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SKY  作者: RUI


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32/45

Sky32-秘密を抱えたまま/帰る場所-



 輸送機の止まっているエリアに近づくと、 タラップの下に何人か制服姿が集まっている

のが見えた。


 地上スタッフがホースを外し、 燃料車がゆっくり後退していく。

 白い機体の側面に、 アルクトリの柔らかい陽射しが反射していた。


「セリ、 遅い」


 最初に声をかけてきたのは、 タラップの陰にいたあすみだった。


 片手に、 小さな紙袋をぶら下げている。

 肩の線はいつも通りだけど、 どこか少しだけ浮ついた中立地の空気をまとっていた。


「迷った?」


「迷ってねぇよ。 ちょっと散歩しただけだって」


 できるだけ、 いつもの調子で返す。


「あ、 見てこれ」


 あすみは紙袋をひょいと持ち上げた。


「アンが欲しいって言ってたブレスレット、 多分これだと思う。 色も形も、 写真のやつに似

てたから」


「……あ」


 セリは思わず頭を掻いた。


「忘れてた。お前、わざわざ探したのかよ」


「通路の店で見かけただけだよ。 ……どうせ、 西方に着いたら当分こういうお店見られない

でしょ」


 そう言って、 少しだけ笑う。


 その笑い方が、 北方の食堂で見るものと同じで、 少しだけほっとした。


…とりあえず…


あいつがどこにいるかは、 分かった。


……それでいい。 あすみには、 まだ言わなくていい


 視界の端で、 輸送機横のスタッフが 「そろそろ搭乗を」 と手を振るのが見えた。


「……行くか」


「うん」


 セリが先にタラップを上り、 あすみが紙袋を抱えたままその後ろに続く。

 金属の階段が、 二人分の足音を素直に響かせた。



 シートベルト着用のランプが点灯し、 輸送機のエンジン音が一段階高くなる。


 窓の外には、 アルクトリの滑走路と、 その向こうに低く並ぶ建物。

 青い海と白いクレーンが、 陽炎越しに揺れて見える。


「離陸まで三分」


 機内アナウンスが、 抑揚少なめの声で告げる。


 あすみは、 膝の上に紙袋を置いたまま、 シートにもたれて小さく息をついた。


「ちょっとだけ、 もったいないね」


「何が」


「アルクトリ。 ……もうちょっと歩いてみたかったなって」


「観光じゃないんだし、 こんなもんだろ」


「分かってるよ。 ……ちょっとだけね」


 そう言って、 目を閉じる。


 セリは、 隣の列の窓から外を見た。

 滑走路のセンターラインが、 機体の動きに合わせてゆっくりと流れていく。


……あいつも、 この島を見てたんだよな


 さっきの路地裏。

 自販機の白い光。

 フードの影から覗いた、 昔より細くなった顔。


生きてて、 レジスタンスで、 パイロットで。 親父が⸺


 奥歯に力が入る。


全部1人で抱え込みやがって……


 胸の奥が、 きゅっと縮む。


「⸺離陸します」


 アナウンスの声と共に、 機体が滑り出した。

 身体がシートに押し付けられ、 エンジンの唸りが耳の中で太くなる。


 アルクトリの建物が、 窓の端から端へと流れていき、 その輪郭がゆっくりと下へ沈んで

いく


ーーー


 アルクトリの港は、 昼と夜の境目みたいな時間帯だった。


 観光客向けの派手な看板に明かりが点き始める一方で、 貨物用の桟橋には早くも影が濃

く落ちている。

 海面に揺れる光は多いのに、 その奥行きは妙に暗い。


 カイトは、 フードを深くかぶったまま、 裏側のゲートを抜けた。


 表のターミナルとは違う、 貨物関係者用の通路。

 壁の塗装はところどころ剥げていて、 足元のラインもかすれている。


 視線だけで、 係員の腕章と通行証を確認しながら進んでいくと、 薄暗い桟橋の突き当た

りに、 小さな艦のシルエットが見えた。


 軍規格の船体を、 民間用に偽装したような雑な外見。

 側面には登録番号だけが記されていて、 国の紋章はどこにもない。


 ARCLINEの輸送艇だ。


「おーい、 カイト!」


 タラップの上から、 短髪の男が片手を上げた。

 グレーのジャケットの前を留めずに、 いつものだらしない着方をしている。


「遅えぞ。 またどっかで因縁でも売ってきたか?」


「売ってない」


 軽く肩をすくめて返す。


「ちょっと、 知り合いに会っただけ」


「へえ?」


 男⸺艇のオペレーターをしている青年は、 片眉を上げた。


「この島に知り合いなんかいたか、 お前」


「……たまたまだよ」


「ふーん。 まあ、 生きてる知り合いがいるのは上等なこったな」


 それ以上深くは聞いてこない。

 そこが、 この組織の “楽で、 厳しいとこ”だとカイトは思う。


 誰も、 過去を無理に掘り返さない。

 その代わり、 「今何をするか」 だけで評価される。




「もう全員戻ってる?」


「ああ、 あとお前だけ。 さっさと乗れ。 出港時間押してんだよ」


 男に急かされるようにして、 カイトはタラップを上がる。


 甲板を抜け、 狭い通路を進む。

 金属の床板が、 ブーツの重みを素直に反響させた。



 自分に割り当てられている簡易ベッドのスペースに荷物を放り込むと、 そのまま腰を下

ろした。


 頭上には、 パイプと配線がむき出しになっている天井。

 ベッドの端からは、 かすかにオイルと金属の匂いがする。


 輸送艇のエンジンが始動する振動が、 床伝いにじわじわと上がってきた。


 フードを外し、 乱れた前髪を指で払う。


……乗ってるのか……SKYに……


 セリの声が、 路地裏の残響と一緒に頭の中でくり返される。


 西方。 前線。 Sランク適合。


 言葉を並べるたびに、 喉の奥がざらついた。


…なんでだよ


……あんなに、 軍は嫌いだって……


 床に伸ばした足を組み替える。


.....ここに残ると決めたのは自分だ。


 自分で口に出した言葉が、 今さらながら胸の内側をもう一度抉る。


 それでも⸺と、 カイトは奥歯を噛んだ。


 自分の首に巻き付いているその 「線」 の存在を、 改めて指でなぞるみたいに意識する。


 今いる場所は、 レジスタンス ARCLINE。


 帝国の補給線を断ち続ける、 小さな牙。


「⸺各員、 ブリーフィングルームに集合」


 船内スピーカーが、 短く呼び出しを告げた。


 次の作戦の説明だろう。

 またどこかの補給列を叩きに行く。

 帝国のどこかの線を、 少しだけ削り取りに行く。


 カイトは、 ベッドの端から腰を上げた。


 低い天井に頭をぶつけないように少し身をかがめ、 通路へ出る。


あいつがあいつの場所で飛ぶなら


 歩きながら、 心の中でだけ小さくつぶやく。


俺は俺の場所で飛ぶ


 帝国の下で 「使われる」 線から外れた今。

 自分で選んだ側の線の上でしか、 生きられない。


⸺いつか、 同じ地図の上でお互いが交差するとしても


 その時、 自分がどっち側に立っているのか。

 そこまで考えかけて、 カイトはひとまず思考を切った。


 今は、 次の一点を撃ち抜くことだけを考える。


 狭いブリーフィングルームの扉を押し開けた瞬間、

 アルクトリの路地裏の湿った空気は、 ようやく船の空気に塗り替えられた。

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