第2部 城塞都市ガルタン
第1章 空腹と喧騒
広い空、白い雲、そして心地よい風が吹いている。
ある1人の青年が森を出て新たな世界を求めて旅立った。
その青年が地面に大の字で寝ている。
ゼム「腹が減った…。森にいた頃は、食べるには困らなかったのに…平原には何も居ない…」
真上をみると、太陽を雲が隠しながら、流れている。
ゼムのお腹が鳴る。
ゼム「やばいなー餓死とかシャレにならん。」
ガキーン!ガシャン!
近くで、何やら只事ではない音が鳴った。
ゼムは、ゆっくりと起き上がり音の鳴る方を向く。
そこには、馬車が狼の魔物に襲われており、商人らしき人が慣れない剣を振って、対応していた。
ゼム「……ウルフの肉…食べたい」
ゼムは緑、赤、青の光球を作り出す。
ゼム「我に速度を与えよ。ウィンドサポート」
ゼムの緑の光球が風に姿を変え、身体の周りに巻き付くように風が起きる。
次の瞬間、風のように馬車の方へ走り出した。
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馬車では1人の中年男性が慣れない剣を持ってウルフに振り回していた。
中年男性「来るな来るな!この馬車の荷物は俺のだ!」「ちくしょう!護衛代をケチらなければ、こんなことには…」
ウルフも痺れを切らして、3匹程度が中年男性に同時に襲いかかる。
中年男性「あ……ここで終わりか…」
その時、強い突風が中年男性を駆け抜け、ウルフを吹き飛ばした。
そこには、長い黒髪を後ろに束ねた青年が居た。
青年「ウルフ…見つけたぜ!3日振りの飯だぁ!」
青年は風を纏い、ウルフに突進する。そのとき、青年の手元に白くて細長い物が見える。
中年男性「あれは…?短剣?いや、それにしちぁ細過ぎる。」
青年の背中にある赤い光球が白くて細長い物に吸い込まれる。白くて細長い物は、赤いオーラを纏っていた。
青年「バーン・タクト!」
青年が赤く染まった細長い物を振ると、炎が発生し、先程の3匹のウルフを巻き込んだ。
ウルフはあまりの熱さに逃げようとするが、逃げ切れず、焼け焦げてしまった。
青年「やべっ…火力が強すぎた…」「もう限界だぁ…」
青年は、力無く倒れてしまった。
中年男性は、急いで青年の元へ駆け付ける。
中年男性「あなた!大丈夫ですか?」
青年「腹が減ったぁ…」
中年男性はクスりと笑うと、
中年男性「任せてください!」
と言い、青年を馬車に乗せ、馬車から食料を取り出し料理を始めた。
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青年は、香ばしい匂いで目を覚ます。
馬車の幌の間に料理が見えた。
青年は馬車を飛び出して、その料理の前に立った。
中年男性「お!起きましたか!」
青年「これ食べてもいいか?」
中年男性「もちろんですとも!たくさん食べてください!」
青年はその言葉を聞くと、ガツガツと食べ始めた。
青年「うめぇー!」
中年男性「口に合って、なによりです。」「自己紹介していませんでしたね。私の名前はトム・ポート、しがない商人です。」
青年「俺は、ゼム・マイスターだ。」
トム「間違ってたらすみません…マイスターって名前は、賢者様と同じですよね?もしかして、関係者ですか?」
ゼム「……一応弟子だ。」
トム「これは!なんという縁でしょう!仲良く致しましょう!」
トムは手を握りながらはしゃいでいた。
ゼムは戸惑いながらも、軽く笑っていた。
第2章 城塞都市ガルタンへ
トム「それにしても、なぜこんな所に?」
ゼム「賢者様が、世界を見てこいって。それで都市を目指して歩いてたんだが…腹が減って参ってたんだ。」
トム「賢者様の弟子でも空腹には勝てないんですね!」「なら、私と一緒に近くの街に行きませんか」「私は、護衛が手に入り、あなたは都市に着く。一石二鳥です。」
ゼム「だいぶ、やり手の商人様だな。」
トム「フフフ…褒め言葉として受け取っておきます。」
ゼムとトムは荷物をまとめ、馬車に乗り移動する。
青い空に、鋭い日差しの太陽、トムは御者席に座り、ゼムは後ろの荷台に座っていた。
ゼム「馬車というのは良いもんだな。たまにはのどかに行くのも良い。」
トム「そのとおりです!世界を旅して、新たな物を発見し、それを高く売る。そして、そのお金でまた世界を旅をする!これぞ我が生き甲斐!」
ゼム「そういう生き方も良いな…」
トム「それで?都市で何をするつもりなんですか?」
ゼム「……特に考えてないんだ」
トム「そりゃあ良い!まだお若いので、よく考えると良いでしょう。寄り道もまた人生です。とりあえず、冒険者ギルドにでも入ってお金を稼いで見るのが良いのでは?」
トム「そうだな…とりあえずそうするか…」
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トム「着きましたよ!」
ゼムは荷台から外を見る。
そこには、重厚な壁、そして中央には砦のような建物が見えた。壁の一部が扉になっており、鉄製のようだった。
トム「ここが、城塞都市ガルタンです!」「ここは、他国との国境が近く、この国アイリス王国の守りを担っております。」
ゼム「アイリス王国…?」
トム「???ゼムはもしかして、世界の基本知識をお持ちでないのですか?」「あとで、教えましょう。」「とりあえずは、検問を抜けないといけませんね。」
トムとゼムを乗せた馬車は、城塞都市の鉄の門に向かった。
衛兵「止まれ!貴様、何をするつもりでここに赴いた!」
トム「ただのしがない商人です。これが証明書です。」
証明書を見ると衛兵の顔が変わる。
衛兵「ポート商会の方でしたか!?いつも貴重な品をありがとうございます!それで、後ろの方は?」
トム「あー…新しく雇った従業員でゼムと言います。昨日、身分書を燃やしてしまって…とりあえず、冒険者ギルドで冒険者証を発行してもらうまでは、私が保証人になりますよ。」
衛兵「承りました!ポート商会であれば問題ないでしょう。」
衛兵が書類にスラスラと書き、後ろの隊長のような人に事情を話している。
衛兵「許可が取れました!ようこそ、城塞都市ガルタンへ!」
衛兵がそう言うと、鉄の門が開き、街の中が見えた。
街の中では、様々な商人が声を出して呼び込みを、子供ははしゃぎ走り回る。とても活気があった。
ゼム「意外と有名人なんだな…?」
トム「こんな仕事を長年やってると、嫌でも有名になりますよ。」
ゼムとトムを乗せた馬車が街の道を進んでいると
