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異世界クラス転移戦記  作者: 膝栗毛


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6/11

帝国内部の闇2

引き継ぎお楽しみください

12

北方遠征の準備が進む中、俺は初めて皇帝の親衛軍団を目にした。

「……すごい」

思わず、声が漏れた。

一万を超える兵士たち。全員が最高級の装備を纏い、完璧な隊列を組んでいる。

金色に輝く鎧、紅い羽飾りの兜、磨き上げられた盾。

第三軍団とは、格が違う。

「これが、帝国の本当の力だ」

横に立ったマルクスが、複雑な表情で呟いた。

「親衛軍団は、皇帝陛下直属。帝国最強の軍団と言われている」

「マルクス将軍の第三軍団とは、どちらが強いんですか?」

「……装備では負ける。だが」

マルクスは、自軍の兵士たちを見た。

「第三軍団には、誇りがある。仲間を守るために戦う心がある」

その言葉には、何か引っかかるものがあった。

親衛軍団には、それがない、と言いたいのだろうか。

「桐谷」

背後から声がかけられた。

振り返ると、見知らぬ男が立っていた。

五十代くらい。豪華な装飾が施された鎧を着ている。高位の将校だ。

「私は、親衛軍団副長、カッシウス・ヴィクトリウスだ」

「第三軍団参謀、桐谷蒼太です」

俺は敬礼した。

カッシウスは、値踏みするように俺を見た。

「噂の異界の少年か。なるほど、子供だな」

「はい」

「子供が参謀とは、第三軍団も落ちたものだ」

侮蔑の響きがあった。

「カッシウス殿」

マルクスが、一歩前に出た。

「この少年の能力は、すでに戦場で証明されている。東方遠征では――」

「聞いている」カッシウスが手を上げた。「投石機を作り、敵を降伏させたとか。なかなか器用だな」

「器用……」

マルクスの声が、低くなった。

「何か、不満でも?」

「不満などない」カッシウスは、冷笑した。「ただ、本当の戦場を知らない者が、参謀を名乗ることに、違和感を覚えるだけだ」

「本当の戦場?」

「東方の小競り合いなど、遊びだ。北方の蛮族は違う。数万の兵で、容赦なく襲いかかってくる」

カッシウスは、俺を見下ろした。

「そこで、この子供が何をできる? せいぜい、泣いて逃げるのが関の山だろう」

「カッシウス!」

マルクスが怒気を含んだ声を出した。

だが、カッシウスは動じない。

「まあ、見ていればわかる。北方で、この少年の真価が問われるだろう」

そう言い残して、カッシウスは去っていった。

13

「すまない、桐谷」

マルクスが、謝罪した。

「あの男は、元老院のアウグストゥス派に近い。異界者を快く思っていない」

「大丈夫です。慣れてます」

実際、こういう反応は予想していた。

突然現れた異世界人が、軍の要職に就く。反感を買わないわけがない。

「だが、許せん」

マルクスは、拳を握りしめた。

「お前は、多くの兵の命を救った。それを認めない者は――」

「マルクス将軍」

俺は、彼の腕に手を置いた。

「いいんです。俺が証明すればいい。北方遠征で、結果を出せば」

マルクスは、少し表情を和らげた。

「……お前は、強いな」

「強くなんかないです。ただ、やるしかないだけで」

その夜、マルクスのテントで作戦会議が開かれた。

出席者は、マルクス、ルキウス、そして俺。

「北方の蛮族について、情報を整理しよう」

マルクスが地図を広げた。

「敵は、ゲルマニア族。約三万の戦士を擁する」

「三万……」

俺は息を呑んだ。

「帝国軍は?」

「親衛軍団一万、第三軍団五千、その他の支援部隊を合わせて、計二万」

数で負けている。

「地形はどうですか?」

「北方は、森林地帯だ。視界が悪く、大規模な戦闘には向かない」

ルキウスが、地図上の森を指した。

「蛮族は、この森を拠点にしている。ゲリラ戦を得意とする」

最悪だ。

数で劣り、地形でも不利。

「皇帝陛下は、どのような作戦をお考えですか?」

「正面突破だ」

マルクスが、苦々しく言った。

「森を焼き払い、蛮族の拠点を攻める」

「それは……無謀では?」

「私もそう思う。だが、陛下のご意向だ」

マルクスは、額に手を当てた。

「元老院の一部が、陛下を焚きつけている。"北方を征服すれば、皇帝の権威が高まる"と」

「つまり、政治的な遠征なんですね」

「ああ。軍事的合理性よりも、政治的効果を優先している」

マルクスの声には、明らかな不満があった。

「これでは、兵が無駄死にする」

「なら、なぜ反対しないんですか?」

「反対すれば、不忠と見なされる」

マルクスは、苦しそうに言った。

「皇帝陛下への忠誠と、兵への責任。その間で、私は揺れている」

初めて見た。

マルクスの迷い。

常に冷静で、決断力のある将軍が、苦悩している。

