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14お茶会with騎士学園生徒

 どこか緊張した様子のレイフォンを、ロザリアは満面の笑みで歓迎した。今日は訓練着ではなく騎士学園の制服を着ているレイフォンは、制服に着せられている背伸びをした少年のように見えた。

 モスグリーンのジャケットを身に着けるレイフォンの視線は、ロザリアに案内された先、テーブルへと向かっていた。

「ほえぇ」

 間の抜けた歓声を上げるレイフォンと、そんな彼を美しいものを見るような目で見つめる男子生徒四人。参加する者たちはレイフォンを除いて皆が筋骨隆々とした男たちであり、ロザリアも見たことのある人物――すなわち王立学園の訓練場に通っている騎士学園の生徒だった。そんな男たちがレイフォンを見て目じりを下げている姿に、ロザリアはひどく寒気を覚えた。

 咳払いすれば、あふれんばかりの歓喜に目を潤ませたレイフォンの視線がロザリアに突き刺さった。ついでに、屈強な男たち四人の視線も。レイフォン親衛隊――そんな響きの言葉がロザリアの脳裏をよぎった。

「……本当に、食べてもいいんですか?」

 よだれをたらしそうな様子でレイフォンが見つめる先。前回と同じお茶会のテーブルには、所狭しと肉料理が並んでいた。

 もちろん、とロザリアが言い終わるや否や、レイフォンは勢いよく――けれどきちんとしたマナーで――欠食児童のように肉を食べ始めた。

「なんかこう、コレジャナイというか、違和感がすごいわね」

「オレもそう思いますよ。最初に見たときには思わず目を剥きましたよ」

 そう告げるのは、藍色の髪を刈り上げた男。レイフォンと同学年の16歳、ベイクと名乗った彼は、当時のことを思い出しながら苦笑を浮かべた。

「学園の寮でレイフォンを見かけた初日、三杯もおかわりしてたんですよ。ものすごい食べっぷりで、惚れ惚れしましたよ」

 それから餌付けするようになったんです――そう言いながら、ベイクは骨付き肉の骨を取り除き、かいがいしくレイフォンの皿に肉をのせていった。まあやりすぎると抜け駆け扱いされて制裁を受けるのですが、と困ったように、けれどどこか楽しそうにベイクは笑った。そのスリルまで楽しんでいるようなベイクに、ロザリアは引きつった笑みを返すことしかできなかった。

 その隣でも、別の男子生徒が肉料理を香草に包んでレイフォンに献上していた。その異常な光景を前に、ロザリアは遠い目をしていた。

「こう、あれね。薔薇の花が見えるのはわたくしの目がおかしいからかしら」

「いえ、正常かと。私の目にもあふれんばかりの真っ赤な薔薇の大輪が見えますから」

 赤い薔薇――令嬢たちの間でひそかに伝わる男性同士の燃えるような恋の小説、その表紙に咲き誇る花々が男たちの背後に見える気がして、ハスターもまた声に苦々しさをにじませていた。

「本当においしいですね!」

「それは何よりね。良いシェフを探した甲斐があったわ」

 明らかにお茶会ではない気がするがこれでいいのだろうか――そう思いながらも、レイフォンの心からのお礼を受けて、ロザリアはまんざらでもなさそうに微笑んだ。最もその直後、男たち四人から嫉妬のこもった視線を受けて、ロザリアの口元はひどく引きつることになるのだが。

「……レイフォンは本当に肉が好きだよね」

「うん。家では肉は取り合いになるからね。大抵は兄さんがほとんど持って行っちゃうんだよ。ひどいよね、一番体を動かしている僕にはほとんどくれないのに、下の弟たちには取り込んだ肉を分けるんだよ」

 敬語を取り払ったレイフォンは、その外見に似合った言葉遣いに変わった。遠のきにされていたという話だったけれど意外と仲がいいのね、とロザリアは心の中でレイフォンのさびしい日常を修正した。

 少しも、まったく、ロザリアは自分と同じボッチなレイフォンに共感しているわけではなかった。絶対に共感なんてしていないと、ロザリアは誰にともなく言い聞かせた。それにわたくしには腐れ縁の親戚もいることだし――などとロザリアは考える。

「それは……ひどいな」

 前のめりになったベイクが重々しい声でつぶやいた。

「でしょう!?兄さんに言ったら、お前はそのままでいるべきだ、なんて言われてさ。わけがわからないよね」

 その言葉を聞いて、急に男たちは黙り込む。それから誰からともなく、流石はお兄様と口々に言い始めた。その恐るべき手のひら返しを受けて、レイフォンは完全に動きを止めた。

