餌にやっと喰らいついてくれました
朝起きると、枕元に一輪の鈴蘭の花が置いてあった。
「……覚えてくれたのね」
庭園でカイナル様と散歩をしていた時、好きな花を訊かれて、私は鈴蘭の花が好きだと答えた事がある。
私を起こさずに、枕元に一輪だけ置いていくなんて、本当にカイナル様って、あの容姿で意外と少女趣味なんだよね。私なら絶対に思い付かない発想だよ。恋愛小説には何度かそのシーンはあったけどね。もしかして、読み込んでる? とはいえ、無断で女性の部屋に忍び込んで、寝顔を見るのはどうかと思うけど。カイナル様だからかな、寝顔見られても、鈴蘭の花を貰って顔を赤くするのは。ほんと、嫌になる。そんな顔、誰にも見られたくないよ。
「おはようございます、ユリシア様」
ノックの後入って来たのは、リアと新人の侍女だった。一度、執事長から紹介されたので、顔は覚えている。
「リア、おはよう。早速で悪いけど、花瓶を一つ用意してくれない」
「畏まりました」
リアはそう答えると、新人の侍女に目配せする。侍女は軽く頭を下げさがった。直ぐに、花瓶を持って戻って来る。侍女は花瓶に水を入れ尋ねた。
「何処に置きましょうか?」
口調は敬っているように聞こえるけど、何か悪意的なものを感じた。これ、学園に通い出してから身に付けたスキル。悪意や負の感情に敏感になったの。
平民だから仕方ないけどね。だって、ゴルディー公爵家に仕える人の大半が貴族出身だから、面白くないのは分かるし。形だけでも場を弁えるなら、何も言わないけど、それ以上進むようなら、それとなくリアに相談しないといけないわね。
「サイドテーブルに置いて下さるかしら」
貴族令嬢らしく振る舞う。普段はこんな話し方はしないけどね。平民でも、私は仕えられる立場だから、きっちりと立場を明確にしないといけないでしょ。
「分かりました」
(畏まりました、ではないのね)
侍女は花瓶をサイドテーブルに置くと、後ろに下がり扉の横に立つ。鈴蘭を無視して。そもそも、後ろに控えるように言ってないのにね。
「今日は私がするから、貴女は下がりなさい」
リアの叱責に、侍女は大人しく出て行った。私が気付くくらいだから、当然獣人族のリアも気付くよね。
「申し訳ありませんでした、ユリシア様」
侍女が部屋を出て、直ぐにリアは頭を下げ謝罪した。
「リアが謝ることではないわ」
傍に近付けないように、とは言わなかった。
悪意を持たれている相手に世話をされたくはないよ。だからといって、世話をさせないのは違うからね。それに、何かしらの悪意を持っている人は一定数いるし。信頼して頼んだりするか、しないかの差はあるけど。
「執事長と相談し、再教育を致します。……サイドテーブルの鈴蘭、カイナル様からですか?」
無視されていた鈴蘭を花瓶に活けながら、リアが明るい声で訊いてきた。
「ええ、カイナル様しか知らないからね、私の好きな花」
「嬉しそうですね、ユリシア様」
リアがにこりと微笑む。真正面から言われて恥ずかしい。だけど、リアの前なら素直になれる。
「嬉しいですよ、とても。だとしても、部屋には戻りませんよ」
(喧嘩は続行中なんだから)
意固地になっている私に対して、何も訊かずにいてくれるリアの傍が居心地が良い。その居心地の良さに浸っていると、通学の準備が整った。
食事を義両親と一緒に取ってから、私は学園に向かう。やっぱり、カイナル様の姿はなかった。胸の奥がズキリと痛んだ。
寂しい気持ちを抱きつつ、行きの馬車の中で、私は外の様子を窓から見ながらリアに尋ねた。
「朝は明るいから、狙うのは帰りですよね?」
「そうとは言えませんよ。朝は人通りが少ないですからね」
リアの言う通りだった。
「本当ね。お店を開ける準備にてんてこまいだわ」
(私もそうだったわ。懐かしいわね)
「常に、警戒している方がいいです」
「……そうですね」
(緊張し過ぎるのって、思っていた以上にくるわね)
気取られないように、学園内でも必要以上に気を張っているし。今回の事もそうだけど、自分が選んだ道だから文句も泣き言も言えない。
「ユリシア様は生真面目ですから、リラックスすることを覚えられた方がいいと思います」
(リラックスか……今は、難しいかな)
カイナル様と一緒に過ごす時間が、意外とリラックス出来ていたなんて、絶対言えないよね。別の意味の駒を進めそうだから。
「そうね、覚えてみるわ」
だから、こう答えるしかない。聞かれてるから。微笑んだ口元が引き攣ってなければいいけど。
学園までもう少し――
今朝もハズレかなって思っていた矢先だった。
前触れもなく、急に馬車が急停止した。馬の嘶く声がする。前のめりになった身体を、リアが支えてくれる。
「何事ですか!?」
リアが厳しい口調で問い質す。
「申し訳ありません、動物が飛び出して来たので」
御者が答えた。そして、何事もなかったかのように馬車は動き出す。
私とリアはニヤリと笑う。だって、やっと餌に喰らいついてくれたんだから。
さて、私たちを何処に連れて行くつもりかな、楽しみ。




