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落下

作者: 雉白書屋

「あっ」






 と、おれは言った。






 そして、確実に死ぬというのに、なんとシンプルなんだと思い、自嘲的な笑みを浮かべてみる。






 だが、幸か不幸か、おれが綱渡りをしていたのは高さ約600メートルの二つのビル、その間。






 つまり、この落下の間に辞世の句くらいひり出すことは可能だということだ。






 なので、おれがどうしてそんなところで綱渡りのパフォーマンスをしていたのか、そしてどんな人生を送ってきたかなどを振り返る時間の余裕はない。






 ただ、いつかはこんな日が来るのではないかと感じてはいた。






 ハッキリ言って、おれは面白い人間ではない。






 でも、クラスで人気者になりたかった。






 だから危ないことをして注目を集めた。その末路がこれというわけ。






 と、結局振り返ってしまった。






 走馬灯というには短いが、一瞬、子供時代の情景が頭に浮かんだせいだ。






 だが、いい。おかげで何を言うか思いついた。






『悪くなかった』だ。これでいい。






 尤も、下から眺めている衆人には聞こえないだろう。






 パァン! という破裂音に掻き消され、悲鳴で上塗り。それでお終いだ。






 ……しかし、どういうわけだろうか。






 まだ下に着かない。こうして、おれの目に映る二つのビルは確かにその背を伸ばし続け、そしてつい先程までおれが足で愛撫していたあのロープは糸のように細くなっている。






 これが夢ではないことは、感覚からして間違いないのだが。






 そもそもなんだ、先程からのこの行間は。






 読者が読みにくいだろう。






 どうやら落下していく様を表しているらしい。






 読者? 行間? おれは何を……そうだ、これはメタフィクションだ。






 まあ、だからと言っておれが死ぬことには変わりないだろうが。






 恐らく、ビルを20メートル下る度に、このようにおれの心の描写が差し込まれる。






 で、あるなら下まであと少しだ。






 きっと、おれの身体が壊れる様を生々しく書きたいに違いない。






 落下の衝撃でおれの皮膚は裂け、水揚げされた鰻のように臓物が地面をぬるりぬるりと這い、飛び散った肉片と血飛沫が風船を持った髪を二つ結びした幼い女の子に降りかかり、その子は混乱した脳で混沌としたその場に相応しい解を出す。






『あまーい、ねえ、ママー! これシロップだぁ!』そして、ケタケタ笑い失禁するのだ。






 しかし、おかしい。






 まだ下に着かないこともそうだが






 どうしておれはこれがメタフィクションだと知っているのだろうか。






 そうだ、知っているんだ。思ったのではなく、知っている。






 それはなぜだ。何かを忘れている気がする。






 もうとっくに地面についていいはずなのに






 なんならすでに地の底に沈んでいるくらいだろう。






 下はどうなっている? 落ちながら体勢を変えるのは難しいが、首だけなら






「あっ」【上に戻る】

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