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第一話

「ありがとーございましたー」


 地上の明かりに星を奪われた夜空が、不気味なほど黒い二月後半。

 やる気のないコンビニ店員のあいさつを背中に感じながら、俺こと冴島翔太はまだ吐息が残る冬の外に出た。


 「ったく。さみーなぁ、おい」

 

 言っても誰かが改善してくれるわけでもない文句が、つい口から漏れ出てしまう。

 イラつく寒さだ。コンビニは近いし大丈夫だろうと、カイロを渋ったちょっと前の自分を恨むぜ……。

 だが仕方ない。どーしてもおでんが食べたかったのだ。

 まぁ、正確にはおでんの汁が目的だが。具はおまけにすぎない。

 右手につる下げたコンビニの袋から、戦利品の温かみをかすかに感じる。

 俺はなんの仕事もしていない左手を、コートのポッケに招き入れ、わが家へと向かう。

 街路灯に導かれ、人っ子一人通らない深夜の静寂を歩いていると、つい憂鬱なことが頭をよぎるのは俺だけだろうか。

 来年度から高三になる俺にとっての一番の憂鬱は、まぁ受験だろうな。

 何になりたいわけでもなく、なんとなく大学を選んで、それに向けやりたくもない勉強に青春を費やす。

 けど、大学に入っちまえばこっちのものだ。なんせ四年は遊べるからな。

 ……その後、四十年以上は地獄を見るだろうけど。

 大学生時代が人生の夏休みなら、社会人は人生の二学期か?

 冬休みにはジジババで、春には死んでるな。そう考えると二学期長すぎだろ。


 閑静な住宅街。

 俺のスニーカーと地面がすれる音が孤独に響き、時折遠くからアスファルトを駆るタイヤの音が聞こえる。


 「はぁ……」

 

 思わずため息がこぼれた。

 口を覆うマスクの隙間から、陰鬱な水蒸気がこぼれ眼鏡を真っ白に染める。

 子供の頃は……なんていうか、満ち溢れていた。言葉では言い表せないなにかが。

 見るものすべてが輝き、やることすべてが楽しかった。

 けれど年を取るたびに、なにかが欠けていっているような感覚に最近気が付いた。

 高二でこれだ。大人になればもっと欠けていくのだろう。

 かつての色彩は失われていく。色あせていくわけではないと思う。相応な現実に戻るだけ。

 しかしこの感覚に、不快感や苦痛はない。

 ただ少しの寂しさと、まぁこんなもんかという諦めがあるだけだ。


 濁った眼鏡を拭こうと、手を伸ばしたところ、タイミング悪く右ポケットのスマホが震え始める。

 俺は眼鏡を掴もうと中途半端な位置にいる左手へ袋を渡すと、震えるスマホを取り出し画面を確認した。

 画面には着信マークとその上に、”アホドM”とこの着信の主であろう名前が表示されている。

 俺は舌打ちをし、右耳にスマホを当てた。


 「もしもs――」


 「テメェ今何時だと思ってんだよ。立派な真夜中だぞ、この野郎」


 俺は相手の言葉にかぶせるように静かな怒気を込めて放つ。

 しかし電話の向こうで鼻息を荒くしている望月 誠に効果はなかった。

 この通話にどれほど不快を思いをしているか伝えるためにもっと強い言葉を使ってもよかったのだが、それをすればかえってコイツを喜ばせる結果になるのがほとんどだ。

 コイツを楽しませずに叱るのは、幼馴染の俺でも至難の業だ。

 俺は歩みを止めずに、このアホの相手を続ける。


 「まぁまぁ落ち着けよショータ。確かに今は真夜中かもしれない。けど”このこと”を知れば、心に喜びの太陽!それはもう真っ赤な太陽が昇るにことになる……ゼ!」


 「はぁ、そっすか」


 「つまり今は実質真昼なんだよね。おわかり?」


 「全然わからないし、今は夜だぞ」


 「はぁ、心を持たぬ陰険正論ロボットに”人の心”を想像させることは酷なことだったか……。だが!この奇跡(知らせ)を聞けばその冷たい鉄の胴体に、嫌でも心が芽吹くはz――」

 

 「なげぇよ、はよその知らせとやらを言ってくれ。夜が明けちまう」


 テンション高いなこのアホ。

 いつもより一割増しで元気だ。

 誠のわざとらしい咳払いが聞こえたかと思うと、今度はセルフドラムロールが鳴り始め、終わり際にデデンとクソださ効果音とともに発表がなされた。


 「エル〇ンリングのDLC発表きちゃぁああああ! FoooooOOO! 六月二十一日LET's GoooOOOO!」


 俺はふと気になり、スマホを耳から離し画面の時計を確認する。

 ふむ、零時十分。間違いなく深夜。

 俺の周りだけ時間の流れが異なっていて、実は本当に日中の可能性を疑ってしまった。

 でなきゃこんな奇声あげられないだろ、普通は。

 ……いやよく考えたら昼間でもあげないわ。

 再び耳元にスマホを戻したところ、まだ狂った叫びが続いていたので、俺はそっと通話を終了した。


 「……ふぅ」


 静けさを取り戻した夜闇に俺は深くため息を吐くと、マスクに籠ってまた眼鏡を曇らせた。

 誠はもうだめだな。

 出会いたての頃からコイツやばいな、と思っていたが年を重ねるにつれ酷くなっている気がする。

 まぁここだけの話、誠の底なしの明るさとか、人見知りが少しある俺に友達ができるようさり気なく取り計らってくれてきたとか、色々助かると思うことがあったが、それ上回る奇行が最近は目立ち始めてきた。

