第1話 おまじない
あの日から1年半。私は16になってた。剣術はそこそこ上達した。パパの剣術は実戦で身に付けた我流らしく決まった型や練習方法が無い代わりに、身のこなし方や実戦での距離のとり方なんかを教えてもらった。特に森や室内なんかは足場が不安定だし剣を振るスペースさえ無い時もある。そこら辺、実戦経験豊富なパパの剣術はとても役に立つような感じがした。戦いの中で叩き上げた剣っていうのは凄い。ココだと思ったタイミングをズラしてペースを崩しに来るし私の動きに合わせて剣の軌道も変わる。周りの環境を利用したりトンデモナイ体勢からの攻撃だったり次に何をしてくるのかが、とにかく読みづらい。そういう手札の多さは強さに直結するのだと思い知らされた。
そしてパパの剣術指南がてら、ママからは魔法も教わった。とは言え魔法の方は才能が無いようにも思えるんだが…いや、わかってる。俺がバカって言いたいんだろ?
はいはいそーですよ。剣術が実戦的だとすると座学的になる魔法はどうしても苦手だ。私に適性がある属性が風しか無くて良かったと心の底から思うくらいには。
そんなこんなで1年半、とうとう2人から正式な旅の許可が下りた。とは言ってもほとんどお使いみたいなものなんだけど。南東に3週間ほど下った所にある巨大なカルデラに築かれた冶金都市ヴェスビス。そこでギルドマスターに会い鍛冶屋に寄って帰ってくるだけのたった2ヶ月ぽっちの旅。
それでも私の心は初めての旅に踊っていた
「ん、忘れ物ない?ちゃんと確認した?」
「大丈夫だって。それにほら!旅にはトラブルがないと面白くないでしょ?」
「私はその"トラブル"とやらで泣いて帰って来るに一票」
「ちょ、ママァ!?」
「じゃあ俺がコッソリついてってやろーなー」
「ちょっとぉ!パパまで!!」
「プッ…w」
「クッ…アハハw」
ママが吹き出したのを皮切りにパパも笑い出し、それに釣られて私まで笑ってしまった
「あ~。おっかしい」
目尻に浮かんだ涙を拭ったママが椅子から立ち上がり空中に手を突っ込み何かを取り出す
「…!?」
「はい。めてお」
驚く私をそのままに取り出した剣を鞘ごとパバへと放り投げた
「うおっ…。なッ!? まだ持ってたんかコレ!」
「当たり前でしょ。捨てれる訳…ナイジャン」
何故か耳まで赤くなり腰に手を当てそっぽ向くママに
パパも一瞬、顔を赤くする。
「え、何?何なの!?」
「何もないとこから剣、で、激レアデレママ、は??」
まとまらない思考を無理やり言葉にして余計に混乱する
茶っ葉を横目に落ち着きを取り戻した、めておがスラリと剣を抜いた
「ちゃんと手入れされてるし…」
「1回だけ反現実を付与してあるから。ちゃんと1回で成功させてよね」
「はいはい」
めておは苦笑交じりに剣を何度か軽く振ると未だ混乱している茶っ葉を担いで外へと出た
「ちょ、ちょっと。パパァ!?」「いーからいーから」
◆
「…どこ行くのさ」
小脇に抱えられ、手足をブラブラしながら茶っ葉が聞く
「ん〜。あんまり近くでやるとママに怒られちゃうから
なぁ…。あ、裏手の林を抜けた先に草原あったよね」
「うん」
「じゃ、そこで決まりだな」
家の裏手に回り林に差し掛かった頃、茶っ葉は気になってたことを口にする
「そういやさぁ」
「うん?」
「その剣、なんなの?ママが珍しくデレてたっていうか」
「あ~」
やっぱり気になるかと、めておは再び苦笑する
「この剣は俺が初めてたからに買った剣なんだ」
「ゥぇ゙」
抱えられながらぷらぷらと揺れていた茶っ葉の手足が
カチコチに固まる
「え、ってなんだよえって…ww スゲー声でてたぞ」
茶っ葉のそれは驚きと共に思わず見上げためておの頭の上に乗っかるふわふわのミミを発見した衝撃の声だった
「み、み、みみみ…!?」
「んぁ?あぁ、コレか?カッコいいだろ!」
「え?うん。じゃ、なくて!!