子供「あー!ポート商会だ!異国のおもちゃとかあるのー?」
トム「もちろん!また仕入れて来たので親とまた来てね!」
子供は頷いて、向こうに走っていった。
ゼム「子供も居ないのに、子供に好かれるとは…」
トム「ほっといてください!」
トムは頬を膨らませて怒るフリをする。
ゼムはそれにつられて笑いながら、馬車に揺られていた。
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トム「今日から宿はここになります。ゼムの分のお金は支払ってますので、好きに過ごしてください。」
ゼム「いや、そこまでお世話になるには…」
トム「いいんです!私はゼムに命を救ってもらった。ゼムの生活が安定するまでは、サポートさせてもらいます!それに…」
ゼム「それに?」
トム「賢者の弟子なら、今の内に仲良くしといた方が得だと思いまして!」
ゼムは、苦笑いをしたがトムが本当にいい奴だなと再認識した。
トム「それじゃ、ここで食事でもとって冒険者ギルドにでも行きますか。」
トムとゼムは、宿屋「妖精の宿り木」に入った。
宿屋内では、豪快な女将さんが出迎えた。女将さんはサラと言い、恰幅のあるまさに肝っ玉お母さんみたいな人だった。
サラ「トム!久しぶりじゃないか!相変わらず、胡散臭い顔してるね!」
トム「胡散臭いとは、酷すぎます…」
サラ「早くパートナーを見つけるんだね!あら?後ろのイケメン君は誰だい?」
ゼム「ゼム・マイスターと言います。トムとは道中に会いました。」
サラ「マイスターというと、あと慧眼の賢者ローレン・マイスターの関係者かい?」
ゼム「一応、弟子です。」
サラ「なんとまあ!立派だねぇ!ここの宿は一度賢者様が宿泊されてね。そのとき、宿の名前もつけてもらったのさ!」
トム「申し訳ないですが…食事を頂けませんか…?」
サラ「すまないねー!すぐに準備するから適当に座って待っといてくれ。」
ゼムとトムは座って、食事を待つ。
トム「相変わらず豪快なお人です。」
ゼム「でも、何だか安心するな」
トム「それが不思議なんですよ…」
すると、厨房の奥から大皿2枚を抱えたサラがやってくる。
サラ「お待ちどうさん!今日はウルフ肉のステーキだよ!私の奢りだからたくさん食べな!」
トム「おお!ヨダレが止まりません!」
サラ「トムはちゃんとお金は払ってくれよ」
トム「それは、聞いてないです…」
宿屋では、笑いが絶えなかった。
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料理を食べ終えて、宿屋を出たトムとゼムは街中を行きながら、ある建物の前に立っていた。
その建物は、3階建てで一階はホールのようになっており、奥には受付と見られる所があった。
トム「ここが、城塞都市の冒険者ギルドです。」
ゼム「冒険者ギルドってのはどんな所なんだ?」
トム「簡単に言いますと。ギルドってのは国の影響を受けない組織のことです。大きく分けて3つあります。住民の声を聞き、モンスターを討伐したり、お願い事を解決するのが冒険者ギルド、戦争とか紛争に部隊として活動する傭兵ギルド、世界の商工業を担う商工ギルドです。」「これらの活動に対して国の一定の取り決めはありますが、一方的に弾圧等はできません。」
ゼム「なるほど…国がルールをある一定は決めるが、その範囲でやるならば文句は言われないということか」
トム「そういうことになります。とりあえず、ゼムはここで冒険者証を作れば良いでしょう。世界共通の身分を証明するものになりますから」
ゼムは頷き、トムと冒険者ギルドの中へ入って行った。
第3章 冒険者ギルド
冒険者ギルドの中は簡単な酒場も兼ねているようだった。昼間から酒を飲んでいる冒険者らしき者もいる。
トム「目を合わせない方がいいですよ。絡まれると厄介です。」
トムはそう言うと、ゼムを連れて受付まで歩いて行った。
受付の女性「ようこそ、冒険者ギルドへ!仕事の依頼ですか?それとも、冷やかしですか?」
トム「冷やかしなんてヒドイですよ。ソルティちゃん。」
ソルティ「ちゃん付けはやめてください。身の毛がよだつので」
ソルティは笑っていない笑顔で応対していた。
ゼムが前に出る。
ゼム「冒険者として登録したい。登録を頼めるだろうか?」
ソルティ「冒険者としての登録ですね。このあと、簡単な実力審査がありますので、こちらの書類に必要事項をお書きなってください。」
ゼム「わかった。」
ゼムは書類に目を通す。
自分のプロフィールと冒険者ギルドへの登録に関する注意事項が書いてあった。
ゼム「これはどういう意味だ?」
ゼムが指さした先には、[冒険者ギルドの要請には、必ず応じなければならず、拒否が認められるのは冒険者ギルドが決めた実力者のみとする。]と書いてある。
ソルティ「それは、スタンピードとかが起きた際の冒険者ギルドとして、対応するときの根拠となるものです。」
ゼム「拒否できるようになるのは、どのくらいになれば良いんだ?」
ソルティ「明確な決まりはありませんが、銀ランク以上が対象となることが多いですね。」「ランクは上から白金、金、銀、銅、青銅、鉄、石となります。一人前と見なされるのは一般的に銅ランクと言われていますね。」
ゼム「わかった。なら早くランクアップしないとな。」
ゼムは、書類に自分の名前を書いて、ソルティに渡した。すると、ソルティの顔色が変わる。
ソルティ「ちょ…少々お待ち下さい」
ソルティはそう言うと、2階に走っていった。
ゼム「トムはあんな子が好みなのか?」
トム「ええっと…いつも塩対応なんですけど、たまに見せる笑顔がたまらないというか…」「って違います!」
ゼム「隠すことねーじゃねぇか」
ゼムは笑うと、そこに強面の男性が近づいてくる。
定番のように繰り出す
強面の男性「おうおう!なんかランクアップをささっとしねぇとな!とか言ってたみたいじゃねえか!実力を確かめてやるよ。」
強面の男性は、腰に着けていた剣を抜きゼムに振り下ろす。ゼムは身体を半身にして軽く避ける。
強面の男性「あーめんどくせぇな!」
強面の男性は、剣を振り回してゼムに迫ってくる。
ゼムは咄嗟にしゃがみ、足を払う。強面の男性を床に倒すと、タクトを取り出し、緑の光球を加えて風の刃を作り出し、風の刃を帯びたタクトを相手の喉元に突き立てた。
ゼム「ご指導、ありがとうございました。」
強面の男性が起き上がり、反撃しようとする。
そこに凄まじい声が鳴り響く。
