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異世界クラス転移戦記  作者: 膝栗毛


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4/11

初陣3

引き継ぎお楽しみください

22

「敵、前進開始!」

見張りの声が響いた。

敵の二千五百が、ゆっくりと動き出す。

太鼓の音が、規則正しく戦場に響く。

ドン、ドン、ドン――

その音に合わせて、整然と歩を進める敵兵たち。

「騎兵を出したのを見て、動いてきたか」

マルクスが呟いた。

「戦力が減ったと判断したんです」

俺は答えた。

「向こうも、賭けに出た」

敵との距離が、じりじりと縮まっていく。

四百メートル。

三百メートル。

「弓兵、構えろ!」

マルクスの命令が下る。

帝国の弓兵たちが、一斉に弓を引いた。

二百五十メートル。

「撃て!」

矢の雨が、空を覆った。

何百という矢が、弧を描いて敵陣に降り注ぐ。

敵の前列が崩れる。盾で防ぎきれなかった兵士が、次々と倒れていく。

だが、敵は止まらない。

倒れた兵士を乗り越え、前進を続ける。

「第二射!」

再び、矢の雨。

また敵が倒れる。

それでも、止まらない。

「敵の士気、高いな」

マルクスが感心したように言った。

「訓練された軍だ」

百五十メートル。

敵の弓兵も、射程に入った。

「盾を上げろ!」

帝国兵たちが、盾を頭上に掲げる。

亀甲陣形テストゥード。

盾と盾を組み合わせ、屋根を作る。

敵の矢が、その屋根に降り注いだ。

カンカンカンと、金属音が響く。

何本かは盾の隙間を抜けて、兵士に命中した。悲鳴が上がる。

だが、被害は最小限だ。

「よし、持ちこたえている」

ルキウスが横で呟いた。

23

敵が、さらに接近する。

百メートル。

もう、顔が見える距離だ。

敵兵たちの表情が、見えた。

恐怖、緊張、決意――

同じ人間だ。

俺たちと同じ、血の通った人間。

それが、これから殺し合う。

「桐谷、大丈夫か」

マルクスが心配そうに声をかけた。

「顔色が悪いぞ」

「……大丈夫です」

嘘だった。

吐き気がする。足が震える。

だが、ここで逃げるわけにはいかない。

「重装歩兵、前へ!」

マルクスの命令で、中央の密集陣が一歩前に出た。

盾を構え、剣を抜く。

敵との距離、五十メートル。

「槍、構えろ!」

最前列の兵士たちが、長槍を前に突き出した。

槍の壁。

その向こうから、敵が突進してくる。

「うおおおおお!」

敵の雄叫び。

地響き。

そして――

激突。

24

ガシャアアアン!

金属と金属がぶつかり合う、凄まじい音。

盾と盾、剣と剣、槍と鎧。

怒号、悲鳴、金属音が混ざり合い、地獄のような喧騒が生まれた。

最前列で、兵士たちが押し合う。

帝国兵が槍を突き出す。敵兵が盾で防ぐ。

敵兵が剣を振るう。帝国兵が受け止める。

一進一退。

だが、じりじりと帝国軍が押されている。

「中央、押されてるぞ!」

ルキウスが叫んだ。

「敵の方が数が多い!」

騎兵を出した分、こちらの兵力は四千七百。

対して敵は二千五百。

いや、違う。

中央にぶつかっているのは、敵の精鋭だ。約千五百。

対する帝国の中央は、約千二百。

数で負けている。

「予備隊を投入しろ!」

マルクスが命じた。

後方に控えていた二百が、前線に加わる。

だが、それでも敵の勢いは止まらない。

「まずい……このままでは中央が突破される!」

25

俺は必死に考えた。

中央を強化するには、兵を回さなければならない。

だが、どこから?

