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9騎士学園の華

 ロイド王国には、王国貴族の子どもたちが通う王立学園だけではなく、ほかにもいくつもの学園が存在する。例えば、下級貴族の三男以下や平民が通う騎士学園、少々裕福な平民たちが通うロイド王国初等学園がある。ほかにも、公爵領などでは領地に独自のカリキュラムを有した学校を設立することで領内の人材育成なども行われており、当然ヴァンプス家も多額の金を投資してヴァンプス学園を経営していた。

 だが、それらの学園と比べて、王立学園のカリキュラムは明らかに独特であった。

「……お茶会を開け、ねぇ?」

 頬杖を突きながら、ロザリアはつまむようにして持った紙をひらひらさせる。そこに記されているのは、講義の一つの課題だった。

 参加者数五人以上のお茶会を企画、実行し、その結果をレポートにまとめること。眉間にしわを寄せるロザリアの脳裏には、回帰前の課題の結果がよぎっていた。

 これまで自分の周りを引っ付いていた男たちに声をかけ、いざお茶会当日。命令しておいたはずの者たちは誰一人やってくることはなく、ロザリアははらわたが煮えくり返る思いの中、ハスターと二人で茶会に興じることになった。当然課題は最低点となり、しかもこれまで自分の周りで愛をささやていた男たちが嘲笑してくる始末だった。

「失敗はできないわね」

「……何か失敗時の罰でもあるのですか?」

 使用人であるハスターは、ロザリアが選択した講義を受講してはおらず、知らない課題を見て首をひねった。

「別に特に罰則はないわよ。ただ、これまでの言動をすべて忘れて陰で私を笑っている男どもの鼻の穴をあかそうと思っただけよ」

「……そういえば最近うるさいほどにお嬢様に付きまとっていた方々が静かですね?」

 逆玉の輿を達成しようとロザリアの周りで寒気がするような愛の言葉を口にしていた令息たちの姿がないことに思い至って、ハスターは首をひねった。

「その眼は節穴なわけ?あれよあれ」

 二階の窓際。そこから見下ろす先に広がる庭園の木陰に、一つの集団が見えた。ロザリアの頭を超えて視線を向けたハスターは、「ああ」とため息とも感嘆ともつかない息を吐いた。

「巫女殿ですか」

「そんな呼び方をする必要はないわよ。ミコと呼んでくれとか厚かましいことを言っているけれど、そもそもあれ、彼女の本名らしいわよ」

「巫女が本名?……また随分と強烈な運命を背負っているのですね」

「彼女の名前、別に巫女って意味じゃないらしいわよ。未来とか、若さとか、そういう意味らしいわ」

「……よくご存じですね?てっきり一方的に敵視してろくに言葉も交わしていないと思っていたのですが?」

「敵情視察は必要なのよ」

 回帰前に、「彼女の名前はお前と違って実に素晴らしいだろう」などと胸を張って語ってきたヴィルヘルム王子の言葉を思い出した人づての情報だった。別にあえてそのあたりを話す必要はないだろうと、ロザリアは胸にくすぶる不快さをため息に変えて吐き出した。それでももやもやとした思いは一向に収まらず、ロザリアはカタカタと机を指で叩く。

「……今日はぱあっとお金を使おうかしら」

「一度帰ってからになりますが、よろしいですか?」

 ロザリアの買い物に足りるだけのお金は持っていないと告げるハスターをにらみ、わかっているわよとロザリアは告げる。

「そうね、やっぱり久しぶりに体を動かそうかしら。付き合いなさい」

 かしこまりました、と頭を下げるハスターを見ながら、どうしてこういった礼儀正しい振る舞いができるのに遠慮のない話し方をするのだろうかと、ロザリアは内心で首を傾げた。いつも共にいるのに堅苦しいのは面倒だとして自分がハスターに態度を崩させたことなど、ロザリアはすっかり忘れていた。