 口の前で止まったフォーク。そこから落ちたソースがレイフォンの服にかかる――ことはなく、ハスターがこっそりと転移させたタオルによって受け止められた。

「え、どうしたの、みんな……?」

 突然の裏切りに顔を曇らせるレイフォンを見て、男たちが慌てて身振り手振りを交えながら言いつくろう。けれど焦りのせいかレイフォンを納得させられるだけの言葉にはならず――そもそも先ほどの言葉は本音だったため、うまく否定の言葉が見つからなかった――ますますレイフォンはしゅんと体を小さくした。

 すがるような男たちの視線がロザリアに向かう。それからそっと目をそらしたロザリアの視線の先にはハスターがいて。レイフォンを含めた六人の目が、ハスターただ一人に向けられる。

 わずかに気圧されながらも、ハスターは咳払いをしてレイフォンに向き合う。

「……レイフォン様、お兄様はレイフォン様を家族として愛していらっしゃるのだと思いますよ」

「お肉をくれないのに、ですか?」

「はい。それはひとえに、レイフォン様の美しさを損なわないようにするためかと思います。油分の過剰摂取は肌荒れに悪いですからね。レイフォン様のその白皙の肌を守ろうという兄心ゆえなのではないでしょうか」

「……そう、なんですかね?」

 ハスターの告げるように兄心ゆえの意地悪なのか。そう確認するようにレイフォンに視線を向けられて、ロザリアは慌てて頷いてみせた。

「きっとそうよ。あなたにいつまでもかわいい弟であってほしいという兄心、じゃないかしら」

 瞬間、レイフォンは激しい絶望にガックリと肩を落とした。ロザリアは男四人の責めるような視線を感じた。

「え、ええ……?」

「レイフォン様は格好いい方ですよ」

「ううん、ありがとうハスターさん。でも自分でもわかってるんだ。僕は格好いいんじゃなくて、可愛いんだって」

 そこでようやく、レイフォンが自分の可愛らしい容姿を好んでいないということにロザリアの思考は行きついた。容姿のせいで学友から遠のきにされていることに気づけば、自分の顔が嫌いにもなるだろうとロザリアは納得して頷いた。

 けれど、レイフォンが自分の容姿が嫌いになるような原因を作った者の一部である男たちが自分に責める視線を向けてくるのに、ロザリアは次第にふつふつと怒りが沸き起こるのを感じていた。

「……こいつらがレイフォンを仲間に入れなかったのが悪いんでしょ?ねぇ、あなたたち。レイフォンとあまり関わってこなかったのは、レイフォンが可愛らしい容姿をしているからじゃあないわよね?」

 冷え冷えとした目で、極寒の冷気を感じられる声音で告げられれば、ベイクをはじめとしたレイフォンの学友たちは勢いよく頷いた。

「本当……?」

「あ、ああ。もちろんだ。なぁ!?」

「そ、そうだぞ。決して、レイフォンのことが可愛いなんて俺たちは思ってないぞ!」

 涙目のレイフォンの視線を受けて、男たちは次々にレイフォンをなだめにかかった。けれどその勢いも、レイフォンの次の質問を受けて止まることになる。

 じゃあどうしてこれまで僕のことを避けていたの?と。

 答えられない問いを受けて、またしても男たちはハスターへと救いを求める視線を向けた。

「……レイフォン様。ご学友の皆様は、レイフォン様の技量を前に自分が敗れることが恥ずかしかったから近づけなかったのですよ」

「そう、なのかな?」

「はい。私の目から見ても、レイフォン様は皆様の中で頭一つ抜きんでた技量を持っています。努力家であるレイフォン様は、さらに私たちとの訓練を経て、一層強くなっております。今なら二対一で戦ってもおひとりで戦うレイフォン様の方が勝率が高くなるでしょう」

 そう、レイフォンはその小さな背丈と可愛らしい容姿に反して、剣の技量は非常に高かった。けれどそれは、学友に避けられていた理由としては正しくない。

 そもそもレイフォンは、元は平凡な生徒でしかなかった。けれど学園に入ってから不文律によってレイフォンを見守る状況が生まれてから、レイフォンには剣の相手をしてくれる友人がいなかった。そのため、レイフォンは学友たちよりも明らかにレベルが上の先生と日々剣を合わせることとなった。そうして、頑張っていつか学友に認めてもらおうという強い思いと、それを察した先生の熱血指導によって、レイフォンはめきめきとその実力を伸ばしていった。

 それに加えてハスターたちとここ三週間ほど訓練を行った結果、その技量はさらに伸びていた。空間認識に長けたハスターに何とか一撃を入れようとフェイントは上達し、逆に意表を突き、死角を狙ったハスターの攻撃を何度も経験することで、レイフォンの隙は確実に減少していた。

