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第6話:ねえ祥太、今度うちにきて。いいえ――来なさい

あらすじ:祥太はそなたの家に、名女優冬木翠の映像を見に来るように招待される。彼女の家で、祥太はそなたの母親の鈴子と出会うのだった。


◆◆◆◆



 そなたにレ・ミゼラブルのチケットを予約したことを伝えてすぐだった。いつもの公園でそなたは俺に言った。


「祥太、大人のエポニーヌ役の冬木翠ふゆきみどりさんの演技はすごいからしっかり見ていてよ。絶対に感動するんだから」

「ふ~ん。誰なんだ? その冬木何とかって」


 失言だった。


「はあ!? あんた冬木翠さんのこと知らないの!?」


 そなたが血相を変えて俺に詰め寄る。


「あんたそれでも日本人!? 高校生!? 私より年上!? 信じられない!」


 そなたは心底呆れた顔で大声を上げる。


「な、なんでそこまで言われなくちゃいけないんだよ。俺はミュージカルなんて見るのは初めてなんだよ」

「そうだけど……そうだけど! もう本当に信じられないってば!」


 さすがにそこまで断言されると、俺も少しむっとしてきた。


「おいそなた、お前前言ってたよな。劇を見るお客さんに才能なんていらないって。あれはうそだったのか? その冬木何とかさんを知らないとレ・ミゼラブルは見ちゃいけないのかよ?」

「違うけど……ああもう、あり得ないから!」


 そなたはイライラした様子で腕組みする。


「いい? 冬木翠さんは今回のレ・ミゼラブルで大人のエポニーヌの役を演じる女優さんだけど、それはもうとってもすごい人なのよ。あんたもよ~く見ておくことね」


 冬木翠、という名を口にするときのそなたは、明らかにうっとりとした様子だった。


「お前、その女優さんのことをすごく尊敬しているんだな」

「ええそうよ。当然じゃない。翠さんは歌もうまいし演技も上手だし、何よりも一緒に演じている人たちにもすごく気を配ってくれるの。舞台のみんなが一緒になって劇を盛り立てる、って心構えの人。本当にすごい人なの。私のあこがれ。本物のスター」

「気を配る……か。確かにお前には必要かもな」


 俺がついそう言うと、そなたは顔をしかめる。


「何よそれ。どういう意味?」

「さあな。お前が一番分かってるんじゃないのか?」


 とにかく気が強くて、思っていることを正直すぎるくらいに口にするそなただ。周りとぶつかってケンカしてなければいいんだが。


「あ~もう、どうすればあんたにも冬木翠さんのすごさが分かるのかなあ」


 しばらくそなたは悩んでいたが、急に顔を上げた。


「ねえ祥太、今度うちにきて。いいえ――来なさい」


 いきなりのそなたの提案に俺は飛び上がるほど驚いた。


「は? なんでだよ!?」

「決まってるでしょ。うちには翠さんの出てるミュージカルの映像がたくさんあるから全部見せてあげる。感謝してよね」

「別にそこまでしなくても……」


 俺はやんわり断ったのだが、そなたは聞こうともしなかった。


「はあ!? あんたレ・ミゼラブルを見るって言ったくせに、役者に興味がないなんて言わせないんだから。いいからうちに来て! 来るの!」

「いや、俺はそなたの演技を見たいだけで……」


 つい正直にそう言ってしまったら、案の定そなたは怒った。


「バカ! 私を目当てで舞台を見るなんて役者にも劇にも失礼よ失礼! し・つ・れ・い!」


 なんでそこまで言われなくちゃいけないんだ、と思いつつ、俺はそなたの気迫におされてうなずくしかなかった。


「ああもう、分かったから。行くよ。行けばいいんだろ」


 俺が両手を上げてまるでホールドアップされたみたいにそう言うと、そなたは勝ち誇った顔で笑う。


「よろしい。しっかり予習して、冬木翠さんのすばらしさを理解しなさい!」



◆◆◆◆



 休日。俺はそなたの家の前にいた。そなたの家は三階建てのすごく立派な家だ。広い庭もきれいに手入れされているし、見るからにお金持ちの家って感じだ。一応普通のケーキを買ってきたけど、なんだか不釣り合いな気がしてならない。俺は緊張しながらインターホンを押した。