 最も今更かしこまられても鳥肌が立つだろうと、ロザリアは執事らしさを前面に出した慇懃無礼としたハスターを思って、その違和感を振り払うように頭を大きく振った。


 学園に設置された室内グラウンドにて、ロザリアとハスターは訓練服に着替えて木剣をふるっていた。

 強く踏み込んだロザリアによって鋭い突きが放たれる。対するハスターはそれを剣の腹で受け、巻き取るようにしてかち上げた。

 手の中から吹き飛ばされようとする柄を両手で握って引き戻し、ロザリアは全力で木剣を振り下ろす。それは難なくハスターに受け止められて鍔迫り合いとなる。こうなっては筋力や体格がものを言い、ロザリアはぎりぎりと押し込まれることになった。

「やるわね!」

「ありがとうございます」

 一瞬強く押し込んでから、ロザリアはふっと力を抜いて、ハスターが押し込む力も利用して背後へと大きく飛んだ。

 逃がしてなるものかと踏み込んだハスターの方と、ロザリアもまた走り出す。

 数度剣がぶつかり、大きな音が訓練場に響く。訓練場を利用していたすぐ隣に敷地を持つ騎士学園の生徒と思しき者たちが愕然とした顔でロザリアとハスターの戦いを見ていた。

 そのまなざしを受けて、これよ、とロザリアは満足げに笑みを浮かべた。それが戦闘狂の浮かべる笑みのように見えて一瞬にして騎士学園の生徒たちがひいたことに、ロザリアは気づかなかった。

 周囲へと気がそれたロザリアへと、ハスターの鋭い突きが迫る。一瞬、まるで力を溜めるようにハスターの振るう剣の速度が遅くなり、ロザリアの目算が狂う。

 打ち払うつもりで振りぬいたロザリアの剣が体の中央を過ぎたあたりでハスターの木剣がぶつかり、木剣はロザリアの手の中から吹き飛んでいった。

 荒い呼吸を繰り返すロザリアが目で追う先、木剣が数度床を転がって澄んだ音を響かせた。

「私の勝ちですね。まだ行いますか?」

「さすがに、ちょっと、休憩、よ……」

 肩で呼吸をするロザリアは、よろよろとした足取りで訓練場の端へと移動して、壁に背中を預けて座り込んだ。

 ロザリアの木剣を拾い、備え付けの魔法具でグラスに水を注いでロザリアに手渡す。ちなみにヴァンプス家が販売するものだった。ひったくるようにグラスを受け取ったロザリアは、勢いよく喉を鳴らして水を飲み干す。ハスターにグラスを押し付けるロザリアの目は、ハスターの飲みかけのグラスへと向けられていた。

「……飲みかけですよ?」

「かまわないわよ。それよりも喉が渇いたのよ」

 傍若無人なふるまいにため息を吐き、ハスターは空のグラスを受け取る代わりに、自分が一口飲んだ水をロザリアに渡した。

 まだまだ涼しげなハスターとは違って、ロザリアはひどく汗ばんでいた。訓練着は汗でべったりと肌に張り付き、高いところで一つにまとめたポニーテールも心なしか垂れ下がっているように見えた。上気した頬に汗を伝わらせながら水を飲み干したロザリアへと、空になった二つ目のグラスの代わりにタオルを手渡す。

「……さすがに勝てないわね」

「これでも鍛えていますから。お嬢様を守る護衛としての役目を持っている以上、守る側に負けるわけにはいきませんよ。ですから、私の陰に隠れて鍛錬なさらなくてもよろしいのですよ?」

「…………ダイエットよ?」

「目を見ておっしゃってください」

「……だって、わたくしに負けたハスターの悔しそうな顔がすごくよかったんだもの」

 以前、こっそりと訓練を重ねたロザリアに、ハスターは不意を突かれて敗北した。その時の地面に倒れて悔しそうに自分を見上げるハスターの顔を思い出して、ロザリアは再び頬を赤くしながらニヤリと笑った。

