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第1話:越島祥太さんの病気は、骨肉腫です

あらすじ:主人公の越島祥太は、骨肉腫で右足を失った。それ以来心が折れてしまって、好きなマラソンにも打ち込めないでいた。


◆◆◆◆



 子供の頃から、人にほめられるのが好きだった。親や先生に喜ばれるのが好きだったし、テストでいい点を取ったり、リレーで一番になった時にすごいと言われるのがたまらなくいい気分だった。自分が得意だと思うことをどんどん伸ばそうと思った。だから俺――越島祥太こしじましょうたは高校で陸上部に入って、マラソンに打ち込んでいた。


 マラソンはとてもきつい競技だ。長い距離をただ走るだけじゃなくて、ほかの選手と競争して走らなくちゃいけない。相手に負けたくない、と焦ると自然とペースが乱れてしまうし、かといって自分のペースだけで走っていると周りに置いていかれそうで不安になる。でも、俺はこの競技が得意だった。陸上大会でも代表選手として選ばれる予定だった。


 ――初めは、わずかな違和感だった。右の足に変な痛みがあって、ただの筋肉痛だろうとしか思っていなかった。でもその痛みはいっこうに治らなかったし、腫れも引かなかった。何かがおかしい、と思ったのは、熱が出て体が本格的に辛くなってきてからだった。病院に行ったら医者は慌ててほかの大きな病院に連絡して、俺はそこに担ぎ込まれた。


「越島祥太さんの病気は、骨肉腫です」


 両親と俺を前に、医者は長い長い説明をした。足の骨に腫瘍ができていること。しばらくはなんとか薬で治療するけど、もしどうしても駄目だった場合は、俺の右足は切断するしかないと言った。


「お気の毒ですね」


 と医者が言っていたけど、俺には他人事にしか聞こえなかった。全然信じられなかったからだ。


 結局、薬による治療はうまくいかなかった。何もかも人任せで物事は進んでいき、俺は現実を受け入れられないまま、まな板の上に乗せられた魚みたいに、右足のひざから下を失った。文字通り、切り落とした。すっぱりと、さっくりと。昨日まではあった右足は、今日はもうどこにもなかった。それが――俺のマラソンのゴールだった気がした。


 義肢装具士の亀井さんという男の人が来て、俺に新しい右足をくれた。金属製の棒みたいなそれは、俺の義足だった。リハビリをしつつそれを足にはめて、歩く訓練をした。


「越島君は飲み込みが早いですね。これならやがて今までのように歩けますよ」


 と亀井さんは言っていた。三十代くらいのメガネをかけた小太りの人だ。


「ありがとうございます」


 久しぶりに他人にほめられた。でも、俺は何も感じなかった。


「俺、退院したらまたがんばります。義足でも走れますからね。俺は負けませんよ」


 そんな空っぽの聞こえのいい言葉を口にして、俺は亀井さんの前で自分を取りつくろっていた。でも、かえって自分が足をなくしたことを強く実感して、後で俺は誰もいないところでこっそりと泣いた。


 退院して高校に通うようになっても、俺はみんなの見ている前では「右足を失ってもくじけない強い奴」を演じていた。クラスメイトや先生は遠巻きにしながら


「大丈夫? 平気?」


 とか


「リハビリがんばったんだって。すごいよな」


 と言ってきた。俺はできるだけ何も考えないようにして、そのすべてに笑顔で当たりさわりのない言葉で応えていた。


 俺は陸上部には復帰しなかった。義足ではなんとか歩けても、とても走ることなんて考えられなかった。まして、長距離を走るマラソンなんてなおさらだ。身体障がい者の大会もまだよく分からなくて、すぐに出る気にはならなかった。なくなった足のことを考えると、すぐに義足となじんでしまうのもおかしい気がしていたからだ。


 そして、切断したはずの足が痛むようになった。時々いきなり、もう存在しないはずの足の感覚が痛みと共に戻ってくる。医者の話によると、これは「幻肢痛」というものらしい。そういえば入院する前、陸上部のみんなはよく言ってくれた。「祥太は絶対マラソンの才能があるよ」と。だとしたら、俺の才能は右足と一緒に落としてしまったんだろう。


 そんな感じで俺は、授業が終わると部活には出ないで帰宅していた。でもすぐに家に帰る気もしない。母さんの心配そうな顔は見たくなかったからだ。だから、公園でぶらぶらと時間をつぶすのが日課だった。空や地面を見つめながら、こんなはずじゃなかったのに、と俺は何度も考えていた。


 ――牧野そなたに出会ったのはそんなある日のことだった。



◆◆◆◆




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