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第8話 嫉妬

静かに溜まり続けていた泥が、

春の陽気の中で、一気に濁流となる。


嫉妬、屈辱、孤独。

否定された存在が、影を引き寄せるとき、

体育館は異界と化す。

春の陽気をはらんだ声が、体育館の高い天井に跳ね返る。

ダムダムと響くドリブルと、床に擦れる靴音。興奮と熱気が、空気を震わせていた。

館内では2つのクラスが合同で体育を行っていた。

今は、クラス対抗で男子が対決を行っている。

チームは入れ替えで行われている、その都度状況が変わり応援も試合も白熱してきている。

「矢作君うまい。がんばって」

フェイクからのロールターン!

守備を置き去りにしてのシュート

そんな中、スポーツ万能で身長も高い矢作が注目を集めていた。

バスケ部さながらの活躍に黄色い声援も彼中心に降り注いでいる。

そんな中、何もできずにまごつく生徒がいるのも仕方がない。

「中野、何やってんだ——。 もう代われ。」

中野はうつむきが現に唇をかみしめた。

「勉強ならだれにも負けない。なのに、こんなやつらにバカにされて。」

中野の中で抑えようのない感情が湧き上がってくる。

それは、暗い水の底からせりあがってくるように、怒りとは裏腹に冷たい感覚が

全身を包み込んでくる。

勉強は昔から一番だった。それだけが取り柄といって良い。

コミュ障の中野はどのクラスにいっても周りから浮いていた。

学年一位、というプライドだけが中野を覆う壁となって、中野の存在を保っていた。

「今まではクラスの奴らも一目置いていた。それなのに——。」

そう、進級前最後の試験で中野は、学年1位の座を明け渡すことになる。

誰よりも努力してきた。

その自負もあった、それでも中野は負けてしまった。

そして、新学期、特進クラスの中でその屈辱の相手と同じクラスになることになる。

それからの数週間、中野は一日として気が休まる日はなかった。

ガリ勉タイプの中野に対して、彼は、天才肌だった。

授業の要点などを一度聞いただけで覚え、大した予習、復習もしていないのに小テストでは満点を取る。

中野は自分も満点を取るために必死だった。

それでも、間違う時もある。

なのに、そいつはこともなげに満点を取り皆の羨望の的となっていた。

日々の積もり積もった鬱憤とプレッシャーに押しつぶされそうになっていた時、救いの手が差し伸べられた。

「きみの大切な色を塗りつぶそうとする者がいれば、もっと強い色で塗りつぶしてやればいい。

それだけの価値が君の色にはあるよ——。」

その言葉は、不思議と中野の心の奥底にしみこんできた。カラカラになった土が水を含み泥になるように、その言葉は中野の中に安寧というどす黒い泥を作り上げた。

それに比例して、中野は周りの人間を見下すようになっていった。

「何もわかっていない馬鹿な連中が。」

そう何度も心の中で吐き捨てた。

それで救われたはずだった。

今日この瞬間までは、

今まで、馬鹿にしてきたクラスメイトから遠慮ない声を掛けられ、中野の奥底で眠っていた泥が盛り上がってくる。

それでも、中野の理性が最後の檻となって膨張するそれを押しとどめていた。

まさにその時だった。

相手チームのパスをカットした矢作の体が中野の体とぶつかった。

もつれるように矢作と中野は倒れこんでしまった。

「おい、邪魔するな」

コート内外から罵声が浴びせられた。

その声に、中野の手はわなわなと震えている。

「ごめん、大丈夫。ケガしてない。」

対照的に矢作が、軽いトーンで話しかけてくる。

「大丈夫、・・・・・だったらよかったのにね。」

「中野・・・・・。」

矢作が、助け起こそうと手を触れた瞬間。

「触るな・・・・」

中野がその手を振り払った。

その瞬間、中野の枷が弾ける音が聞こえた。

冷たく暗い何かは、解き放たれた。

それはものすごい速さで膨張していく。

濁流が一気に流れ落ちていくように、体育館全体を押し包んだ。

「何もかもお前が悪いんだ、僕の全てを奪いやがって!」

中野の頭の中で絶叫が木霊している。

その絶叫は、波動となって伝わっていく。

頭の中で大音量の鐘が打ち鳴らされたような衝撃が、その場にいた全員をおそった。

「キャー ・・・・。」

声にならない声を上げて生徒たちが崩れ落ちていく。

中には白目をむいて痙攣している生徒もいる。

「大丈夫か、どうした。」

教師たちは、若干の頭痛を感じたものの、何が起きたか分からないまま右往左往している。」

その中心で、中野はうずくまりながら卑屈な笑いを口元にたたえていた。

「皆死ねばいいんだ」

そうつぶやく中野の体の下では大きな沼を思わせる水たまりができていた。

それは、中野の影から広がり全てを飲み込むような不気味な暗い湖を思わせた。

その中心からは絶えず波紋が広がり体育館中を震わせている。

しかし、駆け寄る教師たちには何も見えていないようだった。

そのひんやりとした冷たい影は中野を包み込み恍惚の表情を浮かべながら彼の意識は深く沈んでいった

そしてその水面下で大きな黒い影が蠢いていた。




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