返り討ちにしてあげますよ
ユリシアの反撃ターン開始です。
更に、ユベラーヌは醜態を晒し続ける。
周囲に当たり散らし、言葉にならない事を喚く。セットされた髪は乱れ、ボサボサで、化粧もはげたその姿は、完全に常軌を逸していた。まるで、癇癪を起こした子どものようだった。
あまりのあり様に近衛騎士が呼ばれ、ユベラーヌの両脇に立つ。
その途端、ユベラーヌは喚くのも止め静かになった。異様な雰囲気と迫力で、近衛騎士が一瞬戸惑う。その隙に、ユベラーヌは数歩私に近付き、顔を上げる。
ユベラーヌと私の視線が絡んだ。
(そう……使うのね)
「ユリシア、貴女に改めて訊くわ。カイナル様は、貴女の運命の番なの? はいかいいえで答えて下さい。いらないお喋りはしたくはないの」
しっかりと私の目を見詰めながら、ユベラーヌは言った。目を逸らす事は敢えてしなかった。この手の魔法は、目を合わせる事が一番重要だからね。
同時に、流れ込んでくる嫌な魔力。まるで蛇の様に、私に絡んできた。目に見えない黒い蛇が、足元と腕から這い上がって来る。
(……記述通りね、やっぱり、その魔法を使うのね)
黙り込み、俯く私。
カイナル様はユベラーヌを、激しく睨み付ける。本当は、払い除けたいだろう。それを必死で我慢していた。震える拳が視線の端に映る。
(もう少し我慢して。お願い!!)
今、声を出せば全てが駄目になる。
外野は、ただならぬ雰囲気に完全にのまれていた。それでも、私たちから視線を外さないで成り行きを伺っている。
勝利を確信したのか、ユベラーヌは醜い笑みを浮かべ、とどめを刺そうと口を開く。
「答えなさい、ユリシア。簡単でしょ、はいかいいえでこたえるだけよ……さぁ、ユリシア」
ユベラーヌが私の名前を口にする度に、蛇は鎌首を上げ登ってくる。大きな口を開け、今にも私の喉元に牙を立てようとしていた。
《おそらく、私がいいえと声にした途端完了するのね)
中々、答えようとしない私を訝しみ、魔力量を増すユベラーヌ。小刻みに震えている身体を見て、抵抗しているのだと思ったのだろう。更に、強く促して来た。
(あ〜駄目ね)
腹を抱えて笑いたくて仕方ない。別に抵抗していたわけじゃないのに、必死になっちゃって。ただ、笑うのをこらえていただけなのに。この場で大声では笑うのは、さすがにアウトでしょ。代わりに、涙が出そうになる。
「…………お答えしますわ、コーマン王女殿下。答えははいです。私は正真正銘、白銀の英雄カイナル・コルディー様の運命の番です」
私の返答に言葉を失い、呆然としているユベラーヌに、それはそれは貴族らしい笑みを浮かべながら答えてあげた。
同時に、私に巻き付いていた黒い蛇は一匹を残して消えた。私の喉元を喰らいつこうとしていた蛇は、その頭をユベラーヌに向ける。
「う……そ…………」
小さくそう呟いた途端、その黒い蛇はユベラーヌに向かって飛び掛かった。必死に逃げようとするが、この人混みの中、逃げ場などない。蛇はユベラーヌの身体をゆっくりと登り、その喉元に鋭い牙を突き立てた。
悲鳴を上げる、ユベラーヌ。
外野から見れば、急におかしくなったようにしか見えないだろう。呪いが跳ね返っただけなんだけどね。余程の魔術師なら、魔力の流れは見えたと思う。
「あら、何をそんなに驚いているのかしら? 私は始めらから、カイナル様の事を運命の番だと申しています。それなのに、急に返答を変えると思ったのですか? それはあまりにも、不自然ではありませんか? それとも、コーマン王女殿下は私が否定すると考えていたのですか? というより、否定すると確信していたのですか?」
矢継ぎ早に質問する私を、ユベラーヌは恐れを含んだ目で見上げている。尻もちを付き、ドレスの裾は乱れ半泣きの顔は、最早誰もが知る、コーマン王女殿下ではなかった。
言葉を発する事を忘れたユベラーヌに、私はニッコリと微笑みながら教えてやる。
「確信していたのでしょうね。私に【隷属】及び【精神関与】の魔法を掛けようとしたのだから。いえ、それは正確ではありませんね、掛けたのだから」
周囲に分かり易いように言葉にした。途端にざわつき始める外野たち。
(そりゃあそうだよね)
私が今言った事が正しければ、それは国際法で裁かれるべき案件だからね。それを王族に使ったとなれば、大問題で済まないよね。
【隷属】及び【精神関与】の魔法は、奴隷紋が刻まれた正式な犯罪奴隷にしか使用してはならないと、国際法で定められているからね。それも、厳しい審査を通って、専門の方でしか使用する事を許されてはいない魔法なの。
それを使ったと、私は公の場で宣言したのだ。
「気でも狂ったか、平民!! カイナル様、このような世迷言を平気で口にする者を番だと、本気でお考えなのですか!?」
瞬時に、計画が破られたと悟ったユベラーヌは保身に走った。
当然よね。【隷属】出来なかったら、次の作戦に移行出来ないもの。だとしたら、少しでも傷口を浅くするべきだと判断した。だって、コーマン王国がなくなったら、帰る場所をも失うからね。
(国を裏切り利用したのにね)
ユベラーヌの取り乱した様を見ても、外野は半信半疑のようだった。それ程、突拍子の無い事を口にしているのだと自覚はしてるわ。
「私は何度も言っているだろう。シアは私の唯一無二の番だと」
カイナル様は私の肩を抱き、はっきりとそう告げた。
「まさか!? お前!!」
次に続く台詞は容易に想像出来た。言わせるつもりはない。
「私が、カイナル様に【隷属】と【精神関与】の魔法を掛けたと仰りたいのですか? それは、不可能でしょう。六歳の平民の子供に、そんな高等な魔法は使えませんわ。それに、その魔法は国によって厳重に管理されてますよね。それとも、一級司書官を買収し手に入れたと仰りたいのですか? ……魔法の漏洩は一族諸共処刑されるのに」
私は特別な事など、何一つ言ってはいない。あくまで、一般常識を述べたに過ぎない。
「しょ……証拠を出しなさい!!」
(そうきますよね〜)
「分かりました。では、今からお見せ致しましょう」
私はニッコリと微笑みながら言ってやる。
(ユベラーヌ、今この場で、完膚無きまでに叩きのめしてやるわ)




