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異世界クラス転移戦記  作者: 膝栗毛


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1/11

転移と混乱

引き継ぎお楽しみください


1

「――え?」

目の前の景色が、ぐにゃりと歪んだ。

教室の蛍光灯が溶けるように流れ、黒板の文字が滲み、窓の外の校庭が渦を巻く。

「うわっ、何これ!?」

「地震!? 違う、これ――」

クラスメイトたちの悲鳴が耳を劈く。机が床ごと傾き、重力の方向が分からなくなる。俺――桐谷蒼太は、とっさに机の脚を掴んだ。

頭が割れそうな轟音。

視界が真っ白になって――

次の瞬間、世界が変わっていた。

2

「……は?」

最初に気づいたのは、床が土だということだった。

教室の床は、冷たいリノリウムのはずだ。なのに今、俺の手のひらに触れているのは、ざらついた乾いた大地。

ゆっくりと顔を上げる。

青い空。

石造りの柱。

遠くに見える城壁。

そして――剣を構えた、鎧姿の兵士たち。

「……嘘、だろ」

教室がそのまま、どこか別の場所に移動していた。机も椅子も黒板も、全部そのまま。ただし周囲の建物は消え失せ、俺たちは見知らぬ広場のど真ん中にいた。

「きゃああああああ!」

悲鳴が上がる。女子たちが泣き叫び、男子たちは呆然と立ち尽くす。

担任の田所先生が青ざめた顔で立ち上がった。

「落ち着いて! みんな、落ち着きなさい!」

だが、その声は震えていた。

3

兵士たちが、じりじりとこちらに近づいてくる。

三十人ほどだろうか。全員が革鎧と金属製の胸当てを着込み、楕円形の盾と短剣を携えている。統率の取れた動き。訓練された軍隊だ。

その中央から、一人の男が進み出た。

深紅のマントを羽織り、鍛え上げられた体躯。白髪混じりの髪を短く刈り込み、鋭い眼光を湛えた初老の男。腰には華美な装飾が施された長剣。明らかに指揮官クラスだ。

男が何か言った。

聞き取れない。言語が違う。

だが、その声音には威厳があった。

「え、ええと……」田所先生が震える声で言った。「私たち、敵意はありません。ただ、突然ここに……」

兵士たちが盾を構える。

まずい。

俺は直感した。このままでは――

「待って!」

俺は立ち上がり、両手を高く掲げた。

「武器は持ってない! 俺たちはただの学生だ!」

当然、言葉は通じない。

だが、ジェスチャーは伝わったようだ。指揮官が手を上げ、兵士たちの動きが止まる。

男の鋭い視線が、俺を捉えた。

値踏みするような目。

そして男は、ゆっくりと口を開いた。

「……ウァレティウス帝国、第三軍団長、マルクス・アウレリウス・グラディウスである」

流暢な日本語だった。

4

「え……」

クラス中が、息を呑んだ。

「言葉が……通じる?」

「なぜ日本語を?」

ざわめきが広がる。

マルクスと名乗った男は、表情を変えずに言った。

「我々の世界では、"異界の者"が使う言語は、自動的に理解できるようになっている。これは神々の加護によるものだ」

異界の者。

つまり、俺たちのことか。

「あなたたちは、何者だ」マルクスは問うた。「なぜ、皇帝陛下の居城近くに突如出現した」

田所先生が答えようとしたが、言葉に詰まる。

俺は一歩前に出た。

「俺たちは、日本という国から来た学生です。意図してここに来たわけじゃない。突然、教室ごと転移してきた」

「転移……」マルクスは眉をひそめた。「魔術の類か」

「分かりません。でも、俺たちには何の力もない。ただ――」

俺は周囲を見回した。

石造りの建物。遠くに見える巨大な城壁。整然と並ぶ兵士たち。そして、その背後に広がる広大な都市。

「ここは、どこですか」

マルクスは短く答えた。

「ウァレティウス帝国、首都カピトリア。世界の中心にして、皇帝陛下が君臨する永遠の都だ」

5

その後、俺たちは「保護」という名目で、兵舎に連れて行かれた。

実質的には拘束だ。

広い石造りの部屋に、クラス全員が押し込められた。窓には鉄格子。出入り口には武装した兵士が二人、常に見張っている。

「どうなっちゃうの……」

「家に帰れるのかな……」

女子たちが泣いている。男子たちも、半分はパニック状態だ。

田所先生は必死にみんなを落ち着かせようとしているが、自分自身が動揺を隠せていない。

俺は部屋の隅に座り、状況を整理した。

事実:


クラスごと異世界に転移した

ここはウァレティウス帝国という国

軍隊に保護(拘束)されている

言語は自動翻訳される

帰る方法は不明


推測:


中世ヨーロッパ風だが、組織はローマ帝国的

兵士の装備は古代ローマのレギオン(軍団)に酷似

マルクスは高位の将軍。第三軍団長という肩書き

「異界の者」という概念が存在する = 過去にも転移者がいた可能性


懸念:


敵対勢力と見なされる可能性

奴隷として扱われる可能性

クラス内でパニックが広がり、集団としての機能が失われる可能性


最悪のシナリオを想定しておくべきだ。

「……桐谷」

声をかけられて顔を上げると、クラス委員長の白石麗華が立っていた。

成績優秀、スポーツ万能、誰からも信頼される優等生。こんな状況でも、彼女は冷静さを保っていた。

「みんな、パニックになってる。先生も限界みたい」麗華は小声で言った。「あなた、こういう状況、ゲームとかで慣れてるでしょ? 何か、アドバイスない?」

俺は苦笑した。

「ゲームと現実は違うよ」

「分かってる。でも、何もしないよりマシでしょ」

麗華の目は真剣だった。

俺は少し考えてから、言った。

「まず、パニックを抑えること。全員が冷静にならないと、交渉もできない」

「どうやって?」

「情報を整理して、みんなに伝える。"分からない"が一番怖い。今分かっていることと、分からないことを明確にする」

麗華は頷いた。

「それから」俺は続けた。「向こうの意図を探る必要がある。俺たちを敵と見ているのか、それとも別の何かと見ているのか」

「どうやって?」

「多分、もうすぐ向こうから接触してくる。その時に――」

扉が開いた。

マルクスが、二人の兵士を従えて入ってきた。

「話がある」

低い声が、部屋を静まらせた。

6

「皇帝陛下が、お前たちに会いたいと仰っている」

マルクスの言葉に、室内がざわついた。

「皇帝……?」

「何のために?」

「俺たち、何もしてないのに……」

マルクスは手を上げ、静寂を求めた。

「お前たちは、"異界の者"だ。過去の記録によれば、異界の者は時に、この世界にない知識や力を持っている」

やはり、過去にも転移者がいたのか。

「陛下は、お前たちがどのような存在なのか、知りたいと考えておられる。特に――」

マルクスの視線が、教室を見回した。

「戦える者はいるか」

沈黙。

誰も答えない。

「剣を扱える者。弓を射ることができる者。魔術を使える者。戦場で役に立つ技能を持つ者はいるか」

また沈黙。

当然だ。俺たちはただの中学生だ。剣なんて触ったこともないし、魔術なんて使えるわけがない。

「……いない、と」

マルクスは、わずかに失望したような表情を浮かべた。

「では、他の技能は? 治癒の術、鍛冶、建築、学問――」

「待ってください」

俺は立ち上がった。

マルクスの視線が、俺に向けられる。

「何だ」

「戦えるかどうかは分かりません。でも、知識ならあります」

「知識?」

「俺たちの世界の歴史、戦略、技術。もしかしたら、この世界では知られていないことがあるかもしれない」

マルクスは興味深そうに俺を見た。

「具体的には?」

俺は一瞬迷ったが、言った。

「例えば、軍団の布陣。この兵舎に来る途中、外の訓練場が見えました。あなたたちの軍は、ローマ軍団に似ている」

「ローマ?」

「俺たちの世界にあった、古代の帝国です。彼らは三列陣形を基本とし、ハスタティ、プリンキペス、トリアリィという三段階の配置で――」

「待て」

マルクスが手を上げた。

その目には、驚きと興味が混じっていた。

「お前、それをどこで学んだ」

「本とゲームです」

「本と……ゲーム?」

マルクスは困惑したようだったが、すぐに表情を引き締めた。

「お前の名は」

「桐谷蒼太です」

「桐谷、か」マルクスは俺をじっと見つめた。「明日、皇帝陛下の前で、その知識を披露してもらう。期待しているぞ」

そう言い残して、マルクスは部屋を出て行った。

7

扉が閉まった後、クラス中の視線が俺に集中した。

「桐谷……お前、何やってんの」

サッカー部の山田が、呆れたように言った。

「目立ったら危ないだろ。大人しくしてた方が――」

「大人しくしてたら、どうなると思う?」

俺は静かに言った。

「俺たちは、何の価値もない異界の者だ。戦えない、魔術も使えない、特別な技能もない。そんな存在を、この国がどう扱うと思う?」

沈黙。

「最悪、奴隷か捨て駒だ。そうならないためには、俺たちが"使える"存在だと示さないといけない」

「でも……」麗華が心配そうに言った。「もし、その知識が使えなかったら? 皇帝に失望されたら?」

