クラスメイト1
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1
作戦本部では、マルクスが険しい表情で地図を睨んでいた。
「カッシウスは、東の街道に陣を張っている」
マルクスが、地図上の一点を指した。
「兵力は?」
「約千五百。それに――」
ルキウスが、暗い顔で続けた。
「元老院のアウグストゥス派が、支援を表明しています」
「元老院が!?」
「はい。彼らは、新体制を認めていません。ガイウス前皇帝の復位を望んでいる」
つまり、内戦だ。
帝国が、二つに割れた。
「我が軍は?」
「第三軍団残党五百、投降した親衛軍団約千、新たに集まった志願兵が三百。計千八百」
数では、わずかに上回っている。
だが――
「問題は、市民の支持です」
マルクスが、重々しく言った。
「カッシウスは、"正統な皇帝を守る義軍"と自称している。一部の市民は、それを支持している」
「では、我々は?」
「"反逆者"だ」
マルクスは、苦笑した。
「歴史は、勝者が書く。今、我々が負ければ、永遠に反逆者のままだ」
俺は、地図を見つめた。
カッシウスの陣地。
東の街道。
首都と東方を結ぶ、重要な補給路だ。
「もし、カッシウスがここを押さえ続ければ?」
「首都は、孤立する」
マルクスが答えた。
「東方からの食料、物資が入らなくなる。一ヶ月も持たない」
「なら、戦うしかない」
「ああ」
マルクスは、剣を手に取った。
「明日の夜明けと共に、出陣する」
2
その夜、クラスメイトたちの宿舎で、緊急の集まりが開かれた。
全員が、不安そうな顔をしている。
「また、戦争なの?」
女子の一人が、震える声で言った。
「やっと自由になったのに……」
「仕方ないだろ」
山田が、答えた。
「カッシウスが攻めてくるんだから」
「でも、私たちは関係ないでしょ? もう自由の身なんだから、逃げようよ」
「逃げてどこ行くんだよ」
「どこでもいいじゃん! この街を出て――」
「無理だ」
俺が、口を開いた。
「カッシウスが勝てば、異界者徴用法が復活する。俺たちは、また奴隷になる」
「そんな……」
「だから、マルクス将軍を支援しなきゃいけない」
「支援って……」
麗華が、心配そうに俺を見た。
「桐谷、あなた、また戦場に行くの?」
「ああ。参謀として」
「危ないよ!」
「分かってる。でも、行かなきゃいけない」
その時、佐藤が立ち上がった。
「俺も、行く」
「佐藤?」
「お前一人に、任せられるか」
佐藤は、照れくさそうに頭を掻いた。
「俺、訓練は受けてないけど……剣くらいは振れる」
「馬鹿言うな。お前、まだ怪我が――」
「治った」
佐藤は、包帯を外した。
「もう大丈夫だ」
「俺も行く」
山田が、手を上げた。
「兵士訓練、受けてたからな。少しは役に立つだろ」
次々と、手が上がった。
男子の半分以上が、参加を表明した。
だが――
「待って」
一人の男子、長谷川が立ち上がった。
クラスの優等生。成績優秀で、冷静な性格。
「僕は、反対だ」
「なんでだよ」
「僕たちは、この世界の人間じゃない。帝国の内戦に、関わるべきじゃない」
長谷川は、真剣な目をした。
「桐谷、君は参謀として活躍した。それは認める。でも――」
「でも?」
「君のせいで、僕たちはこの世界に深く関わりすぎた」
長谷川の言葉が、重く響いた。
「君が帝国に協力したから、異界者徴用法ができた。君がクーデターに参加したから、僕たちは内戦に巻き込まれた」
「長谷川……」
「君は、いつも"みんなを守る"って言う。でも、本当にそうか?」
長谷川は、俺を指さした。
「君がやってるのは、この世界での成功だ。元の世界に帰ることを、忘れてないか?」