???「貴様らぁ!何をやっとるんだ!!さっさと仕事に行け!!!」
ギルドの2階から身長が2メートルもありそうな男が降りてくる。筋骨隆々であり、顔には斜めに1本の大きなキズがある。そして、ゼムの前に立つ。
???「俺の名前はゴルドー、ここのギルドマスターだ。お前が、マイスターを名乗る者か?」
ゼム「そうだったら?」
ゴルドー「ふん…その皮肉めいた返しはあのジジイそっくりだ。俺の部屋に来い。」
そう言うと、ゴルドーは2階へと戻って行った。
トム「どうしますか?旦那?」
ゼム「誰が旦那だ…」
そう言うと、ゼムとトムは2人で2階へと向かった。
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ギルドマスターの部屋に入るとそこには、一振りの大剣が飾ってある。それ以外には机一つと応接用のテーブルとソファしかないという質素な造りだった。
ゴルドー「話は聞いている。」
そう言うと、ゴルドーは机の引き出しから1枚の手紙を取り出し、開いた。
すると、手紙から一つの映像が映し出される。そこに映っていたのはローレンだった。
ローレン「ゴルちゃん!久しぶり!そのうち、ワシの弟子のゼム・マイスターが行くから、査定とサポートよろしく頼むわい。あと、現時点でも戦闘力だけでも金等級はある。あのゴーレム3体を倒したと分かれば分かるじゃろう?ただ、経験があまりにも足りないので、しっかり経験を積ませてやっておくれ。じゃあ、よろしく頼むの!」
バスン!ゴルドーが大剣を振り下ろし、手紙を真っ二つにした。そして、何事もなかったかのように続ける。
ゴルドー「こう聞いている。」
トムは頑張って笑いを抑えている。
トム「ゴ、ゴルちゃん……」
ゴルドーはトムを睨みつけるが、溜息をついて話し出す。
ゴルドー「まあいい…。とりあえず、手紙の通りだ。今からゼムの査定を始める。」
ゼム「そういうことなら…わかりました。」
そう言うと、ゴルドーは立ち上がり、振り下ろしていた大剣を持ち上げた。
ゴルドー「試験官は俺だ。お前の力を見せてもらおう。」
ゼムはそのゴルドーの圧力に身震いがするも、
ゼム「よろしく…お願いします」と返した。
そこに、ギルドマスターの部屋に聞き耳を立てる男が1人いた。
???「賢者の弟子、特別措置の査定か…面白い奴が入ってきたな」
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ゴルドーに連れられ、ゼムとトムは冒険者ギルドの地下の訓練場にやってきた。
ゴルドー「ソルティ!!」
ソルティ「分かってますよ。えい!」
訓練場内に結界が張られる。
ゴルドー「俺の渾身の一撃でも耐える結界だ。お前の全力を見せてみろ。」
トムとソルティは観客席に、ゼムとゴルドーは訓練場内で対峙する。
ゴルドー「さて、問答無用、なんでもありだ。俺に致命的な一撃を与えるか、膝をつかせたら勝ちだ。」
ゼム「分かりやすいな。」
そう言うと、ゴルドーは大剣を構え魔力を放出させる。
ゼムはニヤリと笑い、赤い光球を2つ、青、緑、土、白の光球を1つずつ背中に出す。
ソルティ「なんて、魔力制御力なの…?普通は2種類か、得意属性で同時に3つがやっとなのに…」
ゴルドー「おもしれぇ!」
ゴルドーは大剣を肩にかつぎ、突進する。
ゴルドーの巨体とは裏腹に、かなりのスピードだ。
ゼム『あの巨体、あのスピード、あの大剣で振り下ろされた一撃は、防御しても貫通されるな…』
ゼムの後ろの赤と青の光球を混ぜ合わせる。紫色の光球は、霧状に変化する
ゼム「ミストイリュージョン」
ゼムの周りに紫色の霧が立ち込め、ゼムの姿を消した。
ゴルドー「しゃらくせぇ!」
ゴルドーが大剣を横に振ると、紫色の霧は吹き飛ばされたが、拡散しただけだった。ゴルドーの周りを霧が立ち込める。
ゴルドー「やるじゃねぇか。だが、まだ甘えな!」
その場で大剣を横にして回転を始める。
ゴルドー「昇竜旋風陣!」
その回転が速くなり、中央から竜巻が現れ、紫色の霧を巻き上げていく。
紫色の霧が無くなったあとには、ゼムの姿はなかった。
ゴルドー「小僧!どこだ!?」
ゼムはゴルドーの背後に居て、その手には赤い炎を纏ったタクトが握られている。
ゼム「バーンスラッシュ!!」
ゼムの炎が刃となり、ゴルドーに炸裂する。ゴルドーは大剣を盾にして受けるが、かなりの距離を吹き飛ばされる。
ゴルドー「ちくしょう!」
ゴルドーは反撃しようとするが、足が動かない。
ゴルドーの足元は泥のようになっており、足がはまっている。
ゴルドー「く!」
ゴルドーがゼムの方に向くと、ゼムはタクトをかざし、緑と白の光球を混ぜ合わせている。
ゼム「ライトニングスピア!!」
ゼムのタクトから、雷の矢が放たれる。
雷の矢はゴルドーに直撃し、ゴルドーは膝をついてしまった。
ゴルドー「てめぇの勝ちだ…」
ゼムがゴルドーに歩み寄る。
ゼム「ありがとうございました。」
ゴルドー「てめぇ、全部計算してやがったな。」
ゼム「何のことでしょう?正直、ギリギリでした…」
ゴルドー「お前は本当に賢者の弟子だよ。全く…」
拍手と共に、トムとソルティも降りてくる。
トム「旦那ぁ!流石です!」
ソルティ「お疲れ様でした。訓練場を片付けるので、退出願います。」
ゼムは、トムと共に訓練場を後にした。
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査定が終わり、冒険者ギルドの一階の受付でソルティから呼び出される。
ソルティ「査定お疲れ様でした。査定の結果、異例ではありますが、ゼム様は銅等級からのスタートになります。」
ゼム「え?石等級じゃないのか?」
ソルティ「ギルドマスターの決定です。しかしながら、冒険者としての下積みをさせるために、最初の3ヶ月は石等級のクエストのみの受注になると聞いてます。」
ゼム「それなら、納得だ。ありがたく受け取っておくよ。」
ゼムはソルティから銅製の冒険者証を受け取り、冒険者ギルドからあとにした。
トム「それで、旦那!宿屋に戻るんですか?」
ゼム「そうだけど…その旦那っていう呼び方はどうにかならんのか?」
トム「いやいや、命を救ってもらったときとあの戦いぶりを見てたら、旦那って言いたくなりますよ。」
ゼムとトムは笑いながら宿屋へと歩いていった。
その姿をある男性が見ている。
男性「あれが、賢者の弟子か…俺の夢のためにもあいつは使えそうだな…」
第4章 冒険者活動!
