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SKY  作者: RUI
REDROSE

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25/117

Sky25-波が届く-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。



 その日は、雪の降り方まで、落ち着きがなかった。

 風がいちど強く吹くたびに、粉雪が横へ流れて、次の瞬間には真下へ落ちる。

 格納庫の開口部から入り込む冷気が、通路の床をうっすら濡らして、靴裏がきしむ音を増やしていた。


 整備棟の通路でも、食堂でも、喫煙所の灰皿の前でも北方第七基地のあちこちで、同じ単語が口の端からこぼれていた。


「……艦隊配属?」


 ヴィーラ格納庫横のベンチで、アスミは、ねじれたボルトを指先でくるくる回しながら耳を傾けた。

 少し離れたところで、ラルフとジンが工具箱を挟んでしゃがみ込んでいる。

 手はしっかり動いているのに、口はそれ以上に動いていた。


「聞いたかお前。ヴィーラ部隊から最低一機は“持ってかれるらしい”ってさ」

「やめろよなんか物の言い方が物資扱いなんだよ。『薔薇一点、西方方面行き』とか伝票つけられるのか?」

「やめろその言い方こそ物資だよ」

 ラルフが腹を抱えて笑う。

「でもさ〜、せっかくこっちで可愛がってきたのにさ〜。薔薇持ってかれるとか俺は耐えられんわけ。なあ?」

「俺に同意求めるな。……てか“薔薇”って整備記録に書いたら、上から本気で怒られるからやめろよ?」

 二人のあいだに、ツナギとオイルの匂いと、いつものバカ話の空気が漂う。

 だけど言葉の端っこに、笑い切れない引っかかりが混じっているのを、アスミは聞き取ってしまう。


 ……持ってかれる

 ボルトを回す指が、ほんの少しだけ止まった。

 格納庫の天井は高くて、外の雪の気配はほとんど届かないのに、今日は人の声の向きが揃わない。

 誰かが工具を落とす音がして、拾う動きが遅れて、また別の場所で笑い声が途切れた。


 *


 その日の夕方、全隊員向けの呼び出しがかかった。

 場所はブリーフィングルーム。

 地上防衛隊も整備班も通信班も、ヴィーラパイロットも、ぎゅうぎゅう詰めになって壁にもたれている。

「全員そろったか?」

 前方の壇上で、ハイルトンが、書類を片手にだるそうに首を巡らせた。

 隣にはキヌアとリーサ。二人とも表情を崩さないまま、端末と隊列に目を配っている。


「では、大本営からの通達を共有します」

 キヌアが、手元の端末を見ながら読み上げる。

「“あくまで案の段階ではあるが、連合艦隊再編に伴い、各地ヴィーラ部隊の一部を西方前線艦隊へ派遣する方向で協議中”とのことです」


 ざわ、と小さな波が起こる。後ろのほうで、誰かが小声で「やっぱ噂マジかよ」と言った。

 アスミは、セリの隣に立っていた。背中にはひんやりとした壁。前にはハイルトンの顔。


「なお、現時点では“決定”ではありません」

 キヌアが続ける。

「具体的にどの基地から誰を、という話も、まだ確定していません。ただ——」

 ちらり、と一瞬だけハイルトンのほうを見る。ハイルトンは、めんどうくさそうに頭を掻いた。

「……ただ、まあ、“案”って言い方してる時点で、だいたい七割方決まりだと思っておいてくれ」


「司令」

 キヌアのツッコミが飛ぶ。

「本音を漏らさないでください」


「本音漏らさないと仕事続かないんだよこっちは。……ともかく」

 ハイルトンは、視線を隊員たちへ向けた。

「ここを空にして前線に出るのは、俺としては愚策だと思ってる。中立圏だからって北の境界線が勝手に静かになるわけじゃない。誰が見張るんだって話だ。だが、世界のほうが動いてるのも事実だ」


 ブリーフィングルームの空気が、静かに沈む。端末の通知音がひとつ鳴って、誰かが慌てて消した。


「だから、“行くな”とも、“行け”とも今は言わん。決まったら、その時はちゃんと話す。以上、現状報告だ」

 そう締めくくって、ハイルトンは書類を机にぽんと置いた。

「質問は?」


 手を挙げる者は、いなかった。代わりに、退出のざわめきの中で、小さな本音があちこちから漏れる。

「……行ってほしくねえな、正直」

 マルコ伍長がぼそっと言い、隣にいた若い隊員がうなずく。

「でも、どこかで誰かが前に出なきゃ、この戦争終わんねえしな。言いたくねえけど」

「せめて、“うち”からは誰も行きませんでしたって顔したいですけどねー」

 整備班の誰かが冗談めかすと、ラルフがすかさず肩を小突いた。

「お前さ、そういうとこ洒落になんないんだよ」

「いやでもさあ」

「でもじゃねえ」

 笑いとため息の中で、アスミは黙って立っていた。

ハイルトンの「誰が見張るんだ」という言葉も、マルコの「行ってほしくねえな」も、胸のどこかに残っている。


 “誰が”

 自分か、誰かか。自分たちか、別の基地か。まだ具体的な名前は、どこでも出てこない。

 それでも、肌が先に分かってしまう。

 ……たぶん、私たちだ

 セリが隣で小さく息を吐く気配がした。きっと同じことを思っている。


 *


 夜、点呼も終わってから、アスミは一人で格納庫に寄った。

照明は半分落ちていて、自分のヴィーラだけが、天井のスポットライトを浴びて銀色に光っている。機体の足元には、ラルフが置いていったらしい工具箱が、きちんと閉められて並んでいた。


「……」

 機体の前に立つと、不思議と落ち着く。金属の匂いと、油の匂いと、まだ微かに残っている空の匂い。

 この機体で、北の空を何度も飛んだ。

 避難列を護衛して、境界線をなぞるように飛んで、時々撃ち落として、時々守り切れなくて。


 ここに残って、境界線を守る自分を想像してみる。

 今まで通り、雪と雲と中立圏の街を見下ろしながら飛ぶ自分。

 ナイルとハルが、冬を越して春を迎えるのを、ここから見守る自分。


 ……艦隊で、空を切り開く自分同時に、それとは別の映像も頭に浮かぶ。

 ニュースの中の西方会戦。海の上の艦隊。見たことのない敵機。新兵器。

 その中を、この機体で飛んでいる自分。

 知らない街と、知らない人を守るために、知らない空域へ飛び込んでいく自分。

 どちらも、自分で。どちらも、自分じゃないみたいだ。


「……行ってほしくないけど、行かなきゃ戦争終わらない、か」


 マルコの言葉を、真似して口にしてみる。声は小さくて、機体に吸い込まれていった。

 北方第七基地は、相変わらず雪と風とため息の匂いがする。

 遠い無線室のほうから、夜勤の交信音が微かに混じってくる。どこかで扉が閉まる音がして、格納庫の空気がひとつだけ揺れた。

 世界のほうが、本気で動き始めている。その波がここに届くまで、きっとそう時間はかからない。

 アスミは、ヴィーラの脚にそっと手を置いた。


「……どこにいるんだろうね」

 誰にでもなく、機体にでもなく、たぶん自分自身に向けて小さくつぶやいた。


 その言葉は、格納庫の冷たい空気に紛れて、静かに消えていった。



本作の本文・設定・登場人物・固有名詞・世界観・構成を、作者の許可なく転載、複製、翻案、要約転載、データセット化、AI学習・機械学習・生成AIサービスへの入力、解析、再配布に利用することを禁じます。


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