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異世界クラス転移戦記  作者: 膝栗毛


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2/11

初陣1

引き継ぎお楽しみください


1

第三軍団の兵舎は、想像以上に巨大だった。

石造りの建物が整然と並び、中央には広大な訓練場。五千人を超える兵士たちが、規律正しく動いている。

「ここが、お前の新しい職場だ」

マルクスは、兵舎の一角にある将校用の建物へと俺を案内した。

「待ってください」俺は立ち止まった。「クラスメイトたちは? みんな、どうなるんですか」

マルクスは振り返った。

「それぞれの適性に応じて配置される。医療の心得がある者は治療院へ。計算ができる者は物資管理へ。体力がある者は訓練を受けて兵士に」

「兵士……」

「安心しろ。いきなり最前線に送ることはない。それに――」マルクスは俺を見た。「お前が参謀として結果を出せば、お前のクラスメイトたちの扱いも良くなる」

つまり、人質だ。

俺が役に立たなければ、みんなの立場が悪くなる。

「プレッシャーに感じる必要はない」マルクスは歩き出した。「お前は昨日、皇帝陛下の前で能力を証明した。それを戦場で再現すればいい」

そんな簡単な話じゃない。

地図を見て意見を言うのと、実際に戦うのとでは、全く違う。

だが、拒否権はなかった。

2

将校用の部屋に案内された。

質素だが清潔な空間。ベッド、机、椅子、本棚。必要最低限のものが揃っている。

「今日はゆっくり休め。明日から、軍団の運用について学んでもらう」

マルクスがそう言って去ろうとした時、俺は尋ねた。

「マルクス将軍。一つ、聞いてもいいですか」

「何だ」

「なぜ、俺なんかを副官に? もっと優秀な、この世界の人間がいるはずです」

マルクスは少し考えてから、答えた。

「お前は、地図を見た時、何を考えた」

「え?」

「昨日、皇帝陛下の前で地図を見た時だ。お前の目は、何を追っていた」

俺は記憶を辿った。

「地形、川の流れ、山の位置、補給線、敵の動き――」

「そうだ」マルクスが頷いた。「お前は、一瞬で戦場全体を"盤"として見た。それができる者は、意外と少ない」

「でも――」

「多くの兵士は、目の前の敵しか見ない。将校でさえ、自分の部隊のことしか考えない。だが参謀は違う。全体を見て、先を読み、勝利への道筋を描く」

マルクスは窓の外を見た。

「お前には、その素質がある。経験は足りない。だが、それは戦場で学べばいい」

「……なるほど」

「それに」マルクスは少し笑った。「異界の者の知識は、時に我々の常識を覆す。お前が何を見せてくれるのか、私も楽しみにしているのだ」

そう言い残して、マルクスは部屋を出て行った。

一人になって、俺はベッドに座り込んだ。

重い。

責任が、あまりにも重すぎる。

3

翌朝、早朝の鐘の音で目が覚めた。

外では、もう訓練が始まっている。剣と盾がぶつかり合う音。号令の声。

慌てて服を着て外に出ると、一人の若い将校が待っていた。

「桐谷殿ですね。副官のルキウスと申します」

二十代半ばくらいだろうか。精悍な顔立ちで、礼儀正しい態度。

「将軍の命により、貴方に軍団の構成を説明するよう申しつかっております」

「お願いします」

ルキウスは訓練場へと俺を案内した。

「第三軍団は、総勢五千二百名。十個コホルス(大隊)で構成されています」

訓練場では、兵士たちが整然と隊列を組んでいた。

「一つのコホルスは、約五百名。さらに六つのケントゥリア(百人隊)に分かれます」

まさに、ローマ軍団の編成だ。

「武装は?」

「前列はグラディウス(短剣)とスクトゥム(大盾)。投槍兵はピルム。弓兵は約三百名。騎兵は五百騎」

古代ローマと中世の混合型だ。興味深い。

「では、戦術は?」

「基本は亀甲陣(テストゥード)。盾を組み合わせて壁を作り、前進します」

「敵の騎兵に対しては?」

槍衾(やりぶすま)を形成します。前列が膝をつき、盾を並べ、槍を構える」

完璧だ。

理論上は。

「実戦経験は?」

ルキウスの表情が、わずかに曇った。

「第三軍団は、三年前の南方遠征以来、大きな戦闘には参加していません。主に国境警備と訓練です」

つまり、実戦慣れしていない。

それは不安材料だ。

4

午後、マルクスに呼ばれて作戦室に入った。

大きな机の上には、詳細な地図が広げられている。

「桐谷、これを見ろ」

マルクスが指したのは、帝国の東部。山岳地帯の向こう側。

「我々の遠征目標だ。東方連合の砦、フォルティス」

「東方連合?」

「かつて帝国の属州だったが、十年前に独立した。以来、国境で小競り合いが続いている」

地図を見る。

フォルティスは、山の麓にある要塞都市。周囲を川と崖に守られた天然の要害だ。

「兵力は?」

「敵は約三千。ただし、守備に徹すれば厄介だ」

「攻城戦になりますか」

「できれば避けたい。第三軍団に攻城兵器は少ない」

マルクスは地図上の別の場所を指した。

「ここ、セルウィア峠を抜けて、敵の補給線を断つ。そうすれば、フォルティスは孤立する」

「補給線を断たれた敵は、降伏するか打って出るかですね」

「その通り。お前なら、どちらを選ぶ?」

俺は考えた。

「敵の指揮官次第です。降伏を潔しとしない者なら、総攻撃に出る可能性が高い」

「ならば?」

「迎え撃つ準備を整えておく。有利な地形で、敵の突撃を受け止める」

マルクスは満足そうに頷いた。

「良い答えだ。では、その"有利な地形"をこの地図から探してみろ」

地図を凝視する。

山、川、森、平原――

「……ここです」

俺が指したのは、セルウィア峠から少し南下した場所。なだらかな丘陵地帯。

「なぜだ」

「丘の上から敵を見下ろせる。視界が開けているので、敵の動きが把握しやすい。そして――」俺は川を指した。「背後に川がある。逃げ道がないことで、兵士たちは必死に戦う」