14

出陣の日が来た。

二万の軍勢が、首都を出発する。

壮観な光景だった。

だが、その目的地は、地獄だ。

行軍は、十日間続いた。

平原を抜け、丘陵地帯を越え、やがて北方の森林地帯に入った。

「……不気味だ」

森の中は、薄暗い。

巨木が太陽を遮り、地面には苔が生えている。

鳥の声も、虫の音もしない。

静寂。

それが、かえって恐ろしい。

「全軍、警戒を怠るな!」

マルクスの命令が、森に響いた。

兵士たちが、緊張した面持ちで周囲を見回す。

その時――

ヒュッ。

矢が飛んできた。

「うわっ!」

兵士の一人が、肩に矢を受けて倒れた。

「敵襲!」

「どこだ!? どこから撃ってくる!?」

兵士たちが、慌てふためく。

だが、敵の姿は見えない。

森の奥から、矢だけが飛んでくる。

「盾を上げろ! 亀甲陣形!」

マルクスが叫んだ。

兵士たちが、盾を組み合わせて防御態勢を取る。

矢が、盾に次々と突き刺さる。

「くそっ……敵が見えない!」

ルキウスが歯噛みした。

「ゲリラ戦です。森を利用して、一方的に攻撃してくる」

「弓兵、反撃しろ!」

帝国の弓兵たちが、森に向かって矢を放つ。

だが、当たっているかどうかも分からない。

そして――

矢が止んだ。

「……終わった?」

「いや」

マルクスが険しい顔をした。

「これは、始まりだ」

15

その夜、野営地を設営した。

だが、誰も安心できなかった。

森の中、いつ敵が襲ってくるか分からない。

見張りが、三重に配置された。

焚き火の周りに、兵士たちが集まる。

「なあ、この遠征、本当に勝てるのか?」

一人が、不安そうに呟いた。

「敵が見えないんだぞ。どうやって戦うんだ」

「皇帝陛下が、なんとかしてくださる」

「陛下は、戦場に出たことがあるのか?」

「……知らん」

不安が、軍全体に広がっている。

俺は、マルクスのテントを訪れた。

「将軍、少しよろしいですか」

「桐谷か。入れ」

テントの中で、マルクスは地図を睨んでいた。

「どうした」

「兵士たちの士気が、下がっています」

「分かっている」

マルクスは、ため息をついた。

「このままでは、戦う前に崩壊する」

「何か、策は?」

「ない」

マルクスは、珍しく弱音を吐いた。

「皇帝陛下は、明日、森を焼き払う作戦を実行すると仰っている」

「森を?」

「ああ。火を放ち、蛮族を炙り出す」

「でも、それでは――」

「我々も、火に巻き込まれる可能性がある」

マルクスは、苦しそうに顔を歪めた。

「無謀だ。だが、陛下は聞く耳を持たない」

「反対しないんですか?」

「……できない」

マルクスは、俺を見た。

その目には、深い苦悩があった。

「桐谷、私は今、岐路に立っている」

「岐路……?」

「皇帝陛下への忠誠を貫くか。それとも、兵の命を優先するか」

マルクスは、剣の柄に手を置いた。

「軍人として、皇帝への忠誠は絶対だ。だが――」

マルクスの声が、震えた。

「これは、間違っている。私には、分かる。この作戦は、兵を無駄死にさせるだけだ」

初めて見た。

マルクスの、忠誠心の揺らぎ。

「マルクス将軍……」

「もし、お前が私の立場なら、どうする?」

マルクスが、俺に問うた。

「忠誠を取るか。命を取るか」

重い問いだった。

俺は、少し考えてから、答えた。

「俺なら……命を取ります」

「理由は?」

「忠誠は、大切です。でも、死んだ兵士は、二度と戻ってこない」

俺は、マルクスを真っ直ぐ見た。

「将軍は、兵を家族だと言いました。家族を守ることと、皇帝への忠誠。どちらが大事か、俺には明らかです」

マルクスは、長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。

「……そうだな」

「でも」

俺は続けた。

「それを実行するのは、簡単じゃない。反逆になるかもしれない」

「覚悟はできている」

マルクスの目が、決意に満ちた。

「ならば、俺も協力します」

「桐谷……」

「将軍一人に、背負わせるわけにはいかない」

俺は、拳を握った。

「一緒に、兵を守りましょう」

マルクスは、初めて心からの笑みを浮かべた。

「……ありがとう」

16

翌朝、皇帝の陣営で作戦会議が開かれた。

豪華な天幕の中、皇帝ガイウスが玉座に座っている。

その周りに、親衛軍団長、カッシウス、そしてマルクスと俺。

「本日、森林焼き払い作戦を実行する」

皇帝が宣言した。

「親衛軍団が、森の周囲から火を放つ。蛮族が逃げ出したところを、第三軍団が討つ」

「陛下」

マルクスが、一歩前に出た。

「この作戦には、問題があります」

場の空気が、凍りついた。

「問題? 何だ、マルクス」

皇帝の声が、冷たくなった。

「森は広大です。火を制御できなければ、我が軍も巻き込まれます」

