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5最大の障壁

 学園の門を入ってすぐ。巨大な広場となっているそこには、今日の入学式のために集まったたくさんの貴族たちの姿があった。今この場が襲撃されたら王国は終わりだな、とロザリアはゴミのように群れる者たちえを眺めながら考えた。

 新入生や在校生と思しき若い者の姿が少ないのは、基本的に学園が寮制だからである。とはいえ金の力でものを言わせたロザリアは下等な同級生と同じ場所に閉じ込められる地獄から逃れていた。学園も、万が一の危険性を言われてしまえば強くは出られなかった。何しろロザリアはヴァンプス侯爵家の一人娘であり、その財産のすべてを相続する予定の、侯爵が溺愛するただ一人の人物なのだから。

 美しい噴水広場。敷き詰められた石畳には馬車が所狭しと並んでいて。その中でもひときわ浮いた黄金の馬車から、ロザリアはハスターの腕をとって降車した。

 馬車からロザリアへと無数の視線が移動する。そこには、やりたい放題をするロザリアへの嫌悪感や、ロザリアという甘い蜜を吸うための計画を練る欲望が込められていた。

 それらはすべて、もはやロザリアにとって空気と同じだった。自分は選ばれた強者であり、豪運の持ち主。一生をかけても使えきれない財宝を手に入れ、男は選び放題で、家族仲も良好。さらにはそこに、神の目に留まって回帰したことで限定的ではあるが未来に関する知識が加わり、そのうえ神に力を授かった。

 もっとも、ロザリアは自分が一度すべてを失ったことを忘れてはいない。その憤怒を心の奥で燃やしながら、ロザリアは我がもの顔で学園を進んだ。

 実際、それだけの立場がロザリアには――正確にはヴァンプス侯爵の名には――あった。何しろ、このロイド王国王立学園は貴族たちによる投資で成り立っているのだが、その実に半分をヴァンプス家が投資しているのだ。もしヴァンプス家を怒らせれば学園の運営は一気に急転直下する。それゆえに、ロザリアを見つけた貴族の次男次女といった教師たちは、我関せずとばかりにロザリアから目をそらした。

 そうして誰にも止められずに学園の奥へと足を運んだロザリアは、目の前にそびえる重厚な扉をノックもなしに開け放った。

 ノックをしようとしたハスターの手は空振り、彼は心の中でため息を吐いた。

「いるわね、下僕!?」

 部屋の中は、ロイド王国の未来の貴族たちを預かる学園の長の部屋だけあって、高価で、それでいて入室する者に息をのませるような美しい部屋になっていた。ロザリアからすれば背伸びをしているくらいにしか思えない内装だったが。

 そんな部屋の中央。木目が美しい重厚な執務机に向かっていた女性――少女と呼んで差し支えない容姿をした人物が、目をしばたたかせながらロザリアを見つめていた。やがて、その唇からあきらめの吐息が漏れた。

「……なんだ、あんたか。ノックの一つくらいしたらどうだい?」

「その化け物みたいな若作りをやめたら考えてもいいわよ。わたくしは自分より幼い見た目をしている者に向ける敬意なんて持ち合わせていないの」

「あんたはたとえ目に見えて年上の者で相手でも敬意なんて向けないだろう?」

「ただ歳をとっただけの老害をどうして敬う必要があるのよ?」

「……さすがはヴァンプス侯爵令嬢。言うことが違うね」

「でしょう?」

「お嬢様、まったく褒められていませんが?」

「それくらい知っているわよ。あえて煽ってみたのよ。あなたのせいで無駄に終わったけれどね」

 やれやれと手を振ってから、ロザリアはハスターの腕から手を放し、何かを求めるように手のひらを突き出して見せた。その手にハスターが革袋の先を握らせる。

 大金の詰まった袋に体を持っていかれそうになりながらも、ロザリアは不敵な笑みを浮かべてそれを学園長のテーブルの上にたたきつけた。

 じゃらりと重い音が響いて、ゆるく縛られていた袋の口からまばゆい黄金が零れ落ちる。

「……今度は何だい?話によってはお断りだよ」

「嬉しそうに袋を抱きしめて言うセリフじゃないわね」

 こぼれた金貨を空中で受け止めた年齢不詳の学園長は、ぎっしりと金貨の詰まった革袋にだらしない顔でほおずりをしていた。

「……ふん。その金にがめついところは評価してあげるわ。さすがは大叔母ね」

「様をつけんかい、様を。儂はあんたの父の叔母に当たるんだよ!?」

「お父様のことは敬愛しているけれど、金にならない研究に資金をつぎ込む研究馬鹿を敬うつもりはないわ。かなりお金を渡した気がするけれど、どうせもう使い切ったのでしょう?」

