同情の余地は一切ない
「……もし私なら、護衛騎士を叱責し下がらせてから、リーレルア魔術師師団長に深々と頭を下げ、謝罪してからコーマン王国に戻ります」
少し考え、言葉を選びながらはっきりと答える。
(非は自分に、いや……ここまで来たら、コーマン王国側にあるわ)
ゼシール王国から友好国解消の書簡が届いた時点で、ユベラーヌ一行を止めに兵を走らせなかった。娘の愚行を許したのだ。
そして、ユベラーヌは自分の振る舞いひとつひとつが、国の沽券に、あるいは存続に直接関わる事を軽く考えていた。
そこまで考えて、ふと、テストの意味に気付いた。私は改めて、国王陛下に視線を向ける。
「気付いたようじゃな、賢い子だ。ならば、更に質問しよう。それでも、護衛騎士が引かぬ場合はどうする?」
「その場で、護衛騎士を解任します」
間髪置かずに答える。
「縋りついて来ようとしたら、どうする?」
次々に、国王陛下から質問が飛んでくる。
(私があの場にいたら……)
想像する。私がすべきことは謝罪だけ。ならば、やるべき事は決まっている。
「……剣を取り上げ、他の護衛騎士に捕縛させます。もし、私が剣を使えるのなら、利き手の筋を切り、二度と剣を持てないようにします。使えないのなら、他の護衛騎士に命じます。そして再度、リーレルア魔術師師団長に頭を下げ謝罪し、帰路につきます」
「ふむ……果たして、それが出来るかが問題だな」
現場に居らず、緊迫感もプレッシャーもない場所で答えられても、現場で行動できなければ意味がない。つまり、国王陛下が言いたい事は……
「如何なる場面においても、自分を見失わない。怒りをコントロールするすべを身に付けなくてはいけません。自分が言質一つで、人の人生が大きく変わるのですから」
そう答えたら、国王陛下の表情が柔らかくなった。
「それが一番大事なことだ。それを、決して忘れるな。忘れると、ああなる」
国王陛下は映し出されている映像を、厳しい目で見ながら告げた。
そこには、リアお姉様に腕を切断され、痛みで呻いている護衛騎士が転がっていた。
国王陛下が出したテストを受けているうちに、大変な事になっていた。おそらく、怒りで気付かないうちに、護衛騎士が国境を越えたからだ。
悲鳴に似た奇声を発したユベラーヌを、一緒に来ていた従者たちの手で、半ば強制的に馬車へと押し込まれている。腕を失った護衛騎士は、腕とともに、同僚たちに連れて行かれた。
最後は従者がリアお姉様に頭を深々と下げ、ユベラーヌ一行は帰って行った。
そこで、映像が切れた。
カイナル様を除く、謁見室にいる全員が息を吐き脱力する。
「…………怖いですね。自分の行動一つで、仕えている者の生き死にが決まるのは」
それが貴族であり、王族。権力を持つってこういう事なのだと、まざまざと見せ付けられた。心底、怖いと思った。
腕が上手く引っ付いても、あの護衛騎士は、もう二度と剣を持てないだろう。これから長い人生を不自由な体で暮らすことになる。そもそも、ゼシール王国に不敬をはたらいたんだ、罪に問われる可能性が高い。金銭的な保証など出ないだろう。
自業自得とはいえ、ユベラーヌは護衛騎士の人生を潰した。
「そうだな。ユベラーヌは偶に非情で非人道的な手段を取るが、利己的で、自分を如何によく見せ好感を得るか知っていた。努力家でもあったな。カイナルを欲したのも、愛情と自分の野心のためだ。だが感情の、特に怒りのコントロールが出来ていなかった。それは、育った環境のせいだろ。怒りのコントロールの甘さといらない矜持のせいで、今まで積み上げてきたものを、己の手で壊してしまった……ユリシア、この映像を一生忘れるでないぞ。アジルとスノアもだ」
「「「はい」」」
忘れたくても忘れられない程、私の脳裏に深く刻み込まれた映像だった。教訓にしては、いささか行き過ぎた教材だったと思うけど、同情は一切しない。
高くて豪華なドレスを着させてもらい、自由に教育を受けられて、美味しい食事がいつでも用意されていて、暖かいベッドで眠る。恵まれた生活をおくれるのは、様々な責任と役目を背負っているから。その対価であり、決して、自分が特別な存在ではない。
ユベラーヌが怒りを抑え切れずに醜態を晒し、間違った選択をしたのは、国王陛下が言っていた通り、全て用意されているのが当たり前の中で育ったからだ。だから、自分が神にでもなったように振る舞い、野心を抱き行動した結果なんだよ。
その裏に、責任と役目、そして、民と国が存在している事を忘れてしまった。
今回の事で、ユベラーヌは自分が神ではないことを知ったでしょう。その結果、怒りで我を忘れてしまった。
全て、自分が招き入れた事――
そこに、同情の余地は一切ない。
ユベラーヌの影響力がそのまま消えるかどうかは分からないけど、少なくとも、次代のコーマン国王にはなれないでしょうね。今回の件は、それだけの不祥事だから。
ユベラーヌの自滅だったとはいえ、幸いにも、王族にとって一番厄介な問題が消えた事に、私はホッと胸を撫で下ろした。