沈黙。
痛いところを突かれた。
確かに――
俺は、この世界で参謀として活躍することに、夢中になっていた。
元の世界に帰ること。
それが、本来の目的だったはずなのに。
「長谷川の言う通りだ」
別の男子が、同意した。
「俺たちは、帝国のために戦うべきじゃない。中立を保って、帰る方法を探すべきだ」
クラスが、二つに割れ始めた。
戦う派と、中立派。
3
「みんな、落ち着いて」
麗華が、立ち上がった。
「喧嘩してる場合じゃないでしょ」
「でも、麗華。長谷川の言うことも、一理ある」
女子の一人が、言った。
「私たち、本当に元の世界に帰れるの? それとも、このままこの世界で生きていくの?」
「帰れるよ」
俺は、答えた。
「マルクス将軍が、古文書を調べてる。転移の方法が、書いてあるらしい」
「"らしい"って……」
「まだ、確定じゃないのか?」
「確定じゃない。でも、可能性はある」
「可能性だけで、僕たちは命を賭けられない」
長谷川が、きっぱりと言った。
「桐谷、君は戦場に行けばいい。でも、僕たちを巻き込まないでくれ」
「巻き込んでない。参加するかどうかは、みんなの自由だ」
「本当に?」
長谷川は、冷たい目をした。
「君がマルクスに協力すれば、マルクスは勝つかもしれない。でも、負けたら? 君に協力しなかった僕たちも、連帯責任で処刑されるんじゃないか?」
「それは――」
「君は、いつもそうだ。自分の判断を、正しいと思い込んで、みんなを危険に晒す」
長谷川の言葉が、胸に突き刺さった。
「俺は……そんなつもりじゃ」
「つもりじゃなくても、結果的にそうなってる」
長谷川は、他のクラスメイトたちを見回した。
「みんな、考えてくれ。桐谷についていくことが、本当に正しいのか」
空気が、重くなった。
4
集まりは、結論が出ないまま終わった。
クラスは、完全に二分された。
桐谷支持派:約半数。山田、佐藤、麗華など。
中立派:約半数。長谷川を中心とした、慎重な者たち。
俺は、一人で屋上に上がった。
夜風が、冷たい。
星空が、綺麗だった。
「……疲れたな」
呟いた。
長谷川の言葉が、頭から離れない。
俺は、本当にみんなを守っているのか。
それとも、自己満足なのか。
「桐谷」
背後から、声がした。
振り返ると、麗華が立っていた。
「一人でいると思った」
「……ごめん。みんなを、混乱させて」
「謝らないで」
麗華は、横に座った。
「あなたは、間違ってない」
「でも、長谷川の言うことも――」
「正しい」
麗華は、頷いた。
「長谷川の言うことも、正しい。でも、あなたの選択も、正しい」
「両方正しいって、どういうこと?」
「正解なんて、ないんだよ」
麗華は、空を見上げた。
「この状況で、完璧な答えなんてない。どっちを選んでも、リスクはある」
「じゃあ、どうすれば――」
「自分を信じるしかない」
麗華は、俺を見た。
「あなたは、今まで結果を出してきた。東方遠征、投石機、夜襲、クーデター――全部、成功させた」
「でも、それで多くの人が死んだ」
「死ななかった人も、たくさんいる」
麗華は、優しく言った。
「完璧じゃなくていい。あなたは、できる限りのことをしてる。それで、十分だよ」
涙が出そうになった。
「……ありがとう」
「それに」
麗華は、少し笑った。
「私は、あなたを信じてる。だから、ついていく」
「危ないかもしれないのに?」
「危なくても、一緒がいい」
麗華の言葉が、胸に染みた。
「麗華……」
「だから、頑張って。私たちを、元の世界に連れて帰って」
「……ああ。約束する」
5
翌朝、マルクスの軍が出陣した。
千八百の兵士たち。
