名前は絶対に呼びません
「ユリシア、迎えに来たぞ!!」
今日も、壮絶イケメンが満面な笑みを浮かべながら登場したよ。
途端に、私の表情筋は死ぬんだけどね。両親とお兄ちゃんは、今だに複雑な顔をしてるよ。反対に、お姉ちゃんは妙なハイテンションで挨拶してる。妹は超ご機嫌。まぁ、相手があのカイナル様だからね……それに、お姉ちゃん恋人がいるのに、番に夢見てる所があるから。そんなに良いものじゃないのに。
「いらっしゃいませ、ゴルディー様」
一応、ドアを潜ればお客様。仕方なく挨拶する。絶対、名前なんて呼ぶもんか。
「どうして、名前を呼んでくれないんだ!! 気を悪くするようなことをしてしまったのか!? だったら、教えてくれ!!」
カイナル様の悲痛な叫び声が食堂に響く。
(これ……もう、挨拶化してない?)
完全に引いてる私の隣にいた亜人族のお客様が、不憫だと同情している。
人族と亜人族を隔てる壁は、物凄く高い――
小さな溜め息を吐いてからエプロンを脱ぐと、家族に「行ってきます」と声を掛ける。そして、落ち込んでいるカイナル様の傍まで移動すると、肩を指で突いた。
「行きますよ、ゴルディー様。ここで、嘆かないで下さい。仕事の邪魔なので」
本当に邪魔だからね。でかい図体でドアを塞がれたら、お客様入れないし、私たちは遠回りしなくちゃいけないでしょ。あのカイナル様を押し退けれる猛者なんていないもの。
「ユリシアが冷たい……」
私がカイナル様に背を向けたら、ブツブツと不満を口にしながら立ち上がる。
(白銀の守護神、何処に行った!?)
もはや、そこにいるのは大型犬。
「はいはい。さっさと行きますよ」
別に、カイナル様のことはどうでもいいけど、これ以上、皆の夢を壊させるわけにはいかないからね。早く回収しないと。
「…………冷たすぎる」
(まだ拗ねてるわ。子供はどっちよ)
私は軽く溜め息を吐くと言った。
「カイナル・ゴルディー様、貴方は我が国の英雄、白銀の守護神ですよ。皆の夢や憧れを壊すような真似はしないで下さい」
(少し生意気かな。私的には、一般的なことを言っただけなんだけど……この反応は何?)
「ユリシアはどうなんだ?」
真剣に訊いてくるけど、尻尾は正直、勢いよく左右に揺れている。なんか、可愛い。
「……憧れていました。パレードも抜け出して見に行ったし」
改めて訊かれると恥ずかしくて、ややぶっきらぼうに答えてしまった。
「そうか」
なのに、カイナル様は嬉しそうに微笑んだの。千切れそうな程、尻尾を振りながらね。
(そんなに嬉しかったの!? 王都に住んでる亜人族も人族も皆、憧れて見に行ったのに)
「ゴルディー様……」
「ユリシアを護れて、本当によかった……」
小さな声で、カイナル様は呟く。
亜人族の番に対する扱いや想いの重さって、今だに不思議に思うし、理解出来ないことが多い。実際、その行動と言動に何回も引いてるし、拉致監禁したことも許せない。
でも……裏表のないカイナル様の言葉が、素直に嬉しくて、ほっこりと胸が温かくなった。
「ユ、ユリシアが笑った!!」
「笑ってません」
真顔で否定してから店を出ると、カイナル様も後ろを付いてくる。そのまま、停めている馬車の前まで移動すると、カイナル様が手を差し出す。いつもなら、その手を取らずに馬車に乗り込んでいたけど、今回は手を重ねた。
(勘違いしないでよ。今回だけなんだからね)




