始めての大喧嘩
ヤンデレ度★★★★★
約束していたので、いつも通りに、放課後は生徒会を手伝わずに帰って来た。
馬車を降りた途端、一陣の風のように現れたカイナル様に抱き締められる。抱っこされて、そのまま部屋に運ばれた。余程心配していたのか、小刻みに彼の身体は震えていた。私は大丈夫って想いを込めて、カイナル様の大きな背中をポンポン叩く。
暫くして、落ち着いたカイナル様が言った台詞がこれよ。
「三日でいいんだ……学園を休んでくれないか」
つまり、ラメール侯爵夫妻へ突き付けた期日の間、学園を休めって言ってきたのだ。朝も、どうにかして休ませようとしていたし。
それもこれも、私の身の安全を確保するためにね。
その気持はとても嬉しいよ。だけどね、私の答えは始めから決まってるの。全てを両殿下から聞いた後も変わらない。尚更、休みたくなくなった。
「……休む事はできません」
(あ〜また、目が段々光を失い始めたわ)
特に驚かない。拒否する事が、地雷を踏む事だって理解はしていたから。私なりの覚悟があって拒否したの。
「何故だ? 俺はシアの事が心配なんだ。大丈夫、あの花畑たちはちゃんと俺が排除するから、シアは大人しく待っていればいい。いいな」
まだ、声を荒げているうちはいいんだよね。でも、病んでる面が出てくると……抑揚のない静かな口調になるの。
「待つだけは嫌です。伯爵令嬢の件は、私が気付かないうちに全て終わらせていましたが、今回は違います。あの女は、この私に、正々堂々とカイナル様を奪うと宣言しました」
そこまでは断言していないけど、似た台詞は言ってたので大丈夫。
「だから、なんだ?」
(更に進んだよ、デスゲームの駒)
「カイナル様は、私がそこまでコケにされて、腹が立たないと思わないのですか?」
少しだけ、カイナル様の目に光が戻る。だけど直ぐに、光は消えた。
「シアは、そんな事考えなくていい。君は俺の事だけを考えていればいいんだ。友人を持つことは許そう。シアの味方になるから。でも、それ以外の者に関心を持つのは許さない。それが、苛立ちや嫌悪だとしても駄目だ。絶対に――」
一方的な台詞にカッとした私は、カイナル様の台詞を最後まで聞かずに、彼を突き飛ばした。といっても、体格差があり過ぎるので、殆ど突き飛ばせなかったけど。でも奇跡的に、カイナル様の腕からは逃げ出せる事が出来た。
「シア」
カイナル様が手を伸ばしてくる。私はその手を払い除け、彼から距離を取った。
その行為が、更に地雷を踏んだって分かってる。デスゲームのゴールまで進めてしまったかもしれない。
だけど、私にも地雷があるの。
カイナル様は、私の地雷を踏み抜いた。
「近寄らないで!! カイナル様が欲しいのは番じゃない。自分の言う事を聞く従順なペットでしょ。私はペットなんてならない!! カイナル様なんて、大嫌い!!」
そう叫ぶと、私は部屋を飛び出した。
(飛び出したのはいいけど、行くとこなんてないのよね……)
一年前までは、月一回の程度で家族に会っていたけど、次第に会わなくなった。会えなくなったの、距離を感じてね。帰りたいな……でも、帰れない。迷惑になるだけだから。
平民だと口にしていても、今の私の姿を見て平民だと言う者はいない。それほど変わってしまったの。髪の毛は艶がありサラサラでに、豆やひび割れ、あかぎれで荒れていた手は白くスベスベになった。陽に焼けていた肌も白くなった。
平民でもなく、貴族でもない、中途半端な存在が、今の私――
私を変えたのはカイナル様だ。私もそれを受け入れて、変わる事を決めた。決めざる得なかったけど、それでも納得して受け入れたのに……
(どうしようかな……)
陽が暮れ出した庭園の端にある木の根本に座っていると、いきなり、両脇の下に手を突っ込まれて抱き上げられた。
「こんな所でどうしたんだい? ユリシア、カイナルと喧嘩でもしたのか?」
首だけ振り返ると、私を抱き上げていたのはカイザルお父様だった。そして、その隣にはセリーシアお母様が。
(気配、全くしなかったよ)
「あらあら、こんなに冷えてしまって、お母様と一緒にお風呂に入りましょう」
呆気に取られている間に、あれよあれよと、私はカイザルお父様に抱っこされたまま、セリーシアお母様と一緒に屋敷の中に連れて行かれてしまった。
エントランスにいたカイナル様が縋るように手を伸ばしてきたけど、無視したらその場に崩れ落ちた。私はその姿を一瞥し、視線を外した。
義両親ともとても優しいの。始めて会った時、自分の息子が拉致感感した事を真摯に謝ってくれた。それからは、私を本当の娘のように可愛がってくれるし、気に掛けてくれる。激甘にね。
流されるまま、セリーシアお母様と一緒にお風呂に入っていると、包み込むような優しい笑顔で提案してくれた。
「いつまでも、私たちの傍にいていいからね、ユリシアちゃん」
(カイナル様の所に戻らなくてすむのは助かるけど……)
「訊かないのですか? 喧嘩の理由」
身構えていたけど、全然、そういう素振りがないから、私から切り出してしまった。誰かに、胸の内を聞いて欲しかったからだと思う。
「悪いのは、カイナルでしょ。それに、喧嘩の原因になったのは、あの脳内お花畑馬鹿親子でしょ!! ほんと、親子二代で忌々しい!!」
当時の事を思い出したのかな、物凄い剣幕で怒り出すセリーシアお母様。お湯が勢いよく跳ねてるよ。その姿を見てると、羨ましくなっちゃった。
「……セリーシアお母様はいいですね、素直に怒れて。私は否定されました。怒る事を。そんな感情を持つ事も、駄目だって言われました」
たからかな、つい吐き出してしまった。
「どういうこと?」
真剣な表情で訊かれたので、私は向き合うように身体の向きを変えた。
「自分だけ見ていればいいって。ラメール侯爵令嬢様の事に対して、怒る必要がないと言われました」
「そう……」
「ラメール侯爵令嬢様が、私に喧嘩を売って来た当初から、カイナル様は私の番だと、運命だと言い続けました。けれど、彼女は私を批判し否定し続けた。何度も喧嘩を売られたのです。なら、私は買いたい。怒りたい。……伯爵令嬢様の時は、気付かないうちに終わっていました。だけど、今回は違います。この大陸で最強と言われているカイナル様の番として、私はこの手で完膚なきまでに叩きのめして勝ちたいのです。私が抱くこの感情は、番が持ってはいけないのでしょうか? カイナル様は認めてくれません。カイナル様が求めている番像が、従順なペットだからです。だとしても、私は怒りたい。護られる立場に甘んじているのが、嫌なのです」
(聞いてますか、カイナル様……)
そこまで言い切ったら、セリーシアお母様が涙目で私の両手を強く掴んだ。
「安心して、ユリシアちゃん。誰がなんと言おうとも、私がその願い叶えてあげるわ!!」
最強の味方が増えました。