その中に、俺と山田、佐藤の姿もあった。
「桐谷、本当についてくるのか」
マルクスが、心配そうに尋ねた。
「はい。参謀として」
「お前の仲間たちは、反対していたのではないか」
「半分は、反対してます。でも、半分は、支持してくれてます」
俺は、マルクスを見た。
「俺は、将軍を信じてます。だから、一緒に戦います」
マルクスは、しばらく俺を見つめてから、頷いた。
「……分かった。では、頼む」
軍は、東へ向かって進んだ。
二日後、カッシウスの陣地が見えてきた。
丘の上に、整然と並ぶ軍勢。
約千五百。
数では、こちらが上回っている。
だが――
「将軍、あれを」
ルキウスが、指差した。
カッシウスの陣営の後ろに、豪華な天幕が見えた。
金色の旗が、風になびいている。
「まさか……」
マルクスの顔が、青ざめた。
「ガイウス前皇帝が、いる」
6
「皇帝陛下が、自ら戦場に?」
「いや、違う」
マルクスは、望遠鏡で確認した。
「旗を掲げているだけだ。皇帝を"象徴"として利用している」
「つまり、士気を高めるため?」
「そうだ。カッシウスは、"正統な皇帝のために戦う"という大義名分を示している」
厄介だ。
大義名分がある軍は、強い。
「どうされますか、将軍」
「陣を張る。そして――」
マルクスは、俺を見た。
「桐谷、策はあるか」
俺は、戦場を見渡した。
地形、敵の配置、風向き、太陽の位置――
そして、ある策を思いついた。
「将軍、一つ提案があります」
「聞かせてくれ」
「戦う前に、交渉しましょう」
「交渉?」
「はい。カッシウスと、直接話すんです」
マルクスは、眉をひそめた。
「カッシウスが、応じるとは思えないが」
「でも、試す価値はあります」
俺は、説明した。
「カッシウスの軍には、元親衛軍団の兵士もいるはずです。彼らの中には、マルクス将軍に共感している者もいる」
「それが?」
「交渉の場で、将軍が直接語りかければ、彼らの心が揺らぐかもしれません」
「なるほど……」
マルクスは、考え込んだ。
「だが、危険だ。交渉の場で、暗殺される可能性もある」
「なら、俺が行きます」
「桐谷?」
「俺は、子供です。暗殺するほどの価値もない」
俺は、笑った。
「それに、参謀として、交渉もできなきゃダメでしょ」
マルクスは、しばらく黙っていたが――
「……分かった。だが、護衛をつける」
「お願いします」
7
交渉の使者として、俺はカッシウスの陣営に向かった。
護衛は、セウェルスと五名の兵士。
白旗を掲げて、ゆっくりと進む。
カッシウスの陣営の前で、止まった。
「使者だ! カッシウス殿に、会談を申し込む!」
セウェルスが、大声で叫んだ。
しばらくして、陣営から騎兵が現れた。
「何の用だ」
冷たい声。
「マルクス将軍の使者として、会談を申し込みに来た」
「会談? 笑止な」
騎兵は、鼻で笑った。
「反逆者との会談など、ありえん」
「では、無駄な血を流すつもりか」
俺が、前に出た。
「俺は、第三軍団参謀、桐谷蒼太だ。カッシウス殿に、伝えてくれ」
騎兵は、俺を見下ろした。
「……貴様が、噂の異界の少年か」
「そうだ」
「子供が、戦場に出るとは。マルクスも落ちたものだな」
「子供だからこそ、言える」
俺は、真っ直ぐ騎兵を見た。
「この戦いは、無意味だ。帝国市民が、帝国市民を殺す。誰も得をしない」
「黙れ。貴様に、何が分かる」
「分かる。俺は、戦場を見てきた」
俺の声が、強くなった。
「無駄な死を、たくさん見てきた。もう、これ以上は見たくない」
騎兵は、黙った。
そして――
「……待て。カッシウス殿に、伝えてくる」
騎兵が、陣営に戻った。
8
一時間後、俺たちはカッシウスの天幕に通された。
