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第四話

 どうも、最近ようやく歯の生え始めた俺です。

 まだ立てません。ハイハイには自信あります。

 一応シルビオ・セルヴァムとかいう大層な名前で伯爵の息子やらせてもらってます。

 転生してはや六ヶ月……いや七ヶ月……八かもしれない。

 とりあえず結構な日数過ごして、うっすらとだがこの世界のことを理解し始めていた。

 といっても、赤ん坊の体でできる範囲という注釈はつくが。

 まずこの世界の言語が俺のいた世界のどの言語にも当てはまらない、全く異なるものということだ。

 あまりに自然に理解できていて、口の動きが違うことに気が付くまで何の疑問も抱かずに生活していた。

 自動で翻訳してくれる機能が知らぬうちに搭載されていたらしい。

 しかし不便なことに会話にしかその機能は働かず、書かれた文字は読むことも理解することもできなかった。

 自分で勉強しろってことか、変なとこでケチくさい。

 次に俺の住んでいるところが、伯爵の名に恥じないそれはそれは大きなお屋敷だということだ。当然っちゃ当然だが。

 これはまだハイハイもできない頃、スズがこの屋敷を紹介したいと言い出し、俺ともう一人の赤ちゃんをおんぶに抱っこしてあちこち練り歩いたことから分かった。

 ちなみにディナは、「そういうことは物心がついてからでよいと思うのですが」と反対していたのだが、スズは「いいの!」と言って聞かなかった。

 無駄にデカいホールに吊るされたシャンデリア、やたら長い廊下とやたら多い部屋。

 屋敷の裏には庭園があり、さらにその奥には円柱型の塔が一本寂しく建っていた。

 典型的な西洋造りの貴族の館。

 屋敷の外は、広大な草原に囲まれていて、遠くに森林、遥か遠くに山がそびえたつという自然豊かさなら誰にも負けないという景色だった。

 ただディナが買い物に半日以上かけていることから察するに、近くの町ですら相当離れているらしく利便性は終わっているみたいだ。

 そしてここの住人だが、俺の知る限りでは自分含め六人。

 一人目は俺達双子の母、メノア。

 若く美人で右足が不自由。最近は左足も悪くなってきたのか、転ぶ回数が増えたような気がする。

 一応伯爵で、ここら辺一帯の管理する立場らしい。

 月に二、三回仕事のため外出し、それ以外は大体家にいる。

 家にいる間はかなり暇らしく、しょっちゅう俺らの部屋に来ては、もう一人の暇人であるスズと一緒に俺達双子を愛でていく。

 二人目はメイドのディナ。

 クールに家事育児をこなす仕事人でありこの家の柱だ。

 ディナがいなければ、三日もたたずに屋敷は洗濯物と埃の山に沈み、餓死者が続出していただろう。

 もう一人のメイドが無能すぎるせいで、ほぼワンオペでこの広い屋敷を管理することになっている。尊敬しかない。

 また潔癖なのか知らんが、いつもバイクグローブのような真っ黒な革手袋を装着している。

 そんな完璧超人なのだが一つ不満をあげるとしたら、めっちゃ腕が固いことぐらいだな。

 横抱きされると後頭部にゴツゴツとした鉱物のような感触があって、非常に寝心地悪い。

 メイド服に覆われ見たことはないが、相当立派な筋肉の鎧を腕にまとっているのだろう。

 三人目はアホメイドのスズ。

 けれどメイドと呼ぶのをためらうぐらい、全く仕事をしていない。

 早朝はディナとのかくれんぼ。見つかれば仕事を命じられてしまうからだ。

 毎度十分も持たずに発見されお説教。謎の粘りでなんとか仕事を回避しようとするが、晩飯を人質に取られ渋々働く。

 そんな彼女がまじめに一日働くわけもなく、小一時間で飽きてサボり始める。

 めんどくさがりで不真面目なスズだが、意外にも俺達の世話には積極的で隙あらば部屋に来て居座り面倒を見てくれる。

 不器用だが彼女なりに、俺たちのことを気にかけてくれているのだろう。

 まだ幼めの姿なのもあり、弟ができてはしゃぐ子供みたいでなんだかんだで憎めないやつだ。

 ちなみにメイド長という肩書だが、高級そうな壺を割って三日で解任された。

 四人目はフード付きの黒マントで全身を覆った謎の大男?だ。

 正面玄関の左斜め二十か三十メートルくらい先で、草原の絨毯に腰を下ろし胡坐をかいている。

 一切家に上がらずずっと、それはもう雨だろうと雷雨だろうと豪雨だろうとずっと、館に背を向けるようにその場所に座り続けている。

 なのでマントが描く巨体の輪郭しか、彼のことを知らない。というか()なのかどうかも分からない。

 ただメノアが出かける日だけは別で、メノアに付き添うように家の前から姿を消す。

