第5話 残り香
水鏡を呼んだのは誰なのか・・・・
美琴はその思いにさいなまれる。
自分のせいではないのか・・・・
すずは回復するのか。
少女は思い悩み、選択を迫られる。
確信に向かって物語は動き出す。
窓の外では太陽が燦々と輝いている。
生気に満ちた外の世界と打って変わって病室の中には重苦しい、覇気のない空気が漂っていた。
まるで人形のようにベットに寝かされたすずは、薄い半目を開けたまま焦点の定まらない視線を天井に向けている。
救急車で運ばれてからずっとこの調子だ。
こちらの問いかけにはうっすらと視線がさまようだけで声を上げようとしない。
まるで、思考することを辞めたようにただ横たわっている。
母親が水差しを口にあてがうとしっかりと水を飲んだ。
病院の先生の話では、身体的な異常は見受けられないとのことだ。
今回の件は、集団ヒステリーが起こり突発的に意識を失ったということになっている。
一時的なショックで、時間が経ては元に戻るだろうとの見解だ。
実際、涼香をはじめ気を失っていたほかの者たちは、運ばれてきた当初こそ、反応がなかったが、時間がたつにつれぽつりぽつりと話すようになっていた。
しかもどうやらほとんど発生時の記憶がないようだ。
その一方で、すずの回復は遅い様に思える。
すずの母親はまるでガラス細工の置物を扱うような繊細な手つきですずの手を握っている。
時折、こめかみからうなじにかけて優しく髪を撫でながら慈愛に満ちたまなざしを向けていた。
父親はせわしなく、ベッドの脇を歩き回り、ことあるごとにすずの名前を呼んでいる。
その光景は、美琴にとっては耐え難いものだった。
「結局、守れなかった。」
何かが起きる気がしていた。だからこそ起こる前にけりをつけるつもりだった。
しかし、予想が甘かった。
すずが泣き崩れた時、しばらく動くことができなかった。
すずに、陽キャグループに向き合うように諭したのは自分なのにだ。
いいやそれだけではない。
そもそも、中空に表れた浮かんだ水面。
あれは何なのだ。そしてそれを呼び込んだのは、すずなのか。
それとも・・・・。
胃のあたりがぎゅーと締め付けられる。
手が汗ばんで、うまく空気を吸うことができない。
ひんやりとした空調が、悪寒を駆り立てる。
「美琴ちゃん大丈夫。顔色わるいよ。」
美琴のお父さんが気遣って声をかけてきてくれた。
「ほんに、ここはいいからお家にお帰り。今日はいろんなことがあったから大変だったでしょう。すずの事心配してくれてありがとね。」
美琴の手を握りながらそう語りかけてきたお母さんの顔を見ることができない。
「違うの、私・・・・」
きつく握った手がいたい。血が出そうなほどかみしめた唇を動かすことができず。
心の中でそう叫んだ。
何もできず、立ち尽くす私をご両親は優しく諭した。
その優しさが心に突き刺さった。
結局、一言も発することができないまま病室を後にした。
気が付いたら泣いていた。
止めようとしても止めることができず。
声を上げる事なくだだ涙だけ流し続けていた。
外に出ると照り付ける太陽がまぶしく、頬を伝う涙がはしから乾いていく。
「こんな事じゃだめ。私に今できる事をしなくちゃ。」
大きく息を吸い込み、両手で自分の頬を力いっぱい叩いた。
「よおーし」
自分に気合を入れると、輝く太陽が体中に降り注ぎ力を与えてくれているようだ。
そよ風が頬を撫でていく。
その心地よさに冷静さを取り戻した美琴は、大きく息を吸い呼吸を整えた。
病院の前の噴水では小さな池が出来ている。
降り注ぐ太陽の光が水面に反射しまるで鏡のようになっている。
「水鏡」
その反射に目を細めながら自分の口をついて出た言葉に美琴は驚いた。
その言葉は、遠い昔に聞いた懐かしさを感じさせた。何かが記憶の片隅から立ち上がってくるのを感じ取れた。
あの中空に浮かぶ水面は水鏡ではないのか。
その思いが美琴の心を支配した。
「家に帰らなくては。」
「祖父母に今回の件を聞かなくてはならない。」
その思いが家路への足を速めさせた。
池では水面が青白く光り輝いていた。