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7好感度の魔眼

 入学式は巫女という爆弾によってどこか浮足だった形で終わりを告げた。けれど、これで今日の集まりが終了するわけではない。

 ロイド王国王立学園は、入学式後に鑑定の儀式を行うことになっていた。

 それは、鑑定魔法が込められた水晶に触れることで魔法を発現している者を探すためのものだった。

 神より与えられし命題を達成した者たちは、魔法という不思議な力を手にする。それは国の在り方を変えることさえ可能である強力なものであり、気づかぬうちに試練を達成していた者を見出して適切な教育を施すことは国の使命でもあった。

 鑑定魔法使いと錬金魔法使いの合作である巨大な水晶玉が舞台に運ばれてくる。その内側では、ホールの照明を反射して、雲母のようなものが星屑のように光り輝いていた。

 新入生たちは名前を呼ばれた順に舞台へと上がり、水晶玉に手を触れる。その際、水晶玉に込められたもう一つの効果によって、その人物の名前と命題、そして所持している場合には魔法が、空中へと示される。また、同様の文字が水晶玉自体にも映し出されることとなり、生徒たちは水晶に示された命題を見て、自分も魔法を手に入れたいと夢を見るのだった。

 平民の裕福な商家の子どもから始まり、男爵家の令嬢令息へと続くが、魔法を有した新入生が現れることはなく進んでいく。

 それも当然のこと。神の命題はたかが十代の子どもが達成できるような生易しい物ではないのだ。だからこそ、若くして命題を果たした者たちには深い尊敬のまなざしが向けられることになる。

 とはいえ多様な命題を見ること自体が面白く、二度目でありながらロザリアは観劇でもしているような思いで虚空に示される命題を見ていた。

 その歓声が沸き起こったのは、伯爵家の少年が水晶に触れた瞬間だった。

〈シールズ・バイデン

 命題【救い】

 火魔法〉

 すでに魔法を有していると知られているシールズ・ハイデン伯爵令息だったが、一目でわかる形で示されたことで会場は大いに盛り上がった。

 長い緑色の髪を掻きあげるシールズへと、女子生徒の一部から歓声が飛ぶ。甘いルックスをこれでもかと見せつけたシールズは満足げな様子で舞台を降りて行った。

『ロザリア・ヴァンプス侯爵令嬢』

「それじゃあ行ってくるわね」

「行ってらっしゃいませ」

 慇懃無礼に頭を下げるハスターにひらひらと手を振って立ち上がったロザリアは、舞台を照らすライトのまぶしさに目がくらみながらも水晶へと手を触れて。

「はぁ!?何よこれ!?」

 水晶表面に現れた文字を見て叫んだ。そこには、ロザリアにとって想定外の文字があった。

〈ロザリア・ヴァンプス

 命題【真実】

 好感度の魔眼〉

 空白だと思っていた魔法の欄には、確かにその文字があった。故障かと思って空中に照らし出された文字をにらむも、やはりそこにも同じ文字があった。

 舞台下から失笑が響く。

「またやってるよ、あのわがまま女王」

「威張り散らすだけのあんな奴が魔法を手に入れられるはずないのによくやるわよね。恥ずかしくないのかしら」

 高慢なロザリアが、自分が魔法を手にしていないことに腹を立てている――多くの人がそんな思いで、悲鳴を上げるロザリアを見ていた。

 けれどロザリアを知る者からすれば、その素っ頓狂な叫び声がとてもではないが怒りを含んだものではないと分かった。そもそもロザリアは魔法に執着していない。

 だから、ただひたすら驚愕のこもった声を聴いて、ハスターは何事かと遠くのロザリアを真剣に見つめていた。

 やがて、どこか浮足だった様子で帰ってきたロザリアが勢いよく座る。腕を組み、肘をトントンと指で叩きながら何かを考えているロザリアへと、ハスターはためらいがちに口を開いた。

「お嬢様、何か問題がありましたか?」

 そう問われて、ロザリアははっと顔を上げてハスターを見て、そして周囲から突き刺さる視線へと睨み返して目をそらさせてから、ちょいちょいとハスターを手で呼び寄せた。

「……魔法の欄に、文字が見えたの」

 近づいた耳へと、手を当てて密やかに話す。すでにロザリアは、自分以外の者にあの文字が見えていないということには感づいていた。何しろ、もしその文字が見えていたとしたら、先ほどのものとは違う大きな歓声が沸き起こっていたはずだったから。

「……魔法、ではないのですか?」

 ロザリアの見間違いだと断じることはなく、ハスターは続きを求めた。もとよりロザリアがこのような無価値な嘘をつくタイプではないと知っているハスターにとって、どこまでも真剣なロザリアの言葉を笑い飛ばすことはできなかった。

「魔法ではないと思うわ。だって、魔法って書かれていないもの」

 そう言いながら、ロザリアは先ほど目にした文字を思いだした。一度顔を離してから、再びハスターの耳元へと顔を近づける。吐息が耳にかかって、ハスターが小さく身じろぎした。

「好感度の魔眼、だそうよ」

「……魔眼?」

「そうよ」

 わけがわからないでしょう?と視線で告げるロザリアに、ハスターもまた首をかしげて返す。魔法名が現れる場所に、「~魔法」ではなく魔眼というおかしなものが見えたと告げるロザリアの言葉に、ハスターはひどい頭痛を覚えた。

 一瞬赤く染まった頬は、すぐに青ざめたものへと変わった。

 まさか、と震える声でつぶやくハスターに、ロザリアは無言で続きを求めた。

「……今朝からお嬢様が見えているという、頭の上にあるという数字は――」

「それが、好感度ってことかしら?人の好感度を見ることができる力ってわけ?でも、そもそも好感度って何よ?」

 わけがわからないわ――そう告げるロザリアをよそに、ハスターは内心盛大な冷や汗を流していた。けれどそれをおくびにも出さず、私がお嬢様をお慕いしているのと同じようなものでは?などと軽く告げる。

「そう、ね。私はあなたの主だもの。その忠誠度が9999ってことかしら。ってあら、じゃあお父様とお母様の数値は、ハスターよりもずっと小さいものになってしまうわ」

「……その数値が忠誠度であれば違和感はありませんが。旦那様と奥様は、お嬢様に忠誠を誓っているということではないでしょう?」

「そう、ね。お母様の忠誠度が100以上というのは多すぎる気がするわ。それにお父様が忠誠度132というのは低すぎる気がするわ」

「忠誠度は好感度の一側面ということではないでしょうか?」

「やけに忠誠度を押してくるわね?」

 不思議そうに見つめ返されて、ハスターは返す言葉が見つからずに苦笑を浮かべるばかりだった。ハスターがそれ以上何も思いつかないらしいことを察して、ロザリアはふんと鼻を鳴らした。

「まあいいわ。それよりも来るわよ」

 魔眼のことを棚に上げて、ロザリアは再び名前を呼ばれて壇上に上がる巫女の背中をにらんだ。

 気づけばホールは静まり返っていて、そのほぼ全員の意識が巫女へと向かっていた。例外は大金の詰まった皮袋を膝に抱いていつくしむように撫でる学園長くらいのものだった。

「……こっちは変わらないのね」

 ロザリアの呟きは沸き起こった歓声に飲み込まれて、すぐ隣にいるハスターにさえ届くことはなかった。

 睨むように見つめるその先には、巫女の名前と魔法名だけが燦々と輝いていた。

〈ミコ・ハヅキ

 命題【 】

 慈雨魔法〉


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