トム「そういや、忘れてました!」
トムはゼムの前に世界地図を広げる。
トム「この世界の簡単な説明を致しましょう。まず、この世界はアレジアと呼ばれています。このアレジアを大きく分けている6つの国があります。北に鉱山国家ドワンゴ、大陸中央部にアイリス王国、南には森林が広がっており、森林中立国フルムーン、西には、魔皇国タルタロスがあります。そして、ここの城塞都市ガルタンはアイリス王国と魔皇国タルタロスの国境に位置してますね。あとは、アイリス王国の東にはパルス帝国、南東にマヤミール諸国連合が位置しています。」
ゼム「なるほどねぇ…地理的にアイリス王国が一番挟まれて居るな…」
トム「その通りです。一応、魔皇国とは不可侵条約を交わしてはいますが、魔族ですからね…警戒は解けていませんね」
ゼム「ありがとう。よく分かったよ。」
トム「お役に立てて何よりです。」「あと、私は、この後店の準備をしないといけないので、別行動にさせて頂きます。」
ゼム「わかった。何かあれば、また頼らせてもらうよ。」
トム「それでは!」
トムが宿屋から出ていった。
ゼム「何をしようかな…とりあえず、冒険者ギルドに顔を出して、金でも稼ぐかな…」
ゼムはそう言うと、立ち上がり宿屋を出ようとすると、
サラ「あら?お出かけかい?弁当持っていきな!初仕事頑張りなよ!」
ゼムは弁当を受け取り、宿屋を出ていった。
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冒険者ギルドへ着くと、受付に向かった。
ソルティが無表情な顔で淡々と受け答えをする。
ソルティ「冒険者ギルドへようこそ。ゼム様は本日が始めての仕事ですね。あちらのボードに依頼が貼ってありますので、受ける依頼の紙をこちらにもってきてください。」
ゼム「ありがとう」
ゼムはソルティに言われたまま、ボードの前にやってきた。
ゼム『確か、最初の3ヶ月は石等級のみだったな…』
ゼムはボードに張り出された依頼をみる。
人探し、ドブ攫い、畑仕事中の護衛、薬草採取、ゴブリンの討伐と様々だった。
ゼムが考えていると、後ろからある男が話しかけてくる。
男性「ひょっとして、始めてかい?選り好みせずに何でも受けてみるといいぜ!」
ゼム「そうなのか?」
男性「そりゃあそうよ。こういう地味な依頼をやって、住民の信頼を獲得するのも冒険者の仕事さ」
ゼム「そうか…」
ゼムは人探し、ドブ攫い、ゴブリンの討伐の3枚をボードから剥がした。
男性「上手くいくといいな!」
ゼム『いい奴だな…』
と思い、会釈して受付でソルティに渡した。
ソルティ「人探し、ドブ攫い、ゴブリン討伐ですね。承りました。期限はそれぞれ1週間以内ですので、依頼人とコンタクトしてから、仕事を開始してください。」
ゼムはソルティから依頼人の住所を受け取り、冒険者ギルドを後にした。
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人探しの依頼の対象は子供だった。何でも、数日前から帰らないそうだ。依頼人から子供の身につけていた服をもらい、依頼人の家を後にした。
次に赴いたのは、ドブ攫いの依頼人のところだった。街の本通りの裏の水路が淀んでいるそうだ。
ゼムは、ドブを攫う水路に着いた。
ゼム「これなら、なんとかなりそうだ。」
ゼムは水と黄色の光球を生み出した。
ゼム「ウォーターボール」
ゼムの青い光球が水路の淀んだ水に溶け込まれ、淀んだ水を含んだ水の球になった。
ゼム「サンドプレス」
ゼムの黄色の光球がボールの中に入り、ドブを四角い塊に固めた。
そして、その塊を街の外に浮遊魔法で浮かべ、街のゴミ捨て場の土の中に埋めた。
ゼム「これで、依頼の一つは終了だな。」
ゼムはドブ攫いの依頼人に依頼完了を報告した。依頼完了の証文をもらって後にした。
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一仕事を終えて、先の人探しの依頼を遂行するため、預かった依頼人の子供の服に白い光球を混ぜた。
ゼム「ストーキングシャイン」
預かった服がほのかに光り、光の筋が伸びていた。
ゼム「あとは、この光を辿っていけば依頼人の子供に会えるな。」
ゼムは辿っていくが、城塞都市の外に続いているようだった。
ゼム「しょうがない、外に出てゴブリンもついでにやってしまおう。」
ゼムはそう言うと、城塞都市の外に光が示すままに歩いて行った。
ある男性「あれは…?さっきの新人か?この時間に外に行くのは危険だぞ…?」
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光の先には洞窟が見えた。洞窟の入り口にはゴブリンが見える。
ゼム「依頼人ノ子供はゴブリンに攫われたのか?これこそ、本当に一石二鳥になりそうだな。」「しかし、人を攫うゴブリンか…無策で突っ込むと返り討ちにあっても仕方がないな…」
そこに、頭上から黒い影が現れる
???「お困りかい!?」
ゼム「びっくりした!」
そこに居たのは、冒険者ギルドで話しかけて来た男だった。
男「いやー驚かせるつもりはなかったんだが…あんたが城塞都市の外に行くのを見かけてな…気になって追いかけたのさ」「俺の名前はジェイコブ、ジェイって呼んでくれや」
ゼム「そうか、助かったよ。ゴブリン討伐と探し人を同時にやろうと思ってたんだ。」
ジェイ「そりゃあいいことだ。なら、あんたはこのまま一人で洞窟に行っても、返り討ちに合うかもということで立ち往生してたわけだな!いい判断だ!」
ゼム「どうやって、攻めたものか…」
ジェイ「なら俺の専売特許だな…」
ジェイの後ろから黒い球体が現れ、ジェイの身体に入る。
ジェイ「シャドウゴーイング」
ジェイの姿が消え、黒い影が洞窟の方へ伸びていった。
ゼム「あの扱いの難しい黒の魔力を自分の身体に融合させて、影に姿を変えるとは…」
しばらくして、影が戻ってくる。
ジェイ「ただいま、中の様子を見てきたぜ。」
ゼム「もう見てきたのか?早いな」
ジェイ「迅速に、狡猾にが俺の仕事だからな。」
「中は基本一本道の洞窟で途中数本に分かれて部屋がある。一番奥には、ハイゴブリン、そして囚われた子供達が4人程居たぜ」
ゼム「なるほど…伏兵の可能性が少ないなら正面から行こう。ジェイは影に潜んで子供達を助けてくれ。俺は派手にあいつらを陽動する。」
ジェイは目を丸くする。
ジェイ「あんた?指揮した経験は?」
ゼム「ないな。でも戦術については誰よりも学んでいる自負はある。」
ジェイ「乗った。」
ゼム「さぁ、子供達を助けよう。」
第5章 人探しとゴブリンと新たな仲間と
ゼムは黄色の光球を2つ、緑と赤の光球を生み出す。
ジェイ「こんな簡単に生み出せるなんてな…」
ゼムは黄色の光球を2つ組み合わせ、それを地中に沈める。
ゼム「グランドスライド」
すると、地面が小刻みに揺れる。洞窟内ではギーギーと声がする。
ゼム「さて、地震が起きたらまずは入り口から出ようとするよな?」
洞窟の入り口にゴブリン達が向かってくる音がする。
そこに、緑の光球が風の矢となり、出てくるゴブリンの頭を精確に打ち抜いていく。
15体ぐらいが入り口で倒れている。