「いつになったら忘れていただけるのですか?」

「一生無理じゃないかしら?ぜひとも鍛錬を怠って負けてくれると嬉しいわ。……違うわね。鍛錬を重ねていたのにわたくしに負けた時の悔しい顔が見たいわ。よし、ハスター、わたくしにもっと実践的な剣を教えなさい」

「お断りします」

「これは命令よ!」

「まずは旦那様にご相談なさってください。旦那様が許可を出されれば、場合によっては私よりもきちんと指導できる方を雇ってくださるのではないですか?」

「いやよ。絶対に許してくれないわ。何度頼んでも断られたもの。わたくしが勝手に雇用した人も違約金を払ってまで追い払ったのよ?」

「それでも独学でここまでくる当たり、空恐ろしいものを感じますね」

「それはもちろんハスターを悔しがらせるために――」

「独学なんですか!?」

 突如として響いた第三の声に、ロザリアは眉間に深いしわを刻みながら声のする方へと目を向けた。

 そこにはわっさわっさと振られる尻尾が見えそうな、目をキラキラと輝かせた可愛らしい少年がいた。

「……ここって学園の敷地よね?」

「はい。部外者は立ち入り禁止となっております。服装からして騎士学園の生徒だとは思われますが」

「あ、はい!僕はレイフォン・バックワークスといいます」

 びし、と手を挙げて10歳ほどに見えなくもない、訓練着を着た小柄な少年改めレイフォンが告げた。肩で切りそろえたまばゆい金髪がさらりと揺れた。

「バックワークス子爵家ね。……それで何の用かしら」

 初見の者では気づかない程度に警戒しているハスターを横目に、ロザリアはタオルを首にかけて尋ねた。

「あ、はい。ええと、その、僕はバックワークス家の五男でして、兄弟はみんな剣に興味がなくて、それで指導官を呼ぶこともできなくて……」

「つまり、金がない、けれど指導してほしい。そこでわたくしたちの訓練を見て声をかけたというわけね?」

「はい!そのですね、僕の容姿が気に食わないとかで、クラスメイトが一緒に訓練をしてくれないんです」

「……失礼。騎士学園の生徒でいらっしゃるのですよね?」

「はい。騎士学園二年です」

「ちょっと待って。じゃああなたの年齢は……」

「16歳ですよ?」

「16!?」

 素っ頓狂な悲鳴を上げたロザリアへと視線が突き刺さる。そのいくつかは、「そうだろう、驚くだろう」といううなずきを含んだものだった。

 どう見ても年下にしか見えないレイフォンが年上だったことに愕然とする――せいぜい同級生だと思っていた――ロザリアは口をパクパクと開閉させ、見かねたハスターが代わりに口を開く。

「それで、ご用件をお伺いしても?」

「はい!僕にご指導をいただけないでしょうか?もしくは一緒に訓練をしてくれませんか?」

 キラキラと目を輝かせたレイフォンの言葉を受けて、ハスターは確認を取るようにロザリアへと視線を向ける。

「え、ええ。まあいいんじゃないかしら?」

 やったぁー、とレイフォンが歓声を上げる。飛び上がった拍子に服がめくれ、真っ白な腹部とおへそがあらわになった。おお、とどこか情欲のにじむ声を聞いて、ロザリアはちらりと声の方へと視線を向ける。わずかに顔を赤くしていた騎士学園の生徒たちが、あらぬ方へと視線を向ける。ごまかすように訓練をするそぶりを見せながらも、その意識が自分たちの方へと向いていることがロザリアには手に取るように分かった。

「……容姿も相まって庇護対象のように思われていたということでしょうか?」

「崇拝というか、汗臭い世界に咲き誇る一凛の花のように愛でていたんじゃないかしら?」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるレイフォンを見ながら、ハスターとロザリアはそんな言葉を交わした。

 こうして、ロザリアとハスターの学園生活に剣の訓練という日課が加わり、その訓練にレイフォンが参加することとなった。


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