両翼から引き抜けば、側面が手薄になる。

敵に回り込まれる。

ならば――

「マルクス将軍!」

俺は叫んだ。

「弓兵を、中央の敵に集中させてください!」

「だが、両翼の敵に矢を撃てなくなる!」

「構いません! 中央を崩されたら、全てが終わります!」

マルクスは一瞬迷ったが――

「やれ! 全弓兵、中央の敵を狙え!」

弓兵たちが、矢の向きを変えた。

両翼ではなく、中央に密集する敵兵に向けて。

至近距離からの斉射。

矢が、敵の中央部隊に叩き込まれた。

「ぐあっ!」

「盾を――」

敵兵が次々と倒れる。

近距離では、盾で全てを防ぐことはできない。

敵の密集陣形が、崩れ始めた。

「今だ! 押し返せ!」

帝国の前線指揮官が叫ぶ。

帝国兵たちが、一斉に前進した。

盾で押し、剣で突く。

敵が、後退し始めた。

「よし! 効いてるぞ!」

ルキウスが拳を握った。

だが――

「将軍! 敵の両翼、動きました!」

斥候の報告。

敵の左右が、大きく展開し始めた。

回り込みだ。

弓兵が中央に集中している今、両翼は手薄。

そこを突かれる。

「くそっ……!」

一つの問題を解決すれば、別の問題が生まれる。

これが、戦場か。

26

「桐谷、どうする!」

マルクスが俺に問う。

時間がない。

敵の両翼が、弧を描いて回り込んでくる。

このままでは、挟撃される。

考えろ。

冷静に。

敵の狙いは、包囲。

ならば――

「両翼を、後退させてください!」

「後退? それでは敵を中に入れることになるぞ!」

「いえ、逆です。両翼を引いて、敵を引き込むんです」

俺は地面に図を描いた。

「凹型の陣形にします。敵が回り込んできたら、その横腹を突く」

「だが、リスクが高い。タイミングを間違えれば――」

「間に合います! 敵はまだ、完全に回り込んでいない!」

マルクスは、俺の目を見た。

その目には、迷いがあった。

当然だろう。

子供の判断で、数千の命を賭ける。

だが――

「……分かった」

マルクスは決断した。

「全軍に伝達! 両翼、五十歩後退! 凹型陣形を取れ!」

伝令が駆け出す。

帝国軍の両翼が、ゆっくりと後退し始めた。

敵は、それを好機と見た。

「敵が退いたぞ! 押せ、押せ!」

敵の両翼が、勢いづいて前進してくる。

帝国軍の陣形が、大きな凹型になった。

敵が、その中に入ってくる。

もう少し。

もう少し――

「今です!」

俺は叫んだ。

「両翼、前進! 敵の側面を突け!」

27

マルクスが即座に命令を繰り返した。

「両翼、前進! 側面攻撃!」

号角が鳴り響いた。

帝国軍の両翼が、一斉に向きを変えた。

内側に向かって、突進する。

敵の側面に、激突した。

「な、何!?」

敵が混乱する。

前進していたはずが、いつの間にか両側から挟まれていた。

「退け! 退却だ!」

敵の指揮官が叫ぶ。

だが、遅い。

帝国軍は、敵の両翼を完全に包囲していた。

「降伏しろ! 武器を捨てろ!」

帝国兵たちが叫ぶ。

敵兵の何人かが、剣を捨てた。

降伏の意思表示だ。

だが、まだ戦っている者もいる。

乱戦が続く。

「中央はどうだ!」

マルクスが尋ねた。

「敵、後退しています!」

斥候が報告した。

「両翼が崩されたのを見て、退き始めました!」

「追うな! 深追いは禁物だ!」

マルクスは冷静に命令した。

「陣形を整えろ! 負傷兵の回収を優先!」

戦場に、ゆっくりと静寂が戻ってきた。

敵軍は、撤退していく。

帝国軍は、その場に留まった。

戦いは――

終わった。

28

「勝った……のか?」

俺は呆然と呟いた。

「ああ」

マルクスが答えた。

「お前の采配で、勝った」

戦場を見渡す。

倒れた兵士たち。

血に染まった大地。

苦しむ負傷兵。

これが、勝利。

これが、俺が望んだ結果。

「うっ……」

吐き気が込み上げた。

俺は地面に手をついた。

「桐谷!」

ルキウスが駆け寄る。

だが、止められなかった。

胃の中のものを、全て吐き出した。

「……すまない」

「気にするな」マルクスが俺の背中を叩いた。「初陣で吐かない者の方が、珍しい」

「でも、俺は……俺が作戦を立てて……」

「だから何だ」

マルクスの声は、優しかった。

「お前は、多くの味方の命を救った。敵を倒すことではなく、味方を生かすことを考えた」

「でも……」

「完璧な勝利など、ない」マルクスは戦場を見た。「誰かが傷つき、誰かが死ぬ。それが、戦だ」

「なら、なぜ戦うんですか」

「守るためだ」

マルクスは、俺を見た。

「大切なものを守るために、戦う。それ以外に、理由はない」

大切なもの。

クラスメイトたちの顔が、浮かんだ。

あいつらを、守らなきゃいけない。

この地獄から、生きて帰らせなきゃいけない。

「……立てるか」

マルクスが手を差し伸べた。

俺は、その手を取った。

29

戦後処理が始まった。

負傷兵の治療、戦死者の埋葬、捕虜の管理。

帝国軍の損害は、戦死百二十三名、負傷三百四十七名。

敵の損害は、戦死約四百、負傷約六百、捕虜約三百。

数字だ。

だが、その一つ一つが、人間の命。

俺は、医療テントを訪れた。

うめき声が響く。

血の匂いが充満している。

「桐谷殿」

医療兵の一人が気づいた。

「こんなところまで、どうされました」

「様子を見に来ました」

俺は、負傷兵たちを見た。