 ハスターとしては、死角を狙うようなえげつない攻撃をするたびにいちいち自分に飛んでくるレイフォンの学友たちの殺気が面倒で仕方がなかったが、それはともかく。

 そうして今のレイフォンは、見栄っ張りな男たちが剣をぶつけるのをためらうくらいには強くなっていた。

 僕は強いのかな、と視線を向けたレイフォンは、強く頷く学友たちの姿を見て花が咲いたような笑みを浮かべた。

 みんなに認められた――そんな思いがありありと感じられるレイフォンの表情を見て、自分たちがレイフォンの顔を曇らせていたのだと、彼らは己の所業を強く恥じた。

「……わたくしは何も見せられているのかしらね?」

「男性たちの熱い友情、でしょうか」

「貴女にはこれが友情に見えるわけ?目が腐っているんじゃないかしら?」

「お嬢様こそ、彼らの背後に薔薇を幻視するとは、深淵を覗くことで染められてしまったのではありませんか」

「……まさか、そんな、ないわよ……ねぇ」

「さて、私にはわかりかねますね」

 打てば響くようなハスターとロザリアの会話を聞きながら、レイフォンは感極まって流れ落ちた涙をぬぐい、食事を再開しながら二人の姿を眺めた。

 お似合いの二人だった。端から見ても二人が互いに心を許していることがわかって、その仲はとても強固だった。培ってきた信頼関係をうかがわせるように、二人は遠慮のない会話を繰り返し、隠すことなく感情を見せていた。

 いいなぁ、とレイフォンは心の中で思った。あんなふうに気兼ねなく話をできる友人が欲しいと思った。

 チクリと、心に刺さるような痛みを感じた。不思議そうに胸に手を当てるレイフォンは、そろりとうかがうようにロザリアを見た。

 口元に手を当ててくつくつと笑うロザリアの薄い唇が、わずかに下がった目じりが、頬の赤みが、揺れるまつげと強い光を帯びた瞳が、レイフォンの瞼に強く焼き付けられた。

 そんなレイフォンを見て、ベイクはロザリアを睨みながら苦々しい顔で呟く。

「……オレらの天使を染めやがったな」

「どうかしたの?」

「あ、いや、なんでもないぞ。なぁ?」

 同意を示すおかしな学友たちに首をかしげて返しながらも、レイフォンの頭の中ではロザリアの言葉が、姿が、ぐるぐると回り続けていた。

「……おいしい、けど」

 ――ロザリア様の笑顔を見ている方がずっと幸せな気がする。そう、心の中でレイフォンはつぶやいた。

 食事も一段落して、がっつり料理から食後の箸休めへと移行する中、ふとロザリアは無意識のうちに魔眼を発動していたようで、レイフォンたちの頭上に数値を見た。

 レイフォンが58、ベイクが2、その他の男たちが9、マイナス3、14。レイフォンの高い数値を見て、ロザリアは首をひねった。

「どうなさいましたか?」

 何か起こったのかと、邪魔者の接近を警戒していたハスターがロザリアに尋ねる。請われるままに顔をロザリアへと近づける。

「レイフォンの好感度がね、58なのよ」

 予想外の言葉に、ハスターは目をしばたたかせる。

「それは……高いですね」

「そうよね」

 二人だけにしかわからない会話を繰り広げる中、レイフォンが不思議そうにハスターとロザリアの間で視線をさまよわせる。

「何かおかしかったですか?」

「いえ、よく食べるわね、と思っただけよ。カロリーを思うと、少々……かなり食べすぎじゃないかと思ったのよ」

「そう、ですか?普段もこれくらい食べますよ?」

 本当に?と視線を向ければ、ベイクをはじめ一同は激しく頷いていた。戦々恐々とした目をロザリアから向けられて、レイフォンはスプーンをくわえた状態で首をひねった。

「おかしいですかね?」

「そうね。だってあなた、体型が全く変わっていないじゃない。普通、それだけ食べれば彼みたいに腹が膨れるものなのよ」

 ロザリアの視線の先、レイフォンの腹部は食事開始前から全く変化がなかった。

 腹が膨れるほど食べたと告げられたベイクが顔を赤くする。そんなベイクの腹部を見てから、レイフォンは自分のおなかを見下ろして首を傾げた。

「……そういえば、食べたものはどこに行ったのでしょう?」

「いや、わたくしに聞かないでくれるかしら?あなたの胃袋におさまった……はず、よね?」

 レイフォンのお腹には不思議が詰まっているとロザリアは思った。

 この日、今度こそロザリアの不正を許してなるものかと目を皿にして観察をしていたイリーナは、レイフォンの食事を見るだけで胸やけがする結果になった。

 後日、レイフォンがダイエットの神として貴族令嬢たちの間で崇められるようになるのはまた別の話である。


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