クラスメイト2
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10
陣営に戻ると、マルクスが待っていた。
「どうだった?」
「カッシウスは、撤退を要求してきました」
俺は、交渉の内容を報告した。
「明日の正午まで、時間をくれるそうです」
マルクスは、腕を組んだ。
「撤退か……」
「将軍、どうされますか?」
ルキウスが尋ねた。
「撤退すれば、カッシウスは首都への道を開く。補給線を断たれる」
「ああ。だが――」
マルクスは、俺を見た。
「桐谷、お前はどう思う?」
「カッシウスは、迷ってます」
俺は、確信を持って言った。
「本当は、戦いたくない。でも、引くに引けない状況にいる」
「つまり?」
「時間を稼げば、カッシウスの軍は内部から崩れます」
俺は、作戦を提案した。
「撤退するフリをして、実際には陣を維持する。そして、カッシウスの兵士たちに、呼びかけを続ける」
「呼びかけ?」
「はい。"なぜ戦うのか"と。大義のない戦いに、兵士たちは疲れていきます」
マルクスは、しばらく考えてから、頷いた。
「やってみるか」
11
その夜、俺は一つの文書を書いた。
『親衛軍団の諸君へ』
あなたたちは、なぜ戦うのか。
失敗した皇帝のためか。
腐敗した元老院のためか。
それとも、自分の家族のためか。
考えてほしい。
この戦いで、誰が得をするのか。
あなたたちが死んで、喜ぶのは誰か。
マルクス将軍は、兵を家族だと言った。
一人一人の命を、大切にすると誓った。
あなたたちも、家族を持っているはずだ。
その家族のために、無駄死にしてもいいのか。
考えてほしい。
そして、自分で決めてほしい。
――異界の少年、桐谷蒼太より
文書は、夜中にこっそりと、カッシウスの陣営近くに撒かれた。
朝になると、多くの兵士たちがそれを読んでいた。
「なんだ、これ……」
「異界の少年が、書いたのか」
「確かに……俺たち、何のために戦ってるんだ?」
ざわめきが、広がった。
カッシウスは、すぐに文書を回収させたが――
もう遅かった。
種は、蒔かれた。
12
正午が近づいた。
マルクスの軍は、撤退の準備を始めた。
天幕を畳み、荷物をまとめる。
だが、実際には移動しない。
演技だ。
カッシウスの陣営から、斥候が見ている。
「将軍、カッシウスの軍、動きません」
斥候が報告した。
「こちらが撤退準備をしているのに、追撃の構えを見せない」
「迷っているのか」
マルクスが呟いた。
その時――
カッシウスの陣営から、一人の騎兵が駆けてきた。
「使者だ!」
騎兵は、マルクスの前で馬を止めた。
「カッシウス殿から、伝言です」
「聞こう」
「撤退の期限を、延長する。三日間の猶予を与える」
マルクスと俺は、顔を見合わせた。
延長?
それは――
「カッシウスも、時間が欲しいのか」
ルキウスが、呟いた。
「自分の陣営を、まとめるために」
「おそらく」
俺は、頷いた。
「カッシウスの部下たちが、動揺しているんです。文書の効果が出てる」
使者が、去った後――
マルクスは、決断した。
「三日間、待とう。その間に、さらに呼びかけを続ける」
「了解しました」
13
二日目の夜。
カッシウスの陣営から、一人の兵士が脱走してきた。
「マルクス将軍!」
兵士は、膝をついた。
「私は、親衛軍団第三中隊の者です。将軍に、伝えたいことがあります」
「話せ」
「カッシウス殿は、苦境に立っています」
兵士は、息を切らせながら語った。
「兵士たちの半数以上が、この戦いに疑問を持っています。"なぜ戦うのか"と」
「それで?」
「カッシウス殿は、部下たちを説得しようとしています。ですが――」
兵士は、声を潜めた。
「元老院のアウグストゥス派が、圧力をかけています。"戦わなければ、支援を打ち切る"と」
「なるほど……」
マルクスは、状況を理解した。
「カッシウスは、板挟みか」
「はい。それで――」
兵士は、ある情報を伝えた。
「カッシウス殿は、密かに和平を望んでいます」
「本当か!?」
「はい。ですが、面子があって、自分からは言い出せない」
兵士は、マルクスを見た。
「将軍から、正式な和平交渉を申し出てくれれば、カッシウス殿は応じるはずです」
マルクスは、しばらく考えてから――
「分かった。明日、正式な使者を送る」
14
三日目の朝。
マルクスは、正式な和平交渉の申し入れを送った。
使者は、ルキウス。
そして――
俺も、同行した。
「桐谷、大丈夫か」
マルクスが、心配そうに尋ねた。
「はい。これで、最後にしたいですから」
「……気をつけろ」
ルキウスと俺は、白旗を掲げてカッシウスの陣営に向かった。
今度は、すぐに通された。
天幕の中――
カッシウスが、一人で待っていた。
