ピアス
幼児編終了。
次回から、学園編始まります。
「私が学園ですか……学院ではなくて」
夢の話をしてから一週間後ぐらいかな、帰りの馬車の中で、カイナル様が「学園に通ったらどうか」と提案してきた。考えもしていなかった台詞に、吃驚して目を丸くする。
てっきり、カイナル様は学院を薦めて来るだろうって思っていた。それでも、平民の私にとっては幸せなことだよ。
なのに、まさかの学園入学。この前、私が夢の話をしたからだよね。
ぜシール王立魔法学園は共学校で、将来領主になる人や、騎士や文官、王宮魔術師を目指す人たちが通うエリート学校。生徒の九割が貴族で、残り一割が平民なの。平民と言っても、商会や町長などの裕福層の人たちばかり。
反対にアシール学院は、貴族様の番になった方や淑女教育、学園に落ちた人が通っているわ。ぜシール王立魔法学園よりかなりレベルは落ちるかな。でも、その分ゆったりとした校風だから、そこを目指す人も意外と多いの。ここも、共学校だよ。
「学院では、ユリシアの夢を叶えることは難しいだろ。さすがに、初等部を受験する時間はないが、中等部からなら十分時間がある。挑戦するなら、力を貸そう」
(学園か……悪い話じゃない。一級司書官を目指すなら、学園に通うべきよね。教育レベルが全く違うもの。でも……お金がない。私の家からじゃ到底通えない)
考え込む私に、カイナル様が更に告げる。
「お金のことは心配しなくていい。家庭教師と学園の学費は、俺が払おう」
「そこまで甘えていいんですか?」
助かるけど、さすがに図々しいよね。心が痛む。いくらカイナル様でも、気が引けるよ。
「構わない。ただ……お願いがあるのだが……」
(お願い? やけに言いにくそうね。まさか、抱っことスリスリ、クンクン以上のことがしたいの!? いやいや、さすがにそれは駄目だよ!! 犯罪だと思う!! っていうか、私の心臓が保たないよ〜)
声に出さずに叫ぶ私。かなり、パニクってるよね。
「…………お願い……ですか」
少し声が震えてる。そんな私をよそに、カイナル様は頬を赤く染めながら軽く頷く。そして、私の左耳に優しく触れた。
「ここに、俺の色のピアスを着けてくれないか?」
左耳にビアス――
それは、正式に番契約を交わした証。
番相手の瞳の色を心臓に近い耳に着けるの。白百合は番になることを許可しただけ。人族風に言えば、結婚を前提とした告白を受け入れた感じかな。ピアスは正式に婚約を交わした感じ。
「わかりました。それで、いいんですか?」
平然と受け入れた私を見て、何故かカイナル様が慌ててるよ。
「……いいのか? ピアスを着ける意味を知らないのか……」
「それくらい知ってますよ。正式に番契約を交わすってことですよね」
「……抵抗はないのか?」
(何を今更なことを言ってるんだろ、この人は)
「抵抗して欲しいのですか? 抵抗しませんよ。外堀を完全に埋められてますし。それに、私がもし逃げ出したら、必ず捕まえに来ますよね。なら、受け入れますよ」
あまりにも、淡々と仕方ない風に言ったから、カイナル様の表情が曇ってる。でも、ピアスを許可してくれた嬉しさも同居している感じかな。
私はそんなカイナル様を見て、自然と口元が緩んだ。今度は驚いてる。ほんと、二人っきりになると、カイナル様ってコロコロ表情が変わるよね。なんか、安心する。
「カイナル様、私まだ子供なので、恋愛とかよく分からないんです。姉の恋愛小説を読んでも理解出来なかったし、胸が熱くなったりしませんでした。友達の中には、一目惚れしたとか言ってる子もいるのに……私は、そういう方面が人より疎くて未熟だと思います。そんな私でも、恋愛に興味がないと言えば嘘になります。その感情をいつ抱くのか分かりませんが、その相手はカイナル様がいいです。これから長い間、共に生活をするのだから、楽しい方がいいでしょ」
いい機会だから、正直に胸の内を語ってみた。
(静かね、カイナル様。てっきり、飛び付いて来ると思ったけど……)
予想外の反応なので、少し心配になって、カイナル様の顔を下から覗き込む。一瞬、息が止まったよ。
「えっ!? 何、泣いてるんですか!?」
持っていたハンカチを、カイナル様の目元に慌てて当てた。
「…………ずっと、嫌われていると思っていた」
私の手を掴み、小さくか細い声で、カイナル様は吐露する。
「嫌ってましたよ、始めは」
嫌いって言葉に、カイナル様の身体がビクッと震えた。構わず、私は続ける。
「でも……この三か月、間近でカイナル様を見て考えが変わりました。近くで見ていれば、カイナル様の人柄ぐらい分かりますよ。ただ、拉致監禁したことは一生許さないけど」
ここまで踏み込んで、自分の気持ちを素直にさらけ出したことはなかったね。そんなことを考えていたら、馬車がタイミングよく停まった。
「それでは、明日から改めて、婚約者として宜しくお願いします」
そう告げてから、私は馬車を降りた。降りた後振り返る。この時の私は、とても良い笑顔だったと思う。カイナル様が惚けていたから。
「…………俺の番は尊すぎる」
ポツリと呟やかれた台詞は、家路を急いでいた私には届かなかった。