「だから何だ」

「兵の損害が、大きすぎます」

マルクスは、真っ直ぐ皇帝を見た。

「別の作戦を、提案させていただきたい」

「別の作戦だと?」

皇帝は、不機嫌そうに眉をひそめた。

「貴様、私の判断に異を唱えるのか」

「陛下のご判断は、常に正しい。しかし、現場の状況を考慮すれば――」

「黙れ」

皇帝の一喝が、天幕に響いた。

「貴様の役目は、命令に従うことだ。意見することではない」

マルクスは、歯を食いしばった。

「ですが――」

「これ以上、口を開けば、不忠と見なす」

皇帝の目が、冷たく光った。

「分かったか、マルクス」

沈黙。

長い、重い沈黙。

そして――

「……承知しました」

マルクスが、頭を下げた。

だが、その拳は、震えていた。

怒りか。

それとも、悔しさか。

会議が終わり、天幕を出た。

「マルクス将軍……」

「すまない、桐谷」

マルクスは、力なく笑った。

「私は、臆病者だ。最後まで、言えなかった」

「いえ、将軍は――」

「だが」

マルクスは、空を見上げた。

「もう、限界だ」

「え?」

「この遠征が終わったら――」

マルクスは、俺を見た。

その目には、これまで見たことのない、暗い光があった。

「私は、決断する」

17

森林焼き払い作戦が、開始された。

親衛軍団の兵士たちが、松明を持って森の周囲に散開する。

「火を放て!」

カッシウスの命令。

一斉に、火が放たれた。

乾燥した森は、瞬く間に燃え上がった。

メラメラと炎が広がり、黒煙が空を覆う。

「うわああああ!」

森の中から、蛮族の叫び声が聞こえた。

炎に追われて、次々と飛び出してくる。

「今だ! 討て!」

帝国軍が、逃げ出した蛮族に襲いかかる。

剣が振るわれ、血が飛び散る。

一方的な虐殺だった。

だが――

「将軍! 風向きが変わりました!」

斥候の悲鳴。

風が、突然向きを変えた。

炎が、帝国軍の方に向かって広がってくる。

「まずい! 退却だ!」

マルクスが叫んだ。

だが、遅かった。

炎が、帝国軍の後方部隊を飲み込んだ。

「熱い! 助けてくれ!」

「うわああああ!」

兵士たちが、炎に包まれて倒れていく。

地獄絵図だった。

「消火だ! 水を持ってこい!」

だが、森の中に十分な水はない。

炎は、容赦なく広がり続けた。

「くそっ……!」

マルクスが、拳で地面を叩いた。

「こんなことになると、分かっていたのに……!」

結局、炎が収まったのは、夕方だった。

帝国軍の損害――

戦死、約千二百。

負傷、約二千。

蛮族の損害は、約五百。

完全な、失敗だった。

18

その夜、マルクスは一人、戦死者の前に立っていた。

黒焦げになった遺体が、並べられている。

「……すまない」

マルクスが、小さく呟いた。

「私が、守れなかった」

俺は、そっと近づいた。

「将軍……」

「桐谷か」

マルクスは、俺を見た。

その目は、赤く充血していた。

「私は、間違っていた」

「何がですか」

「忠誠を、優先した」

マルクスは、遺体を見下ろした。

「この者たちの命よりも、皇帝陛下への忠誠を優先した。その結果が、これだ」

マルクスの声が、震えた。

「私は、将軍失格だ」

「そんなことありません」

俺は、マルクスの横に立った。

「将軍は、できる限りのことをした。皇帝に逆らえば、将軍自身が処刑される」

「それでも」

マルクスは、拳を握りしめた。

「それでも、言うべきだった。たとえ処刑されても、兵の命を守るべきだった」

沈黙。

焚き火の音だけが、響いている。

「桐谷」

「はい」

「もし、私が皇帝陛下に反旗を翻したら――」

マルクスは、俺を見た。

「お前は、どうする?」

重い問いだった。

反旗を翻す。

それは、反逆だ。

クーデターだ。

「……俺は」

俺は、少し考えてから、答えた。

「将軍についていきます」

「なぜだ。お前のクラスメイトたちは、帝国に捕らわれている。私に従えば、彼らが危険になる」

「それでも」

俺は、マルクスを真っ直ぐ見た。

「将軍が正しいと思うことをするなら、俺も一緒にやります」

マルクスは、驚いたように目を見開いた。

そして――

ゆっくりと、笑った。

「……お前は、本当に馬鹿だな」

「はい、馬鹿です」

「だが」

マルクスは、俺の肩に手を置いた。

「その馬鹿さが、私を救ってくれる」

その夜、マルクスの忠誠心は、完全に揺らいだ。

いや――

折れた。

皇帝ガイウスへの忠誠は、もう残っていなかった。

代わりにあるのは、兵への責任。

そして、帝国を変えるという、決意。

嵐が、近づいていた。

巨大な、血塗られた嵐が。


次回もお楽しみに

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