「はい。どちら様でしょうか」


 優しそうな女の人の声がした。


「あの、越島祥太と申します。そなたに――じゃなくて、牧野そなたさんに呼ばれて、今日おじゃましたんですけれども……」


 うわあ、我ながら何を言っているんだ、俺。考えてみれば、高校生の男子がいきなり小学生の女の子、それも公園で会っただけの女の子の家に行くなんて。ありえないよな。すると、ロックがはずれてドアが開いた。


「ようこそ、越島さん。今日はよく来てくれましたね」


 玄関に、とてもきれいな女の人が立っていた。そなたが成長して大人になったら、ちょうどこんな感じになるんじゃないだろうか。ほっそりとしていて、とてもおしゃれな人だ。たしか、そなたの話によると宝塚の元トップスターらしい。そう言われてもうなずける。


「初めまして。そなたの母の鈴子と言います。よろしくお願いしますね、越島さん」

「あ、はい。初めまして」


 一礼してから、つい俺は鈴子さんの顔を見てしまう。すぐに鈴子さんはそれに気付いた。


「どうしました?」

「いえ……その、本当にそなたの母親なんだなって思って。二人ともそっくりなので」

「あら。ありがとうございます。どうぞ中へ」


 そなたがあらかじめ言ってあるだろうけど、それでも俺はいきなり小学生の女の子の家に押しかけてきた高校生だ。いぶかしそうな様子をまったく見せない鈴子さんに、つい俺は早口になってしまう。


「あの、俺は怪しい者じゃなくて、いえ、本当にそなたとは公園で会っただけなので、こうやって会うのはすごく変なんですけど、俺は……」


 母親ならば、いきなりやって来た見ず知らずの高校生を怪しむだろうと思っていたのだけど、鈴子さんは緊張している俺を見て軽く笑った。


「ふふ、知っていますよ。あなたのことはそなたからちゃんと聞きましたから。大丈夫です、あの子の人を見る目は確かですから」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ようやく俺は靴を脱いで家の中に入る。


「義足での生活は大変でしょうね」


 生身じゃない右足が見えたのだろう。俺を案内する鈴子さんはそう言った。


「娘は――」


 でも、鈴子さんがそこまで言いかけたところで、奥の部屋のドアが開いた。


「あ、祥太。ちょうど時間通りに来たわね」


 いつものおしゃれな格好じゃなくて部屋着だけど、相変わらずそなたは子役らしくかわいかった。


「こ、こんにちは、そなた」


 俺のよそよそしいあいさつに噴き出すそなた。


「な、なによそれ。どうしちゃったの、祥太」

「いや、その、鈴子さんがいるのになれなれしいのも変だと思って」

「あーうっとうしいわね。ほら、ぼーっとしてないでこっち来て!」


 俺の手を引っぱりつつ、そなたは振り返って鈴子さんの方を見る。


「ママも、祥太によけいなこと言わないでよ。祥太は、今度私の舞台を見に来てくれるお客さんなんだから。しっかり冬木翠さんのすばらしさを今日は教えてあげるのよ」

「はいはい、分かってるわよ、そなた」


 鈴子さんは母親だけあって、気難しいそなたの扱い方になれているようだった。そうして俺は、改めてそなたの家のリビングに案内された。


 立派なグランドピアノ。広い庭を一望できる窓。高級そうなティーセットが入った戸だな。なんて言うか……俺と住む世界が全然違う。大きなテレビの前で、そなたはいそいそとレコーダーの操作をする。


「さあ、さっそく見るわよ。ママがお茶をいれてくれるから、楽しみにしててね」

「お、おう。本格的だな」

「だって冬木翠さんの舞台よ。当然でしょ。まずはやっぱり『オペラ座の怪人』よね」


 いきなりまったく知らない劇の名前が出てこなくてほっとした。オペラ座の怪人なら少しは知っている。


「あ、あの顔をマスクで隠した奴が出てくる……」

「そう、ファントム。翠さんはヒロインのクリスティーヌの役よ。あんたみたいな初心者にはおすすめね」



◆◆◆◆




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