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第三話

 この小一時間で、だいぶ濃い経験をしたが、正直一番驚いたのは右手が欠けていたことと言っても過言ではなかった。

 てかこれ転生だよな。ってことは俺死んだのか?

 お茶目の通じねぇ怨霊だったなぁ。ちょっとカーテンめくろうとしただけじゃねぇかよ。

 なにも殺すことはねぇだろうが。

 それに右手……いったいどうなってやがる。

 親指から中指を巻き込み消失した手の平の右半分。断面は中身が丸見えってわけでも、皮膚が蓋をしているわけでもなく、あの空間に満ちていた暗闇のようなものが塞いでいた。

 気味悪ぃなぁ。呪われた右手ってか。一応俺右利きなんで勘弁してほしいのですが。

 まじまじと自分の右手を観察していたのだが――


 「おぉ?」


 突如左から女の顔が柵より上にヌッと現れた。

 あっちゃこっちゃと跳ねる赤茶の髪が猫耳のように見え、長めの犬歯がそれを強めている。

 鼻上にはそばかすが散らばっており、瞳は赤く彩られている。

 何というか粗暴な村娘といった雰囲気で、なおかつ幼さも残っており、メイドの格好をしているが服に着られている感が強い。

 

 「んんん?」


 大きな目を目いっぱい細め、メイドが唸る。

 そして考え込むように、自らのあごに手を添え擦り始めた。


 「んんんん?」


 俺の目とメイドの細めた目が、ひたすら見つめ合う。

 メイドは唸るばかりで、俺はこの女の出方を伺い静止する。

 刻々と時間が過ぎるにつれ、彼女のあごを擦るスピードは上がっていき、肌がほんのり赤みを帯びてきた。

 いったいコイツは何をそんなに長考しているのだ? 何か必死に考えてそうではあるのだが、全く読めない。

 しばらくしてそんな硬直状態を破ったのは、俺の方だった。


 「あう(どうも)」


 俺の軽いジャブ(あいさつ)に、メイドは目を丸くすると


 「んにゃぁぁああああ!?」


 と叫びながら派手にひっくり返った。

 そのまま手足をばたつかせ、部屋の隅まで行くと壁を伝うように立ち上がると


 「お、起きてる!」

 

 と一言。

 ずっと目ぇ合ってただろうが。メチャクチャ起きてたよ俺。

 見ればわかることに、長考を重ねるな。

 そしてこの頭低回転メイドは「ディナディナ!」と連呼しながら部屋を飛び出していく。

 しばらくするとドタドタと足音が聞こえ、誰かしらの手を引いたアホメイドが返ってきた。


 「ディナ、ほら見て! ホントだから!」


 「はぁまったく、これから出発しようとしていたのに……。また嘘だったら承知しませんからね」


 今度は、二人の顔が俺をのぞき込む。

 一人はさっきのアホメイド、もう一人は同じくメイド服を着た二十代くらいの女性。

 アホメイドが言うにはディナという名前らしい。

 首元でキレイに揃えられた黒髪のセミロング。

 目尻は吊り上がっていて、瞳が氷のような青なのも相まり冷徹そうな印象を受ける。

 アホメイドと比べ頭一個分背が高く、背骨に針金でも入れているみたいに姿勢がいいので、より高身長に見えた。

 ディナも同様に目を細め、俺を見据える。


 「……ふむ、目を覚ましているように見えるのは私だけでしょうか?」


 ディナさんだけじゃないっすよ。隣のバカも起きてるように見えてるらしいですよ。

 てか起きてます、俺。


 「だよねだよね! でもディナ気を付けて! そいつ凶暴だから! さっきなんてね、アタシの耳嚙み千切ろうとね、飛びかかってきたんだから!」


 なに平然とホラ吹いてんだ、コイツ。

 ディナさん、そいつ解雇した方がいいっすよ。


 「あぅぬぅー(起きてますよー)」


 ふむ、やはり歯も生えそろわぬ赤子の口では、意思疎通もままならないか。

 しかし効果抜群だったのか、二人は目を丸くした。

 アホメイドは「んにゃぁぁああああ!?」と再びひっくり返り、ディナさんは少し目を開いた程度で、表情はほとんど変わっていなかったが、胸に手を当て肩で息をし明らかな動揺を見せいていた。

 どれだけ驚くんだこの人たちは。なんかこっちも楽しくなってきたぞ。


 「ま、間違いなく目覚めいるようですね……。スズ、もう一人の子は?」


 もう一人の子?他にもいるのか?