中には、カッシウスが待っていた。
そして――
その横に、ガイウス前皇帝が座っていた。
「……陛下」
俺は、驚きを隠せなかった。
ガイウスは、憔悴していた。
髪は乱れ、目には光がない。
「桐谷、か」
ガイウスが、弱々しく言った。
「貴様も、マルクスに騙されたのだな」
「騙されてなんかいません」
俺は、きっぱりと言った。
「俺は、自分の意思でマルクス将軍についています」
「愚かな……」
ガイウスは、力なく笑った。
「マルクスは、反逆者だぞ。貴様も、反逆者になるつもりか」
「陛下」
俺は、前に出た。
「あなたは、北方遠征で千二百の兵を死なせました。その責任を、マルクス将軍に押し付けました」
「それは――」
「あなたは、異界者徴用法を作り、俺たちを奴隷にしました」
俺の声が、震えた。
「あなたは、帝国のために何をしましたか? 自分の権力を守るために、何人を犠牲にしましたか?」
「黙れ!」
カッシウスが、剣を抜いた。
「皇帝陛下への侮辱は、許さん!」
「待て、カッシウス」
ガイウスが、手を上げた。
「……少年の言う通りだ」
「陛下?」
「私は、失敗した」
ガイウスは、自嘲的に笑った。
「皇帝として、失格だった」
沈黙。
ガイウスは、俺を見た。
「だが、それでも――私は、皇帝だ。神に選ばれた、唯一の統治者だ」
「それは、違います」
俺は、答えた。
「皇帝は、神に選ばれるんじゃない。人々に選ばれるんです」
「人々に……?」
「そうです。人々が支持しない皇帝は、もう皇帝じゃない」
俺は、カッシウスを見た。
「カッシウス殿、あなたは本当にこの人のために戦うんですか? 失敗した皇帝のために?」
カッシウスは、黙っていた。
「それとも――」
俺は、続けた。
「自分の地位を守るために、戦うんですか?」
カッシウスの目が、揺れた。
9
「……小僧」
カッシウスが、低い声で言った。
「貴様、私を侮辱するか」
「侮辱じゃありません。事実を言ってるだけです」
俺は、一歩も引かなかった。
「あなたは、元老院のアウグストゥス派に支持されている。彼らは、新体制を認めたくない。だから、あなたを利用している」
「黙れ」
「あなたも、それを分かってるはずです」
俺は、カッシウスを真っ直ぐ見た。
「でも、あなたは軍人だ。誇り高い軍人だ。本当は、こんな政治闘争に関わりたくないはずだ」
カッシウスは、拳を握りしめた。
「……貴様に、何が分かる」
「分かります。マルクス将軍も、同じだったから」
俺は、静かに言った。
「将軍も、政治闘争に巻き込まれた。皇帝への忠誠と、兵への責任の間で、苦しんだ」
「マルクスは、皇帝を裏切った」
「違います。皇帝が、兵を裏切ったんです」
俺の言葉が、天幕に響いた。
「カッシウス殿、あなたの部下たちを見てください。彼らは、何のために戦うんですか? 失敗した皇帝のため? 腐敗した元老院のため?」
カッシウスは、答えなかった。
「それとも――」
俺は、最後の言葉を放った。
「帝国の未来のために、戦うんですか?」
沈黙。
長い、重い沈黙。
そして――
カッシウスが、剣を鞘に収めた。
「……帰れ」
「え?」
「会談は、終わりだ。帰れ」
カッシウスは、背を向けた。
「だが――」
カッシウスが、振り返った。
「明日の正午まで、時間をやる。それまでに、マルクスが撤退すれば、見逃す」
「撤退……?」
「それが、私からの提案だ」
カッシウスは、複雑な表情をした。
「これ以上、帝国市民同士で血を流したくない」
俺は、カッシウスの目を見た。
その目には――
迷いがあった。
揺らぎがあった。
「……分かりました。伝えます」
俺は、天幕を出た。
次回もお楽しみに