「……そ、そんなことは、ないぞ?」

 明らかに嘘とわかる様子で、学園長は虚空に目をさまよわせて音の出ない口笛を吹くふりをして見せる。赤色のボブカットが揺れ、それを見てロザリアは目を細める。赤系統の髪は、血のつながりのあかしだ。ヴァンプス一族はどういうわけか昔から髪も瞳も赤かった。一時期は血のようだとあざけられたその色は、けれど今ではヴァンプス家の栄光の象徴となっている。

「……で、この金の説明はないのか?」

「ああ、これで入学式を買収させてもらうわ」

「む?なぜだ?」

「理由を教える必要があるかしら。わたくしが求めているのだからやってもらうわよ」

「……今年の新入生には殿下がいらっしゃるのだぞ?」

「それを言うならわたくしがいるでしょう?お金の使いすぎで学園の財源から研究費は出せないって言われているんでしょう?あなたの選択肢は実質一つなのよ」

「まったく。そんなことをいちいち調べんくてもいいだろうに」

「相手を手玉に取るには情報が必要なのよ……それで、どうするわけ?」

「……はぁ、研究資金か、解雇の危機か……悩ましいのう。これを逃してもあんたはまたすぐにでも儂に要求を突きつけるだろうが……ああ、この黄金の輝きが儂の目を捕らえて離さん」

 目の前の黄金の輝きをじっと見つめる学園長の目は暗い輝きを帯びていた。欲望の色だと、ハスターは心の中で思った。さすがはヴァンプス家の一員、金への執着に変わりはない、と。

「……むぅ、仕方が――」

 ――あるまい、とそう告げられようとしたその時。

 ドタドタと廊下を走る足音が響き、ハスターがきっちりと閉めていた学園長室の扉がまたしてもノックもなしに勢いよく開け放たれた。

 血は争えないというべきか、礼儀も何もあったものではなく扉を開いたのは、ロザリアの父イールドだった。

 にじんだ汗をぬぐいながら息を切らすイールドは、呼吸を整えてから険しい目でロザリアをにらんだ。いつになく真剣な父の様子に、ロザリアは息をのんだ。

「ロザリー!」

「何かしら、お父様?わたくしの買収の邪魔をするのかしら?」

「そうだよ。入学式をつぶすなんてやめるんだ。せっかくのロザリーの晴れ舞台なんだよ!?それをつぶすなんてありえない!」

 チクったわね、という視線を感じて、ハスターはにっこりと笑って見せた。御者を経由してロザリアの計画を伝えれば、イールドは間違いなくロザリアを止めに来るとハスターは確信していた。親ばかなイールドが、ロザリアの晴れ舞台がなくなるのを許すはずがなかった。

「で、どうするのかしら?まさか言葉で言い負かそうなんて思ってはいないでしょうね?」

 ニヤリと不敵に笑うロザリアを前に、イールドは余裕ありげな笑みを浮かべていた。背後から近づいてくる足音が止まり、ちらりと一人の騎士が学園長室の中をのぞく。

「完璧なタイミングだよ。さぁ、競りといこうか!」

 言いながら、イールドはロザリアが持ってきた――ハスターに運ばせた革袋の倍はある袋を騎士にひっくり返させる。本当にやるんですか、と嫌そうな顔をしたヴァンプス家所属の騎士は、その場で重い袋をこれ見よがしにひっくり返して見せる。

 袋にパンパンに詰まっていた金貨が、一斉に床に散らばる。ジャラジャラと音を立てるそれを見て、学園長が息をのむ。

「さぁ、僕は四億フェルで入学式の開催権を買おう」

「卑怯よ、お父様!」

「これは僕が稼いだお金だからね。悔しかったら僕以上に稼いで見せればいいんだよ」

 ふふんと胸を張るイールドは、ちらりと執務机の方を見る。そこには、すでに学園長の姿はなかった。

「ああ、四億!」

 感極まった様子で歌うように告げる学園長は、気づけば床に散らばった金貨を布団にするようにうつぶせに倒れこんでいた。

「金貨!金貨の山!」

 目を見合わせたハスターと騎士が、救いようがないとばかりに互いに首を振る。

「血筋は争えないものね。確かお父様が魔法に覚醒したのも、こんな風に金貨の海に飛び込んだのよね?」

「そうだよ。命題が【金】なんて簡単すぎたよ」

「お父様に負けず、いつかわたくしも自分で稼いで手に入れた金貨の風呂に入るのよ!」

「その息だよ、ロザリー!」

 やっぱり深い対めきを吐く二人をよそに、学園長室には金に目がくらんだ女の歓喜と、悔しげなロザリアのうめき声と、イールドの高笑いが響いたのだった。


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