拉致監禁されました
ヤンデレ度★★★☆☆
大きなベッドにふかふかな布団、肌触り最高なシーツ。
平民の誰もが、一度は寝てみたいと夢見ると思う。更に今は、オプション付き。美青年の寝顔が間近で鑑賞出来ますよ。喉から手が出るほど欲しいって、喜んであげますよ。熨斗の代わりにリボンを付けて。本当に貰ってくれるならね。
「そんなに怒らないでくれ……ほら、これ美味しいから」
私の口元に、一口大に分けた生クリームたっぷりのケーキを差し出すのは、私を拉致した張本人。超不機嫌な私の機嫌を取ろうと必死だ。
あの時は軍服を着ていたけど、今はラフな格好で、当然のように私の横に座ってるよ。隙あらば、膝の上に乗せようとしてくるから質が悪い。一回乗せられた時は、マジ硬直したよ。そのまま、頭に頬を寄せスリスリ。首筋から匂いも嗅がれた。赤の他人がしてるんだから、完全に変質者だよね。
鳥肌が立って、すっごく気持ち悪かっただけど、あまり強くは抗議出来ないの。
だって……この騎士様、平民の私でも知ってる超有名人だった。
騎士様の帰還を祝うパレードを遠くから見たことがあるから、私でも顔は知っていたの。求婚された時は混乱してて、余裕がなかったから、全く気付かなかったけど。
そう――この騎士様、僅か二十歳の若さで、数々の武功を上げ続ける英雄カイナル・コルディー様。白銀の守護神、その人だったの。
それだけでも頭が痛いのに、コルディー公爵家の三男って……私はしがない食堂の子、平民だよ。マジ、どうしよう……だからといって、このままなし崩し的に婚約させられて結婚なんて嫌。人族同士で、貴族と平民の結婚なんて、よほどの大商会とぐらいしかないわよ。でも、亜人族の間では珍しいけどアリ。それほど、番を重要視してるの。
そして何より、私が一番嫌なのは、亜人族は番を自分のテリトリー内に閉じ込める習性があることよ。
閉じ込められたら、簡単に外には出られなくなるし、家族にも会えなくなっちゃう。今の時点でもう会えないしね……涙出そう。泣いちゃっていいかな。
「いりません。家に帰らせて下さい」
もう何度も繰り返し言った台詞。心折れそうだよ。
「それは駄目だ。頼むから、食べてくれ。もう二日も、ろくに食べてないだろ……頼むから、食べてくれ」
カイナル様は悲壮な声で私に嘆願する。
その表情を見ると、心底腹が立つ。
(何、被害者面してるのよ!! そもそもの原因はカイナル様じゃない。六歳の子供を家族から切り離して、拉致監禁。食べ物なんて、喉を通らないの当たり前でしょ。私の我が儘のような言い方しないで!!)
本音を言えば、怒鳴り散らしたいよ。そうしたら、少しはスッキリするかもしれない。でも、益々子供扱いされる。この場で、それは悪手。だから、グッと我慢する。
「…………どうして、帰らしてくれないんですか?」
要点だけ話す。ぼろが出そうだから。大人ぶってるってよく言われるけど、まだ六歳だよ。知らない場所で一人は辛いよ……泣きそうになる。泣かないように、必死で堪える。
「帰ったら、もう俺とは会ってはくれないだろ?」
「はい、そうですね」って、言いそうになったけど、さすがに言えない。言ったら、即アウト!!
(カイナル様は、会えなくなると思っているから、私を開放してくれないの? だったら、会うことを約束したら開放されるの?)
もしそうなら、糸口が見えて来たかも。どのみち、何もしなかったら、このまま監禁コース直行。会うのは嫌だけど、ここは妥協するしかない。後がないなら、駄目もとで試してみる価値はあるよね。うん、決めた。
「……会うと言ったら、帰してくれますか?」
恐る恐る尋ねる私に、カイナル様は息を呑む。反応したよ。だけど何故か、更に悲壮感が増してる。失敗した?
「その場限りの言葉ではなく、本当に、俺と会ってくれるのか?」
(カイナル様、私の言葉疑ってるの?)
そりゃあそうよね。疑う気持ちは分かる。カイナル様からの求婚、何度も断ってるからね。彼が私に捧げようとした白百合は、寂しくベッドの枕元に飾られている。
つまり、私とカイナル様は、まだなんの繋がりもない関係。
正直、カイナル様が私にしたことを許す気はないわ。それが、亜人族の習性だったとしてもね。私は人族だから理解出来ない。その気持がカイナル様に伝わってるから、出た台詞なのかな。
俯いているから、カイナル様の表情は見えないけど、代わりに、垂れた耳と尻尾が教えてくれる。可愛いけど、ここは心を鬼にして踏ん張らないと。私の未来が掛かってるの。ここで畳み掛けるわよ。
「時間を決めませんか? 朝は食堂の仕込みとかで忙しいし、昼はご飯時を過ぎたら店はすきます。なので、昼過ぎから夕方までなら会えます」
(ほんとは、会いたくないけど)
「短すぎないか?」
(難色は示されたけど、否定はされてない。いける!!)
「なら、ここで、夕ご飯を食べて帰ります」
(これでどう? これ以上は無理だからね)
「一緒に、夕ご飯を食べてくれるのか?」
霧が晴れた空のように、とっても良い笑顔で念押しされたよ。耳もピンと立ってるし、尻尾は勢いよく左右に振ってる。
(気になる所はそこなの? 時間じゃないの? でも、開放されるなら構わない)
「はい」
私はにっこりと微笑んで答える。尻尾、千切れない?
「わかった。それで妥協しよう。但し、送り迎えは俺がする。構わないか?」
一抹の不安はあるけど、ここで嫌って言えないよね。すべてが水の泡になるかもしれない。
「はい。でも、出来れば、装飾のない馬車でお願いします」
たぶん、噂が広まってると思う。だからこれ以上、悪目立ちしたくないんだよね。食堂には影響はないと思うけど。
「わかった。手配しよう、ユリシア」
すっかり、機嫌が治ったカイナル様。
(よし、勝った〜!!)
雄叫びを上げたくなったけど、我慢。カイナル様、私の名前知ってたわね。名乗った覚えないんだけど。まぁいいわ。家に帰れるんだから、細かいことは気にしない。
気にはしないけど、少しカイナル様の言動に不審感を感じたの。その理由は、意外と早く分かるんだけどね。
思い返してみれば、その兆候はあったよね……