「背水の陣、か」

「はい。項羽の故事にもあります」

「コウウ?」

「俺たちの世界の、古代中国の武将です」

マルクスは興味深そうに俺を見た。

「お前の世界には、多くの戦いの記録があるのだな」

「はい。何千年分もの戦争の歴史が」

「それを、すべてお前は知っているのか」

「すべてじゃありません。でも、有名な戦いは、だいたい」

マルクスは腕を組んだ。

「桐谷、お前は我が軍にとって、宝だ」

「……そんな」

「だが」マルクスの表情が厳しくなった。「知識だけでは、戦場で生き延びられない」

マルクスは腰の剣を抜いた。

「これを握ってみろ」

5

渡された剣は、想像以上に重かった。

「うっ……」

「重いだろう。これでも軽い方だ」

マルクスは俺の手を取り、剣の持ち方を教えた。

「戦場では、参謀であろうと、剣を振るう時が来る。敵が陣に侵入してきた時、護衛が倒された時――お前は自分の身を守らねばならない」

「でも、俺は――」

「剣術の達人になる必要はない。ただ、最低限の自衛ができればいい」

マルクスは俺に基本的な構えを教えた。

足の位置。重心の置き方。剣の振り方。

「毎日、一時間だけでいい。訓練しろ。それだけで、生存率は格段に上がる」

「……分かりました」

その日から、俺の日課が増えた。

朝は軍団の訓練視察。

午前は地図と報告書の分析。

午後は作戦会議。

夕方は剣の訓練。

夜は、クラスメイトたちのことを考える時間。

6

出陣の前日、俺はクラスメイトたちに会うことを許された。

兵舎の一角に設けられた宿舎。男女別々の部屋だが、待遇は悪くないようだった。

「桐谷!」

麗華が駆け寄ってきた。

「みんな、無事?」

「うん。私は物資管理の手伝いをしてる。計算が得意だからって」

「山田は?」

「訓練兵になった。最初は文句言ってたけど、意外と楽しそうにしてるよ」

他のクラスメイトたちも、それぞれの配置についていた。

医療補助、書記官補佐、厨房、清掃――

みんな、この世界で役割を与えられていた。

「桐谷は、大丈夫?」担任の田所先生が心配そうに尋ねた。「参謀なんて、大変でしょう」

「まあ、何とか」

本当は、毎日が緊張の連続だ。一つ間違えれば、多くの命が失われる。

だが、それを言っても、みんなを不安にさせるだけだ。

「あのね」麗華が小声で言った。「一部のクラスメイトが、変なこと言ってるの」

「変なこと?」

「桐谷が、帝国の犬になったって」

心臓が、ギュッと締め付けられた。

「誰が」

「直接は聞いてないけど……佐藤とか、その辺のグループ」

佐藤健吾。クラスの問題児。反抗的で、教師にも反発していた。

「他にも、"帝国を倒して元の世界に帰ろう"とか言ってる子がいるらしい」

まずい。

帝国への反抗は、クラス全員を危険にさらす。

「麗華、頼みがある」

「何?」

「みんなに伝えてくれ。今は、大人しくしていろって。余計なことをすれば、全員が危険になる」

「分かった。でも……」麗華は不安そうに俺を見た。「みんな、帰りたいんだよ。家族に会いたい。元の生活に戻りたい」

「俺だってそうだ」

でも、方法が分からない。

転移してきた理由も、帰る方法も、何も分からない。

「とにかく、今は生き延びることが最優先だ。それだけは、忘れないでくれ」

7

出陣の日。

夜明けとともに、第三軍団が動き出した。

五千人を超える兵士たち。馬車に積まれた物資。整然と並ぶ隊列。

俺は、マルクスの横に馬で並んだ。

馬に乗るのも、人生で初めてだった。最初は何度も落ちそうになったが、ルキウスが丁寧に教えてくれて、何とか乗れるようになった。

「緊張しているな」

マルクスが笑った。

「初陣だ。当然だろう」

「でも、顔色は悪くない。見込みがある」

軍団は、ゆっくりと首都を出た。

市民たちが、道の両脇で声援を送る。

「第三軍団、万歳!」

「マルクス将軍、勝利を!」

華やかな光景。

だが、俺には重苦しく感じられた。

これから、人が死ぬ。

敵も、味方も。

そして、その責任の一端を、俺が負っている。

「桐谷」

マルクスが声をかけた。

「戦場で大切なのは、三つだ」

「三つ?」

