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15ロザリアのお出かけ

 ロザリアのお茶会はおおむね成功で終わった。並べられた料理が明らかにお茶会の物ではなかったが、参加者たちを考えれば間違っているわけでもなかった。むしろ騎士学園の生徒相手に可愛いらしい見た目の茶菓子を並べる方が違和感があった。

 そうして講義課題を突破したロザリアは、これまでの気晴らしにぱーっとお金を使うことを考えていた。

「ねぇハスター。ちょっとお買い物をしようと思うんだけど」

「いいのではないですか?最近あまり買い物にも行っていませんでしたよね」

「すでに困らないくらい物はあるのよ。それに、お父様がわたくしに、ってしょっちゅう物を買ってくるものだから、あまり自分の足で買い物に行く必要もないのよね」

 やれやれと肩をすくめるロザリアは、父にまたしても百万フェルという大金を要求して財布に金貨十枚を収めたことを告げた。最も、すでにだいぶロザリアの散財に関する金銭感覚がマヒしているハスターは、その程度かと考え、それから自分の思考の異常に気付いて愕然としていた。そして、わずかに揺らいだ瞳から、ロザリアはハスターの内心を的確に見抜いてみせた。

「……どうしたのよ?そんな絶望したような顔をして」

「いえ、少々自分が毒されていることに気づきまして」

「そう?まあそんなわけで買い物に行くわよ」

「それは構いませんが、今回は何をお求めなのでしょうか?」

 言われて、ロザリアはきょとんと首を傾げた。それから、ハスターの誤解に気づいて、ロザリアは苦笑を浮かべた。

「違うわよ。買い物に行くんじゃなくて、お金を使いに行くの」

「はぁ……はい?何か違うのですか?」

「大違いよ。私が今からするのは、買い物ではなく、お金をばらまくことなのよ」

「……何かを買うこと自体が目的ではなく、買い物、ひいてはお金を払うこと自体が目的だと?」

「そうよ。散財ってストレス解消にはもってこいでしょう?」

「百万フェルを散財……」

 遠くを見る目でつぶやくハスターを、ロザリアは不思議そうに見上げて首を傾げた。二人の間に横たわる価値観の相違はいまだ大きかった。

「ほら、お父様がよく話しているでしょう?お金は使ってこそ意味があるものだって」

「そうですね。お金は持っている者が使わないと流れが滞って、経済が落ち込むという話でしたね」

「そうよ。だから私もぱぁっとお金を使うのよ」

「…………なるほど?」

 完全に理解を投げ捨てた様子で、ハスターはとりあえず頷いて見せた。それを理解してもらえたと受け取ったロザリアは、それじゃあ早速行くわよ、と勢いよく立ち上がった。

 今日は休日。学校が無いのに朝早くから起こされたストレスも相まって、今日はハスターを引っ張りまわしてやるとロザリアは意気込んでいた。

「あ、すみません。今日は私は同行できません」

 けれどその勢いはすぐに止まることになる。予想もしなかったハスターの動向拒否に、ロザリアは完全に動きを止めた。

「……どうしてよ?」

「本日は旦那様の命によって領地に向かうことになっております。なんでも最近、盗賊たちの略奪行動が活発になっているとか。それゆえ、転移によって移動できる私に、旦那様から捜索命令が下りました」

 出かける前にお嬢様の身支度を整えようと休日ではありますが朝早くからお嬢様に起床していただきました――そう告げるハスターの顔を見ながら、ロザリアは口の開閉を繰り返した。自分の用事のためにわたくしを早く起こすなとか、そういえばいつもの休日は昼間で寝ていても許されていたなとか、今日のハスターはぱっと見ではわからないけれど武装しているなとか、いくつもの考えが脳裏をよぎって。

「お父様め、ハスターに雑用を命じるなんて許さないわ!ハスターはえわたくしの執事なのよ!?」

 けれどロザリアの喉から出たのは、そんな言葉だった。

 遠く、父イールドが悪寒に体を震わせたが、それはさておき。

 強い怒りをあらわにするロザリアを見て、ハスターは目が点になっていた。

「……お嬢様?」

「何よ!?ハスターもハスターよ!?私の執事という仕事がありながら、どうして相談もなく雑用を受け入れるのよ!?」

「私を雇用しているのは旦那様ですから。それに、領内の治安維持は巡り巡ってお嬢様の役に立ちますし、さらには転移によって瞬時に移動できるうえに十分な剣の腕を持つ私は、盗賊の捜索にうってつけの人材でしょうから」

「……だからって、どうしてハスターが危険な行為をしないといけないのよ」

「魔法と武力をヴァンプス家のために使う。それが旦那様による雇用の条件ですから」

 ただの孤児であった自分を雇い、さらにはお嬢様の執事という重役につかせていただいている旦那様の信頼には頭があがりません、とハスターはどこか嬉しそうに告げた。

「でも、でも……!」

「ご安心を。傷一つなく戻ってきますから。……ああ、お嬢様。私がおりませんので特に財布をお忘れなきよう」

「……わかったわよ。行ってらっしゃい」

「行ってきます――【テレポート】」

 一瞬にしたハスターは魔法によってロザリアの目の前から姿を消した。その瞬間、部屋には静寂が満ち、ロザリアは胸にぽっかりと穴が開いたような思いを抱いていた。その暗い思いを振り払うように首を振ったロザリアは、ハスターに言われた通り一度鞄から財布を出してきちんと所有していることを確認した。

「それじゃあハスター、馬車の手はずをしてちょうだい」

 返事は、なかった。ハスターはもうここにいないのだから当然だ。怒りとも羞恥とも喪失感ともつかない思いに肩を震わせたロザリアは、勢いよく扉を開け放ち、父のもとへと歩き始めた。


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