ジェイ「じゃあ、俺はお姫様達を助けにいくぜ」
そう言うと、影に姿を変え、中に入っていった。
ゼムは入り口で赤の光球を変化させる。
ゼム「フライングトーチ」
赤の光球は、火の玉となり、洞窟内を明るく照らす。
ゼムは新たに白、緑、黄色の光球を背中に出して、洞窟内を進みだした。
ジェイの下調べの通り、洞窟は一本道になっていた。道中、ゴブリンが数匹現れたが、風の刃を宿したタクトで薙ぎ払う。
一番奥の広い部屋についた。
そこには玉座っぽい所に座った。ゴブリンが居た。
風貌からハイゴブリンのようだった。その傍らには子供達3人が縄で縛られている。
ハイゴブリンが傍のゴブリンに目配せすると、子供達に剣を突き立てる。
ゼム「人質のつもりか?」
ハイゴブリンはニヤリと笑うと、玉座から降り大きな棍棒をもって、近づいてくる。
ゼム「やれやれ…ゴブリン風情が浅知恵をつけやがって、勝てないなら人質作戦とは小者だな、お前」
ハイゴブリンは言葉の意味がわからなかったが、馬鹿にされていることはわかっていた。
ハイゴブリンは大きな棍棒を振り上げ、ゼムに振り下ろす。そのとき、ゼムの後ろの白い光球が強く光り、ハイゴブリンと人質に剣を向けるゴブリンが目を眩ませる。
その後は、一瞬だった。ジェイが人質に剣を向けるゴブリンの首を短剣で簡単に切断し、ゼムが黄色の光球を身体に宿し、土の魔力により身体強化による重い一撃をハイゴブリンの顔面に炸裂させた。
ハイゴブリンは、吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。
ジェイが姿を現す。
ジェイ「さあさあ、お姫様方、怖いゴブリンちゃん達は居なくなりましたよー!大人しく言うことを聞いてね!」
ジェイとゼムは近づき、ハイタッチをすると、子供達を連れて洞窟の外に出た。
外に出て、子供達を休ませると、ゼムは青い光球を生み出した。
ゼム「ウォータークリーン」
青い光球は水に姿を変え、子供達を包みこんで、身体の汚れを取り去った。
ゼム「さらに、ドライヒート」
赤の光球が温かな火となり、子供達の濡れた身体を乾かしていく。
ジェイ「お前、良いクリーニング屋になれるよ」
ゼム「それは、しんどすぎる…」
小綺麗になった子供達は心を開いたのか、一人が話しかけてくる。
子供「ありがとうございました。私は城塞都市ガルタンの領主の息子のサンドです。このお礼は必ず」
ゼムはそれを聞いて
ゼム「まずは、家に帰ろうか。両親が心配しているからね。報酬なんて二の次さ…」「俺が探してたのはミラという女の子なんだが…?」
女の子「私がミラです。」
ゼム「そうか!俺が依頼を受けたのは君の両親なんだ。家族の所まで送り届けるよ。」
ゼムが笑顔で話すと、ミラは顔を逸らしてしまった。
ジェイ「いやーこれは天然たらしだわ」
ゼム「何のことだ…?」
ジェイ「無自覚か…これは前途多難だぜ…」
ゼムとジェイと子供達は城塞都市に戻って行った。
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衛兵に事情を話して、子供達を送り届けるように頼んだゼムとジェイは冒険者ギルドにて、活動報告をしていた。
ソルティ「ゴブリンの討伐と言いましたが、ゴブリンの巣の破壊は依頼内容ではありませんよ。」
ゼム「いやぁ…成り行きでそうなっちまってさ…」
ソルティ「まあ人探しの行き先がゴブリンの巣なんて、普通はありえませんが…」
ジェイ「大丈夫だって!ソルティちゃん笑ってよ!」
ソルティがジェイを睨みつけると、溜息をついてお金を出す。
ソルティ「それでは、これが報酬の金貨1枚です。」
ゼム「金貨の価値ってどれくらいだ?」
ソルティは溜息をついて、説明を始めた。
ソルティ「この世界では共通で同じ通貨が流通しており、白金貨、金貨、銀貨、銅貨があります。パン一つが100銅貨ぐらいです。1銀貨は1000銅貨、1金貨は100銀貨、白金貨は10金貨となります。」
ゼム「なら1金貨は10万銅貨ということだな?」
ソルティ「その通りです。頭が良い方で助かりました。」
ゼムとジェイはソルティに別れの挨拶をして、冒険者ギルドの外に出た。
ジェイ「よし!ゼムの初仕事終了を記念して飲みに行こうぜ!」
ゼム「お前は奢ってもらうつもりだろ?」
ジェイ「バレた?まあ俺も少しだすから行こうぜ!」
ジェイがゼムを半ば強引に酒場へと連れて行った。
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ゼムとジェイ「カンパーイ!」
ゼムとジェイは同時にエールを飲む。
ジェイ「仕事終わりのエールは最高だぜぇ!」
ゼム「確かに、これは上手いな。」
ジェイ「それで?何をしにここに来たんだ?賢者の弟子殿?」
ゼムは目を丸くする。ジェイに賢者の弟子と話したことがないからだ。
ゼム「なぜ?知っている?」
ジェイ「いやぁ、俺は影に潜るのも好きだが、人の話を聞いて推測するのも好きなんだよ。」
ゼム「それは、悪趣味だな…」
ジェイ「情報は命なんでな。情報を制する者が戦場を制すってのが俺の信条なのさ」
ゼム「それは、その通りだな。あのゴブリンも洞窟の構造がわかっていなければ、やられてたかも知れん。」
ジェイ「そういうことさ!それで?俺の質問の答えは?」
ゼムは少し黙るが、どうせ知られることだからと諦めて話し始める。
ゼム「師匠の最後の修行で、世界を見てこいってさ、そして何を為すべきかを見極めろってさ」
ジェイ「なるほどな…かなり抽象的で難しい問題だな。それで何か見つかったのか?」
ゼム「まだ何も見つかってない。」
ジェイ「それならよかった!そこで提案なんだけど聞いてくれるか?」
ゼム「嫌と言っても続けるんだろ?」
ジェイ「バレたか」「今日の戦いで、俺たち相性良いと思うんだ!俺と組もうぜ!」
ゼム「能力の相性も良いし、こっちとしては有り難い話だが、何が狙いだ?」
ジェイは少し真面目な顔になって話し始める。
ジェイ「俺は、孤児だ。ある村に住んでたんだが、両親は昔盗賊に殺されちまった。当時は盗賊を恨んでいて、強くなろうとやってたんだが、その盗賊がまた違う盗賊にやられたと聞いてな…」
ジェイ「そのとき、思ったんだ。復讐というより、俺のような孤児を出さないようにするのが良いんだろうと。そして、思いついたのが各村を巡回する傭兵団の設立だ!各村から雇われて赴き、その周辺の魔物や盗賊を討伐し、去っていく。その傭兵団の設立が俺の夢なんだ。」
ゼム「団員数は?」
ジェイ「ゼロ!」「まあでも、同じ志を持つ仲間じゃないと楽しくないからな。気長に集めようと思うよ。」
ゼム「傭兵団として、世界を周り各村を救うか…いい話だ。」
ジェイ「だろう?俺と一緒に設立しようぜ!」
ゼム「わかったよ。俺も世界を見て回りたいからな。」
ジェイ「交渉成立!よろしくなゼム!」
ゼム「よろしくなジェイ!」
夜の酒場で密やかに傭兵団が結成された。これが後の世を救う“傭兵団”になることを今は誰も知らない。
第6章 領主の誘い
次の日、宿屋で目が覚めたゼムは簡単に顔を洗うと宿屋の一階に降りてきた。
サラ「お早うさん!昨日は初仕事に初飲みかい?」
