越しが終わったら来て欲しいとの事だ。何か手伝うのなら構わないと思い、「OKだよ」と返信した。



 子供達や子供を持つ大人にも野球を好きになって欲しくて、私なりの世界観をもって描いているものです。興味を持っていただけると幸いです。

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