ガイウス前皇帝の姿は、なかった。
「よく来た」
カッシウスの声は、疲れていた。
「単刀直入に聞く。マルクスは、何を望んでいる」
「和平です」
ルキウスが答えた。
「これ以上の流血を避けたい。カッシウス殿も、同じではありませんか」
カッシウスは、長い沈黙の後――
「……ああ」
静かに、認めた。
「私も、疲れた」
カッシウスは、椅子に座り込んだ。
「兵士たちは、戦う気力を失っている。元老院は、無理な要求をしてくる。ガイウス陛下は――」
カッシウスは、苦笑した。
「もう、皇帝ではない。ただの、哀れな老人だ」
「カッシウス殿……」
「だが」
カッシウスは、俺を見た。
「私には、面子がある。このまま降伏すれば、私は臆病者と呼ばれる」
「なら」
俺は、提案した。
「和平条約を結びましょう。降伏ではなく、対等な和平を」
「対等?」
「はい。カッシウス殿は、新皇帝ルキウスを認める。その代わり、カッシウス殿とその部下たちの地位と安全を保証する」
「それは――」
カッシウスは、考え込んだ。
「元老院が、認めるか?」
「元老院は、すでに中立です」
ルキウスが言った。
「アウグストゥス派も、この戦いが長引けば、支持を失います。彼らも、和平を望んでいるはずです」
カッシウスは、しばらく黙っていたが――
「……条件を聞こう」
15
和平交渉は、一日かけて行われた。
最終的に、以下の条件で合意した。
一、カッシウスは、新皇帝ルキウスを正式に承認する。
二、カッシウスとその部下たちの地位と安全を保証する。
三、ガイウス前皇帝は、退位を正式に宣言し、隠棲する。
四、元老院の権限を強化し、皇帝の独裁を防ぐ。
五、異界者徴用法の廃止を、正式に法制化する。
六、内戦で生じた損害について、双方が責任を問わない。
「これで、いいか」
カッシウスが、文書に署名した。
「ああ」
ルキウスも、署名した。
「これで、内戦は終わりだ」
二人は、握手を交わした。
そして――
カッシウスは、俺を見た。
「小僧」
「はい」
「お前のような子供に、説得されるとは思わなかった」
カッシウスは、苦笑した。
「だが――お前の言葉は、正しかった」
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのは私の方だ」
カッシウスは、深々と頭を下げた。
「お前が、無駄な血を止めてくれた」
16
和平の知らせは、すぐに両軍に伝えられた。
「戦争が、終わった!」
「和平だ! 和平が成立した!」
兵士たちが、歓声を上げた。
抱き合い、泣き、笑う。
敵味方関係なく、喜びを分かち合った。
マルクスは、俺の肩を叩いた。
「よくやった、桐谷」
「いえ、将軍のおかげです」
「お前がいなければ、この和平はなかった」
マルクスは、空を見上げた。
「お前は、多くの命を救った。それを、誇りに思え」
俺は、少し泣きそうになった。
だが、こらえた。
「まだ、終わってません」
「そうだな」
マルクスは、頷いた。
「お前のクラスメイトたちを、元の世界に帰す。それが、最後の仕事だ」
17
首都に戻ると、クラスメイトたちが待っていた。
「桐谷!」
麗華が、駆け寄ってきた。
「無事だったんだね!」
「ああ」
山田や佐藤も、笑顔で迎えてくれた。
だが――
長谷川たちは、複雑な表情をしていた。
「……桐谷」
長谷川が、前に出た。
「和平、おめでとう」
「ありがとう」
「君の判断は、正しかった」
長谷川は、素直に認めた。
「僕は、間違っていた。君を、信じるべきだった」
「いや、長谷川も間違ってない」
俺は、首を振った。
「慎重であることは、大事だ。俺が、暴走しないように、お前が釘を刺してくれた」
「桐谷……」
「だから、ありがとう」
俺は、手を差し出した。
長谷川は、少し驚いた顔をしたが――
その手を、握った。
「……こちらこそ」
クラスが、再び一つになった。
18
その夜、マルクスが重大な発表をした。
「古文書の解読が、完了した」
クラスメイト全員が、集められた会議室。
マルクスの言葉に、みんなが息を呑んだ。
「元の世界に……帰れるの?」
麗華が、震える声で尋ねた。
「可能性は、ある」
マルクスは、古い羊皮紙を広げた。
「この文書によれば、異界転移には"門"が必要だ」
「門?」
「ああ。特定の場所、特定の時刻に、魔法陣を描く。そして、特定の呪文を唱える」
マルクスは、地図を指した。
「その場所は――帝国北部の、古代神殿だ」
「北部……」
俺は、地図を見た。
北方遠征で行った、あの森の近く。
「危険な場所じゃないですか」
「ああ。蛮族の領域だ」
マルクスは、頷いた。
「だが、それしか方法がない」
「いつ、行くんですか?」
「一週間後」
マルクスは、真剣な目をした。
