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8/20

8好感度

「15、マイナス8、3、マイナス29、6、マイナス45……何よこれ」

 廊下を進みながら、ロザリアは通り過ぎる者たちの頭上をにらみつけていた。ぶつぶつとつぶやく数値は、彼ら彼女らの頭の上に見える数値だった。

 好感度の魔眼。そう呼ばれるらしい魔法欄に現れた力だが、これはロザリア以外の誰の目にも見えていないらしかった。そして、ロザリアが鑑定魔法を使える父イールドに魔法を使ってもらってもその文字が見えなかったことで、仮説は確信になった。

 すなわち、この「好感度の魔眼」こそが、神がロザリアに与えた贈り物である、と。

 頬のキスの感触が思い浮かび、今はそれどころではないと、ロザリアは再び横を通り過ぎていこうとする者をぎろりとにらんだ。

 おびえるように体を小さくした男子生徒がロザリアの横を通り、すぐに小走りに廊下を進んでいった。

「……マイナス5」

「……見える数値ですか?」

「そうよ。さっきからマイナスばっかり。わたくしの目はおかしくなったのかしら?」

 ハスターは心の中で「正常でしょう」とつぶやいた。

 この学園は貴族の子どもたちにとって最初の社交場となる。基本的に学園を卒業していない18歳未満の子どもは誕生会以外のパーティーに顔を出すことはなく、当然夜会にも出ていない。そんな状況にありながらすでに学校はもちろん国に悪名を広げているのがロザリア・ヴァンプスという令嬢だった。

 男たちを侍らせ、金にものを言わせてやりたい放題するクズ。鑑定の儀式にてどうして自分に魔法がないのかと叫ぶ――実際のところは誤解だが――ところを見たことで、ロザリア本人に会ったことのなかった者たちも、噂は意外と的を射ていたという風に認識していた。

 つまり、現在この学園にはロザリアを好意的に受け止める者などほとんどいなかった。そういう意味では、好感度15というのは高い方かもしれないと、ハスターは自分のことを棚に上げて考えた。

「先ほどの好感度15の方は、確かユフタス商会の跡取りですね。お嬢様のお金へのがめつさに共感しているということでしょうか」

「たった15よ?このわたくしのお金への愛を理解しているというのであれば50はいくと思うのだけれど」

「……」

「ちょっと、どうして無言なのよ」

「これ以上は要らぬ不興を買いそうですから、ここらでにらみつけるのをやめにしませんか?というか、そろそろ教室に戻るべきだと思うのですが」

「マイナスの数値を持った者たちばかりの教室に戻って、無能たちと同じようにしていろって?嫌よ。吐き気がするわ」

「……きちんとクラスに参加しなかったと旦那様にご報告させていただきますがよろしいですね?」

「……本気?」

 廊下の交差地点にて、二人は足を止めて互いの目を見つめあう。

 先に目をそらしたのはロザリアで、彼女はため息をついてきた道を引き返そうとして、足を止めた。

「……どっちから来たのだったかしら?」

 ため息をぐっとこらえて、ハスターは先導して歩き出した。


「そういえばハスターは鑑定の儀式を受けなかったのね?」

「私は旦那様に鑑定していただいておりますから」

「でも入学式後の鑑定って、入学者全員の義務じゃなかったかしら?」

「そういう時にこそお金が活躍するのですよ」

「……買収したのね?あの若作り研究狂いめ、お父様にばかり尻尾を振っているのね」

「ただ単に金額の違いだと思いますが」

 学園長の買収合戦に敗れた悔しさを思い出したのか、ロザリアは頬杖をついて教員の話を聞き流しながらそう吐き捨てた。

 ちなみに今は今後の学校生活の説明を受けているところだった。大事な点はすべてハスターが聞いてくれると思っているロザリアはハスターに説明を聞くことを任せ、なおかつ話しかけてハスターの聞き取りを邪魔して見せる。

「でもどうしてわざわざお金を払ってまで鑑定の儀式に参加しないことを選んだのよ?儀式に出て魔法のことを知ってもらえればそれはもうちやほやされるのよ?」

「煩わしいでしょう?……お嬢様はもしただの平民が魔法を持っているとして、どうしますか?」

「んん?ハスターの空間魔法なら……馬車馬のように働かせるわね。一瞬にして遠くか人や物を運ぶことができるようになって、流通に革命が起きるわよ。そうね、錬金魔法使いに協力してもらって、転移の魔法効果を持つ魔法具を作るのもいいかもしれないわね」

「……普通の貴族は、どうして平民ごときがと思うのですよ。あるいは、金や脅しによって私を使おうとするでしょうね」

「ハスターはわたくしのものよ」

「……ええ、私はお嬢様の執事です。ゆえにお嬢様が煩わしさを感じずにいられるように最善手を打ちました。幸い旦那様にもご理解をいただけて支援もしていただきましたし、できれば魔法のことは秘密でお願いします」

 耳元でささやかれて、ロザリアはこそばゆさを振り払うように首を振った。長い赤髪がハスターの頬を鞭打つ。

 どうかしたのかと不思議そうに眼をしばたたかせるこのクラスの担任の女性に、ロザリアは凶悪な笑みを返した。

 途端に青ざめた若い女性教員は言葉を詰まらせながら説明を再開した。

「……いやがらせですか?」

「別に、ただかわいそうにと思っただけよ」

「自分のような問題児の担任にされて、ですか?きちんと客観視なされていたのですね」

「何を言っているのよ。王子殿下にこのわたくしという高貴な者たちを導くよう押し付けられた彼女の境遇を思ったのよ」

「つまり、お嬢様への対応が心労になると理解はしているのですね」

「……そうよ。この高貴なわたくしが常に視界にいるのよ?いつも緊張しきりで、彼女はすぐに倒れてしまうかもしれないわね」

 すでに倒れてしまいそうなほど顔を青ざめさせた、このクラスの担任を押し付けられただろう若い女性教員を思って、ハスターは内心でエールを送った。少なくとも自分にはお嬢様を抑えることはできませんからと詫びを入れながら。

 ロザリア曰く俺様王子に、魔法使いのシールズ・バイデン、異界よりやってきた巫女が在籍するこのクラスの担任など、自分であればすぐにでも胃に穴が開くだろうとハスターは思った。

「……いつでも譲渡できるように胃薬を常備しておきますか」

「どうしたのよ?」

「いえ、彼女に倒れずに担任を続けていただくための配慮について少々考えておりました」

 「そう?」とどうでもよさげに返事をしたロザリアは、ちらりと教師の端に目を向ける。そこには隣り合って座るロイド王国第一王子ヴィルヘルム・ロイドと巫女の姿があった。

 目に力を入れて、数値を見たいと心の中で願う。

 ぼんやりと視界に浮かび上がってきた好感度は、ヴィルヘルムがマイナス28、聖女が0を示していた。

「……ふぅん。上等じゃない」

 ロザリアが悪魔じみた笑みを浮かべれば、それを見た担任教師は小さな悲鳴を上げた。

 教師歴4年、イリーナ・ヒース。子爵家三女の受難は始まったばかりだった。


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