「その時は、別の手を考える」

俺は窓の外を見た。

夕陽が、異世界の空を赤く染めている。

「とにかく今は、生き延びることが最優先だ」

その夜、俺はほとんど眠れなかった。

明日、皇帝の前で何を話せばいいのか。

どうすれば、クラス全員の命を守れるのか。

答えは出なかった。

ただ一つだけ、確信していたことがある。

この世界は、ゲームじゃない。

現実だ。

そして、現実には、リセットボタンがない。

8

翌朝、俺たちは宮殿に連れて行かれた。

白亜の大理石でできた巨大な建造物。柱の一本一本に精緻な彫刻が施され、天井には神々の絵が描かれている。

古代ローマのパルテノン神殿を思わせる壮麗さ。

だが、その美しさが、かえって不気味だった。

この世界の技術レベルで、どうやってこんなものを?

「進め」

兵士に促され、俺たちは謁見の間へと導かれた。

広い。バスケットコートが三つは入りそうな空間。

そして、その奥の玉座に、"彼"はいた。

9

皇帝ガイウス・ウァレティウス・カエサル。

金の王冠を戴き、深紅のローブを纏った中年の男。整った顔立ちだが、その目には冷たい光が宿っている。

「これが、異界の者どもか」

皇帝の声は、意外なほど若々しかった。

「はい、陛下」マルクスが膝をついて答えた。「昨日、首都近郊に突如出現した者たちです」

「ふむ」

皇帝は、退屈そうに俺たちを眺めた。

「どれも、貧弱な体つきだな。武器も持たず、鎧も着ていない。これで戦えるのか?」

「それが……」マルクスが俺を指した。「この少年が、戦略の知識を持っていると申しております」

皇帝の視線が、俺に向けられた。

「ほう。お前か」

「はい」

俺は頭を下げた。敬意を示しておいた方がいい。

「面白い。では、試してみよう」

皇帝が指を鳴らすと、兵士が大きな地図を持ってきた。床に広げられたそれは、この帝国とその周辺国を描いたものらしい。

「ここだ」

皇帝が地図上の一点を指した。

「北方の蛮族が、国境を侵している。我が第五軍団が迎撃に向かっているが、苦戦しているという報告が上がってきた」

地図を見る。

山岳地帯。川が二本、複雑に入り組んでいる。

「第五軍団は、ここで敵と対峙している」

皇帝が示したのは、川と山に挟まれた狭い平地。

まずい配置だ。

「お前なら、どうする」

皇帝が俺を見た。

試されている。

ここで無能だと判断されたら、クラス全員が――

俺は深呼吸をして、地図に目を落とした。

冷静に。

これはゲームだ。いや、ゲームじゃない。でも、考え方は同じ。

地形を読む。

敵の配置を予測する。

補給線を考える。

「……この位置では、第五軍団は不利です」

俺は言った。

「なぜだ」

「川に挟まれているため、側面からの攻撃に弱い。もし敵が渡河してきたら、挟み撃ちにされます」

「では、どうすべきだった」

「後退して、この平原で戦うべきでした」俺は別の場所を指した。「ここなら視界が開け、軍団の機動力を活かせる」

皇帝は黙って聞いている。

「そして――」俺は続けた。「もし私が敵の指揮官なら、川を渡らず、この山道を使います」

別のルートを指で辿る。

「迂回して、第五軍団の背後を突く。補給線を断てば、戦わずして勝てます」

沈黙。

長い沈黙。

そして――

「面白い」

皇帝が笑った。

「マルクス、どう思う」

「……的確です、陛下」マルクスが答えた。「実際、昨夜入った報告では、敵が山道を使って迂回を試みているとのことでした」

「ほう」

皇帝の目が、興味深そうに輝いた。

「お前、名は」

「桐谷蒼太です」

「桐谷。気に入った」

皇帝は立ち上がった。

「お前を、マルクスの副官とする。第三軍団の参謀補佐だ」

「え……」

「断る理由があるか?」

皇帝の声には、有無を言わさぬ威圧感があった。

「……ありません」

「よろしい」

皇帝は満足そうに頷いた。

「他の者どもは、それぞれ適性を見て配置する。使える者は使い、使えぬ者は……まあ、それなりに」

それなりに、という言葉が、不吉に響いた。

「では、マルクス。この少年を連れて行け。第三軍団は三日後、東方への遠征に出る。その準備を整えよ」

「御意」

こうして、俺の異世界生活は始まった。

望んだわけでもない。

選んだわけでもない。

ただ、生き延びるために。

俺は、帝国軍の参謀となった。


次回もお楽しみに

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