 顔は悪くない方だが彼女のできない理由がそこにあった。

 きっとこの先結婚もできず妹にも見捨てられるであろうアイツは、孤独な余生を過ごすことになるのだろうな。

 最終的にはボケの加速したジジィの誠を誰が介護するかという話になり、幼馴染の俺に半ば押しつけられる形でアイツの介護を……。

 老々介護、年金問題、少子高齢化、地球温暖化etc……うっ、頭が。

 やはり夜は、頭に憂鬱な考えを浮かばせる作用があるのだろうか。

 ……いやよく考えたら幼馴染が介護するなんてことはないだろ、普通は。

 勝手に不幸を伝搬させて、あるはずのない最悪の未来を想像してたわ。

 そんなことを考えていると、再びスマホが振動しだした。

 着信元を確認するまでもなく、俺は耳元にスマホを戻す。


 「サヨナラも言わずに通話切るのなぁぜなぁぜ?」


 「また出てやったんだからいいだろ」


 「つかよぉショータ、リアクション薄くない? wow wow」


 「なんの?」


 「DLCだよ、DLC! さっき話したばっかなのにもう忘れたのか? そんな興味なかったか?」


 奇声に対してのリアクションかと思ったわ。

 そっちの方がインパクトあったからな。

 一本また一本と街路灯のついた電柱が通り過ぎていく。

 真上から照らされる光が、時折地面に俺の歩く影を描く。


 「いや興味がないってより、もうとっくに知ってた」


 「知ってたっ!? いつから?」


 「昼飯ん時トレーラー出てたから見た」


 「昼飯って俺その時隣にいたよね!? 一緒にご飯食べてたよね!? なぁんで教えてくれなかったのぉ?」


 「もうとっくに知ってると思ってた」


 「知ってたらもっと騒いでたよ!」


 「それもそうだな」


 確かに、フ〇ム信者のこいつが騒がないわけないよな。


 「ままええわ、今回は許したる。自分の知らないところで進行するNTRみたいで気持ちよかったし」


 「例えがキモすぎる」


 「それよりさぁ、この喜びについて語りあかそうぜ。AP〇Xでもしながらよぉ」


 「いや明日も学校じゃん。あ、もう今日か」


 「眠かったら授業中に寝ればおk。 睡眠もとれて先生にも怒られる……一石二鳥だな!」


 「二匹目の鳥どこから来たんだよ」


 「それにぃ、あの伝説の”吉川”も来てくれるらしいんですよぉ」


 「”吉川”!? ダイヤ帯だったけどティルトしまくってゴールドまで落ちた、あの!?」


 「……今はシルバーです♡」


 「草」


 吉川、落ちるとこまで落ちたなぁ。

 今日はおでん食いながらのんびりしようと思っていたが、吉川の感情がぐちゃぐちゃになってるところはぜひ見たい。

 予定変更だな。


 「ったく、しょーがねぇーなぁ。今日だけだぞ」


 「あざーっす! じゃ、先ログインして待ってるんで」


 「うい」


 俺はそう短く言い、通話を切った。

 下手に待たせると、「焦らしプレイみたいで気持ちい」と誠を喜ばせることになってしまう。

 歩幅が大きくなり自然と視線が上がる。

 広がる視界。

 ――ふと見慣れないものが映り、足が止まった。

 少し先、肩を曝け出す真っ白なワンピースを着た中高生くらいの少女が、電柱に寄りかかるように立っていた。

 腰に届くほどの黒髪。さらにこの寒さの中で素足……けれど爪は真珠のような薄ピンクを保っている。

 俯いているせいで顔ははっきりと見えない。

 真上から街路灯に照らされているにもかかわらず、その姿はどこか朧気だった。

 もの、というより明らかに人。

 しかしあまりの幻想的というか不気味というか現実離れっぽさが、それを人として一瞬捉えさせなかった。

 というかシンプルにビビった。

 久々に寒さ以外で鳥肌っ立ったよ。

 いったい何なんだ、迷子か? 迷子にしてもワンピに素足はねぇだろ。

 どこからか逃げてきたとか?

 話しかけるべきか? でもそんなことしてメンドーなことになったら……。

 ぐるぐると回る考え。かといって長考で足を止め続けたら、俺まで変人、変態扱いされてしまいそうだ。

 最終的な俺の決断は、”触らぬ神に祟りなし”だった。

 幽霊のような少女を大きく避けるように、それはもう道路の対岸に行くレベルで避け通り過ぎる。

 顔を一目見たいという衝動に駆られたが、そんなことして目でも合ったりしたらと思うと見ることができなかった。

 完全に通り過ぎ視界から彼女の姿が消え、安堵したのもつかの間。


 「ねぇ」


 背後から声が聞こえた。

 透き通るような少女の声。

 驚きから俺の体は飛び跳ね、とっさに振り向く――いや振り向いてしまった。

 そこに誰の姿もなかった。

 耳元まで響くような心音。荒くなる呼吸。なぜか右手にピリピリと痺れるような痛みが走る。

 おいおいおいおい、どこ行ったんだあの女。ここ一本道だぞ勘弁してくれ。えー、これガチの奴です。まずいです。

 一刻も早く逃げねば。

 全力の逃げをかまそうと、体を反転させる。

 が、それと同時に俺の意識も暗転した。

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