「それが、次の"門"が開く日だ。これを逃せば、次は一年後になる」
一年後。
それまで、この世界にいなければならない。
「みんな、決めてくれ」
マルクスは、クラスメイトたちを見回した。
「危険を冒して帰るか。それとも、この世界に残るか」
沈黙。
そして――
「帰る」
麗華が、立ち上がった。
「私は、帰りたい。家族に、会いたい」
「俺も」
山田が続いた。
「元の世界に、帰る」
次々と、手が上がった。
全員が――
帰ることを、選んだ。
「では、決まりだ」
マルクスは、頷いた。
「一週間後、北部神殿へ向かう。第三軍団が、護衛する」
「ありがとうございます、将軍」
俺は、深々と頭を下げた。
「最後まで、世話になります」
「いや」
マルクスは、笑った。
「世話になったのは、私の方だ。お前がいなければ、帝国は変わらなかった」
マルクスは、俺の肩を叩いた。
「だから、これは礼だ。お前たちを、無事に帰す」
19
出発までの一週間。
俺たちは、帝国での最後の日々を過ごした。
街を歩き、市民と話し、この世界を目に焼き付けた。
「なんか、不思議だね」
麗華が、市場を見ながら言った。
「最初は、早く帰りたいって思ってたのに、今は少し寂しい」
「ああ」
俺も、同じだった。
この世界で、多くを経験した。
戦場の恐怖。
仲間との絆。
責任の重さ。
そして――
人の命の、尊さ。
「桐谷、お前、この世界に残る気はないか?」
山田が、冗談めかして言った。
「参謀として、出世できるぜ」
「馬鹿言うな」
俺は、笑った。
「俺は、元の世界に帰る。普通の中学生に戻る」
「本当に、普通に戻れるかな」
佐藤が、呟いた。
「俺たち、戦場を見ちゃったからな。元の生活に、戻れる気がしない」
「……そうだな」
確かに。
もう、以前の自分には戻れない。
だが――
「それでも、帰る」
俺は、空を見上げた。
「家族に、会いたいから」
20
出発の日。
第三軍団五百が、護衛としてついてきた。
マルクス、ルキウス、セウェルス――
お世話になった人たちが、みんな来てくれた。
「では、行くぞ」
マルクスの号令で、隊列が動き出した。
五日間の行軍。
途中、何度か蛮族の襲撃があったが、第三軍団が撃退した。
そして――
ついに、古代神殿に到着した。
石造りの、巨大な建造物。
何千年も前に建てられたという、古の遺跡。
「ここか……」
俺は、神殿を見上げた。
「ここから、帰れるのか」
マルクスが、魔法陣を描き始めた。
複雑な図形。古代文字。
「呪文は、お前たちが唱えるんだ」
マルクスは、羊皮紙を俺に渡した。
「この言葉を、全員で」
俺は、呪文を読んだ。
意味は分からない。
だが、これを唱えれば――
帰れる。
「みんな、準備はいいか?」
俺は、クラスメイトたちを見回した。
全員が、頷いた。
「では――」
その時。
遠くから、叫び声が聞こえた。
「敵襲! 蛮族だ!」
21
森の奥から、蛮族の大軍が現れた。
約二千。
「まずい……数が多すぎる!」
セウェルスが、剣を抜いた。
「将軍、どうされます!?」
「時間を稼ぐ」
マルクスは、冷静に命令した。
「桐谷たちが、転移を完了するまで、持ちこたえろ!」
「了解!」
第三軍団が、神殿の前に陣を張った。
盾を構え、剣を抜く。
蛮族が、雄叫びを上げて突進してくる。
激突。
「桐谷! 早く!」
マルクスが叫んだ。
「呪文を唱えろ!」
「でも、将軍たちが――」
「構わん! お前たちの帰還が、最優先だ!」
マルクスは、剣を振るった。
蛮族を、次々と斬り倒していく。
「早く!」
俺は、決断した。
「みんな、魔法陣の中に!」
クラスメイトたちが、魔法陣の中に入った。
俺は、呪文を読み上げ始めた。
「アルカナ・ポルタ・アペリトゥール……」
魔法陣が、光り始めた。
「ルクス・エト・テネブラエ……」
光が、強くなる。
「ムンドゥス・トランシトゥス……」
空間が、歪み始めた。
「桐谷! 将軍が!」
麗華の叫び。
振り返ると――
マルクスが、複数の蛮族に囲まれていた。
「将軍!」
俺は、魔法陣から飛び出そうとした。
だが――
「行くな!」
マルクスが叫んだ。
「お前は、帰るんだ! それが、お前の使命だ!」
「でも!」
「桐谷!」
マルクスは、笑った。
血まみれの顔で、笑った。
「お前と出会えて、良かった!」
「将軍……!」
「元の世界で、幸せになれ! それが、私の願いだ!」
マルクスが、最後の力を振り絞って、蛮族を押し返した。
その隙に――
魔法陣の光が、最高潮に達した。
「桐谷、早く!」
ルキウスが、俺を引っ張った。
「将軍の想いを、無駄にするな!」
俺は、涙を流しながら――
最後の呪文を、唱えた。
「レディトゥス・アド・オリギネム!」
光が、爆発した。
視界が、真っ白になった。
そして――
次回もお楽しみに