ゼム「昨晩は遅くなって申し訳ない。」
サラ「良いってことよ!それも冒険者さね」
トムが宿屋に入ってくる。
トム「私も誘ってくだされば良かったのに!」
ゼム「悪かったよ。仕事で馬の合う仲間と出会ってね。」
???「それは俺のことかい?」
影からニュルッと出てきたのはジェイだった。
トムがびっくりして、椅子から転げ落ちる。
トム「なんですか!この人は!?」
ゼム「ジェイだ。昨日飲んだ人だよ」
ジェイ「お見知り置きをトムさん。この度、ゼムと傭兵団を組むことになってね…」
トムは椅子に座りなおした。
トム「その傭兵団の話し詳しく聞かせてもらっても…?」
ゼムとジェイは傭兵団の設立の目的や夢について話した。
トムはハンカチを片手に涙を流していた。
トム「非常に素晴らしい傭兵団です。私がポート商会を立ち上げたのは各地の貧しい子供達が異国の珍しい商品をみて、夢を持って欲しいと思ったからです。この傭兵団は直接的に村を救い、子供達の夢を守る…なんて素晴らしいのでしょうか。」
ジェイ「そこまで言われると照れちまうぜ。」
トム「是非とも、我がポート商会にこの傭兵団の設立のための出資とお供をさせて頂きたい。いや、させて頂きます!」
ゼム「いいのか?まだ団員は2人だぞ?」
トム「良いのです!これは何かの運命なのです!賢者の弟子が各地を救う傭兵団を設立するなど、出来すぎた話です。」
ジェイ「そういうことなら、傭兵団の設立まであと少しだな!」
ゼム「設立は傭兵ギルドに行けば良いんじゃないのか?」
ジェイ「傭兵は一人でもなれるけど、傭兵団を名乗るには、団員は最低でも6人、設立金が必要だ。」
トム「設立金は私が出資しましょう。」
ゼム「なら、あと最低でもあとトムも含めて3人は必要なのか…」
ジェイ「そういうことだ!さぁ今日も団員探しだ!」
すると、そこに衛兵が物々しい雰囲気でやってくる。
先頭に立っているのは、美しい顔付きで金髪の女騎士だった。
女騎士「私の名前は、サリイ・アドバーン、領主よりの遣いでここに参った!ここに、昨日領主の息子であるサンド様を救った冒険者が居ると聞いている!」
ゼム「自分がそうだが?」
サリイ「その方か!領主様がそなたに御礼が言いたいそうだ。悪いが、領主邸までお越し頂いてよろしいかな?」
ゼムは、ジェイとトムと顔を見合わせ言う。
ゼム「分かりました。私とジェイ、トムの3人で伺わせて頂きます。」
サリイ「了解した!私は先に戻る。領主邸に着いたら衛兵に私の名前を出すと良い。」
そういうと、サリイは凛とした姿勢で宿屋を後にして行った。
ゼム「何というか自信たっぷりの女性だったな…」
ジェイ「ゼムはあんな子がタイプなのか?」
ゼム「違う!」
トム「私も一緒でよかったのですか?」
ゼム「これの手柄は傭兵団設立の足掛かりになると見た。ただの勘だけど…」
ジェイ「直感は信じた方が吉だな」
ゼム、ジェイ、トム達は領主邸に向けて足を運んだ。
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城塞都市ガルタンの領主邸は質素なものだった。確かにお屋敷の形をしているが、最小限の装飾をしているだけだが、何故か品のある建物だった。
ゼム、ジェイ、トムは領主邸の衛兵にサリイの名前を出すと、衛兵が入り口に合図を送る。すると、領主邸の玄関からサリイがやってきた。
サリイ「ようこそ、領主邸へ。私が案内しよう!」
そう言われ、ゼム、ジェイ、トムは領主邸の応接室に通された。
そこに、端正な赤い髪を携えた1人の男性がやってくる。痩せてはいるが、眼光は鋭かった。
男性がゼム、トム、ジェイの座るソファの向かいに座った。その後ろにサリイが立っている。
男性「この度は、我が息子サンドをゴブリンより助けてくださり、ありがとう。私は城塞都市ガルタンの領主をしているサンドレイク・ガルタンだ。」
ゼム「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。元々は別の依頼の際にたまたま助けただけですので…」
サンドレイク「そうなのか…サンドから話は聞いておるよ。かなりの魔法の使い手だとか?」
ゼム「そんな、大したことはないですよ。」
トム「ここに居るゼムはかの慧眼の賢者の孫であります。」
サンドレイクが目を見開いてゼムを見る。
サンドレイク「まことか?」
ゼム「はい、一応賢者の弟子です。」
サンドレイク「そうだったのか…して、この城塞都市には何をしに?」
ゼム「師匠より、世界を見てこいと言われており、その旅路の最中です。」
サンドレイク「ふむ…ならそちらの2人はお仲間かな?」
ジェイ「おうよ!今は傭兵団の設立に向けて頑張ってる最中さ」
サンドレイク「傭兵団か…」
そこに、サリイが耳打ちをする。
サリイ「領主様、報酬の話をしないと…」
サンドレイク「そうであったな!さて、息子を救ってくれた報酬だが…何か希望はあるかな?」
ゼム「ならば、傭兵団の団員を斡旋してください。」
サンドレイク「そんなんで良いのか?お金とかも用意するが?」
ゼム「私の目標は、傭兵団を設立し、各地の村を救うことです。お金はポート商会が出資してくれるので、問題はありませんよ。」
サンドレイク「若いとは思えない思慮深さだな…よかろう!団員の斡旋だが、我が領主邸で優秀だが扱いに困っている奴が2人居るのだ。そいつらを団員として雇ってもらえないだろうか?」
ジェイ「まずは、そいつらの実力を見ないと」
サンドレイク「…領主邸の訓練場にて、その2人と会わせよう。」
そう言うとサンドレイクは部屋を出て、何やら指示をしていた。
ゼム「新しい団員候補だな」
ジェイ「実力も必要だけど、あとは人間性だよなぁー」
ゼム、ジェイ、トムは応接室を後にして、訓練場に向かった。
---
訓練場には3人の姿が見えた。
1人は領主サンドレイク、先程居た女騎士サリイ、もう1人は屈曲な身体をしており、大きな盾を持つ巨漢の男だった。
サンドレイク「ゼムくん達待っていたよ。これが、オススメする2人だ。」
サリイと巨漢の男は会釈する。
サンドレイク「二人とも、十分な実力は持っているのだが、如何せんクセが強くて正直持て余しているのだ。」「サリイは、剣の腕や乗馬技術は卓越しているのだが、猪突猛進でな…」「もう1人のダンクは、この巨漢と大盾で味方を守る盾になれる素質があるのだが、かなりネガティブでな。自信がないんだ。」
サリイ「猪突猛進は自省出来てます!」
ダンク「どうせ、俺なんてただの大盾持ちなんですよ…」
ゼム「非常に面白いメンツだ…」
ジェイ「ああ!俺らの傭兵団らしくて面白そうだ。」
サンドレイク「それでは、試験でもするのか?」
ジェイ「ゼム、頼んだ」
ゼム「俺かよ!?」「うーん…なら俺の攻撃を避けて俺に一撃を当てたら勝ちで行こう。」
「あー…あと2人同時な。」
サリイ「私を相手に2人で来いなんて、買い被りすぎですよ。」
ダンク「2人なら勝てるかも…」
ゼム「どうでもいいから、かかってこい」
ゼムは背中に赤、青、黄、緑、白の光球を出す。
サンドレイクが目を見開く
サンドレイク「こやつ…!?賢者の弟子というのも伊達じゃないな」
ジェイ「はじめ!」
サリイが手始めに、剣を片手にゼムに斬りかかる!