包帯を巻かれた者。手足を失った者。苦痛に顔を歪める者。

「……すみません」

思わず、言葉が出た。

「俺の作戦で、怪我をさせてしまって」

「何を言うんです」

負傷兵の一人が、笑った。

右腕を失った、若い兵士だ。

「あんたのおかげで、生きてるんだ。感謝こそすれ、恨むわけがない」

「でも……」

「死ぬかもしれなかった。でも、生きてる」

兵士は、左手で俺の肩を叩いた。

「ありがとう、参謀殿」

他の兵士たちも、頷いた。

「そうだ、そうだ」

「俺たち、生きてるぞ」

涙が出そうになった。

こらえた。

「……ありがとうございます」

それしか、言えなかった。

30

夜、マルクスのテントに呼ばれた。

「座れ」

マルクスは、ワインを二つのカップに注いだ。

「飲めるか?」

「いえ、俺、まだ――」

「そうか。では、水だな」

マルクスは笑って、一つのカップを水に替えた。

「今日の戦い、見事だった」

「ありがとうございます」

「だが、まだ終わっていない」

マルクスは地図を広げた。

「騎兵隊からの報告だ。敵の別働隊、撃破に成功した」

「本当ですか!」

「ああ。我が軍の損害は軽微。敵の別働隊は壊滅した」

ということは――

「補給線は、守られたんですね」

「その通り。これで、フォルティスは完全に孤立した」

マルクスは、砦の位置を指で押さえた。

「明日、降伏勧告を送る。応じなければ――」

「攻城戦、ですか」

「いや」マルクスは首を振った。「包囲を続ける。飢えと渇きが、敵を降伏させる」

「時間がかかりますね」

「ああ。だが、兵の命は守られる」

マルクスは、俺を見た。

「お前は、優れた参謀だ。戦術眼もある。判断力もある」

「そんな――」

「だが、一つだけ忘れるな」

マルクスは真剣な目をした。

「兵は、駒ではない。一人一人が、命を持った人間だ」

「……はい」

「お前は今日、それを学んだ。吐いたのも、負傷兵に謝ったのも、お前が人間だからだ」

マルクスは、ワインを一口飲んだ。

「その心を、失うな。冷徹な策士ではなく、温かい心を持った参謀であれ」

「……努力します」

「努力ではない」マルクスは笑った。「お前は、すでにそうだ」

31

テントを出ると、満天の星空だった。

この世界の星は、地球と同じなのだろうか。

それとも、全く違う星座が輝いているのだろうか。

「桐谷殿」

振り返ると、ルキウスが立っていた。

「まだ起きていたんですか」

「ええ。少し、考え事を」

ルキウスは、横に立った。

「今日の戦い、お見事でした」

「ありがとうございます」

「正直に言うと――」ルキウスは苦笑した。「最初は、不安でした」

「そうでしょうね」

「子供が参謀だなんて、冗談かと思いました。でも――」

ルキウスは、俺を見た。

「あなたは、本物だ」

「いえ、俺は――」

「謙遜は不要です」ルキウスは真剣な顔をした。「あなたは、多くの命を救った。それが、全てです」

沈黙。

星だけが、静かに輝いている。

「ルキウスさん」

「はい」

「俺、この戦争が終わったら、どうなるんでしょうか」

「どう、とは?」

「クラスメイトたちと、元の世界に帰れるんでしょうか」

ルキウスは、困ったように眉をひそめた。

「……分かりません。過去の記録を見ても、異界から来た者が帰った例は、ほとんどない」

「ほとんど、ということは?」

「稀に、神殿で儀式を行い、帰還した者がいるとか。ですが、詳細は不明です」

希望は、わずかにある。

それだけで、今は十分だ。

「ありがとうございます」

「いえ」

ルキウスは、空を見上げた。

「あなたが、無事に帰れることを祈っています。ですが――」

「ですが?」

「それまでは、我々の仲間です。第三軍団の、誇り高き参謀です」

ルキウスは、敬礼した。

俺も、見よう見まねで敬礼を返した。

32

翌日、フォルティス砦に降伏勧告が送られた。

使者が戻ってきたのは、午後だった。

「敵の返答は?」

マルクスが尋ねた。

「降伏を、拒否しました」

「理由は?」

「東方連合の誇りにかけて、帝国には屈しないと」

マルクスは、ため息をついた。

「誇り高いのは結構だが、兵の命を何だと思っているのか」

「どうされますか、将軍」

「包囲を続ける。水と食料が尽きれば、嫌でも降伏する」

そう言って、マルクスは俺を見た。

「桐谷、お前はどう思う?」

「包囲戦は、時間がかかります。その間、帝国軍もこの地に留まらなければならない」

「ああ」

「ならば――」俺は提案した。「攻城兵器を作るのはどうでしょうか」

「攻城兵器?」

「投石機、破城槌、攻城塔。敵に、"本気で攻める"姿勢を見せる。そうすれば、早期降伏の可能性が高まります」

マルクスは考え込んだ。

「確かに、威圧効果はある。だが、この軍には攻城兵器の専門家が少ない」

「俺たちの世界の知識で、作れるかもしれません」

「お前が?」

「ええ。原理は、物理学です。テコと重力を使えば――」

俺は地面に図を描いた。

トレビュシェット。中世の投石機。

「これなら、木材と縄だけで作れます」

マルクスは、興味深そうに図を見た。

「面白い。やってみるか」

こうして、俺の新しい仕事が始まった。

参謀であり、技術者。

異世界で、俺は次第に、この世界の一部になっていった。


次回もお楽しみに

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