必要不可欠な通過儀礼
(つい数時間前までクラスメートで友人だった人を、お兄様やお姉様呼びって……ないわ…………)
ましてや、相手は王族。
「……地味に、現在進行系で精神がゴリゴリと削られてます」
少しばかり、不満を口にしてもいいですよね。端から見たら、名誉な事で不満を抱く事自体不敬だって分かってはいるけど、言わずにはいられない。
「そのうち、慣れるわよ」
「早く慣れるのも、ちょっと寂しく感じるけどな」
スノア王女殿下もアジル殿下も、嫌になるほど超ご機嫌。
「アジルお兄様、それはどういう意味ですか?」
「そう、怒るな。悪かった、ユリシア」
ちょっと口を尖らせながら訊くと、アジル殿下が更にご機嫌モードで謝ってきた。説得力ないですよ、その顔では。
呑気にそんな事を思っていたら、背後で殺気を感じた。反射的に振り返ると同時に、バキッという音がする。侍女が持っていた魔法ポットの持ち手が取れ、魔法ポットが地面に転がっていた。
(えっ!? それ、ちょっと力を入れたら壊れる物じゃないよね!? 怖っ)
魔法具はちょっとやそっとでは壊れない。ということは、火事場の馬鹿力か魔力操作で身体を強化したことになる。間違いなく、後者ね。
当然、視線が一斉に侍女に向いたよ。
粗相をして、焦る侍女が魔法ポットを拾うより早く、騎士ではなく執事の一人が流れるように地面に押さえ付けた。私はそれを見て感嘆する。
(もしかして、この中で一番強いんじゃない)
一歩遅れて反応した騎士が執事に代わり、侍女を拘束した。侍女は猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られた状態で、私の前に跪かされた。
「申し訳ありません、ユリシア王女殿下。侍女の教育が甘かったようです」
軽く土埃を叩いてから、執事が私に対して深々と頭を下げた。
執事から侍女へと視線を移す。侍女は気丈にも、私を睨み付けている。猿轡のせいで、何を言っているかは分からないけど、なんとなく理解出来る。状況が読み取れたよ。
(あ〜そういうことか)
平民が王族になっただけでも腹立たしいのに、その私が、両殿下と気楽に談笑して、アジル殿下を謝らせた事が許せなかったわけね。
それは、至極当然の反応だと思う。
王城や王宮で働く人たちの大半は貴族、それも、王族に直接接するのは伯爵以上の出が多い。秀でた能力が認められれば、下位貴族も働いているけどね。出自、職種関係なく、皆厳しい試験を受け合格し、今この場に立っている。拘束されている侍女もね。努力と苦労した分、矜持は高くなるよね。
その矜持を、私は傷付けた。
本来なら、侍女に頭を下げなければならない立場の私に頭を垂れ給仕する。ただの幸運で最高位を手に入れた平民の小娘風情に。ましてや、憧れである両殿下と気兼ねなく話をしている。努力して就いた名誉職だもの、腹が立つよね。嫌にもなるわ。
でも、それが侍女として許されるかどうかは、また別の問題。
(状況を把握出来たのはいいけど、なんか、試されている気がするのは気のせいかな……)
ここは乗るのが正解のようね。両殿下も何も言わないし。この場にいる皆が、私の一挙一動を見ている。観察、いや、値踏みされていた。正念場だと理解する。
(……仕方ないわね)
軽く深呼吸してから、私は拘束されている侍女に視線だけを向け、座ったまま口を開いた。
「……そのようですね、甘いですわ。貴族令嬢である貴女が、元平民である私を認めないのは自由です。特に咎めたりはしません。怒りや憎しみ、侮蔑の感情を持っていても構いませんよ。でも……王族に仕える者なら、それを表には出してはいけない。これは、貴族令嬢としても言える事ですよね。宜しいですか、その頭で想像しなさい。正式に王族入りした者に対し殺気を放ち、背後から魔力を行使する、それがどういう意味かを。元平民である私でも想像出来るのです。貴女なら、余裕で想像出来るでしょう。……今回は、公に通達される前で、貴女がまだ未熟だったということを考慮に入れ、不問にします。次はありませんよ」
そう低めの声で告げると、侍女は真っ青な顔で俯き震えていた。想像出来たのでしょう。
最悪、反逆罪に問われても仕方ない不始末だった。
反逆罪は、家取り潰しの上、第三等、全員死罪だからね。まぁ、今回の件では反逆罪に問われないとは思うけど。でも、なんらかの処罰はあるだろう。
侍女は拘束した騎士と一緒に退場して行った。その後は、地獄の再教育が待ってるでしょうね。
侍女が退場した後、視線を両殿下に戻すと、二人ともにっこりと笑っていた。
(このテスト、どうやら合格したみたいね。よかった〜)
点数が知りたいけど。
この茶番、必要不可欠な通過儀礼だったみたい。仕掛けられたのか、偶々起きた出来事を利用したのかは分からないけど、初日からこれじゃあ、これから先、気抜けないよ。ほんと、疲れた……早く、ベッドに飛び込みたい。
(カイナル様の耳と尻尾をモフモフしたいよ……そろそろ、見せてくれないかな、獣体)