サリイ「やぁー!」
それをゼムは半身で避ける。
サリイ「まだまだぁ!」
サリイの鋭い剣戟に対して、ゼムはタクトに黄色の光球を混ぜ、タクトを黒い鉄のようにして受ける。
サリイ「あなた、魔法も使えて剣も出来るなんて異常ですよ!」
ゼム「褒め言葉ありがとう…よっと!」
ゼムは大きくタクトを振り、サリイは大きく距離をとる。
サリイ「ダンク!前に出て!2人で行くよ!」
ダンク「わかった…!」
ダンクが大盾を前に出し、突進してくる。その後ろに、サリイが控えて、共に突撃している。
ゼム『考えたな…ダンクで魔法を受け、そのスキをサリイが仕留める作戦か…悪くない…』
ゼム「甘いな…」
ゼムの白い光球と緑の光球が混ざり合う。
ゼム「ライトニングウェブ」
ゼムの足元からからクモの巣のような雷が張り巡らせられる。ダンクはそれに、足を取られ突進が止まる。
ダンク「あぁ…動けない!」
サリイ「馬鹿!止まるな!」
サリイは急に止まったダンクの背中に顔をぶつけてしまう。
そのスキをゼムは見逃さなかった。
ゼム「その戦法は確かに有効だが、前方不注意ってやつだよ。」
ゼムの背中の赤い光球が光る。
ゼム「フレイムスパイラル!」
ゼムは炎を2人に放ち、ダンクとサリイは炎に飲まれる。
ジェイ「勝負あり!」「ゼム、解除してやれ」
ゼム「はいよー」
ゼムの青い光球が光る
ゼム「ヒールレイン」
燃え盛る炎に雨が振り、瞬く間に鎮火していく。
サリイ、ダンク「降参です。」
サンドレイク「素晴らしいものを見せてもらった。」
サンドレイクは拍手している。
ゼム「見世物ではないですが…」
サンドレイク「すまぬな…むしろ傭兵団とかではなく私に仕えないか?」
ゼム「うれしい申し出ではありますが…」
サンドレイク「うむ…残念だ。もし何か起きたら君の傭兵団に頼むとしよう。2人をよろしく頼む。」
ゼム「わかりました。有り難く受け取ります。」
こうして、ゼムとジェイに女騎士サリイと巨漢の大盾のダンクが加わったのだ。
第7章 教会と親心
領主邸を後にしたゼム達は、街に来ていた。
ジェイ「夢の傭兵団の結成まであと1人かぁ…」
ゼム「まあ、ゆっくり探すとしかないな。」
ダンク「それなんですが……」
ダンクが自信無さげな声で話し出す。
ゼム「誰も気にしてないから、大きな声でしゃべる所から始めような」
ダンク「すみません!あの…その…」
サリイ「誰か心当たりあるの?」
ダンク「この先の教会に、優秀なシスターだけど性格に難がある方がいらっしゃいます。」
ジェイ「なるほど…シスターらしくないシスターか…」「俺たちのような奴に合いそうだな。」
ゼム「とりあえず、1回会ってみようか。」
---
修道院についた。すると中から
???「お布施よりもしてほしいことあるんだけど…あるポーション何だけど、お願いを聞いてくださる?」
サリイ「何…?この甘い声は…?」
ゼム「これがシスターっぽくないシスターか…」
ゼムは教会の扉を開ける。
そこに居たのは確かにシスターの服装だが、長いスカートにサイドスリットが入っており、靴ではなくヒールを履いており、胸元を開けてその豊満な胸の谷間を見せていた。
シスター「さあ、祝福をかけるわね…目を閉じて…」
シスターの背後に大きな白い光球が現れる。それが信者の身体に溶け込み、傷を癒していく。
シスター「終わったわよ♡ポーションよろしくね♡」
そう言われた信者は目をハートにしながら出て行った。
ゼム『あの白い光球は中々のデカさだった。魔力制御能力がずば抜けている…』
シスター?「あら?お客様かしら?何のようですか〜?♡」
そこに別の40代くらいの熟練のシスターがやってくる。
熟練シスター「こら!クララ!なんて声でお迎えしているの!?」
クララ「すみませ〜ん。なんかイケメンさんが来たのでつい…」
クララはそう言うと、ゼムの方にカツカツと歩いてくる。
クララ「近くで見るとやっぱりかっこいいわね〜♡」
と、指でゼムの胸のあたりをツンとして、誘惑する。
熟練シスター「こら!あんたはあっちに行ってなさい!」
クララはゼムにウインクして、その場を去っていった。
熟練シスター「すみませんね…うちのシスターが…私はレムと申します。当教会のシスターの長です。今日は何用ですか…?」
ジェイ「あのクララっていうシスターに会いに来たんだ。」
レムは目を丸くする。
レム「はぁ…それはもの好きで…」
ゼム「今、俺は傭兵団を立ち上げようとしている。そこで、クララの噂を聞いてやってきたんだ。」
レム「そういうことですか…」「なら、クララに一度お尋ねになってみてはどうでしょう?呼び戻しますから」
ゼム「わかりました。待ちましょう」
レムはそう言うと、スタスタと歩き、嫌味を言いながらもクララを引きずってきた。
クララ「まだ私に用があるの?♡やっぱり好きになっちゃった?」
ゼムはクララの誘惑に耐えながらも話を切り出す。
ゼム「俺たちは各村を周り、そこに居る人たちを守る傭兵団を設立しようとしている。あなたの力を貸してくれないだろうか?」
クララ「嫌よ」
ジェイ「即答って…」
ダンク「な、なんでですか?」
クララ「私、外に行くの嫌いなの。ここに居れば信者さんが何でもやってくれるもの」
ジェイ「完全に女王様って感じだな…」
クララ「でも、イケメンのあなたが何でも言うことを聞いてくれるっていうことなら、ついて行くかも♡」
サリイは呆れて言葉を失っている。
そこにレムが静かにクララに近付き、クララにビンタをする。
クララ「何すんのよ!?」
レム「おだまりなさい!さっきからあなたは…自分のことしか考えてないじゃない!あなたのことは幼少期に教会の前で捨てられた所からずっと育ててきましたが、一向に良くなろうとしない。」
クララは頬に手を当てながら睨みつけている。
レム「あなたは…破門です。二度と教会に足を踏み入れないでちょうだい。」
クララは涙目になり、教会の外に走って出て行った。
レム「申し訳ありません。皆様。私はシスター失格ですね…」
ゼム「あんたは立派だよ。シスターとしてじゃなく、親としてな」
レム「……おそらく、近くの城塞に行ったと思います。あの子が悩むときはいつもあそこですから」
ジェイ「じゃあ、ゼム頼んだ!」