俺、16年もの間パバが獣人だったなんて知らなかった
んですけど!?」
「まぁ〜隠してたからな」
自分の頭の上にあるケモミミをさらさらと触りながら笑うめておに茶っ葉が突っ込む
「何故に!?何故に娘に隠すコトがあろう!?」
「いやぁ、だって。お茶っ葉怖がるかなって」
「そんなんでビビらんわ!」
「まー。現実はそうも言ってられないって話よ」
「もしかして亜人奴隷のこと…?」
この国は比較的人種差別意識は薄く獣人の貴族もいる。
しかし、中には獣人やドワーフなどを奴隷としてしか
身分を認めない人種差別が厳しい国もあるのも事実だ
「ここだと差別は違法でしょ!」
「ん、それでも怖がる人達は多いってこと」
「でも私は違うじゃん…。娘だよ」
「そうだね」
めておの尻尾がふわりと揺れる
「だからこうして打ち明けた。でしょ?」
「う〜ん」
そんなこんなで草原に着いためておは、なんとなく納得のいってない茶っ葉をパッと離す
「さ、着いたぞ」「へびゅや!」
「お?大丈夫か?」
「ばか!顔面からいったわ!」
茶っ葉が見上げるとそよぐ風に揺れる草を踏みしめながらコチラに手を伸ばすめておに不意にカッコいいなんて思ってしまう
「もう!子供扱いしないで!」
1人で立ち上がり裾をほろうと、つれないなぁ。なんて
しょんぼりしてるパパを改めて"見上げる"
普段は同年代と比べても小柄な私と同じくらいか数センチ高いくらいだっためておは20センチ以上は大きくなっていて、身体つきも村の大工のオジサンたちと変わらないように思えた
「…それで。何しに来たの?」
めておはケモミミをピクリと動かすと腰に下げた剣を
ゆっくりと抜いた
「ちょっとした"おまじない"をね。の、前に復習だ。
武器の性能を決める6つの要素を言ってみな」
「…?えーと、何を使って」
「誰が造り」
「何を目指し」
「誰が使い」
「何を刻み」
「んで最後、何を成したか。…でしょ?」
「完璧じゃん。そしてこの剣は未だ成していない謂わば
未完の剣。だからこそ"継げる"意志を、そして技を、
ね!」
ジャキンと剣を掲げ、決まった…とドヤ顔をするめておに対して茶っ葉は首をかしげる
「あーー。つまり??」
「あれ、今パパ結構カッコつけたつもりだったんだけど
なぁ。コレばっかしは理論だけじゃ想像しづらいか」
そう言うと、めておは茶っ葉から離れながら剣を慣れた手つきでクルクルと回し構えた
"キンッ"
「うん。やっぱコッチの方がしっくりくるや」
「いつもと…違う?」
いつもなら両手で大上段に構え切っ先を下にするのだが
今は片手で剣を持ち水平の構えを中段に取っている
「よーし。ちょっとだけパパ張り切っちゃうぞ」
パパはそう言い大きく息を吸うと野獣のような低い唸り声と共に吐き出した。放たれる闘気に空気が震え、途端に全身に鳥肌が立つのを感じる。ドアの隙間から何かとんでもないモノの片鱗を覗いているような。そんな感覚にとらわれて思わず一歩、二歩と後ずさりしてしまう。
「キュポッ。…ゴクッ」
空いた片手で小瓶の栓を器用に開けめておは何かを飲み干す。それは狂愛にも似た戯画たる魔女の一雫
「ヮ…!!」
刹那、私は思わずへたり込む。吹き荒ぶ暴威の圧に耐えられなかったのだ。それでも目の前の光景を一生忘れることは無いだろう
鮮血のような赤のエフェクトを全身に纏い大きく振りかぶった剣からはギリギリと異音がする。ルビーのように赤く染まった目は猫科のような縦に細い瞳孔をして正面を見据え、その姿はまるで大好きなお伽噺に出てくる憧れの狼の騎士様のようだった。
「月狼の矜持【宿命の狼兆】」
一筋の青い光を胸に輝かせ大地を穿たんと踏み込む
「六重爪。研抓炸裂!!」
私には切ったのか突いたのかすら見えなかった
『ドゴァ!!』
ただ剣を振り抜く凄まじい風切り音と
『ズッドーン…… !!!』
遥か遠くで大きな爆発が起きた事だけはわかった。
そして風で流さゆく土煙の下には無残に斬り刻まれ
破壊の限りを尽くされた大地だけが残った
「ハァ…ハァ…ッハァ…」
へたり込みポカンと口を開けて唖然とする私に向かって
めておは肩で息をしながら今日一番の笑みを浮かべる。
「ハァ…ハァ…どう?パパ、ハァ…ハァ…ふぅ。
格好いいでしょ!!!」
V(ぶいっ…!)
Q.たからママは風魔法が使えるの?
A.いいえ。たからに適性があるのは水と闇です。
ですが、戦闘職としての絵描きは風魔法によって生み
出された結果を出力する事が可能です。教えるには
何の問題もないでしょう
Q.反現実って何?
A.戦闘職としての絵描きのスキル。その極致の1つです。武器や防具に付与するとなんやかんやあって一度だけ耐久値が減りません。今言えるのはこれくらい
Q.亜人って結構いるの?
A.結構います。むしろニンゲンの方が少ないです
Q.めて君の握る剣からする異音って何かのスキルなの?
A.こと、強度に関して定評のあるカーライト銀と黒鋼
の合金でできた柄を"握り潰し"かけている音です。
怖いですか?ワタシもです