 スズと呼ばれたアホメイドは、俺のベッドを通り過ぎ右側に行くと、何かしらを確認するようにのぞき込んでいる。

 柵のせいではっきりとしないが、どうやら俺のベッドと同じものがもう一つあるようだ。


 「はわわ! この子もバッチリ目が開いてる!」


 「ど、どうしましょう。 ともかくメノアに報告を……」


 ドタバタと右往左往する二人。

 すると、


 「どうかしたの?」


 入り口から優しそうな女性の声が聞こえた。

 また新しい登場人物か。


 「メノア、ちょうどいいところに! 信じられないことに……双子が目を覚ましました」

 

 ディナ迫真の報告に、メノアは短く微笑む。


 「フフッ。これだけ騒がしくしてたら、いやでも目が覚めちゃうわよ」


 「そういう問題ではないと思うのですが……」


 杖と足の奏でる不規則な音が、徐々に近づいてきて新しい顔が俺を覗いた。

 腰まで伸びるほんのりカールのかかった艶やかな茶髪。

 エメラルドをはめ込んだかのような瞳は、美しさと同時に俺の心を丸ごと覗かれているような不安を感じる。

 右足が不自由なのか、右に傾く体を杖が支えていた。

 胸元に小さな黒リボンのついた長袖のワンピースを身にまとっていて、ほかの二人と服装が違う。

 そうとう若そうだが、二人の雇い主なのだろうか。

 

 「シルビオちゃん~。ママでちゅよー」


 メノアは俺に笑顔を向け小さく手を振る。

 マ、ママでござるか!? こんな美人から生まれることができたなんて最高だぜ。

 こりゃ俺の新しい顔面にも期待できそうだな。

 それに新しい名前も……シルビオねぇ。


 「気を付けてねメノア。さっきその子、いきなり襲いかかってきたんだから」


 髪の毛と同じ赤茶の眉を寄せたスズの顔が右側に現れる。

 またコイツ適当なこと言いやがって。


 「フフッ、首も座ってない赤ちゃんがそんなことできるはずないでしょ。スズちゃんったら、おかしな子」


 三人の顔が俺をまじまじとのぞき込む。


 「それにしても赤ちゃんっていつ見ても可愛いわよねぇ。不思議だわぁ」


 「ムムム、アタシには劣るけど、ちょっとカワイイかも……。特別に子分にしてやろう」


 そう言いながら俺のほっぺを突くスズ。

 俺にも選ぶ権利があると思うのだが。

 にこやかな二人と違いディアだけは変わらず無表情を貫いている。


 「というわけでぇ、今日から私は女伯爵なのでよろしく!」


 「オンナハクシャクぅ!? かっこいい! アタシもなりたい!」


 「そんな適当で大丈夫なのですか?」


 「大丈夫、大丈夫! この私を誰だと思ってるの? 天下のメノア・セルヴァム様よ!」


 「存じ上げないですね」


 冷ややかな視線を送るディナとは対照的に、自信たっぷりと胸を叩くメノアへスズは深々と頭を下げる。


 「ははぁーー! メノア様ぁー」


 「うむ苦しゅうないぞ。物分かりのいいスズちゃんは特別にメイド長に任命してあげよう」


 「やった! じゃあディナ、今日の掃除洗濯ご飯に買い出し全部やっといてね。アタシの方が上司だから、命令はゼッタイだから」


 「それいつも通りじゃないですか」

 

 二人のメイドがあーだこーだと言い合っている中、メノアは「苦しゅうない」と相槌を打ち続けていた。それ言いたいだけだろ。

 その騒ぎに影響されてか右の方から赤子のぐずり声が聞こえ始め、次第に大泣きへと変わっていった。

 双子の弟か兄かは分からないが、俺とは違いしっかり赤ちゃんをやってるらしい。

 三人はドタドタと急いでそちらへ向かうが、メノアは派手に転びディナはそれの介護、スズは赤ん坊の持ち上げ方が分からずオロオロしている。

 赤子の泣き声がさらに大きくなる中、俺はそっと目を閉じた。

 この家不安しかない。

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