「冷静さ、判断力、そして――」マルクスは前を見据えた。「自分を信じる心だ」

「自分を信じる……」

「お前の知識は本物だ。皇帝陛下の前で証明した。ならば、それを信じろ。迷いは、兵を殺す」

俺は頷いた。

「分かりました」

軍団は、東へ向かって進んだ。

道は整備されていて、行軍は順調だった。

三日後、俺たちはセルウィア峠に到着する。

そこから、本当の戦いが始まる。

8

初日の夜、野営地が設営された。

テントが整然と並び、見張りが配置され、焚き火が灯る。

俺は、マルクスのテントで夕食を取った。

硬いパンと干し肉、薄いスープ。質素だが、腹は満たされた。

「明日は、峠の手前まで進む」マルクスが地図を広げた。「そこで斥候を出し、敵の動きを探る」

「斥候は何人ですか」

「十名。精鋭だ」

「敵に発見される可能性は?」

「ある。だが、情報がなければ動けない」

もどかしい。

情報収集の手段が、限られている。

俺たちの世界なら、衛星写真やドローンがある。でも、ここには何もない。

「何か考えがあるのか」

マルクスが俺を見た。

「……一つだけ」

「聞かせてくれ」

「斥候を、二手に分けるんです」

俺は地図を指した。

「一つは正面から。もう一つは、この森を迂回して、敵の背後から」

「背後から?」

「正面の斥候が発見されても、背後の斥候が無事なら、敵の配置が分かります。逆も然り」

マルクスは考え込んだ。

「リスクが高い。背後に回る斥候は、孤立する」

「でも、情報の精度は上がります」

「……やってみるか」

マルクスは決断した。

「明日、そのように手配する」

9

翌日、斥候隊が出発した。

五名ずつ、二手に分かれて。

俺は、野営地で待った。

待つことしかできない。

無力感が、胸を締め付ける。

「桐谷殿」

ルキウスが声をかけてきた。

「将軍が、訓練場に来いと」

「訓練場?」

野営地の一角に、簡易的な訓練スペースが設けられていた。

そこで、マルクスが剣を構えて待っていた。

「来たか。手合わせをしよう」

「え、でも――」

「斥候の報告を待つ間、何もせずにいると不安になる。体を動かせ」

言われてみれば、確かにそうだ。

俺は木剣を受け取り、構えた。

「来い」

マルクスの構えには、隙がなかった。

俺は、教わった通りに踏み込んだ。

一太刀。

あっさりと受け流され、カウンターで胴を打たれた。

「っ!」

「力みすぎだ。もっと自然に」

何度も何度も、打ち込んだ。

そのたびに、防がれ、反撃される。

だが、不思議と気持ちが落ち着いてきた。

体を動かすことで、余計な不安が消えていく。

「良くなってきた」

マルクスが笑った。

「お前は飲み込みが早い」

「そんなことないです。全然、当たらない」

「当てる必要はない。生き延びればいい」

その時、報告が入った。

「将軍! 斥候が戻りました!」

10

テントに戻ると、斥候のリーダーが報告を始めた。

「敵は、フォルティス砦に約三千。ただし――」

「ただし?」

「セルウィア峠に、五百ほどの前哨部隊がいます」

マルクスと俺は、顔を見合わせた。

「峠を抑えられているのか」

「はい。通過するには、戦闘が必要です」

「敵の装備は?」

「弓兵が多い。峠の高所に陣を張っています」

最悪だ。

高所から弓で狙い撃ちされたら、大損害を受ける。

「桐谷、どうする」

マルクスが俺に尋ねた。

全員の視線が、俺に集中する。

俺は、地図を見た。

峠は狭い。正面突破は困難。

迂回路は――あるが、時間がかかる。

ならば――

「夜襲です」

俺は言った。

「夜襲?」

「敵は高所にいるため、夜間の視界が悪い。月が出る前に、精鋭部隊で奇襲をかけます」

「だが、夜の山道は危険だ」

「だからこそ、敵は警戒を緩めます。まさか夜に来るとは思わない」

マルクスは考え込んだ。

長い沈黙。

そして――

「やろう」

マルクスが決断した。

「今夜、決行する」

俺の初陣が、始まろうとしていた。


次回もお楽しみに

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