エピローグ 1話 青い夢
巫女の血を引く高校生・美琴は、ある日、現実には存在しないはずの“水鏡”を目にする。
それは魂の深層と現世をつなぐ、禁忌の扉だった。
雷魚の影に導かれるように、彼女は失踪した母の足跡と、家族に封じられた過去を追い始める。
これは、水に映る魂の声と向き合いながら、少女が“真実”と“自分の力”を知る物語──。
息苦しい、まるで水中の中でもがいているようだ。
青いぼんやりとした光で包まれた世界。
意識もぼんやりしたまま、泳ぐように手足を動かす。
手足は何とか動くようだ、そのまま光の元に向かって吸寄せられたように歩いていく。
光と共に、誰かが呼ぶ声が聞こえた。
輪郭はぼやけているのに、なぜか懐かしい気配が胸に滲む。
なぜなのかは分からない。
どこかで聞いたことがあるのか、知った声なのか。
しかし、はっきりとは判別がつかない。
近づいてくるにしたがって、名前を呼ばれているのが分かってきた。
懸命に手足を動かし、もがくように前に進む。
もう少し、光に手が届く。
そう思ったところで、光が急激に強くなる。
今でははっきりと聞こえる。
「みこと・・・・・・・・をお願い。」
はっきりと聞こえるのだが、肝心の部分が聞き取れない。
水の中なのだろうか、やはりくぐもって聞こえる。
「ねえ、あなたは誰、何をしてほしいの。」
「お願いもう一度言って、聞こえないの」
そうするうちに、光が弱まり遠ざかっていく。
「ねえ、待ってお願い。待ってよ。」
そう言って前に進もうとするが全く進むことが出来ない。
ものすごい水流に押し流されているような感覚だ。
苦しい。
溺れる・・・。
ベットサイドの時計は午前3時を指していた。
やっぱり夢だった。
夢とは思えないほど鮮明な夢だった。
いつのころからか見るようになった夢だ。
はじめは、夢の内容も忘れていた。
それが、同じ夢を見る頻度が高まってくるにしたがって、おぼろげながら内容を覚えているようになってきた。
いや、正確に言うと夢に輪郭が出てきたというべきだろう。
そのおかげで、今では息苦しくなって夜中に目が覚めてしまうほどだ。
「全く、なんなんだよ。」
汗だくで、喉もカラカラだ。
「こんなのまるで現実じゃない。」
名前を呼ぶ声や読んでいる女性の影がだんだん鮮明になってきている。
そして、その声と輪郭は春風に頬を撫でられた時の様な、胸の奥がふっと暖かくなる懐かしさがあった。
これも水見の巫女としての素養が何かを告げているのだろうか。
まだ、祖母にはこの夢のことは話していない。
確実にこの夢は何かを美琴にさせたがっている。
なぜか分からないが、祖母と祖父はきっとこの夢について調べることを反対するという気がする。
しかし、美琴の直感が、夢に従えと言っている。
美琴の知りたいことがその先にあると告げているような気がしてならないのだ。
「にしても何かなこの夢。」
「私の安眠を返せっていうの。」
乱暴に枕を抱きしめると足をばたつかせながらベットに横になった。
「もう一度寝よっと。」
そのまま横になったきり、しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてくる。
寝つきが早い美琴はもう眠りに入っていた。
今度は朝まで起きることはないだろう。
その時、ベットサイドの時計の文字盤が揺らいだ気がした。
揺らぎはまるで水面のように大きく波打つと波紋の様なものが現れた。
すると不意に、何かが時計版を水面のようにして飛び跳ねたように見えた。
まるで、小さな水槽の中で魚が飛び跳ねたように見えた。
何より、その瞬間に小さな雷光が走り、一瞬の閃光が夢と現実の境界を散らすように部屋を照らし出した。
それっきり、今度は静寂が流れる。
後に残ったのは、時を刻む秒針の音と規則正しい寝息だけだった。