ゼム「おれ!?普通サリイじゃないの!?」
サリイ「あんた、バカねぇー…こういうときは男が行くものよ」
ダンクも静かに頷く。
ゼムは頭を掻きながら、
ゼム「しゃあねぇ…行ってくるよ。」
ジェイ「俺たちはお邪魔になると行けねぇから先に宿屋に戻ってくくな」
ゼム「何がお邪魔だ…!」
教会の外の城塞に向かって歩いて行った。
城塞を上がる階段を上がると、涙を流していたのかクララの目は真っ赤になっていた。
クララ「なによ…?笑いに来たわけ?」
ゼム「そんなんじゃないよ…隣いいか?」
クララ「好きにすれば…!」
ゼム「………俺も昔捨てられたんだ」
クララ「え?」
ゼム「俺も親の顔を知らない。でも、拾ってくれたその人はたぶん親以上に俺を愛してくれてたんだと思う。俺はその人に恩を返すために色んなことを学んだんだ。」
クララ「……」
ゼム「親になったことがないからわからないけど…たぶん親にとって子供はずっと子供なんだろうな…だからレムさんもつい叩いたんじゃないのかな?」
クララ「……」
ゼム「俺は、そういう親と子が一緒に居れるそんな小さな幸せがある世界を作りたい。それの第一歩がこの傭兵団なんだ。」
「俺たちと一緒に来ないか…?」
クララ「……仕方ないわね…破門されちゃったし大人しくついて行くわよ。」
クララ「そのかわり!私を退屈させたら容赦しないんだから!」
ゼム「望むところだ!」
ゼムとクララの姿が夕日で眩しく照らされる。
ゼム「さあ帰ろう。」
クララ「そうね…荷物を準備しなきゃ…」
---
クララとゼムが教会に着くと、教会の扉は閉められていた。
クララ「いつも、私が遅くて帰っても開けているのに…本当に私は破門されたんだね」
ゼム「………」
クララ「いいよ…行こう!」
ゼムは辺りを見渡すと袋が置いてあるのを見つけた。
ゼム「本当にそうかな?」
ゼムは袋を拾ってクララに手渡した。
袋はマジックパックになっており、ポーションやら食料、クララの着替え等がたくさん入っていた。そして、手紙もあった。
[クララへ。先程は叩いてごめんなさい。あなたがこの手紙を読むということは傭兵団に参加することを決めたということね。あなたを拾って25年、私は生涯孤独で生きることを決めた身だから、本当に娘が出来たようでうれしかったわ…シスターとして大成するには、こんな教会に居てはダメ。もっと世界を知りなさい。それが最後の私のシスターとしての教えです。愛してるわクララ レム]
クララは手紙を読み終え、涙を流していた。
クララ「こんなの卑怯だよ。私だってお礼が言いたいのに…でも素直になれなくて…本当にごめんなさい…」
ゼムは微かに扉の向こうで泣く声が聞こえるが聞こえない振りをした。
クララ「私をここまで育ててくれてありがとう…私はこれから傭兵団として世界を見てこようと思います。それまでお元気で…」
クララは教会の外へと歩き出す。ゼムは立ち止まって見ていた。
クララが振り返る。
クララ「疲れたらまた戻ってきていいですか…?お母さん…」
すると、ドアが勢いよく開き、レムが飛び出してくる。ゼムはすっと目を閉じた。
クララとレムが抱き合う。
レム「ごめんね…私はお母さんとしてあなたを待ってるわ…」
クララ「お母さん……」
しばらく、クララとレムは抱き合いながらお互いに泣いていた。
ゼム『親子って良いもんだな…』
第8章 傭兵団結成!!
クララが仲間に加わり、数カ月が立った。
宿屋にてくつろぐゼム達にドタドタと走ってくる音がする。
トム「やりましたぞーー!」
ゼム・ジェイ「来たか!」
トムが片手に持っていた紙を広げる。
トム「傭兵ギルドから正式に傭兵団の設立を認められました!」
一同が歓声を上げる!
ジェイ「長年の夢が…」
サリイ「ようやくね!腕が鳴るわ!」
ダンク「なんか…自分のことじゃない気がして…」
クララ「あら~?意外と速かったわね」
ゼム「これが俺の使命の第一歩か」
この歓声を聞いて、宿屋の女将のサラが出てくる。
サラ「あら?ようやくね!今日の夜は傭兵団結成パーティーにしましょうか!」
一同「賛成!」
ジェイ「その前に…ゼムにはやることがある。」
ゼム「やること?」
---
ジェイに言われるがまま、全員が宿屋の庭に並ぶ。
左からジェイ、サリイ、ダンク、クララ、トムそしてゼムは皆が並ぶ正面に立っていた。傍らから宿屋の女将と宿屋のお客さんが見守っている。
ジェイ「それでは!只今から、ゼム団長より傭兵団の名前の発表とお言葉を頂戴致します。」
ゼム「俺が団長なのか!?」
全員が顔を見合わせる。
全員「そりゃそうでしょ?」
ゼムは頭を掻くが、覚悟を決めて全員の正面に立つ。
ゼム「お言葉に甘えて…今回、この傭兵団の団長に就任するゼム・マイスターだ。私がこの傭兵団を設立した理由は、名誉、地位、お金という理由ではない!一重に人々の笑顔を守り続けたいという思いからだ。私は孤児だ。しかし、運が良いことにある森である男性に拾ってもらい、育ててもらった。そこで過ごして感じたことは、両親を恨む気持ちではなく、この出会いへの感謝の気持ちだった。俺は、そういう小さな幸せを守っていきたい。その小さな積み重ねが世界の平和へと繋がる第一歩だと思っている。この思いを旨に活動する傭兵団の名前は“暁の傭兵団”である。暁の意味は夜明け、まさしく世界の平和の夜明けとなる傭兵団の結成である。みんな!俺と共に歩もう!そして進もう!」
ジェイ「流石!決めるねー相棒!」
サリイ「武者震いがしてきましたね!」
ダンク「精一杯頑張ります!」
クララ「本当〜良い男だわ♡」
トム「旦那…一生ついていきやす!」
サラと宿屋のお客さん達が拍手を送る。
そして、トムが1枚の布切れをゼムに手渡す。
トム「これが我らが団旗です。盛大にお願いします!」
ゼムは頷き、緑の光球を団旗に染み込ませ、頭上で広げる。
団旗には、太陽を模した金色の球を囲むように赤、青、黄色、緑、白、黒の球体が円環状になっている模様が織り込まれていた。
ゼム「暁の傭兵団!ここにあり!」
一同が歓声を上げる。
ここに、後の世界平和を生み救世主となる“暁の傭兵団”が設立された。最初は手に取れる幸せを守る役割からいずれ世界の安寧を守ることになるとは、このとき、誰も知らない。
第2部 完