 それ以外で家の住人との接点はなく、会話の話題にすら上がらない。

 まるでそこにいないものとして扱っているような、触れてはいけない禁忌として扱っているようなそんな感じだ。

 初めは俺の父親なのかとも思ったが、今は正直分からない。

 そして最後五人目は、俺の双子の……兄か弟かは分からないが多分弟のマルコ・セルヴァム。

 まぁ、色々と言いたいことはあるが、何と言ってマジで泣く。ホントに泣く。深夜でも泣く。

 最初の頃は(うんうん! 赤ちゃんは泣くのが仕事とよく言ったものだ! 大いに泣けよ、少年!)と余裕のある先輩ムーブをかませていたのだが、最近は(眠れないんじゃボケェ!)と大人げない怒りを抱いてしまう。

 これはな、四六時中右耳をつんざかれたら、誰しもこうなるんや。ホント、世の中の母親やら育児に従事する役職の人には尊敬の念しか湧かないよ。

 もしかしたら俺と同じ転生者なのかもと思ってた時期もあったが、この本気(ガチ)赤子泣きを披露されてしまっては疑いも晴れるわ。

 俺なんかは全く泣けず、マルコの大泣きに便乗し、ちょっとぐずるフリをすることで何とかオムツを替えてもらったり、ミルクをもらったりしていた。

 思春期真っ盛りの高校男児に赤ん坊ふりは酷だって……、体は赤ちゃんかもしれないけど魂は違うんすよ。

 おすわりできるようになってからは、対面する機会が多くなった。

 青色の瞳にちびちびと生える茶髪。

 赤ちゃん特有のでっぷりとした体形に、マシュマロみたいな頬。

 鏡を見るまでもない、俺もコイツと同じ姿なんだろうな。双子なんだし。

 唯一違うとしたら右手だろうな。

 俺は右手の掌右半分が欠けているが、マルコは右手の薬指と小指を巻き込んで掌の左半分が欠けていた。

 俺の欠けた部分をマルコが持っていて、マルコが欠けた部分を俺が持っている感じ。

 何とも奇妙な欠損の仕方だ。断面は俺と同じ暗黒に塗りつぶされていた。

 性格は……どうだろうまだ赤ん坊ではっきりとは分からないが、人懐っこいのは確かだ。

 子育てしたことないので勝手なイメージだが、母親以外に抱っこされると不安で泣き出すというのが赤ちゃんの普通だと思ってた。

 しかしマルコは、誰に抱っこされてもひまわりのような笑顔を咲かす。

 あぁそれと、よく笑う。よく泣きよく笑う。本当に感情豊かのだと思う。赤ちゃんなら誰しもそうなのか?

 あとは俺に対して懐いているというか、守ろうとしている、もしくは監視しているような行動をよくとる。

 ハイハイできるようになって、大人の監視のもと部屋の中を動き回れるようになったのだが、どこ行っても後ろについてくる。

 俺が右に行けば右にきて、左に行けば左に行く。止まれば俺の前で止まりデへへと笑う。

 まねっこしているのかな?と思ったがそうでもないらしい。

 一度スズが部屋の扉を閉めずに退室した時があったのだが、俺はちょっと探検にでも行こうかとハイハイで廊下に出た……いや脱走したことがあったのだが、案の定マルコもついてきた。

 あぁまたついてきたなぁとか思っている間に、マルコはとんでもないスピードで俺を追い抜くと行く手をふさぐようにひっくり返り大泣きし始めた。

 おかげで速攻ディナにばれ捕獲。監視不十分でスズも怒られていた。

 たまたまかもしれないが意思を感じる行動に、マルコは俺と同じように赤子以上の知性を持っているのではと一度は疑いを持った。

 けれどその数百倍赤子らしい行動を見てきたので、その疑問に一瞬で杞憂という結論を出した。

 それに信じたくないだろ、全力で赤ん坊のフリができるイカれた奴がマルコの中に入ってるなんて。


 とまぁ、分かったことといったらこれぐらいかな。

 まだ分からないことだらけだ。

 世界観だってまだ”西洋風だなぁ”という小学生の感想並みの情報しか分かっておらず、魔法の有無も確認できていないのでファンタジーかどうかも分からない。

 明かりは蝋燭を用いている事から中世くらいかと思ったのだが、電灯やガス灯というワードを会話の中に聞いたことがあるので、もっと近代よりなのかもしれない。

 それに体を探せと言ってきた怨霊のこともある。

 この世界で体を探して欲しいから怨霊が転生させたのか、それとも怨霊に殺された俺を別の神的な何かが転生させたのか。

 ……ムッ、さっきミルクを飲んだからお腹いっぱいで眠気が。

 考えるのはまた今度でいいか。時間ならたくさんある。

 そっと目を閉じると意識は次第に暗闇に溶けていった。

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